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「虐殺天使きっちりちゃん(後編)」(2022/08/18 (木) 22:01:51) の最新版変更点
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**虐殺天使きっちりちゃん(後編) ◆h8c9tcxOcc
「ところで、自己紹介がまだだったわね。あんまり興味深い話題だったものだから、つい興奮してしまって」
「えっ?」
少女の唐突な話題変更に、かがみは戸惑いを覚える。正確には、自己紹介という行為に対する動揺であった。
目まぐるしく移り変わる状況に感けて、彼女が不死者であるかもしれないということを失念していた。
厭世的な気分に入り浸り、もはや他の参加者に出遭う可能性など思考の外に放り出してしまっていたらしい。
ここでひとつの分岐点が生まれる。名を名乗ることを、相手が不死者か否かの判定に用いるべきかということだ。
「私は木津千里。アニロワ高等学校の生徒よ。あなたは? 珍しいデザインの制服だけど、どこの生徒なの?」
低確率ながら、疑われるリスクを負ってでも相手が不死者かどうかを確認すべきだろうか。
それとも、ここは素直に本名を名乗って、信用を崩さないべきだろうか。
「えと……り、陵桜学園、高等部……」
千里の振った話題に乗り、ひとまず時間を稼ぐかがみ。制服についての雑談でも交わしていれば、少しは尺が取れるだろう。
何せ命に関わる選択である。慎重に判断材料を並べ、じっくりと吟味したい。
「ふぅん、中高一貫校というやつかしら。道理で、洒落た制服を着けていたわけね」
「そ、そうなのよ。なかなか可愛いし、気に入ってるんだ。いいでしょ?」
「……」
「……」
「……それから?」
ところが、その目論見はたったの一言で消化されてしまう。
まだ結論は出ていない。仕方なく、付属情報で茶を濁すことにする。
「さ、三年……」
「私よりひとつ年長だったの。人は見かけによらないわね」
「あはは、よく言われる。目は尖ってるくせに顔は丸っこいとか」
「……」
「……」
「……で?」
またも一言で途切れてしまう。その上、返しを考えることが想像以上に思考領域を奪い、結局何も結論は出せていない。
さすがにこれ以上主旨を逸れては、それ自体怪しまれる要素になりかねなかった。
それに、初対面の相手と共有し得る学校についての話題など、そう次々と出るものでもない。
「あの……えと」
「ああ、じれったい。早く名前を言いなさいよ! 私はもう、きちんと名乗ったでしょう。
一方的に相手の事だけ知ろうだなんて、虫が良すぎないかしら。それとも、何か後ろめたいことがあるとでもいうの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だったら、はっきりなさい!」
癇癪を起こす千里。どうにも彼女は、堪忍袋の容量が小さいらしい。
自他共に認める短気なかがみがそう感じるほどなのだから、相当に気が短い人物なのだろう。
かがみは慌てふためきながら、ついに決断をする。
「ふ……風浦可符香」
そうして、咄嗟に浮かんだ名前を口走った。口走ってから、途方も無く自虐的な気分になる。
何故よりにもよって妹殺害の容疑者の名が出るのか。自分でも理解不能であった。
尤も、全くの適当な名前をでっちあげる訳にもいかず、参加者の中で知っている名が他に無かったのだから仕方ない。
青いアホ毛が脳裏を過ったのは、そこまで自分への言い訳を煮詰めた後のことだった。
「へぇ……そう。変わった名前ね」
千里はかがみにじわりと詰め寄り、口元に微笑を浮かべる。ただし、目は笑っていない。
嫌な汗が背中を伝う。もしや、嘘をついていることがばれたのだろうか。
まさか、そんなことはないだろう。あの大人数の中から、彼女の知り合いを引き当ててしまうことなど。
そもそも、可符香は常人離れした異能を持つ殺人鬼なのだ。自分と同じ学生の身である千里に、関わりがあるはずがない。
そう、信じたかった。しかし、千里は悪戯な笑顔を見せ、きっぱりと言い放った。
「でも、それはあなたの名前じゃないわ。あなたの嘘は、私にはきっちりお見通しよん。
何か思うところがあってのことでしょうけど……残念だったわね、“柊かがみさん”」
かがみは、全身から血の気の引いていくのを感じた。
「やあぁぁあぁぁぁっ!!」
「なっ?!」
気付けば、かがみは千里に掴みかかっていた。痛む脚に鞭打ち、一気に肉薄。さらに腰の刀に伸びる手を叩き落とす。
「あ、あなた。いきなりどうしてしまったの!?」
「てえぇぇえぇえぇぇいぃっ!!」
渾身の力を込め、かがみは千里を地面へ押さえつけた。そして腹部に圧し掛かって、脚での抵抗を防ぐ。
「今更しらばっくれないで。あんたも、不死者なんでしょ!」
偽名が通じず、本名を見破られたということは、千里もまた、かがみと同じ不死者に違いない。
