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「ヴィラルシャマルの事情」(2022/09/16 (金) 23:08:03) の最新版変更点
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**ヴィラルシャマルの事情 ◆DNdG5hiFT6
湖の騎士・シャマル。
夜天の書の守護プログラム・ヴォルケンリッターの参謀格。
もう一つの二つ名は“風の癒し手”。
時空管理局に所属する古代ベルカ式・AA+級の魔導士。
機動六課所属の後方支援(ロングアーチ)・主任医務官。
“隣のお姉さんに欲しい女性No1(時空管理局内男性限定非公式アンケート)”
“白衣が似合う女性No1(同上)”
“すれ違ったときについつい後姿を見てしまう女性局員No1(やっぱり同上)”
……エトセトラエトセトラ。
数多くの肩書きを持つ彼女は、その肩書きの多さに比例するように有能である。
通常は上記のように医務官を勤めるが、有事の際には現場指揮や索敵、通信など多くの任務をこなせる
優秀なバックアップ要員であり、更に何かとストレスの多い管理局員相手にカウンセリングを行っている。
(このカウンセリングが始まってから離職率がガクンと減った、と一部では噂されているほどである)
またプライベートでも最年長の人格を持つことも手伝い、掃除、洗濯といった細かい雑務を一任されている。
そのおっとりとした外見からは想像しにくいが、まさに“出来る女”の代名詞のような存在であった。
だがそんな彼女にも唯一人に誇れないものがある。
それが三大欲求の一つに直結する家事の一つ、即ち“料理”であった。
しかしながらそのことについて本人に聞けば、
『ちがうもん。シャマル先生、お料理下手なんかじゃないもん!』
と否定の意を返してくれるだろう。
だが客観的に見て、彼女の料理の腕は“いま一つ”であった。
いっそ出来上がるのが人知を超えた代物ならば本人も諦めがついただろう。
しかしマズイながら半端に食える、進歩の可能性を僅かに垣間見せる代物を作るため、
シャマルはその腕を日々磨こうとし、その度に仲間達に阻止されるということを幾度と無く繰り返してきたのであった。
そんなわけでこんな状況にもかかわらず、久々の料理に気合が入るのであった。
しかし螺旋王は何を考えているのだろう、と支給品のパスタセットを見て思う。
偶然施設内にキッチンがあったからいいものの、調理場所が無ければ喰えたものではない。
どうやら道具にも当たりはずれがあるように、支給された食料品にも当たりはずれがあるようだ。
そんな益体ないことを考えながら、湯を張った鍋にパスタを放り込んだ――そんな時であった。
『さて、二度目の放送を行う』
天空から忌まわしい声が響いてきたのは。
* * *
――エリオ・モンディアル。
シャマルから聞かされた“キドウロッカ”の一員の名だ。
また人間の手によって同胞たる獣人の命が失われた――そのこと自体にも怒りがこみ上げるが、
シャマルにあの表情をもう一度させるかと思うと、それとは別種の怒りがヴィラルのなかで膨れ上がっていく。
「……お待たせしました」
そして数分後、料理を運んできたシャマルの声は案の定暗く沈んでいた。
励ますために何か声をかけようとして、やめる。
キャロという仲間が死んだと聞かされた時に見せた、凍りついたようなあの表情。
あの時の彼女は、まるで粉雪のように脆くか弱い存在に思えた。
そんな彼女に対し、女性の扱いに慣れていない自分が下手なことを言えば更に傷つけてしまうのではないか?
事実、何の気なしに手袋のことを訊いてしまったことがあるだけに、殊更慎重になってしまう。
そのためヴィラルは彼女の顔を直視することが出来ず、その視線の先は無骨なコンクリートの床にあった。
だから、その声は丁度頭上から聞こえるような角度でヴィラルの耳に届いた。
「……私は大丈夫ですよ、ヴィラルさん。
キャロが死んだと聞かされたときから、覚悟はしていましたから」
声に引き上げられる様に顔を上げたヴィラル。
その視界に入ったシャマルの顔は笑顔であった。
だがその笑顔には先程まであった明るさは無く、その目じりにはうっすらと涙の後が見える。
先程まで泣いていたのは誰の眼にも明らかだ。
だが、ヴィラルは思う――この女は強い存在だと。
仲間の死を悼み、悲しむ。そこで立ち止まってしまうものも少なくない。
だが彼女はそこから前へ進もうとしている。
それが出来る存在は強い。戦士としての経験がそれを肯定している。
「それよりも食べましょう! シャマル先生、腕によりをかけて作っちゃいましたからね!」
わざとらしいほどに明るく振舞い、一つしかない皿をヴィラルのほうへ差し出す。
「……お前は食わないのか?」
「ええ……食欲が無くて」
その今にも壊れそうな笑みを見て、歯を噛み締める。
――目の前の女のために今、自分が出来ることは何だ。
所詮不器用な自分では、気の効いた言葉をかけることは出来まい。
ならばせいぜいこの料理を美味そうに食べてやることぐらいではないか?
目の前に出された料理は見たことが無い細長い何かであったが、
程よい酸味が鼻腔を刺激しているので喰えるものなのは確かだ。
「――では、いただく」
だが直接料理を掴もうして『ちょっと待って』と止められる。
「あの……箸は使わないの? フォークが無かったから箸にしたのだけれど……」
「“ハシ”……この棒のことか? すまんが……俺はこの道具を使ったことがない」
皿と共に置かれた2本の木の棒。
シトマンドラ様たちならば正しい使い方を知っているかもしれないが、生憎と肉をメインに食べる自分には馴染みの薄い道具だ。
2本の棒をどう使えばいいのか……とりあえず両手に持ってみるが、これでは逆に喰いづらそうだ。
その様子がよほど滑稽に映ったのだろう。
シャマルは苦笑し、ヴィラルの手に自分の手を重ね、箸を握らせる。
「こう、ですよ。わかりますか、ヴィラルさん?」
自分のガサガサとした手とは違う柔らかな感触に何か居心地の悪いものを感じ、思わず視線をあさっての方向に向けてしまう。
教えている最中に視線をいきなり中空へ逸らしたヴィラルを不思議そうに見る。
「? ヴィラルさん、どうかしましたか?」
「う、うるさいっ! 食べるぞ!」
シャマルの手を強引に振り払い、不器用に箸を使いパスタを口の中に放り込む。
そして――それを口にした瞬間、未知の衝撃がヴィラルを襲った。
前述したとおり、シャマルは普通の料理下手である。
だが自分を慕ってくれていた少年の死を知った彼女の手元は盛大に狂い、知らず知らずのうちにミスを重ねていた。
そのミスが一つならば少しマズいで済む。
だがそれが2つ重なれば? 3つ重なれば?
料理は掛け算だ。ミスが重なればそのレベルを飛躍的に上昇させる。
そしてその結果として生まれたのは名状しがたい“何か”であった。
バルサミコ酢の酸味と甘味、そしてキッチンにあったのだろう追加された塩の辛味、
つぎ込まれた各種調味料が絶妙なノイズを作り出し、芯の残るパスタの食感と相まって壮絶なカオスを作り上げていた。
一言に纏めるならば――極めてマズかったのだ。
そう、まるで漫画に出てくる代物のごとく。
胸の奥よりせり上がって来る嘔吐感。
その衝動に従えば自分は楽になれるのだろう。
だが彼の目に映るのは同胞の死に悲しみながらも前に進もうという健気な女の姿。
しかも自分の料理に対する反応を期待の篭った眼差しで見ているではないか。
彼は嘘を好まない。
だが、それ以上に仲間を悲しませるのは戦士の恥だ。
(守ったら負ける! 攻めろぉぉぉぉぉぉっ!)
