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「ディシプリン・コンチェルト」(2022/08/07 (日) 15:58:20) の最新版変更点
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**ディシプリン・コンチェルト ◆RwRVJyFBpg
友の銃を手にした哀れなガンマンが、血道を行くことを決意し、ここを後にしたとき
映画館の中の別シアターには、未だ決意定まらぬ一人の男が存在していた。
◆
――むせび鳴くようなファゴットの音色が薄暗い劇場の中を満たしていた。
静かに始まった木管の旋律は物悲しく、だが、どこか終末への予兆を感じさせる。
スクリーンには、物語の舞台らしい巨大な建造物が大映しにされていた。
どうやら、これがラストシーンのようだ。
その輝く銀幕を、一人の男が見るともなく見つめていた。
◆
この映画館らしい場所で目を覚ましてから、もう結構になる。
だが、俺は赤いビロード張りの客席に腰掛けたまま、この場を動けないでいた。
浮かんでは消えていくいくつもの思考。
正直、俺はこれ以上ないというくらいに混乱していた。
スパイクの野郎がこの間の捕り物でぶっ壊した諸々の賠償額を計算し終わり
そのあまりの赤字にない毛が抜ける思いをしながら、俺は確かにビバップ号で眠りに着いたはずだ。
それがどうしてこんなことになっちまったのか。
もしかして、全部タチの悪い夢なんじゃないかと思って確かめてみたんだが……残念ながらハズレらしい。
つねられた頬の痛みも、つねった義手の冷たさも、夢にしてはあまりにシャープすぎた。
つまるところ、全ては現実のようだ。
ビバップ号から拉致されたのも、どことも知れない映画館で見たこともない映画を見てるのも
ついさっき起こった胸糞悪い殺戮ショーも、俺が意味不明な殺し合いのゲームに巻き込まれちまったのも
……全部、ままならない現実ってわけだ。
◆
――背後に流れていた音楽は終末への予兆を徐々に確信へと変え、盛り上がりを見せていた。
その隆盛と示し合わせたように、白衣の男がスクリーンに浮かび上がり、演説を始める。
「――未来は、現在の我々に栄光の光を与えてくれた!
そう!ついに全ての恐怖を克服できる時がやってきたのだ!
太古には木々をこすり合わせ炎を熾し、あるときは鯨から生命を奪い、またある時は石油を戦い、争った!
そして原子力。何時の時代も危険との隣り合わせだった!
だが、これからは違う!何の恐れもない夜。我々は手に入れたのだ!
今度こそ、美しい夜を!それは幻ではないッ!」
見たとおり男は科学者のようだった。彼は語る。自らの生み出した安全で害のないエネルギーのことを。
そのエネルギーがもたらす美しい夜のことを。その語調には、心なしか狂気が宿っているようにも思えた。
◆
「クソッ!何で俺がこんなことに巻き込まれなきゃならん!」
悪態をつき、隣の客席に軽い八つ当たりの拳を見舞いながら俺は考える。
何をかって?決まってる。これからどうすればいいのかってことをさ。
こんなクソッタレな殺し合いに付き合って、殺戮者になるつもりは毛頭ないが
だからと言って『みんな仲良くおてて繋いで』でどうにかなると思うほど甘くもない。
できりゃあ、こんな腐れた遊技場からはさっさとおさらばして、気晴らしに飲みにでも出たいところだが……
感覚の残っている方の手を首元へと遣る。
指先が、汗ばんだ首の上にあるスベスベした首輪の触感を捉えた。
この忌々しい拘束具が嵌ってる限り、そう簡単におさらばってわけにもいかんだろう。
まず、こいつを何とかしなくちゃならん。
だが、仮にこいつを何とかできたとして、それだけでここを脱出できるかといえば、それも怪しい。
何せ、全く気取られず、あれだけの人数を拉致できる技術と組織力を持っているのが相手だ。
うまく逃げ出せたとしても、奴らを放っといたままなら、また同じ方法でさらわれるのがオチだ。
そもそも、あの螺旋王って野郎は何者なのか?