「……は?」
千里は目を丸くした。最後までシラを切るつもりらしいが、そんなことは構わない。
「そう簡単にやられてたまるか……喰われる前に、こっちが喰ってやるッ!!」
よもや、血迷っている暇はない。やられる前に、こちらから仕掛けるしか生き残る道はない。
「な、なにをするの! ちょっと、やめなさい!!」
両脚と左手とでしっかりと動きを封じてから、震える右の手をじわり、じわりと、千里の頭へと差し伸べる。
そして指先が彼女の艶やかな黒髪に触れた瞬間……視界が暗転した。
黒く長い髪が、蛇の如く四肢に纏わりつく。次いで強いガム臭がしたかと思うと、突然目の前が真っ暗になった。
「な、なんなのよ、これ……ぎゃ!」
突然の怪異現象に怯える最中、胸倉を掴まれ地面へ叩きつけられる。
堪らず這い逃れようとするも、途端セーラー服の襟を引っ掴まれ、首が絞まって身動きが取れなくなってしまう。
「ぐへぇ!」
鳩尾に正拳が食い込み、黄味がかった胃液を吐き出す。飛び散った水滴が、陽光を受けてきらきらと輝いた。
千里は仰向けで悶えるかがみの体を跨ぎ、前屈してかがみの顔を覗き込んだ。
「どうしてくれるのよ、これ」
低い声でぼそりと言い放ち、千里は自らの頭を指差した。彼女の髪は、生物のように荒々しくうねり続けている。
「ど、どうって言われても……」
不死者に対する恐怖をも忘れるその剣幕に、いよいよ半べそになるかがみ。
髪が乱れたことに憤りを感じているようだが、普通そのためだけにここまで怒るものだろうか。
第一、触れただけで髪が暴走するなどと誰が予想できるというのか。
しかしそんな言い分を聞き入れてもらえるほど、事態は甘くなかったようである。
「これ、セットし直すのにどれだけ苦労するか、あなた解っているの?」
菱形の眼をぎらつかせ、少女は恨めしそうにかがみを睨み付けた。
かがみは愕然とした。髪のセットのためにこれだけの恐怖に晒されている事実には、もはや開いた口が塞がらない。
「きっちり、落し前つけさせてもらうわよ。きっちりと……」
「ひぃっ……!!」
そして、かがみは地獄を見た。
◆
「まったく、そういうことは先に言っておきなさい。いきなり馬乗りになられたって、どうしていいか困るわよ」
髪を櫛やらブラシやらで整えながら、千里は説教を垂れた。語気とは裏腹に、表情はどこか晴れやかである。
対照的に、かがみは心身ともにズタボロの状態に陥っていた。
千里の報復は執拗に続き、もはやストレスの捌け口にされたとしか考えられないほどに粘着質であった。
背中に跨ってツインテールをぐいぐい引っ張られたり、未だ痺れの抜けない脚を踵で思い切り踏みつけられたり、
あらぬ方向に鼻を捩じられそうになったり、刀の柄を尻に突っ込まれたり……思い出すだけで背筋が凍り付く。
結局たっぷり十分近く嬲られ、かがみは号泣しながらひたすら許しを乞うほかなかったのである。
「次からは、きっちり確認してから行動すること。わかった?」
「はひ……ごべんなざい」
真っ赤に泣き腫らした目を擦りながら、かがみは鼻声で応える。
彼女が不死者であるというのは全くの誤解であった。
名乗った偽名を見破られたのは風浦可符香が彼女の知人、ちなみに彼女と同じ女子高生であったためで、
本名を言い当てられたのは、つかさの名を聞いて、関連のありそうな名を言ってかまをかけただけだったという。
まったくもって、独り相撲の嬲られ損だったという訳だ。
「それにしても……また興味深い話を聞かせてもらったわ」
そして騒動を鎮めるにあたり、不死者に関する情報を洗い浚い吐かされてしまうこととなった。
不死の酒の基本情報に始まり、アイザックというもう一人の不死者の存在まで、知っていることは全部話した。
だが、致し方なかった。こうでもしなければ、拷問は夜まで続く勢いだったのだから。
「たしかに、あれだけ苛め……揉み合いになったっていうのに、今は傷ひとつないわね」
かがみの肢体を舐めるように眺めながら、千里は唸り声を上げた。
体中に満遍なくついた痣はひとつ残らず消えており、かがみの全身は血色の良い肌色に戻っていたのだ。
転嫁されたストレスによってやつれた、幽霊のごとく蒼白な顔面を除けば。
「う、うん、そうなのよ。信用してもらえてよかったわ」
苛めてる自覚あったのかよ、と突っ込みたいところだが、ここはぐっと堪える。
できるだけ千里を刺激しないように、細心の注意を払わなければならない。
どうやら千里はかがみの話を真と受け取っているらしく、疑心を深めることだけは免れひとまず安堵する。
ところが、千里の次なる挙動はかがみの思考の斜め上を行くものであった。
「でも、不死と称するにはちょっと生温いわね。より本格的な実験をしてみましょう」
「え…………?!」
実験という語に嫌なデジャヴを感じるかがみ。刹那。ずぷり、という耳障りな音と共に、全身がどっと熱くなった。