内なる声に従い、皿を掲げ、パスタを一気にかきこむ。
酸味・甘味・辛味といったものの集合体が一気に口内と喉を通過していく。
つらいのは一瞬だ。天井のシミを数えておけばすぐに終わる。
そして永遠とも思える一瞬が過ぎ去り、唖然としているシャマルに向けて口の端を吊り上げる。
「……悪くない、味だ」
ヴィラルは今にも引き攣りそうな口の端を抑えるよう努力した。
そしてその努力はどうやら報われたようだ。
その証拠にシャマルの顔には先ほどとは違う、花のような柔らかな笑顔が浮かんでいる。
そうだ、これでいいのだ。
仲間の死を悼む優しい同胞のためならば、この程度の苦難どうということは「おかわりならありますからどんどん食べてくださいね!」
――ヴィラルは戦士である。
そして戦士には破滅が待っているとしても、避けてはならない戦いがあるのであった。
* * *
「ごめんなさい、作りすぎちゃったみたいね。
ヴィラルさんがあまりにもおいしそうに食べるからつい……」
「……も、問題ない」
そしてヴィラルは勇者であった。
アレを5杯おかわりしたものは少なくとも時空管理局内にはいない。
シグナムたちがこの事実を知ったら彼を褒め称えるであろう。
だが勇者に休息は許されないらしい。シャマルはヴィラルの顔を覗き込むようにして口を開く。
「ヴィラルさん。食事も取りましたし、これからのことについて話し合いませんか?」
この声に真剣なものを感じ取ったヴィラルは、込み上げる胸焼けを抑えながら、視線を彼女に向ける。
「これからのこと、だと? ニンゲンを発見次第殺す――それ以外に何があるというのだ?」
その為に自分は――いや自分達はここにいるのだ。
だからそれ以外のことなど必要ないはずだ。
「そのためにです。質問だけれど、ヴィラルさんは今までに何人の参加者と接触しました?」
クルクル、ケンモチ、蛇女、泣いていた男、カミナと名乗ったハダカザル、そして目の前にいるシャマル……
「6人だ。それがどうかしたのか?」
「それで、その内何人を殺せた?」
「…………1人だ。それがどうかしたというのか」
声に不機嫌なものが混じるのは仕方ない。
この事実に苛立っているのは他ならないヴィラルなのだ。
獣人は人間より優れているはず……ならば何故、自分はまだたったの一人しか殺せていない!
「……私も殺せたのはたったの1人よ。
12時間でたったの2人……これではあまりに効率が悪すぎると思わない?」
確かにその通りだった。参加者は全部で82名。
現在、死者が4分の1ほど出た計算になるが、今のままではあまりにも効率が悪すぎる。
「では……どうすればいい! 手っ取り早く獲物を見つける方法でもあるというのか!」
その質問に答えるようにシャマルは地図を広げる。
そしてその指を滑らせ、ある一点で停止させる。
「――ここを目指しましょう」
シャマルの白い指が指し示した先は、
「……病院、だと?」
地図でいう【D-6】に存在する施設――総合病院であった。
確かにそこに行けば傷の治療に使える薬品が手に入るかもしれない。
だが自分の傷はほとんど塞がっており、更には多用出来ないとはいえシャマルの『マホウ』がある。
それを目的にするには理由が弱いようにも思えるが?
そんなヴィラルの疑問を読み取ったのか、シャマルは言葉を続ける。
「病院自体に何かあるというわけではないわ。
ただ恐らくはこれから先、時間が経つごとに中央部が激戦区になる――ということよ」
「……その根拠は?」
「地図の左側は見ての通り、ほとんどが水路と海で行動が制限されているわ。
モノレールは動く標的になりかねないし、そうでなくても出入りの瞬間を狙われる可能性が高い。
だからモノレールを使うのは相当な実力者か……相当な考え無しかのどちらかよ。
大多数の参加者は危険地域の指定による行動の制限を恐れて中央部を目指すはずよ。
ゲームに乗った者、乗らない者も関係なく、ね……」
なるほど、とヴィラルは感心する。
螺旋王がどんな基準で危険地域を指定しているのかは分からないが、
分断されない限り中央にいれば逃げるにしろ殺すにしろ選択肢が広がる。
そう考えて中央に向かうのだろう。そして――この戦場で人が出会えば戦闘は必死だ。
「では病院を目指し、そこで待ち伏せる、と?」
更なる戦いの予感に唇を吊り上げるヴィラル。
その瞳の奥に映るのは今まで殺し損ねた人間の姿が映っているのだろうか。
だが、その火を消すかのようにシャマルは首を横に振る。
「いいえ、病院自体には行かないわ。勿論周囲の建物……デパートにも、下水処理場にも近寄らないわ。
私達が目指すのはあくまで中央部“付近”。
その激戦区から逃げ出したもの、もしくはその戦いで消耗した人間を――殺すの。
そうすれば最小の効率で最大の戦果が得られるわ」
戦いから逃げ出したもの――それは敗者であり弱者だ。
その者の命を奪うというのは簡単なことであろう。
しかし……
「……つまりお前は俺の腕が信用できない、というのか?」
ヴィラルの言葉に険しいものが宿る。
繰り広げられるであろう強者達の宴に背を向け、敗残者を狩れと?
それは自分の力が信用ならないということの裏返しなのではないか?
戦士として実力を疑われることは侮辱以外の何者でもない。
だがシャマルは再び首を振ってそれを否定する。
「そうじゃないわ……ただ、確実を記したいだけよ。
もし、あなたの戦士としての誇りが許さないというのなら私一人でやるわ」
確固たる意思を言葉に滲ませながら、そう言い切るシャマル。
「もしかしたら、出会う人間は私達以上の人数で徒党を組んでいるかもしれない。
もしかしたら、敵と戦ってる最中に重火器か何かでまとめて焼き払われるかもしれない。
だから私は私が考えうる限りの最善の策を打つわ。
そのせいで例えどんな汚名を被ったとしてもかまわない。
私は……全てが終わってしまってから、後悔なんてしたくないもの……」
まるで自分に言い聞かせるようなシャマルの言葉。
その言葉に込められた気迫にヴィラルは驚嘆していた。
目の前の女は誇りすら犠牲にして任務をこなそうとしている。
これほどの使命感をもって任務に挑むとは……獣人の中でもそうそういはしない。
人間の仲間かと疑ってしまった自分を恥じる
ああ、彼女は尊敬するに足る立派な戦士だ。
「――わかった。お前の覚悟を信用する」
「……ありがとうヴィラルさん。
そしてもう一つ気をつけて欲しいことがあるの。聞いてもらえる?」
是非も無い。首肯で先を促す。
「これから先はほぼ確実に奇襲という形を取ることになるわ。
だからこれまで以上に敵に襲い掛かる前に十分に様子を見ましょう」
何故だ? 疑問符は浮かぶ。
だが先程のやり取りで、それにも理由があるであろうことを確信しているヴィラルは沈黙をもって先を促す。
「あなたは強い……いえ、獣人は人間よりも優れた身体能力を持っている……そうよね?」
何を今更聞くのだろう。そんなことは常識だ。
でなければ獣人が地上を闊歩できるわけはないはずだ。
「じゃあ思い出して、初めて広間に集められた時の事を。
螺旋王に刃向かった、あの奇妙な鎧の男のことを」
水晶を掲げて、閃光と共に奇妙な鎧をまとった男。
その男が放った謎の光はガンメンの武装に匹敵する威力があることが見て取れた。
「あの男の放った光――あれは“魔法”じゃないわ。
これから先は単なる推測だけれども……螺旋王はさっきの放送で言って……もとい、仰ってたわね。
『命と引き換えに“螺旋の力”を発現させたものが現れた』って」
そういえばそんなことを言っていた気もする。
だが、それがどうしたというのだ。
怪訝そうな表情を作るヴィラルにシャマルは衝撃的な一言を告げる。
「もしも……この“螺旋の力”があの男が持つような力だったとしたら?」
「!!?」
驚くヴィラルに対して、畳み掛ける様にシャマルは言葉を続ける。
「もしかして螺旋王は私達の魔法を研究する際に、ごく一部の人間が持つその力に気付いたんじゃないのかしら?
だから獣人の戦士がどれだけ彼らに対抗できるかを調べるために、貴方はこの戦場に送り込まれたのではないかしら?