賞金首をとっ捕まえて飯を食い、元々はI.S.S.Pにいたこともある身の上だが
あんな奴は見たことも聞いたこともない。
火星あたりのテロリストか?それとも地球出身の宗教家か?宇宙人ってセンもアリかもな。
どちらにしろ、厄介な敵には違いない。
それから、螺旋王に向かっていったあのパワードスーツの男、モロトフとか言ったか。
あいつも謎だ。
短い時間だったから、十分に観察できたとは言いがたいが、それでも言えることがある。
あいつのパワードスーツは異常だ。
掛け声一つで装着できる利便性、螺旋王に迫ろうとしたときの敏捷性、そして放った光線の威力……
どれ一つとっても、俺の知ってる技術の範囲を超えている。
あんなのとやりあったら、ハンマーヘッドだろうがソードフィッシュだろうが一瞬でスクラップだろうぜ。
そういえば、螺旋王はあいつのことを『異星生命体に改造された云々』と言ってやがったが……
……まさかな。SFじゃあるまいし。
「でもって、この殺し合いの目的は『螺旋遺伝子』か……ち、情報が足りなすぎる」
次から次へと出てくる謎、また謎に嫌気が差した俺は、目をスクリーンから下げ、ガックリとうなだれた。
そう、必要なのは情報だ。この事態を何とかするためには、ともかく情報が不足している。
何かいい手は――?
事態の打開を求めて顔を上げた俺の目に、放りっぱなしのデイパックが飛び込んできた。
◆
「しかし、博士にはこれ以上任せてはおけない」
「そうだ!止めろ!フォーグラーを止めろ!」
「彼は暴走している!」
「引き離せ!彼をアレに近づけるなぁっ!」
朗々と演説を述べていた科学者の周りに別の男4人が群がり、彼の演説を阻止せんと躍りかかる。
科学者の前には巨大な装置。彼はそれを起動させようと男達に必死の抵抗を試みた。
「何もかも失敗かッ!」
「そうだ。この実験は完全ではなかった!無謀すぎる!」
「もう遅い!」
科学者は鬼気迫る勢いで男達を振りほどく。
◆
俺はあの螺旋王が“ゲームの参加者”全員に支給したんであろうデイパックの中身を広げそして
……新たに増えた悩みの種に脳を締め付けられていた。
まず一つ目の悩みの種は、白い紙に印刷された参加者名簿を確認したときに生まれた。
――エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世
――スパイク・スピーゲル
よく見知った同居人の名前を見つけてしまったのだ。
正直、こういう事態を考えてなかったわけじゃない。
俺がビバップ号から拉致されたってことは、奴らの部下が何らかの形で侵入したってこったろう。
だとすりゃあ、他の奴らも俺同様、巻き込まれてたって不思議じゃない。
フェイがいないのが気になるが……まさかあの女、俺たちを売りやがったのか?
あの金の亡者のことだ、報酬に目が眩んで、それくらいのことはやりかねない。
まあしかし、それは今言っても仕方のないことだ。本当にそうかどうかも分からんしな。
ともかく、今の問題はあいつらだ。
スパイクは腕が立つし、エドも何だかんだでネットの業は一流だ。
あいつらの性格なら後ろから刺されることもまずないだろうから、合流できれば心強い。
……だが、残念なことに、落ち合うために役立ちそうな手がかりが何もない。
バッグに入ってた地図によれば、この殺人ゲームの会場は、およそ8キロ四方の正方形。
闇雲に探し回ったところで、合流するのは至難のわざだろう。
そう易々とくたばる奴らじゃないから、放っておいてもそのうちどっかで再会できる気もするが
……モロトフのこともある。
何だかんだで一緒にやってきた仲間だからな。心配でないと言やあ、そりゃ嘘だ。
だが……あーくそっ、どうすりゃいい!
知り合いのことで悶々とする俺に追い討ちをかけるように
二つ目の悩みの種が零れ落ちてきた。
俺がバッグに足をぶつけちまった拍子に、そいつはコロリと転げ出てきたのだ。
それは、鳥の姿を模したようにも見える、青いクリスタルだった。
「こ、こいつはっ!?」
クリスタルを見た瞬間、俺は思わず声を上げちまった。
何故かって?俺はそいつに見覚えがあったからさ。
確かめるように、もう一度記憶を辿ってみる。
――ああ、そういえば貴様達はコレが無ければ話にならんのだったな? そら、くれてやる
――良いだろう! 宇宙の塵となって自らの過ちを悔い改めるが良い!! テーック、セッターーー!!
……間違いない。あのモロトフがパワードスーツを装着するために使った水晶体だ。
正直、こいつが出てきたときは、こんなことになって以来初めて「ツイてる」と思ったよ。
何せ、あのパワードスーツの威力はさっき目の前で見せられたばかりだったしな。
何でも腕っ節で解決するようなやり方は好きじゃないが、強力な武器があるにこしたことはない。
それに、これ自体、俺が欲しかった『情報』そのものだ。
うまくいけば、スーツに付属のマニュアルなりガイダンスなりにアクセスできるかもしれん。
「やっと、少しはマシなことが起こってくれたかね」
そうと決まれば、やることは一つ。
まずはこいつを起動させんことには話にならん。
「確か、あいつはこう、手に持って、こんなポーズになってから……」
俺はモロトフのやり方をよく思い出し、できる限り忠実に再現しそして……
「テック、セッタァァーー!!」
叫んだ!