何が起きたかわからず、かがみは首を曲げ、自分の体を眺めた。見ると、腹に棒状の何かが突き立っている。
かがみの腹を、千里の持つ刀が貫通していた。
「な……な……」
事実を認識した途端、その熱さが痛みであることに気付く。だが、痛いという心の叫びすら、幾ら捻り出しても声にならない。
両手で傷口を庇うが、止め処なく溢れ出る血液は五指の間からするすると零れ落ちていく。
四肢が痺れ、急激な脱力感に襲われる。口から、ごぽ、と血の塊が飛び出した。
足ががくがく震え、もはや自分で立っていることもままならなくなる。地面に突っ伏すと、血の海が盛大に飛沫を撒き散らした。
どくどくと血は流れ、頭の中が徐々に空っぽになっていく。痛いという感覚は、既になかった。
自らの血で深紅に染まった手をただ茫然自失として見詰めながら、かがみは死んだ。
◆
数十秒の後、かがみの体は何事も無かったかのように元の姿を取り戻していた。
腹部を襲った痛みは綺麗さっぱり消え去り、残ったのは肉を引き裂く刃の感触と、
地べたに這い蹲って情けなく悶絶していたという記憶ばかりだった。
一方の千里は、物欲しそうにかがみを見詰め、指を唇に添えて恍惚の表情を浮かべていた。
「すごい……あなた、本当に死なないのね」
「だからそうだって何度も言ってるじゃない!! ってかさ千里さん、これって立派な殺人っすよ、マジな話!!」
半狂乱になりながら、かがみはあらん限りの大声で千里にブーイングを浴びせた。
今にもはち切れんばかり青筋を立て、目は真っ赤に充血している。
ところが千里はやはり受け合おうとせず、唇に添えた人差し指をかがみへ向けながら言った。
「あら、死なないと理解したうえで刺したんだから、殺意があったわけじゃないわ。
第一、あなた死んでないじゃない。傷痕も残ってないし、何も気にすることはないわ。
それに、あなただって不死者を一度殺してるんでしょ。これできっちり痛み分けじゃない」
「どこがどう痛み分けなのよ……!!」
暖簾に腕押しな態度にまた腹を立てるが、震える拳をゆっくりと鎮め、さらなる罵声を浴びせることは思い止まった。
千里は不死の体を持つかがみに少なからぬ興味を示しており、また刀を抜かせる事態だけは避けたかったので。
◆
「ふぅ……さて、気分……いや、あなたの誤解も晴れたことだし、そろそろ行きましょうか」
「は? 行くって、どこへ?」
この上なく反抗的な眼つきで千里を睨み付けるかがみ。千里は再度人差し指を立て、かがみへ言い聞かせるように得意気に言った。
「決まっているでしょう。アイザック・ディアンを捜すのよ。捜し出して、喰われる前に喰ってやるの。
さっきあなたが、私を喰おうとしたときのように、ね」
「あ、あれは喰われるかと思って咄嗟に……」
「問答をしている暇はないわ。こうしている間にも、状況は刻一刻動いているのよ。
こんなところで油を売っている時間は、一秒たりともありはしないの」
言い切ると、千里はかがみの手を強引に引き寄せる。今さっきの再生により、吊った脚は元の通りに動くようになっていた。
「……離してっ!!」
だが、かがみは動こうとはしなかった。千里の手を振り解き、彼女へと背を向けた。
「どうしてしまったの、かがみさん」
「行きたくない……」
かがみは、くぐもった声で答える。
「は? あなた、何を言って……」
「私はもう、どこにも行きたくない!!」
「…………」
かがみの尋常でない拒絶ぶりに、さしもの千里も言葉を失った。
かがみは、震えていた。地面のただ一点を、焦点の合わない視線で見詰めている。
「私……恐いのよ……独りで歩くのが」
のらりくらり、かがみは枯葉を踏んで千里から遠ざかっていく。
「だから、こうして私が一緒に行ってあげるじゃない」
「違う! 私は、つかさが居ないと歩けない! つかさが居なきゃ、何もできないのッ!!」
かがみはその場で座り込み、膝を抱えて小さく縮こまった。
突然訪れた心情の変化に自分でも戸惑ったが、考えてみれば当然のことだった。
死にたくないと足掻いたのも、かがみ自身の意志というよりは、単純な生存本能が働いたに過ぎない。
当面の危機を脱した今、かがみの行動の決定権は、かがみ自身の意志に戻されている。
そしてかがみは、つかさの形見すら失い、生きる糧を完全に見失っていた。
「あのままずっと、つかさと二人一緒で居られると思ってた。
なのに、私はつかさと一緒に居られる手段さえ失くしてしまった!
私にはもう、何も残ってない。何もしたくないし、する理由も……」
「寝言は寝てから言いなさいな!」
すぐ背後からの怒声に驚き、かがみは首を捻った。次の瞬間、かがみの体は地面から無理やり引き剥がされた。
千里はかがみを抱え上げ、自分の足で直立させると、今度は両手をかがみの肩に置き、神妙な面持ちでかがみを凝視した。
「あなたの決心は、そんなに容易く投げ出してしまえる程度のものなの?
死ねない身体になってまで全力を尽くそうと思ったのは、ただの気まぐれ?