そうでなければ私達のような実験部隊がここに送り込まれた理由はともかく、
ヴィラルさんのような“戦士”が送り込まれた理由が思いつかないわ。
それに……さっき名前を呼ばれたエリオは……私と違って戦闘に特化した魔術の使い手だったの」
「……なるほどな。つまりお前の仲間はその“特殊な力”を持つ人間にしてやられた可能性がある、ということか」
そう返すヴィラルの脳裏に浮かぶのは忌まわしい記憶。
城塞のような船の上で蛇女が取り出した紅色の槍を思い出す。
服を脱いでいた蛇女にあれを隠せるスペースが合ったとは考えにくい。
それがあのシャマルの言う『ハダカザルの持つ奇妙な力』だったとしたら?
それどころか今までずっと疑問であった何故螺旋王が優秀な螺旋遺伝子の持ち主を集めようとするのか?
そして何故自分がこの場所に送り込まれたのか?
――それらにすべて説明が付くではないか。
「ええ、だからまずは遠くから観察するの。
相手がどんな能力を持っているか、どんな武器を持っているか。
推測だけでも立てれたら上出来……といったところだけれどね。
私の魔法が回復や補助に特化しているように、恐らくは万能なものはいないはず。
だから相手の力の特徴さえつかめれば、自ずとその対策も練れるはず……」
「……なるほどな。一応の筋は通っているようだ。
だが俺は地上で相当数の人間と戦ってきたが、そんなヤツらとは遭遇していない。
これはどう説明する? そしてそんな奴らが出てきたのならば、俺の耳にも届いているはずだ」
ヴィラルとて人間掃討軍極東方面部隊長の地位にいる身だ。
ニンゲンたちにそんな変化があれば部下の獣人から報告があるはずだ。
「多分……人間がその力を発現させたのはごく最近なんじゃないかしら。
そして……もしも何かの拍子で人間がそんな力を持ったと知ったら、私達獣人はどう思うかしら?
ヴィラルさんのような実力に自身がある人はともかく、そうでない獣人たちは……」
戦闘に向かない、また好まない獣人たちもいる。
そんな彼らにこの情報が知れ渡ったらどうなる?
答えは一つしかない。恐怖によるパニックが起こり、士気の低下は免れないだろう。
それほど重要な情報ならば螺旋王直下の四天王ならばともかく、
所詮は一仕官である自分には知らされないのも当然なのかもしれない。
そこまで考えたところで改めて“キドウロッカ”の有用性を想像してみる。
優秀な螺旋遺伝子を持つものの傾向をこの戦場で調査し、定義づける。
キドウロッカが穴倉に潜入し、今回得られたデータを元に“螺旋の力”に目覚めそうなニンゲンたちを監視する。
そして覚醒の兆候を見せれば穴倉にいる時点でガンメンによって殲滅する。
その一方でマホウの研究を進め、“螺旋の力”の持ち主を圧倒できるように獣人を強化する。
なるほど、実に効率的ではないか。
すべての獣人のため――そう考えれば忌まわしい人間の体に近づけさせられた腹立たしさも、
僅かながら軽くなろうというものだ。
そういえば目の前の女はどう考えているのだろう。
彼女の言を信じるならば彼女は生まれたときから人間に近い身体にされているのだろう。
カプセルに入らずとも細胞は決壊せず、睡眠をとることで休息を取る……恐らくはそういう風に作られたはずだ。
ハダカザルに近い容姿と性能にされて――彼女は自分の身体をどう思っているのだろう?
「……お前は自分の身体について考えたことはあるか?」
そう問われたシャマルは何故か顔を赤くする。
何かまずいことを言ったか?
「え、ええと……最近確かにちょっとお尻のあたりがきつくなった気もするけど
それは誤差範囲内の話で……」
「そういう意味ではない! ……お前は生まれながらにしてニンゲンに近く作られた。
そのことについて貴様の誇りは傷つかなかったのか?」
シャマルの目が悲しそうに伏せられる。
「……あなたは傷ついたのね。人間に近い身体にされて」
「当然だ! 劣る存在に近づけさせられて誰が喜べる!」
ヴィラルにとって、いや獣人にとってそれはアイデンティティにかかわることだ。
獣人はニンゲンより優れた存在である。
でなければ何故獣人が地上を支配できているというのだ。
だがシャマルから帰ってきた問いは、ヴィラルにとって予想外のものだった。
「何故、人間を劣っているものと考えるの?」
「な――んだと?」
「確かに肉体的に弱いかもしれない。でも“彼女”達は――」
だがシャマルはそこで言葉を切り、目を伏せる。
「……ごめんなさい。おかしな事言ってるわね、私」
そう言って気を落されてはヴィラルは何も言えない。
何故、人間を庇うようなことを言ったのか?
彼女の真意を探ろうとして一つの可能性に思い当たる。
もしかしたら彼女はこちらの心配をしてくれたのかもしれない。
“人間は劣っているもの”。その気持ちが油断を生まなかったと言えるか? ――いや、言えまい。
だからクルクルに剣術で負け、ケンモチに投げ飛ばされ、蛇女に痛手を負わされたのだ。
そうだ、認めよう。この戦場にいるニンゲンどもは強い。
それがシャマルの言う“螺旋の力”に所以するのものなのかどうかは分からないが、油断をすればやられる程に強いのだ。
獣の王はヌメリブドウカバを狩るのにも全力を尽くすという。
ならば俺も例え相手が何者だろうと全力でかからなければなるまい。
僅かに残っていた人間への油断を消し去り、殺意を新たにする。
彼女がそこまで意図したわけではないだろうが、油断を消し去ってくれたことには感謝しなければなるまい。
「……気にするな。お前はしばらく休んでおけ。出発の準備は俺がする」
そう言いながら、改めてこの女のことを考える。
シャマル――ニンゲン型獣人。
特殊な力“マホウ”を持ち、自分の傷を治療した手際のよさから見て通常の医療技術にも秀でているようだ。
だが、それだけではない。
彼女は螺旋王の放送と地図だけでこれだけの推論を導き出した優れた頭脳を持っている。
また事実を事実として受け止める強さを持ち、その上で目的のために効率的に動く方法を導き出している。
それは自分のような戦士とは違う、言うなれば軍師の才だ。
しかも自分すら一本の駒として見れるような冷静な判断力を持ったものが何人いるだろうか。
この任務が終われば螺旋王に進言し、自分の副官に推薦するのもいいかもしれない。
そう、その為にも彼女を守り抜き、この任務を全うしよう。
恩人を守るのは、戦士として当然のことなのだから。
* * *
危ないところだった。
彼との関係は嘘の上に詭弁を重ねた非常に危ういものなのだ。
少しのミスも許されないというのに、タイトロープの上から自ら足を踏み外すところだった。
だけど彼の言う“人間”に主が含まれていると思うとどうしても口に出さずに入られなかったのだ。
八神はやて。
肉体的には弱い存在でありながら、その心はシャマルが今まで出会ったどの主よりも強くやさしい。
そして今、何を犠牲にしてでもも守りたい人物でもある。
彼女は無事だろうか。
彼女に何かあれば自分の身体にも何らかの変調が起こるはず。
それがないということは命はあるということだが、それが怪我をしていないということには繋がらない。
出来るなら今すぐにでも彼女の元へ駆けつけ、彼女を守りたい。
だけどそれは夢のまた夢だ。
行動を共にすることになったヴィラルさんは人間かそうでないかを嗅ぎ分けることが出来る。
(そのおかげで一命を取り留めた様なものだから文句は言えないが)
戦闘機人であるスバルならばいくらかごまかすことも出来るだろうが、
純粋な人間であるティアナやはやてではそうはいかない。
だから私は人間を見かけても、まず様子を見るように促した。
彼が急に襲い掛かるのを止めさえすれば、何らかの理由をつけてやめさせることが出来る。
その目論見は成功したようで、よっぽどのことが無い限りいきなり襲い掛かりはしないだろう。
だが、安全装置をつけた代わりに、彼から離れられなくなったといってもいい。
常に私が手綱を握っていなければ、この安全装置は役に立たない。
それはつまりはやてちゃんたちとの合流が遠のいてしまったと言うことだ。
――と、そこまで考えて、自分にその資格がないことを思い出す。
この手は既に血に染まっているのだ。
彼にも家族がいただろう。友人がいただろう。恋人や――もしかしたら子供もいたかもしれない。
闇の書の意思ではなく、シャマルという身勝手な一人の人間として彼を殺した。
それは大事な人を守るためとはいえ、決して許されることではない。
ああ、今の自分を見たらシグナム達はどう思うだろう。
再び手を血に染めたことに憤怒し、刃を向けるだろうか?