◆
「ぐあっ!!」
科学者は何かに突き動かされるがごとく、自分に組み付いていた最後の一人を殴り飛ばす。
彼は、もはや妨げるもののいなくなった道を進み、装置の起動スイッチの前に立った。
「私はこれとともに生き、ともに死す!今更何の躊躇いがあろうかッ!」
科学者の手には細長い何かが握られている。おそらくは起動のためのキーであろう。
彼はそれを頭上高く掲げ、誇るようにして弁を続ける。
「今となっては我々はこの場を放棄する!」
組み付いていた4人の男達は、そう言い放つと、一目散に場面を去った。
「よろしい!貴様らに夜の創造者となる資格はない!だが私には見える!美しい夜が見える!」
科学者は昂揚に押されるまま、起動のキーをさらに振り上げそして――
◆
「………………あ″?」
……だが、何も起こらなかった。
あの広間では確かに水晶から放たれていた光は、いつまでたってもその頭すら見せない。
当然、そんな有様だから、俺にパワードスーツが装着されているはずもないわけで
……何だか恥ずかしくなってきたぞ。
大の大人が、密室で、一人、ポーズを取りながら、絶叫。
これはもう、どう考えてもイカれてる。誰か聞いたりしてないだろうな?
いや、ここは映画館。防音設備はバッチリのはずだ。多分。きっと。
そのあと俺は、水晶を撫でたり、引っ張ったり、押し込んだりしてみた。
だが、どうやっても、あのパワードスーツが現れることはなかった。
結局、ここに来てから初めてツキだと思えたモンも、蓋を開けりゃあ、ただの厄介モノだったわけだ。
だってそうだろう?
こっちは使いこなせないのに、使いこなせる誰かに盗まれないよう気を使わなきゃいけない兵器なんぞ
厄介モノ以外の何者でもねえ。
説明書が入ってないもんかと、一縷の望みを込めて、バッグを漁った俺の指先に何か固いものが当たった。
どうやら、まだ何か入ってたらしい。
(今度こそ、いいもんが入っててくれよ)
そんな願掛けをしながら、俺はそいつを一気に引き出した。
――するとそこには、緑色に光る、謎のガラス管があった。
長さ50~60cmのガラスの筒で、中には蛍光グリーンの液体が詰まっている。
その中ほどには何だかよく分からない赤色の球が一つ浮かんでいた。
「あーくそっ!またよく分かんねえブツかよ!……ん?」
ここに来てもう何度目か分からない悪態をついた俺は……同時に何かしらの引っ掛かりを感じた。
この緑のガラス管、確かに俺がよく知っているものではないが……どこかで見たことがある。
どこで見た?ガニメデ?金星?それともビバップ号の中か?
どれも違う気がする。
じゃあ、ここに来てからか?
俺はもう一度、あの広場でのことを思い出す。螺旋王のこと、モロトフのこと、首輪のこと……
だが、その記憶の中にこのガラス管はない。
……見たことがあるというのは、俺の気のせいなのか?
いや、そんなことはない。確かにどこかで……
ある一つのことに思い当たった俺は、顔を上げ、スクリーンに焦点をあわせた。
そして、予想した通り、それは、そこにあった。
◆
科学者は昂揚に押されるまま、起動のキーをさらに振り上げそして――
「私はここに誓おう。いつの日か再び、さらに美しい夜を人々にもたらさんことを!
夜の恐怖に立ち向かい、打ち勝たんがために!」
――起動装置に向かい振り下ろした!
起動装置には、既に科学者が持っているのと同じキーが二つセットされている。
そう、この装置は、起動キーが3つ揃ったそのとき、初めてその真価を発揮するのだ!