一度は失敗したとはいえ、あなたは妹のために何かしようと努力したんでしょう。
それなら、もう少し頑張ってみなさいよ。最後まで、自分の思う道を進むべきだわ。
妹のために。何より、あなた自身の、つかささんの姉としての誇りのために」
千里の目には、情熱の火が宿っていた。その真剣な眼差しに、かがみの鬱屈した心は強かに打ちのめされた。
「姉としての、誇り……」
かがみは、心の片隅に置き忘れたちっぽけな勇気と、海のように深い罪悪感を感じていた。
私は、何をやっていたんだろう。今、私がこのゲームから目を背けたら、つかさは二度と帰ってはこない。
つかさは、私のすべてだった。こうして失ってみて、その気持ちが揺るぎないものであることにも気付いたはずなのに。
このまま逃げ続けても、いずれ自分は死ぬ。死ねない体になったって、何もしない人間が勝者になることなんてあり得ないのだ。
それならば、居直ってでも最後まで戦い抜く道を選ぶべきではないのか。否、そもそも、他に道など無かったはずである。
つかさが生きられる唯一の可能性が、そこにあるというのなら。
私はそれを、自らの手で投げ出そうとしていた。つかさがもう一度、自分に微笑みかけてくれる未来を。
こんな風に叱咤をされなくとも、わかっていたはずなのに。諦める事など、できるはずがなかったのに。
「私……どうかしてた。ごめんね、つかさ。つかさを見殺しにするなんてこと、私にできるわけがないじゃない……」
涙が、止まらなかった。悔しくて。悲しくて。何より、自分のしてきた決断が、どうしようもなく情けなくて。
千里はかがみの肩をしっかりと握ったまま、さらに力強く訴えた。
「行きましょう。行って、つかささんを救い出すの。あなたの……他の誰でもない、あなた自身の手で」
「うん……うん……」
そして、かがみは感じていた。ああ、彼女はやはり、弱者を導くリーダーの器を持つ人間なのだと。
弱りきってしまった自分を立ち直らせるために現れた、掛け替えのない存在なのだと。
「わかってくれたなら、いいのよ……」
千里はかがみの肩から手を持ち上げると、そのままかがみの顔へとゆっくりと手を差し延べる。
しかし、その表情に先程までのリーダーの面影は無く、目はいつか見た菱形をしていた。
「……へ?」
そういえば、何やら背筋に悪寒がする。そう、千里の頭に触れてしまったときに感じた、あの感覚である。
しかし気付いたときには既に遅く、千里は指先でかがみの頬を撫で……思い切り抓った。
「いだだだだだだだだだだだだだだ!!」
かがみは、重大なことを忘れていた。感動的な台詞を吐いたこの女は、どうしようもなく凶悪な粘着質暴力女、木津千里なのだ。
いくら口先で美辞麗句を並べようと、その本質が変わることはない。
こうしてかがみが、御人好しにも彼女の気遣いに幾度となく騙されてしまうのと同じように。
「わかったら、今後は手間をかけさせないでね♪」
「……ふぁい」
かがみの胸で膨らみだしたちっぽけな勇気は、一気に萎えてきってしまった。
◆
「見えた、ショッピングモールよ。やっぱり、ここはB-8で正しかったようね」
そんなこんなで、千里とかがみの数奇な二人三脚が幕を開けた。
彼女の目的ははっきりとは聞いていないが、一応は同一の目的を持つ者同士、ひとまず行動を共にするのも悪い話ではない。
幾らつかさの為に奮起したとはいえ、この会場を一人歩きするとなると、やはり足が竦んでしまう。
あんな扱いをされても、一人で行動するよりはやはり心強く感じる部分はある。
尤も、攻撃性はあれど自分と同じ女子高生。大して戦力に変化はない。うまく事が運ぶのかは、かなり疑問である。
だが逆に、とんとん拍子で事が運んだとして。千里と二人きりになってしまったら、それこそ最悪である。
死ねない体を玩ばれ、延々と虐待され続けることになる。彼女が飢えに堪えかね、死に果てるまで。
それだけは、何としてでも避けなければならない。頃合を見て、彼女を排除しておかなければ。
別に彼女と友達になろうというわけではない。適当に利用して、適当に乗り捨てればいいだけの話である。
「何をやっているの、かがみさん。早くこっちへいらっしゃい。急がないと、陽が暮れてしまうわよ!」
「わ、わかってるわよ。今行くー!」
しかし、やるべきことは数あれど、今は彼女の逆鱗に触れないことだけを考えていたほうが良さそうだ。
悩ましげに溜息を吐き、かがみは歩き出す。その胸に、つかさの姉としての誇りだけを抱いて。
【B-8/森のはずれ/一日目-午前】
【柊かがみ@らき☆すた】
[状態]:不死者、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:つかさのために、もう少し頑張ってみる
1:千里を刺激しないよう細心の注意を払いつつ同行
2:アイザック他、不死者を捜して喰う
3:頃合いを見て千里を殺す。でも報復を受ける事態は避けたいので慎重に
[備考]:第一放送を聴きましたが、つかさの名前が呼ばれたということ以外は覚えていません(禁止エリアはB-1のみ認識)
会場端のワープを認識
【木津千里@さよなら絶望先生】
[状態]:健康
[装備]:ムラサーミャ&コチーテ