それとも同情して更生を促すだろうか?
そのどちらもありそうで、どちらもなさそうだった。
ただ分かるのは、既に人を手をかけた自分はあの暖かい場所にはもう戻れない――それだけだ。
そして同じ戻れないのならば大事な主を、仲間を守るために修羅に堕ちよう。
既に私は死んだ仲間だって利用してきているのだ。
人を助けてきた彼らの生き様を侮辱する行為だと知りつつも。
キャロのデバイスを使い傷を癒し、エリオの名を使って嘘の信憑性を高めた。
そして今自分が騙している男性の背中を見る。
彼は奇襲には使えないカートからあの大きな銃を取り外している。
その背中を見て彼の人となりに思いを馳せる。
ヴィラルさん――獣人の一人。
人間掃討軍極東方面軍部隊長にしてこのゲームに送り込まれたジョーカー。
性格は生真面目で、とにかく礼節を重んじる軍人。
どこか寝顔が可愛くて、そして――優しい人だ。
「銃を取り外すのに案外時間がかかりそうだ。
……辛ければ、横になっていてもかまわんぞ」
そんな訳は無い。取り付けたのは私だ。
外そうと思えば何時だって外せるはずぐらいにしか取り付けていない。
それを気遣って出発を遅れさせようとしているのだ。
でも優しくされればされるほど、私の心に残された良心が痛みを訴える。
「言ったじゃないですか、大丈夫だって。
――行きましょう、もう既に戦いが始まってる可能性がありますから」
嘘がばれ、バツの悪そうな顔になるヴィラルさん。
ああ、私は彼を騙しているのだ。実直な軍人で――根っこの部分は善良な彼を。
きっとこの罪は、廻り廻っていつか私を裁くだろう。
けれどその罰がはやてちゃんやスバル、ティアナたち六課の皆に及ばないというのなら、
それが私だけの罰だというのなら、甘んじて受けれよう。
その覚悟は当に出来ているのだ。
と、そんなことネガティブなことを考えていたからだろうか?
いつの間にか彼が接近して、こちらの瞳を覗き込んでいることに気付かなかったのは。
その瞳は先程よりもずっと真剣で、どこか決意の色を帯びていて、目を外せない。
「そんなに不安そうな顔をするな、シャマル。
絶対にお前は俺が守り通す。かすり傷も負わせん」
そう言われた瞬間――余りの出来事に心の中から先程までの鬱々とした考えが消え去った。
「――え」
時間の経過と共に、その言葉が耳から脳細胞に、そして脳細胞から全身へと染み渡っていく。
動悸は早鐘のように打ち鳴らされ、自分の意思とは関係なく顔に血と熱が登ってくる。
そんなシャマルの様子を見て、ヴィラルも遅まきながら自分が何を言ったのか理解した。
彼としては頭に『戦士として』を付けるつもりだったのだが、それを抜いたせいで意味合いが大きく変わってしまったのだ。
だが“彼女を守る”と思ったことは事実であり、言葉の大意は同じであるため否定することもできず、
どうしたらいいか分からない様子だった。
――何やってるのシャマル! ここは戦場で、しかも目の前の人は利用すべき駒なのよ!
心のどこかで冷静な自分がそう叫ぶが、それもまるで壁越しの声のようだ。
だって仕方ないじゃないか。ヴォルケンリッターである私は常に“守る側”で、決して“守られる側”ではなかったのだから。
異性からここまで直裁に、純粋な気持ちをぶつけられたことなどないのだから。
「……シャマル」
「は、はひぃっ!?」
『はひぃ』って何だ。『はひぃ』って。
冷静な心が突っ込むものの、顔と頭の大部分はオーバーヒート寸前だ。
見ればヴィラルさんの顔もかなり朱色が占めている。良く熟れたトマトみたいに真っ赤だ。
「……………………………………………………行くぞ」
「……………………………………………………はい」
奇妙な沈黙を保ったまま、二人は並んで歩きだす。
付かず離れずの微妙な距離で。
* * *
――それは奇妙な二人組だった。
一人は獣人。螺旋王の鬼札(ジョーカー)故に、獣人であるが故に当然のように人を殺す男。
一人は元騎士。仲間を守るために、修羅道へと堕ちる覚悟を決めた女。
男は女に騙され、利用されている。
女は嘘がばれれば、瞬時に男の標的へと早変わりする。
だから二人の間にあるのは打算と、嘘と、同じ殺人者であるという血塗られた仲間意識。
それだけのはずだ。
だというのにその光景は、はたから見れば仲睦まじい二人そのものだったのだから。
【G-3/空港/1日目/日中・放送直後】
【チーム:Joker&Fake Joker】
【ヴィラル@天元突破グレンラガン】
[状態]:脇腹に傷跡(ほぼ完治・微かな痛み)、胸焼け
[装備]:ワルサーWA2000(3/6)@現実 、大鉈@現実
モネヴ・ザ・ゲイルのバルカン砲@トライガン(あと9秒連射可能、ロケット弾は一発)
[道具]:支給品一式、ワルサーWA2000用箱型弾倉x4、鉄の手枷@現実
[思考]
基本:ゲームに乗る。人間は全員殺す。
0:……くそっ、何だこの恥ずかしさは!
1:中央部近辺に向かい、激戦区を観察。そしてそこから逃げてきたものを殺す。
2:シャマルに礼を尽くす。その為にも、クラールヴィントと魔鏡のかけらをどうにかして手に入れたい。
3:蛇女(静留)に味わわされた屈辱を晴らしたい。
4:『クルクル』と『ケンモチ』との決着をつける。
[備考]
螺旋王による改造を受けています。
①睡眠による細胞の蘇生システムは、場所と時間を問わない。
②身体能力はそのままだが、文字が読めるようにしてもらったので、名簿や地図の確認は可能。
…人間と同じように活動できるようになったのに、それが『人間に近づくこと』とは気づいていない。
単純に『実験のために、獣人の欠点を克服させてくれた』としか認識してない。
※二アが参加している事に気づきました。
※機動六課メンバーをニンゲン型の獣人だと認識しました。
※なのは世界の魔法について簡単に理解しましたが、それは螺旋王の持つ技術の一つだと思っています。
また、その事から参加者の中で魔法が使えるのは機動六課メンバーだけであるとも思っています。
※螺旋王の目的を『“一部の人間が持つ特殊な力”の研究』ではないかと考え始めました。
【シャマル@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
[状態]:魔力消費 中
[装備]:ケリュケイオン@魔法少女リリカルなのはStrikerS
[道具]:支給品一式×2、バルサミコ酢の大瓶(残り1/2)@らき☆すた、魔鏡のかけら@金色のガッシュベル!!