完全無公害!無限リサイクル可能なエネルギー!それが美しい夜を永遠に――
――だが、科学者の実験は失敗だった。
科学者が3つ目のキーを差し込んだ瞬間、装置は暴走を始めたのだ。
人類の希望となるはずだったエネルギーは瞬く間に炉心を食い破る黒い悪魔となった。
悪魔の膨張は留まるところを知らず、あっという間に舞台だった建物を崩壊させたかと思うと、
黒い衝撃波を撒き散らしながら周り一帯の地域を飲み込みそして……
一つの国をこの世から完全に消滅させた。
これが起こった世界に住むものなら誰もが知っている大破壊。
人々はこれを『バシュタールの惨劇』と呼んだ。
そして、その光景をスクリーンの前で見ていた男、ジェット・ブラックは恐怖した。
何故ならば、彼が握っている緑のガラス管こそが、惨劇を呼んだ悪魔の鍵。
装置を暴走させた、起動キーそのものだったのだから。
◆
映画がすっかり終わって、シアターの照明が点いたときには
俺はもうすっかり、気持ちを固めていた。
青い水晶と緑のガラス管。
今の俺には使いこなせないが、強力な力を持ったこの2つのアイテムが、俺の心を決めさせた。
クリスタルとガラス管それから螺旋王のことを中心に情報を集め、脱出の糸口を掴む。
これが俺の決めた答えだった。
確かに、スパイクやエドのことは気になるし、心配だ。
だが、手がかりが何もない以上、あてずっぽうに探し回ってもきっと無駄足に終わるだろう。
それならば、何か目的を持って動き回った方が、得るものはある。
それに、情報を集めに向かったその先であいつらと会える可能性だってゼロじゃない。
あてもなく探し歩くのも、他の目的でうろつきまわっているところでバッタリ会うのも
確率的にはそう変わらんはずだ。
ん?情報を集めるあてはあるのかって?……まあ、一応な。
あのガラス管のことを教えてくれた映画がヒントになった。
俺に支給された品物についての情報が、映画館で映画として上映されていた。
ってことは、他の施設でも、何かしらこのゲームに関する情報が拾えるんじゃないだろうか?
例えば、図書館には、青いクリスタルについて書かれた本があるかもしれん。
例えば、博物館には、螺旋遺伝子についての研究成果が展示してあるかもしれん。
例えば、警察署には、あの螺旋王の過去の犯罪について、捜査資料が残ってるかもしれん。
この会場を主催者が用意した以上、少し虫のよすぎる考え方かもしれんし
あのガラス管は実はただの玩具で、俺は踊らされてるだけって可能性もないではないが
このままここで唸っていたって事態は進展しないからな。
それから、クリスタルとガラス管の扱いについちゃあ、ちょっと注意する必要があるだろうな。
こいつは確かに脱出の鍵にもなりうる強力なアイテムだが、使い方を間違えるとエライことになる。
例えば、使い方を知ってる悪党に奪われた時とかな。
スパイクやエド以外と接触する時は、慎重にいったほうがいいかもしれねえ。
まあ、いつまでも考えてたってしょうがねえし、そろそろ行くか。
随分とここで時間を浪費しちまったからな。時は金なりだ。
「スパイク、エド、すまんな。無事でいろよ……」
俺は、後回しにすることにした仲間たちに軽く侘びを入れると
デイパックを背負い、シアターの出口へと向かった。
【C-5 映画館 一日目 黎明】
【ジェット・ブラック@カウボーイビバップ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ランダムアイテム0~1つ 本人確認済み)
テッカマンブレードのクリスタル@宇宙の騎士テッカマンブレード
アンチ・シズマ管@ジャイアントロボ THE ANIMATION
[思考]
基本:情報を集め、この場から脱出する
1:種々の情報を得るため、図書館or博物館or警察署に向かう
2:スパイクとエドが心配
3:初対面の人間には用心する
[備考]
※テッカマンのことをパワードスーツだと思い込んでいます
*時系列順で読む
Back:[[魔人 が 生まれた 日]] Next:[[明智健悟の耽美なるバトルロワイアル――開幕]]
*投下順で読む
Back:[[勇気の意味を知りたくて]] Next:[[『高遠少年の事件簿』計画]]
|ジェット・ブラック|058:[[業苦]]|
**ディシプリン・コンチェルト ◆RwRVJyFBpg
友の銃を手にした哀れなガンマンが、血道を行くことを決意し、ここを後にしたとき
映画館の中の別シアターには、未だ決意定まらぬ一人の男が存在していた。
◆
――むせび鳴くようなファゴットの音色が薄暗い劇場の中を満たしていた。
静かに始まった木管の旋律は物悲しく、だが、どこか終末への予兆を感じさせる。
スクリーンには、物語の舞台らしい巨大な建造物が大映しにされていた。
どうやら、これがラストシーンのようだ。
その輝く銀幕を、一人の男が見るともなく見つめていた。
◆
この映画館らしい場所で目を覚ましてから、もう結構になる。
だが、俺は赤いビロード張りの客席に腰掛けたまま、この場を動けないでいた。
浮かんでは消えていくいくつもの思考。
正直、俺はこれ以上ないというくらいに混乱していた。
スパイクの野郎がこの間の捕り物でぶっ壊した諸々の賠償額を計算し終わり
そのあまりの赤字にない毛が抜ける思いをしながら、俺は確かにビバップ号で眠りに着いたはずだ。
それがどうしてこんなことになっちまったのか。
もしかして、全部タチの悪い夢なんじゃないかと思って確かめてみたんだが……残念ながらハズレらしい。
つねられた頬の痛みも、つねった義手の冷たさも、夢にしてはあまりにシャープすぎた。
つまるところ、全ては現実のようだ。
ビバップ号から拉致されたのも、どことも知れない映画館で見たこともない映画を見てるのも
ついさっき起こった胸糞悪い殺戮ショーも、俺が意味不明な殺し合いのゲームに巻き込まれちまったのも
……全部、ままならない現実ってわけだ。
◆
――背後に流れていた音楽は終末への予兆を徐々に確信へと変え、盛り上がりを見せていた。
その隆盛と示し合わせたように、白衣の男がスクリーンに浮かび上がり、演説を始める。
「――未来は、現在の我々に栄光の光を与えてくれた!