[道具]:普通のデイパック、支給品一式(食料-[1kg.のカレー3缶][2リットルの水3本]、狂ったコンパス、まっぷたつの地図)
[思考]
基本:きっちりと実験(バトルロワイアル)を終了させる
1:ショッピングモールへ向かう
2:アイザックを捜し出し、かがみに喰わせる
3:残ったかがみをきっちり片付ける方法を探す
4:糸色望先生と出会ったら、彼との関係もきっちりとする
5:螺旋王の運営方針に強いフラストレーションを感じている
[備考]:死亡者を聞き逃した
会場端のワープを認識
不死者について説明書程度の知識を得た
つかさが生存者と誤解
[補足]:千里のコンパスは、ワープを利用した際の磁気の異常により故障しました
つかさの首(首輪なし)は場外に流れ去りました
*時系列順で読む
Back:[[虐殺天使きっちりちゃん(前編)]] Next:[[迷走Mind]]
*投下順で読む
Back:[[虐殺天使きっちりちゃん(前編)]] Next:[[迷走Mind]]
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|127:[[虐殺天使きっちりちゃん(前編)]]|木津千里|154:[[死ぬほど辛い]]|
**虐殺天使きっちりちゃん(後編) ◆h8c9tcxOcc
「ところで、自己紹介がまだだったわね。あんまり興味深い話題だったものだから、つい興奮してしまって」
「えっ?」
少女の唐突な話題変更に、かがみは戸惑いを覚える。正確には、自己紹介という行為に対する動揺であった。
目まぐるしく移り変わる状況に感けて、彼女が不死者であるかもしれないということを失念していた。
厭世的な気分に入り浸り、もはや他の参加者に出遭う可能性など思考の外に放り出してしまっていたらしい。
ここでひとつの分岐点が生まれる。名を名乗ることを、相手が不死者か否かの判定に用いるべきかということだ。
「私は木津千里。アニロワ高等学校の生徒よ。あなたは? 珍しいデザインの制服だけど、どこの生徒なの?」
低確率ながら、疑われるリスクを負ってでも相手が不死者かどうかを確認すべきだろうか。
それとも、ここは素直に本名を名乗って、信用を崩さないべきだろうか。
「えと……り、陵桜学園、高等部……」
千里の振った話題に乗り、ひとまず時間を稼ぐかがみ。制服についての雑談でも交わしていれば、少しは尺が取れるだろう。
何せ命に関わる選択である。慎重に判断材料を並べ、じっくりと吟味したい。
「ふぅん、中高一貫校というやつかしら。道理で、洒落た制服を着けていたわけね」
「そ、そうなのよ。なかなか可愛いし、気に入ってるんだ。いいでしょ?」
「……」
「……」
「……それから?」
ところが、その目論見はたったの一言で消化されてしまう。
まだ結論は出ていない。仕方なく、付属情報で茶を濁すことにする。
「さ、三年……」
「私よりひとつ年長だったの。人は見かけによらないわね」
「あはは、よく言われる。目は尖ってるくせに顔は丸っこいとか」
「……」
「……」
「……で?」
またも一言で途切れてしまう。その上、返しを考えることが想像以上に思考領域を奪い、結局何も結論は出せていない。
さすがにこれ以上主旨を逸れては、それ自体怪しまれる要素になりかねなかった。
それに、初対面の相手と共有し得る学校についての話題など、そう次々と出るものでもない。
「あの……えと」
「ああ、じれったい。早く名前を言いなさいよ! 私はもう、きちんと名乗ったでしょう。
一方的に相手の事だけ知ろうだなんて、虫が良すぎないかしら。それとも、何か後ろめたいことがあるとでもいうの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だったら、はっきりなさい!」
癇癪を起こす千里。どうにも彼女は、堪忍袋の容量が小さいらしい。
自他共に認める短気なかがみがそう感じるほどなのだから、相当に気が短い人物なのだろう。
かがみは慌てふためきながら、ついに決断をする。
「ふ……風浦可符香」
そうして、咄嗟に浮かんだ名前を口走った。口走ってから、途方も無く自虐的な気分になる。
何故よりにもよって妹殺害の容疑者の名が出るのか。自分でも理解不能であった。
尤も、全くの適当な名前をでっちあげる訳にもいかず、参加者の中で知っている名が他に無かったのだから仕方ない。
青いアホ毛が脳裏を過ったのは、そこまで自分への言い訳を煮詰めた後のことだった。
「へぇ……そう。変わった名前ね」
千里はかがみにじわりと詰め寄り、口元に微笑を浮かべる。ただし、目は笑っていない。
嫌な汗が背中を伝う。もしや、嘘をついていることがばれたのだろうか。
まさか、そんなことはないだろう。あの大人数の中から、彼女の知り合いを引き当ててしまうことなど。
そもそも、可符香は常人離れした異能を持つ殺人鬼なのだ。自分と同じ学生の身である千里に、関わりがあるはずがない。
そう、信じたかった。しかし、千里は悪戯な笑顔を見せ、きっぱりと言い放った。
「でも、それはあなたの名前じゃないわ。あなたの嘘は、私にはきっちりお見通しよん。
何か思うところがあってのことでしょうけど……残念だったわね、“柊かがみさん”」