[思考]
基本:八神はやてを守る為に、六課メンバー以外の全員を殺す。けれど、なるべく苦しめたくは無い。
0:……
1:中央部近辺に向かい、激戦区を観察。そしてそこから逃げてきたものを殺す。
2:しばらくの間はヴィラルと行動する。
3:クラールヴィントと魔鏡のかけらを手に入れたい。
※宝具という名称を知りません。
※ゲイボルク@Fate/stay nightをハズレ支給品だと認識しています。
※魔力に何かしらの制限が掛けられている可能性に気付きました。
※魔鏡のかけらを何らかの魔力増幅アイテムと認識しましたが、
どうやって使用する物なのか、また全部で何枚存在しているのかはまだ理解していません。
※銃を取り外されたゴーカートは空港、コンテナ横に放置されています。
*時系列順で読む
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|142:[[『真偽』と『真意』~危うい■■(後編)]]|シャマル|176:[[邪魔する虫]]|
**ヴィラルシャマルの事情 ◆DNdG5hiFT6
湖の騎士・シャマル。
夜天の書の守護プログラム・ヴォルケンリッターの参謀格。
もう一つの二つ名は“風の癒し手”。
時空管理局に所属する古代ベルカ式・AA+級の魔導士。
機動六課所属の後方支援(ロングアーチ)・主任医務官。
“隣のお姉さんに欲しい女性No1(時空管理局内男性限定非公式アンケート)”
“白衣が似合う女性No1(同上)”
“すれ違ったときについつい後姿を見てしまう女性局員No1(やっぱり同上)”
……エトセトラエトセトラ。
数多くの肩書きを持つ彼女は、その肩書きの多さに比例するように有能である。
通常は上記のように医務官を勤めるが、有事の際には現場指揮や索敵、通信など多くの任務をこなせる
優秀なバックアップ要員であり、更に何かとストレスの多い管理局員相手にカウンセリングを行っている。
(このカウンセリングが始まってから離職率がガクンと減った、と一部では噂されているほどである)
またプライベートでも最年長の人格を持つことも手伝い、掃除、洗濯といった細かい雑務を一任されている。
そのおっとりとした外見からは想像しにくいが、まさに“出来る女”の代名詞のような存在であった。
だがそんな彼女にも唯一人に誇れないものがある。
それが三大欲求の一つに直結する家事の一つ、即ち“料理”であった。
しかしながらそのことについて本人に聞けば、
『ちがうもん。シャマル先生、お料理下手なんかじゃないもん!』
と否定の意を返してくれるだろう。
だが客観的に見て、彼女の料理の腕は“いま一つ”であった。
いっそ出来上がるのが人知を超えた代物ならば本人も諦めがついただろう。
しかしマズイながら半端に食える、進歩の可能性を僅かに垣間見せる代物を作るため、
シャマルはその腕を日々磨こうとし、その度に仲間達に阻止されるということを幾度と無く繰り返してきたのであった。
そんなわけでこんな状況にもかかわらず、久々の料理に気合が入るのであった。
しかし螺旋王は何を考えているのだろう、と支給品のパスタセットを見て思う。
偶然施設内にキッチンがあったからいいものの、調理場所が無ければ喰えたものではない。
どうやら道具にも当たりはずれがあるように、支給された食料品にも当たりはずれがあるようだ。
そんな益体ないことを考えながら、湯を張った鍋にパスタを放り込んだ――そんな時であった。
『さて、二度目の放送を行う』
天空から忌まわしい声が響いてきたのは。
* * *
――エリオ・モンディアル。
シャマルから聞かされた“キドウロッカ”の一員の名だ。
また人間の手によって同胞たる獣人の命が失われた――そのこと自体にも怒りがこみ上げるが、
シャマルにあの表情をもう一度させるかと思うと、それとは別種の怒りがヴィラルのなかで膨れ上がっていく。
「……お待たせしました」
そして数分後、料理を運んできたシャマルの声は案の定暗く沈んでいた。
励ますために何か声をかけようとして、やめる。
キャロという仲間が死んだと聞かされた時に見せた、凍りついたようなあの表情。
あの時の彼女は、まるで粉雪のように脆くか弱い存在に思えた。
そんな彼女に対し、女性の扱いに慣れていない自分が下手なことを言えば更に傷つけてしまうのではないか?
事実、何の気なしに手袋のことを訊いてしまったことがあるだけに、殊更慎重になってしまう。
そのためヴィラルは彼女の顔を直視することが出来ず、その視線の先は無骨なコンクリートの床にあった。
だから、その声は丁度頭上から聞こえるような角度でヴィラルの耳に届いた。
「……私は大丈夫ですよ、ヴィラルさん。
キャロが死んだと聞かされたときから、覚悟はしていましたから」
声に引き上げられる様に顔を上げたヴィラル。
その視界に入ったシャマルの顔は笑顔であった。
だがその笑顔には先程まであった明るさは無く、その目じりにはうっすらと涙の後が見える。
先程まで泣いていたのは誰の眼にも明らかだ。
だが、ヴィラルは思う――この女は強い存在だと。
仲間の死を悼み、悲しむ。そこで立ち止まってしまうものも少なくない。
だが彼女はそこから前へ進もうとしている。
それが出来る存在は強い。戦士としての経験がそれを肯定している。
「それよりも食べましょう! シャマル先生、腕によりをかけて作っちゃいましたからね!」
わざとらしいほどに明るく振舞い、一つしかない皿をヴィラルのほうへ差し出す。
「……お前は食わないのか?」
「ええ……食欲が無くて」
その今にも壊れそうな笑みを見て、歯を噛み締める。
――目の前の女のために今、自分が出来ることは何だ。
所詮不器用な自分では、気の効いた言葉をかけることは出来まい。
ならばせいぜいこの料理を美味そうに食べてやることぐらいではないか?
目の前に出された料理は見たことが無い細長い何かであったが、
程よい酸味が鼻腔を刺激しているので喰えるものなのは確かだ。
「――では、いただく」
だが直接料理を掴もうして『ちょっと待って』と止められる。
「あの……箸は使わないの? フォークが無かったから箸にしたのだけれど……」
「“ハシ”……この棒のことか? すまんが……俺はこの道具を使ったことがない」
皿と共に置かれた2本の木の棒。
シトマンドラ様たちならば正しい使い方を知っているかもしれないが、生憎と肉をメインに食べる自分には馴染みの薄い道具だ。
2本の棒をどう使えばいいのか……とりあえず両手に持ってみるが、これでは逆に喰いづらそうだ。
その様子がよほど滑稽に映ったのだろう。
シャマルは苦笑し、ヴィラルの手に自分の手を重ね、箸を握らせる。
「こう、ですよ。わかりますか、ヴィラルさん?」
自分のガサガサとした手とは違う柔らかな感触に何か居心地の悪いものを感じ、思わず視線をあさっての方向に向けてしまう。
教えている最中に視線をいきなり中空へ逸らしたヴィラルを不思議そうに見る。
「? ヴィラルさん、どうかしましたか?」
「う、うるさいっ! 食べるぞ!」
シャマルの手を強引に振り払い、不器用に箸を使いパスタを口の中に放り込む。
そして――それを口にした瞬間、未知の衝撃がヴィラルを襲った。
前述したとおり、シャマルは普通の料理下手である。
だが自分を慕ってくれていた少年の死を知った彼女の手元は盛大に狂い、知らず知らずのうちにミスを重ねていた。
そのミスが一つならば少しマズいで済む。
だがそれが2つ重なれば? 3つ重なれば?
料理は掛け算だ。ミスが重なればそのレベルを飛躍的に上昇させる。
そしてその結果として生まれたのは名状しがたい“何か”であった。
バルサミコ酢の酸味と甘味、そしてキッチンにあったのだろう追加された塩の辛味、
つぎ込まれた各種調味料が絶妙なノイズを作り出し、芯の残るパスタの食感と相まって壮絶なカオスを作り上げていた。
一言に纏めるならば――極めてマズかったのだ。
そう、まるで漫画に出てくる代物のごとく。
胸の奥よりせり上がって来る嘔吐感。
その衝動に従えば自分は楽になれるのだろう。
だが彼の目に映るのは同胞の死に悲しみながらも前に進もうという健気な女の姿。
しかも自分の料理に対する反応を期待の篭った眼差しで見ているではないか。
彼は嘘を好まない。
だが、それ以上に仲間を悲しませるのは戦士の恥だ。
(守ったら負ける! 攻めろぉぉぉぉぉぉっ!)
内なる声に従い、皿を掲げ、パスタを一気にかきこむ。
酸味・甘味・辛味といったものの集合体が一気に口内と喉を通過していく。
つらいのは一瞬だ。天井のシミを数えておけばすぐに終わる。
そして永遠とも思える一瞬が過ぎ去り、唖然としているシャマルに向けて口の端を吊り上げる。
「……悪くない、味だ」
ヴィラルは今にも引き攣りそうな口の端を抑えるよう努力した。
そしてその努力はどうやら報われたようだ。
その証拠にシャマルの顔には先ほどとは違う、花のような柔らかな笑顔が浮かんでいる。
そうだ、これでいいのだ。
仲間の死を悼む優しい同胞のためならば、この程度の苦難どうということは「おかわりならありますからどんどん食べてくださいね!」
――ヴィラルは戦士である。
そして戦士には破滅が待っているとしても、避けてはならない戦いがあるのであった。
* * *
「ごめんなさい、作りすぎちゃったみたいね。
ヴィラルさんがあまりにもおいしそうに食べるからつい……」
「……も、問題ない」
そしてヴィラルは勇者であった。
アレを5杯おかわりしたものは少なくとも時空管理局内にはいない。
シグナムたちがこの事実を知ったら彼を褒め称えるであろう。
だが勇者に休息は許されないらしい。シャマルはヴィラルの顔を覗き込むようにして口を開く。
「ヴィラルさん。食事も取りましたし、これからのことについて話し合いませんか?」
この声に真剣なものを感じ取ったヴィラルは、込み上げる胸焼けを抑えながら、視線を彼女に向ける。
「これからのこと、だと? ニンゲンを発見次第殺す――それ以外に何があるというのだ?」
その為に自分は――いや自分達はここにいるのだ。
だからそれ以外のことなど必要ないはずだ。
「そのためにです。質問だけれど、ヴィラルさんは今までに何人の参加者と接触しました?」
クルクル、ケンモチ、蛇女、泣いていた男、カミナと名乗ったハダカザル、そして目の前にいるシャマル……
「6人だ。それがどうかしたのか?」
「それで、その内何人を殺せた?」
「…………1人だ。それがどうかしたというのか」
声に不機嫌なものが混じるのは仕方ない。
この事実に苛立っているのは他ならないヴィラルなのだ。
獣人は人間より優れているはず……ならば何故、自分はまだたったの一人しか殺せていない!
「……私も殺せたのはたったの1人よ。
12時間でたったの2人……これではあまりに効率が悪すぎると思わない?」
確かにその通りだった。参加者は全部で82名。
現在、死者が4分の1ほど出た計算になるが、今のままではあまりにも効率が悪すぎる。
「では……どうすればいい! 手っ取り早く獲物を見つける方法でもあるというのか!」
その質問に答えるようにシャマルは地図を広げる。
そしてその指を滑らせ、ある一点で停止させる。
「――ここを目指しましょう」
シャマルの白い指が指し示した先は、
「……病院、だと?」
地図でいう【D-6】に存在する施設――総合病院であった。
確かにそこに行けば傷の治療に使える薬品が手に入るかもしれない。
だが自分の傷はほとんど塞がっており、更には多用出来ないとはいえシャマルの『マホウ』がある。
それを目的にするには理由が弱いようにも思えるが?
そんなヴィラルの疑問を読み取ったのか、シャマルは言葉を続ける。
「病院自体に何かあるというわけではないわ。
ただ恐らくはこれから先、時間が経つごとに中央部が激戦区になる――ということよ」
「……その根拠は?」
「地図の左側は見ての通り、ほとんどが水路と海で行動が制限されているわ。
モノレールは動く標的になりかねないし、そうでなくても出入りの瞬間を狙われる可能性が高い。
だからモノレールを使うのは相当な実力者か……相当な考え無しかのどちらかよ。
大多数の参加者は危険地域の指定による行動の制限を恐れて中央部を目指すはずよ。
ゲームに乗った者、乗らない者も関係なく、ね……」
なるほど、とヴィラルは感心する。
螺旋王がどんな基準で危険地域を指定しているのかは分からないが、
分断されない限り中央にいれば逃げるにしろ殺すにしろ選択肢が広がる。
そう考えて中央に向かうのだろう。そして――この戦場で人が出会えば戦闘は必至だ。
「では病院を目指し、そこで待ち伏せる、と?」
更なる戦いの予感に唇を吊り上げるヴィラル。
その瞳の奥に映るのは今まで殺し損ねた人間の姿が映っているのだろうか。
だが、その火を消すかのようにシャマルは首を横に振る。
「いいえ、病院自体には行かないわ。勿論周囲の建物……デパートにも、下水処理場にも近寄らないわ。
私達が目指すのはあくまで中央部“付近”。
その激戦区から逃げ出したもの、もしくはその戦いで消耗した人間を――殺すの。
そうすれば最小の効率で最大の戦果が得られるわ」
戦いから逃げ出したもの――それは敗者であり弱者だ。
その者の命を奪うというのは簡単なことであろう。
しかし……
「……つまりお前は俺の腕が信用できない、というのか?」
ヴィラルの言葉に険しいものが宿る。
繰り広げられるであろう強者達の宴に背を向け、敗残者を狩れと?
それは自分の力が信用ならないということの裏返しなのではないか?
戦士として実力を疑われることは侮辱以外の何者でもない。
だがシャマルは再び首を振ってそれを否定する。
「そうじゃないわ……ただ、確実を記したいだけよ。
もし、あなたの戦士としての誇りが許さないというのなら私一人でやるわ」
確固たる意思を言葉に滲ませながら、そう言い切るシャマル。
「もしかしたら、出会う人間は私達以上の人数で徒党を組んでいるかもしれない。
もしかしたら、敵と戦ってる最中に重火器か何かでまとめて焼き払われるかもしれない。
だから私は私が考えうる限りの最善の策を打つわ。
そのせいで例えどんな汚名を被ったとしてもかまわない。
私は……全てが終わってしまってから、後悔なんてしたくないもの……」
まるで自分に言い聞かせるようなシャマルの言葉。
その言葉に込められた気迫にヴィラルは驚嘆していた。
目の前の女は誇りすら犠牲にして任務をこなそうとしている。
これほどの使命感をもって任務に挑むとは……獣人の中でもそうそういはしない。
人間の仲間かと疑ってしまった自分を恥じる。
ああ、彼女は尊敬するに足る立派な戦士だ。
「――わかった。お前の覚悟を信用する」
「……ありがとうヴィラルさん。
そしてもう一つ気をつけて欲しいことがあるの。聞いてもらえる?」
是非も無い。首肯で先を促す。
「これから先はほぼ確実に奇襲という形を取ることになるわ。
だからこれまで以上に敵に襲い掛かる前に十分に様子を見ましょう」
何故だ? 疑問符は浮かぶ。
だが先程のやり取りで、それにも理由があるであろうことを確信しているヴィラルは沈黙をもって先を促す。
「あなたは強い……いえ、獣人は人間よりも優れた身体能力を持っている……そうよね?」
何を今更聞くのだろう。そんなことは常識だ。
でなければ獣人が地上を闊歩できるわけはないはずだ。
「じゃあ思い出して、初めて広間に集められた時の事を。
螺旋王に刃向かった、あの奇妙な鎧の男のことを」
水晶を掲げて、閃光と共に奇妙な鎧をまとった男。
その男が放った謎の光はガンメンの武装に匹敵する威力があることが見て取れた。
「あの男の放った光――あれは“魔法”じゃないわ。
これから先は単なる推測だけれども……螺旋王はさっきの放送で言って……もとい、仰ってたわね。
『命と引き換えに“螺旋の力”を発現させたものが現れた』って」
そういえばそんなことを言っていた気もする。
だが、それがどうしたというのだ。
怪訝そうな表情を作るヴィラルにシャマルは衝撃的な一言を告げる。
「もしも……この“螺旋の力”があの男が持つような力だったとしたら?」
「!!?」
驚くヴィラルに対して、畳み掛ける様にシャマルは言葉を続ける。
「もしかして螺旋王は私達の魔法を研究する際に、ごく一部の人間が持つその力に気付いたんじゃないのかしら?
だから獣人の戦士がどれだけ彼らに対抗できるかを調べるために、貴方はこの戦場に送り込まれたのではないかしら?