かがみは、全身から血の気の引いていくのを感じた。
「やあぁぁあぁぁぁっ!!」
「なっ?!」
気付けば、かがみは千里に掴みかかっていた。痛む脚に鞭打ち、一気に肉薄。さらに腰の刀に伸びる手を叩き落とす。
「あ、あなた。いきなりどうしてしまったの!?」
「てえぇぇえぇえぇぇいぃっ!!」
渾身の力を込め、かがみは千里を地面へ押さえつけた。そして腹部に圧し掛かって、脚での抵抗を防ぐ。
「今更しらばっくれないで。あんたも、不死者なんでしょ!」
偽名が通じず、本名を見破られたということは、千里もまた、かがみと同じ不死者に違いない。
「……は?」
千里は目を丸くした。最後までシラを切るつもりらしいが、そんなことは構わない。
「そう簡単にやられてたまるか……喰われる前に、こっちが喰ってやるッ!!」
よもや、血迷っている暇はない。やられる前に、こちらから仕掛けるしか生き残る道はない。
「な、なにをするの! ちょっと、やめなさい!!」
両脚と左手とでしっかりと動きを封じてから、震える右の手をじわり、じわりと、千里の頭へと差し伸べる。
そして指先が彼女の艶やかな黒髪に触れた瞬間……視界が暗転した。
黒く長い髪が、蛇の如く四肢に纏わりつく。次いで強いガム臭がしたかと思うと、突然目の前が真っ暗になった。
「な、なんなのよ、これ……ぎゃ!」
突然の怪異現象に怯える最中、胸倉を掴まれ地面へ叩きつけられる。
堪らず這い逃れようとするも、途端セーラー服の襟を引っ掴まれ、首が絞まって身動きが取れなくなってしまう。
「ぐへぇ!」
鳩尾に正拳が食い込み、黄味がかった胃液を吐き出す。飛び散った水滴が、陽光を受けてきらきらと輝いた。
千里は仰向けで悶えるかがみの体を跨ぎ、前屈してかがみの顔を覗き込んだ。
「どうしてくれるのよ、これ」
低い声でぼそりと言い放ち、千里は自らの頭を指差した。彼女の髪は、生物のように荒々しくうねり続けている。
「ど、どうって言われても……」
不死者に対する恐怖をも忘れるその剣幕に、いよいよ半べそになるかがみ。
髪が乱れたことに憤りを感じているようだが、普通そのためだけにここまで怒るものだろうか。
第一、触れただけで髪が暴走するなどと誰が予想できるというのか。
しかしそんな言い分を聞き入れてもらえるほど、事態は甘くなかったようである。
「これ、セットし直すのにどれだけ苦労するか、あなた解っているの?」
菱形の眼をぎらつかせ、少女は恨めしそうにかがみを睨み付けた。
かがみは愕然とした。髪のセットのためにこれだけの恐怖に晒されている事実には、もはや開いた口が塞がらない。
「きっちり、落し前つけさせてもらうわよ。きっちりと……」
「ひぃっ……!!」
そして、かがみは地獄を見た。
◆
「まったく、そういうことは先に言っておきなさい。いきなり馬乗りになられたって、どうしていいか困るわよ」
髪を櫛やらブラシやらで整えながら、千里は説教を垂れた。語気とは裏腹に、表情はどこか晴れやかである。
対照的に、かがみは心身ともにズタボロの状態に陥っていた。
千里の報復は執拗に続き、もはやストレスの捌け口にされたとしか考えられないほどに粘着質であった。
背中に跨ってツインテールをぐいぐい引っ張られたり、未だ痺れの抜けない脚を踵で思い切り踏みつけられたり、
あらぬ方向に鼻を捩じられそうになったり、刀の柄を尻に突っ込まれたり……思い出すだけで背筋が凍り付く。
結局たっぷり十分近く嬲られ、かがみは号泣しながらひたすら許しを乞うほかなかったのである。
「次からは、きっちり確認してから行動すること。わかった?」
「はひ……ごべんなざい」
真っ赤に泣き腫らした目を擦りながら、かがみは鼻声で応える。
彼女が不死者であるというのは全くの誤解であった。
名乗った偽名を見破られたのは風浦可符香が彼女の知人、ちなみに彼女と同じ女子高生であったためで、
本名を言い当てられたのは、つかさの名を聞いて、関連のありそうな名を言ってかまをかけただけだったという。
まったくもって、独り相撲の嬲られ損だったという訳だ。
「それにしても……また興味深い話を聞かせてもらったわ」
そして騒動を鎮めるにあたり、不死者に関する情報を洗い浚い吐かされてしまうこととなった。
不死の酒の基本情報に始まり、アイザックというもう一人の不死者の存在まで、知っていることは全部話した。
だが、致し方なかった。こうでもしなければ、拷問は夜まで続く勢いだったのだから。
「たしかに、あれだけ苛め……揉み合いになったっていうのに、今は傷ひとつないわね」
かがみの肢体を舐めるように眺めながら、千里は唸り声を上げた。
体中に満遍なくついた痣はひとつ残らず消えており、かがみの全身は血色の良い肌色に戻っていたのだ。
転嫁されたストレスによってやつれた、幽霊のごとく蒼白な顔面を除けば。
「う、うん、そうなのよ。信用してもらえてよかったわ」
苛めてる自覚あったのかよ、と突っ込みたいところだが、ここはぐっと堪える。
できるだけ千里を刺激しないように、細心の注意を払わなければならない。
どうやら千里はかがみの話を真と受け取っているらしく、疑心を深めることだけは免れひとまず安堵する。
ところが、千里の次なる挙動はかがみの思考の斜め上を行くものであった。
「でも、不死と称するにはちょっと生温いわね。より本格的な実験をしてみましょう」
「え…………?!」
実験という語に嫌なデジャヴを感じるかがみ。刹那。ずぷり、という耳障りな音と共に、全身がどっと熱くなった。
何が起きたかわからず、かがみは首を曲げ、自分の体を眺めた。見ると、腹に棒状の何かが突き立っている。
かがみの腹を、千里の持つ刀が貫通していた。
「な……な……」
事実を認識した途端、その熱さが痛みであることに気付く。だが、痛いという心の叫びすら、幾ら捻り出しても声にならない。
両手で傷口を庇うが、止め処なく溢れ出る血液は五指の間からするすると零れ落ちていく。
四肢が痺れ、急激な脱力感に襲われる。口から、ごぽ、と血の塊が飛び出した。
足ががくがく震え、もはや自分で立っていることもままならなくなる。地面に突っ伏すと、血の海が盛大に飛沫を撒き散らした。
どくどくと血は流れ、頭の中が徐々に空っぽになっていく。痛いという感覚は、既になかった。
自らの血で深紅に染まった手をただ茫然自失として見詰めながら、かがみは死んだ。
◆
数十秒の後、かがみの体は何事も無かったかのように元の姿を取り戻していた。
腹部を襲った痛みは綺麗さっぱり消え去り、残ったのは肉を引き裂く刃の感触と、
地べたに這い蹲って情けなく悶絶していたという記憶ばかりだった。
一方の千里は、物欲しそうにかがみを見詰め、指を唇に添えて恍惚の表情を浮かべていた。
「すごい……あなた、本当に死なないのね」
「だからそうだって何度も言ってるじゃない!! ってかさ千里さん、これって立派な殺人っすよ、マジな話!!」
半狂乱になりながら、かがみはあらん限りの大声で千里にブーイングを浴びせた。
今にもはち切れんばかり青筋を立て、目は真っ赤に充血している。
ところが千里はやはり受け合おうとせず、唇に添えた人差し指をかがみへ向けながら言った。
「あら、死なないと理解したうえで刺したんだから、殺意があったわけじゃないわ。
第一、あなた死んでないじゃない。傷痕も残ってないし、何も気にすることはないわ。
それに、あなただって不死者を一度殺してるんでしょ。これできっちり痛み分けじゃない」
「どこがどう痛み分けなのよ……!!」
暖簾に腕押しな態度にまた腹を立てるが、震える拳をゆっくりと鎮め、さらなる罵声を浴びせることは思い止まった。
千里は不死の体を持つかがみに少なからぬ興味を示しており、また刀を抜かせる事態だけは避けたかったので。
◆
「ふぅ……さて、気分……いや、あなたの誤解も晴れたことだし、そろそろ行きましょうか」
「は? 行くって、どこへ?」
この上なく反抗的な眼つきで千里を睨み付けるかがみ。千里は再度人差し指を立て、かがみへ言い聞かせるように得意気に言った。
「決まっているでしょう。アイザック・ディアンを捜すのよ。捜し出して、喰われる前に喰ってやるの。
さっきあなたが、私を喰おうとしたときのように、ね」
「あ、あれは喰われるかと思って咄嗟に……」
「問答をしている暇はないわ。こうしている間にも、状況は刻一刻動いているのよ。
こんなところで油を売っている時間は、一秒たりともありはしないの」
言い切ると、千里はかがみの手を強引に引き寄せる。今さっきの再生により、攣った脚は元の通りに動くようになっていた。
「……離してっ!!」
だが、かがみは動こうとはしなかった。千里の手を振り解き、彼女へと背を向けた。
「どうしてしまったの、かがみさん」
「行きたくない……」
かがみは、くぐもった声で答える。
「は? あなた、何を言って……」
「私はもう、どこにも行きたくない!!」
「…………」
かがみの尋常でない拒絶ぶりに、さしもの千里も言葉を失った。
かがみは、震えていた。地面のただ一点を、焦点の合わない視線で見詰めている。
「私……恐いのよ……独りで歩くのが」
のらりくらり、かがみは枯葉を踏んで千里から遠ざかっていく。
「だから、こうして私が一緒に行ってあげるんじゃない」
「違う! 私は、つかさが居ないと歩けない! つかさが居なきゃ、何もできないのッ!!」
かがみはその場で座り込み、膝を抱えて小さく縮こまった。
突然訪れた心情の変化に自分でも戸惑ったが、考えてみれば当然のことだった。
死にたくないと足掻いたのも、かがみ自身の意志というよりは、単純な生存本能が働いたに過ぎない。
当面の危機を脱した今、かがみの行動の決定権は、かがみ自身の意志に戻されている。
そしてかがみは、つかさの形見すら失い、生きる糧を完全に見失っていた。
「あのままずっと、つかさと二人一緒で居られると思ってた。
なのに、私はつかさと一緒に居られる手段さえ失くしてしまった!
私にはもう、何も残ってない。何もしたくないし、する理由も……」
「寝言は寝てから言いなさいな!」
すぐ背後からの怒声に驚き、かがみは首を捻った。次の瞬間、かがみの体は地面から無理やり引き剥がされた。
千里はかがみを抱え上げ、自分の足で直立させると、今度は両手をかがみの肩に置き、神妙な面持ちでかがみを凝視した。
「あなたの決心は、そんなに容易く投げ出してしまえる程度のものなの?
死ねない身体になってまで全力を尽くそうと思ったのは、ただの気まぐれ?