そうでなければ私達のような実験部隊がここに送り込まれた理由はともかく、
ヴィラルさんのような“戦士”が送り込まれた理由が思いつかないわ。
それに……さっき名前を呼ばれたエリオは……私と違って戦闘に特化した魔術の使い手だったの」
「……なるほどな。つまりお前の仲間はその“特殊な力”を持つ人間にしてやられた可能性がある、ということか」
そう返すヴィラルの脳裏に浮かぶのは忌まわしい記憶。
城塞のような船の上で蛇女が取り出した紅色の槍を思い出す。
服を脱いでいた蛇女にあれを隠せるスペースが合ったとは考えにくい。
それがあのシャマルの言う『ハダカザルの持つ奇妙な力』だったとしたら?
それどころか今までずっと疑問であった何故螺旋王が優秀な螺旋遺伝子の持ち主を集めようとするのか?
そして何故自分がこの場所に送り込まれたのか?
――それらにすべて説明が付くではないか。
「ええ、だからまずは遠くから観察するの。
相手がどんな能力を持っているか、どんな武器を持っているか。
推測だけでも立てれたら上出来……といったところだけれどね。
私の魔法が回復や補助に特化しているように、恐らくは万能なものはいないはず。
だから相手の力の特徴さえつかめれば、自ずとその対策も練れるはず……」
「……なるほどな。一応の筋は通っているようだ。
だが俺は地上で相当数の人間と戦ってきたが、そんなヤツらとは遭遇していない。
これはどう説明する? そしてそんな奴らが出てきたのならば、俺の耳にも届いているはずだ」
ヴィラルとて人間掃討軍極東方面部隊長の地位にいる身だ。
ニンゲンたちにそんな変化があれば部下の獣人から報告があるはずだ。
「多分……人間がその力を発現させたのはごく最近なんじゃないかしら。
そして……もしも何かの拍子で人間がそんな力を持ったと知ったら、私達獣人はどう思うかしら?
ヴィラルさんのような実力に自身がある人はともかく、そうでない獣人たちは……」
戦闘に向かない、また好まない獣人たちもいる。
そんな彼らにこの情報が知れ渡ったらどうなる?
答えは一つしかない。恐怖によるパニックが起こり、士気の低下は免れないだろう。
それほど重要な情報ならば螺旋王直下の四天王ならばともかく、
所詮は一仕官である自分には知らされないのも当然なのかもしれない。
そこまで考えたところで改めて“キドウロッカ”の有用性を想像してみる。
優秀な螺旋遺伝子を持つものの傾向をこの戦場で調査し、定義づける。
キドウロッカが穴倉に潜入し、今回得られたデータを元に“螺旋の力”に目覚めそうなニンゲンたちを監視する。
そして覚醒の兆候を見せれば穴倉にいる時点でガンメンによって殲滅する。
その一方でマホウの研究を進め、“螺旋の力”の持ち主を圧倒できるように獣人を強化する。
なるほど、実に効率的ではないか。
すべての獣人のため――そう考えれば忌まわしい人間の体に近づけさせられた腹立たしさも、
僅かながら軽くなろうというものだ。
そういえば目の前の女はどう考えているのだろう。
彼女の言を信じるならば彼女は生まれたときから人間に近い身体にされているのだろう。
カプセルに入らずとも細胞は決壊せず、睡眠をとることで休息を取る……恐らくはそういう風に作られたはずだ。
ハダカザルに近い容姿と性能にされて――彼女は自分の身体をどう思っているのだろう?
「……お前は自分の身体について考えたことはあるか?」
そう問われたシャマルは何故か顔を赤くする。
何かまずいことを言ったか?
「え、ええと……最近確かにちょっとお尻のあたりがきつくなった気もするけど
それは誤差範囲内の話で……」
「そういう意味ではない! ……お前は生まれながらにしてニンゲンに近く作られた。
そのことについて貴様の誇りは傷つかなかったのか?」
シャマルの目が悲しそうに伏せられる。
「……あなたは傷ついたのね。人間に近い身体にされて」
「当然だ! 劣る存在に近づけさせられて誰が喜べる!」
ヴィラルにとって、いや獣人にとってそれはアイデンティティにかかわることだ。
獣人はニンゲンより優れた存在である。
でなければ何故獣人が地上を支配できているというのだ。
だがシャマルから帰ってきた問いは、ヴィラルにとって予想外のものだった。
「何故、人間を劣っているものと考えるの?」
「な――んだと?」
「確かに肉体的に弱いかもしれない。でも“彼女”達は――」
だがシャマルはそこで言葉を切り、目を伏せる。
「……ごめんなさい。おかしな事言ってるわね、私」
そう言って気を落とされてはヴィラルは何も言えない。
何故、人間を庇うようなことを言ったのか?
彼女の真意を探ろうとして一つの可能性に思い当たる。
もしかしたら彼女はこちらの心配をしてくれたのかもしれない。
“人間は劣っているもの”。その気持ちが油断を生まなかったと言えるか? ――いや、言えまい。
だからクルクルに剣術で負け、ケンモチに投げ飛ばされ、蛇女に痛手を負わされたのだ。
そうだ、認めよう。この戦場にいるニンゲンどもは強い。
それがシャマルの言う“螺旋の力”に所以するのものなのかどうかは分からないが、油断をすればやられる程に強いのだ。
獣の王はヌメリブドウカバを狩るのにも全力を尽くすという。
ならば俺も例え相手が何者だろうと全力でかからなければなるまい。
僅かに残っていた人間への油断を消し去り、殺意を新たにする。
彼女がそこまで意図したわけではないだろうが、油断を消し去ってくれたことには感謝しなければなるまい。
「……気にするな。お前はしばらく休んでおけ。出発の準備は俺がする」
そう言いながら、改めてこの女のことを考える。
シャマル――ニンゲン型獣人。
特殊な力“マホウ”を持ち、自分の傷を治療した手際のよさから見て通常の医療技術にも秀でているようだ。
だが、それだけではない。
彼女は螺旋王の放送と地図だけでこれだけの推論を導き出した優れた頭脳を持っている。
また事実を事実として受け止める強さを持ち、その上で目的のために効率的に動く方法を導き出している。
それは自分のような戦士とは違う、言うなれば軍師の才だ。
しかも自分すら一本の駒として見れるような冷静な判断力を持ったものが何人いるだろうか。
この任務が終われば螺旋王に進言し、自分の副官に推薦するのもいいかもしれない。
そう、その為にも彼女を守り抜き、この任務を全うしよう。
恩人を守るのは、戦士として当然のことなのだから。
* * *
危ないところだった。
彼との関係は嘘の上に詭弁を重ねた非常に危ういものなのだ。
少しのミスも許されないというのに、タイトロープの上から自ら足を踏み外すところだった。
だけど彼の言う“人間”に主が含まれていると思うとどうしても口に出さずに入られなかったのだ。
八神はやて。
肉体的には弱い存在でありながら、その心はシャマルが今まで出会ったどの主よりも強くやさしい。
そして今、何を犠牲にしてでも守りたい人物でもある。
彼女は無事だろうか。
彼女に何かあれば自分の身体にも何らかの変調が起こるはず。
それがないということは命はあるということだが、それが怪我をしていないということには繋がらない。
出来るなら今すぐにでも彼女の元へ駆けつけ、彼女を守りたい。
だけどそれは夢のまた夢だ。
行動を共にすることになったヴィラルさんは人間かそうでないかを嗅ぎ分けることが出来る。
(そのおかげで一命を取り留めた様なものだから文句は言えないが)
戦闘機人であるスバルならばいくらかごまかすことも出来るだろうが、
純粋な人間であるティアナやはやてではそうはいかない。
だから私は人間を見かけても、まず様子を見るように促した。
彼が急に襲い掛かるのを止めさえすれば、何らかの理由をつけてやめさせることが出来る。
その目論見は成功したようで、よっぽどのことが無い限りいきなり襲い掛かりはしないだろう。
だが、安全装置をつけた代わりに、彼から離れられなくなったといってもいい。
常に私が手綱を握っていなければ、この安全装置は役に立たない。
それはつまりはやてちゃんたちとの合流が遠のいてしまったと言うことだ。
――と、そこまで考えて、自分にその資格がないことを思い出す。
この手は既に血に染まっているのだ。
彼にも家族がいただろう。友人がいただろう。恋人や――もしかしたら子供もいたかもしれない。
闇の書の意思ではなく、シャマルという身勝手な一人の人間として彼を殺した。
それは大事な人を守るためとはいえ、決して許されることではない。
ああ、今の自分を見たらシグナム達はどう思うだろう。
再び手を血に染めたことに憤怒し、刃を向けるだろうか?