一度は失敗したとはいえ、あなたは妹のために何かしようと努力したんでしょう。
それなら、もう少し頑張ってみなさいよ。最後まで、自分の思う道を進むべきだわ。
妹のために。何より、あなた自身の、つかささんの姉としての誇りのために」
千里の目には、情熱の火が宿っていた。その真剣な眼差しに、かがみの鬱屈した心は強かに打ちのめされた。
「姉としての、誇り……」
かがみは、心の片隅に置き忘れたちっぽけな勇気と、海のように深い罪悪感を感じていた。
私は、何をやっていたんだろう。今、私がこのゲームから目を背けたら、つかさは二度と帰ってはこない。
つかさは、私のすべてだった。こうして失ってみて、その気持ちが揺るぎないものであることにも気付いたはずなのに。
このまま逃げ続けても、いずれ自分は死ぬ。死ねない体になったって、何もしない人間が勝者になることなんてあり得ないのだ。
それならば、居直ってでも最後まで戦い抜く道を選ぶべきではないのか。否、そもそも、他に道など無かったはずである。
つかさが生きられる唯一の可能性が、そこにあるというのなら。
私はそれを、自らの手で投げ出そうとしていた。つかさがもう一度、自分に微笑みかけてくれる未来を。
こんな風に叱咤をされなくとも、わかっていたはずなのに。諦める事など、できるはずがなかったのに。
「私……どうかしてた。ごめんね、つかさ。つかさを見殺しにするなんてこと、私にできるわけがないじゃない……」
涙が、止まらなかった。悔しくて。悲しくて。何より、自分のしてきた決断が、どうしようもなく情けなくて。
千里はかがみの肩をしっかりと握ったまま、さらに力強く訴えた。
「行きましょう。行って、つかささんを救い出すの。あなたの……他の誰でもない、あなた自身の手で」
「うん……うん……」
そして、かがみは感じていた。ああ、彼女はやはり、弱者を導くリーダーの器を持つ人間なのだと。
弱りきってしまった自分を立ち直らせるために現れた、掛け替えのない存在なのだと。
「わかってくれたなら、いいのよ……」
千里はかがみの肩から手を持ち上げると、そのままかがみの顔へとゆっくりと手を差し延べる。
しかし、その表情に先程までのリーダーの面影は無く、目はいつか見た菱形をしていた。
「……へ?」
そういえば、何やら背筋に悪寒がする。そう、千里の頭に触れてしまったときに感じた、あの感覚である。
しかし気付いたときには既に遅く、千里は指先でかがみの頬を撫で……思い切り抓った。
「いだだだだだだだだだだだだだだ!!」
かがみは、重大なことを忘れていた。感動的な台詞を吐いたこの女は、どうしようもなく凶悪な粘着質暴力女、木津千里なのだ。
いくら口先で美辞麗句を並べようと、その本質が変わることはない。
こうしてかがみが、御人好しにも彼女の気遣いに幾度となく騙されてしまうのと同じように。
「わかったら、今後は手間をかけさせないでね♪」
「……ふぁい」
かがみの胸で膨らみだしたちっぽけな勇気は、一気に萎えてきってしまった。
◆
「見えた、ショッピングモールよ。やっぱり、ここはB-8で正しかったようね」
そんなこんなで、千里とかがみの数奇な二人三脚が幕を開けた。
彼女の目的ははっきりとは聞いていないが、一応は同一の目的を持つ者同士、ひとまず行動を共にするのも悪い話ではない。
幾らつかさの為に奮起したとはいえ、この会場を一人歩きするとなると、やはり足が竦んでしまう。
あんな扱いをされても、一人で行動するよりはやはり心強く感じる部分はある。
尤も、攻撃性はあれど自分と同じ女子高生。大して戦力に変化はない。うまく事が運ぶのかは、かなり疑問である。
だが逆に、とんとん拍子で事が運んだとして。千里と二人きりになってしまったら、それこそ最悪である。
死ねない体を玩ばれ、延々と虐待され続けることになる。彼女が飢えに堪えかね、死に果てるまで。
それだけは、何としてでも避けなければならない。頃合を見て、彼女を排除しておかなければ。
別に彼女と友達になろうというわけではない。適当に利用して、適当に乗り捨てればいいだけの話である。
「何をやっているの、かがみさん。早くこっちへいらっしゃい。急がないと、陽が暮れてしまうわよ!」
「わ、わかってるわよ。今行くー!」
しかし、やるべきことは数あれど、今は彼女の逆鱗に触れないことだけを考えていたほうが良さそうだ。
悩ましげに溜息を吐き、かがみは歩き出す。その胸に、つかさの姉としての誇りだけを抱いて。
【B-8/森のはずれ/一日目-午前】
【柊かがみ@らき☆すた】
[状態]:不死者、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:つかさのために、もう少し頑張ってみる
1:千里を刺激しないよう細心の注意を払いつつ同行
2:アイザック他、不死者を捜して喰う
3:頃合いを見て千里を殺す。でも報復を受ける事態は避けたいので慎重に
[備考]:第一放送を聴きましたが、つかさの名前が呼ばれたということ以外は覚えていません(禁止エリアはB-1のみ認識)
会場端のワープを認識
【木津千里@さよなら絶望先生】
[状態]:健康
[装備]:ムラサーミャ&コチーテ
[道具]:普通のデイパック、支給品一式(食料-[1kg.のカレー3缶][2リットルの水3本]、狂ったコンパス、まっぷたつの地図)
[思考]
基本:きっちりと実験(バトルロワイアル)を終了させる
1:ショッピングモールへ向かう
2:アイザックを捜し出し、かがみに喰わせる
3:残ったかがみをきっちり片付ける方法を探す
4:糸色望先生と出会ったら、彼との関係もきっちりとする
5:螺旋王の運営方針に強いフラストレーションを感じている
[備考]:死亡者を聞き逃した
会場端のワープを認識
不死者について説明書程度の知識を得た
つかさが生存者と誤解
[補足]:千里のコンパスは、ワープを利用した際の磁気の異常により故障しました
つかさの首(首輪なし)は場外に流れ去りました
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