それとも同情して更生を促すだろうか?
そのどちらもありそうで、どちらもなさそうだった。
ただ分かるのは、既に人を手にかけた自分はあの暖かい場所にはもう戻れない――それだけだ。
そして同じ戻れないのならば大事な主を、仲間を守るために修羅に堕ちよう。
既に私は死んだ仲間だって利用してきているのだ。
人を助けてきた彼らの生き様を侮辱する行為だと知りつつも。
キャロのデバイスを使い傷を癒し、エリオの名を使って嘘の信憑性を高めた。
そして今自分が騙している男性の背中を見る。
彼は奇襲には使えないカートからあの大きな銃を取り外している。
その背中を見て彼の人となりに思いを馳せる。
ヴィラルさん――獣人の一人。
人間掃討軍極東方面軍部隊長にしてこのゲームに送り込まれたジョーカー。
性格は生真面目で、とにかく礼節を重んじる軍人。
どこか寝顔が可愛くて、そして――優しい人だ。
「銃を取り外すのに案外時間がかかりそうだ。
……辛ければ、横になっていてもかまわんぞ」
そんな訳は無い。取り付けたのは私だ。
外そうと思えば何時だって外せるはずぐらいにしか取り付けていない。
それを気遣って出発を遅れさせようとしているのだ。
でも優しくされればされるほど、私の心に残された良心が痛みを訴える。
「言ったじゃないですか、大丈夫だって。
――行きましょう、もう既に戦いが始まってる可能性がありますから」
嘘がばれ、バツの悪そうな顔になるヴィラルさん。
ああ、私は彼を騙しているのだ。実直な軍人で――根っこの部分は善良な彼を。
きっとこの罪は、廻り廻っていつか私を裁くだろう。
けれどその罰がはやてちゃんやスバル、ティアナたち六課の皆に及ばないというのなら、
それが私だけの罰だというのなら、甘んじて受けれよう。
その覚悟は疾うに出来ているのだ。
と、そんなことネガティブなことを考えていたからだろうか?
いつの間にか彼が接近して、こちらの瞳を覗き込んでいることに気付かなかったのは。
その瞳は先程よりもずっと真剣で、どこか決意の色を帯びていて、目を外せない。
「そんなに不安そうな顔をするな、シャマル。
絶対にお前は俺が守り通す。かすり傷も負わせん」
そう言われた瞬間――あまりの出来事に心の中から先程までの鬱々とした考えが消え去った。
「――え」
時間の経過と共に、その言葉が耳から脳細胞に、そして脳細胞から全身へと染み渡っていく。
動悸は早鐘のように打ち鳴らされ、自分の意思とは関係なく顔に血と熱が登ってくる。
そんなシャマルの様子を見て、ヴィラルも遅まきながら自分が何を言ったのか理解した。
彼としては頭に『戦士として』を付けるつもりだったのだが、それを抜いたせいで意味合いが大きく変わってしまったのだ。
だが“彼女を守る”と思ったことは事実であり、言葉の大意は同じであるため否定することもできず、
どうしたらいいか分からない様子だった。
――何やってるのシャマル! ここは戦場で、しかも目の前の人は利用すべき駒なのよ!
心のどこかで冷静な自分がそう叫ぶが、それもまるで壁越しの声のようだ。
だって仕方ないじゃないか。ヴォルケンリッターである私は常に“守る側”で、決して“守られる側”ではなかったのだから。
異性からここまで直裁に、純粋な気持ちをぶつけられたことなどないのだから。
「……シャマル」
「は、はひぃっ!?」
『はひぃ』って何だ。『はひぃ』って。
冷静な心が突っ込むものの、顔と頭の大部分はオーバーヒート寸前だ。
見ればヴィラルさんの顔もかなり朱色が占めている。良く熟れたトマトみたいに真っ赤だ。
「……………………………………………………行くぞ」
「……………………………………………………はい」
奇妙な沈黙を保ったまま、二人は並んで歩きだす。
付かず離れずの微妙な距離で。
* * *
――それは奇妙な二人組だった。
一人は獣人。螺旋王の鬼札(ジョーカー)故に、獣人であるが故に当然のように人を殺す男。
一人は元騎士。仲間を守るために、修羅道へと堕ちる覚悟を決めた女。
男は女に騙され、利用されている。
女は嘘がばれれば、瞬時に男の標的へと早変わりする。
だから二人の間にあるのは打算と、嘘と、同じ殺人者であるという血塗られた仲間意識。
それだけのはずだ。
だというのにその光景は、はたから見れば仲睦まじい二人そのものだったのだから。
【G-3/空港/1日目/日中・放送直後】
【チーム:Joker&Fake Joker】
【ヴィラル@天元突破グレンラガン】
[状態]:脇腹に傷跡(ほぼ完治・微かな痛み)、胸焼け
[装備]:ワルサーWA2000(3/6)@現実、大鉈@現実
モネヴ・ザ・ゲイルのバルカン砲@トライガン(あと9秒連射可能、ロケット弾は一発)
[道具]:支給品一式、ワルサーWA2000用箱型弾倉x4、鉄の手枷@現実
[思考]
基本:ゲームに乗る。人間は全員殺す。
0:……くそっ、何だこの恥ずかしさは!
1:中央部近辺に向かい、激戦区を観察。そしてそこから逃げてきたものを殺す。
2:シャマルに礼を尽くす。その為にも、クラールヴィントと魔鏡のかけらをどうにかして手に入れたい。
3:蛇女(静留)に味わわされた屈辱を晴らしたい。
4:『クルクル』と『ケンモチ』との決着をつける。
[備考]
螺旋王による改造を受けています。
①睡眠による細胞の蘇生システムは、場所と時間を問わない。
②身体能力はそのままだが、文字が読めるようにしてもらったので、名簿や地図の確認は可能。
…人間と同じように活動できるようになったのに、それが『人間に近づくこと』とは気づいていない。
単純に『実験のために、獣人の欠点を克服させてくれた』としか認識してない。
※二アが参加している事に気づきました。
※機動六課メンバーをニンゲン型の獣人だと認識しました。
※なのは世界の魔法について簡単に理解しましたが、それは螺旋王の持つ技術の一つだと思っています。
また、その事から参加者の中で魔法が使えるのは機動六課メンバーだけであるとも思っています。
※螺旋王の目的を『“一部の人間が持つ特殊な力”の研究』ではないかと考え始めました。
【シャマル@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
[状態]:魔力消費 中
[装備]:ケリュケイオン@魔法少女リリカルなのはStrikerS
[道具]:支給品一式×2、バルサミコ酢の大瓶(残り1/2)@らき☆すた、魔鏡のかけら@金色のガッシュベル!!
[思考]
基本:八神はやてを守る為に、六課メンバー以外の全員を殺す。けれど、なるべく苦しめたくはない。
0:……
1:中央部近辺に向かい、激戦区を観察。そしてそこから逃げてきたものを殺す。
2:しばらくの間はヴィラルと行動する。
3:クラールヴィントと魔鏡のかけらを手に入れたい。
※宝具という名称を知りません。
※ゲイボルク@Fate/stay nightをハズレ支給品だと認識しています。
※魔力に何かしらの制限が掛けられている可能性に気付きました。
※魔鏡のかけらを何らかの魔力増幅アイテムと認識しましたが、
どうやって使用する物なのか、また全部で何枚存在しているのかはまだ理解していません。
※銃を取り外されたゴーカートは空港、コンテナ横に放置されています。
*時系列順で読む
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|142:[[『真偽』と『真意』~危うい■■(後編)]]|ヴィラル|176:[[邪魔する虫]]|
|142:[[『真偽』と『真意』~危うい■■(後編)]]|シャマル|176:[[邪魔する虫]]|
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