そう!ついに全ての恐怖を克服できる時がやってきたのだ!
太古には木々をこすり合わせ炎を熾し、あるときは鯨から生命を奪い、またある時は石油を戦い、争った!
そして原子力。何時の時代も危険との隣り合わせだった!
だが、これからは違う!何の恐れもない夜。我々は手に入れたのだ!
今度こそ、美しい夜を!それは幻ではないッ!」
見たとおり男は科学者のようだった。彼は語る。自らの生み出した安全で害のないエネルギーのことを。
そのエネルギーがもたらす美しい夜のことを。その語調には、心なしか狂気が宿っているようにも思えた。
◆
「クソッ!何で俺がこんなことに巻き込まれなきゃならん!」
悪態をつき、隣の客席に軽い八つ当たりの拳を見舞いながら俺は考える。
何をかって?決まってる。これからどうすればいいのかってことをさ。
こんなクソッタレな殺し合いに付き合って、殺戮者になるつもりは毛頭ないが
だからと言って『みんな仲良くおてて繋いで』でどうにかなると思うほど甘くもない。
できりゃあ、こんな腐れた遊技場からはさっさとおさらばして、気晴らしに飲みにでも出たいところだが……
感覚の残っている方の手を首元へと遣る。
指先が、汗ばんだ首の上にあるスベスベした首輪の触感を捉えた。
この忌々しい拘束具が嵌ってる限り、そう簡単におさらばってわけにもいかんだろう。
まず、こいつを何とかしなくちゃならん。
だが、仮にこいつを何とかできたとして、それだけでここを脱出できるかといえば、それも怪しい。
何せ、全く気取られず、あれだけの人数を拉致できる技術と組織力を持っているのが相手だ。
うまく逃げ出せたとしても、奴らを放っといたままなら、また同じ方法でさらわれるのがオチだ。
そもそも、あの螺旋王って野郎は何者なのか?
賞金首をとっ捕まえて飯を食い、元々はI.S.S.Pにいたこともある身の上だが
あんな奴は見たことも聞いたこともない。
火星あたりのテロリストか?それとも地球出身の宗教家か?宇宙人ってセンもアリかもな。
どちらにしろ、厄介な敵には違いない。
それから、螺旋王に向かっていったあのパワードスーツの男、モロトフとか言ったか。
あいつも謎だ。
短い時間だったから、十分に観察できたとは言いがたいが、それでも言えることがある。
あいつのパワードスーツは異常だ。
掛け声一つで装着できる利便性、螺旋王に迫ろうとしたときの敏捷性、そして放った光線の威力……
どれ一つとっても、俺の知ってる技術の範囲を超えている。
あんなのとやりあったら、ハンマーヘッドだろうがソードフィッシュだろうが一瞬でスクラップだろうぜ。
そういえば、螺旋王はあいつのことを『異星生命体に改造された云々』と言ってやがったが……
……まさかな。SFじゃあるまいし。
「でもって、この殺し合いの目的は『螺旋遺伝子』か……ち、情報が足りなすぎる」
次から次へと出てくる謎、また謎に嫌気が差した俺は、目をスクリーンから下げ、ガックリとうなだれた。
そう、必要なのは情報だ。この事態を何とかするためには、ともかく情報が不足している。
何かいい手は――?
事態の打開を求めて顔を上げた俺の目に、放りっぱなしのデイパックが飛び込んできた。
◆
「しかし、博士にはこれ以上任せてはおけない」
「そうだ!止めろ!フォーグラーを止めろ!」
「彼は暴走している!」
「引き離せ!彼をアレに近づけるなぁっ!」
朗々と演説を述べていた科学者の周りに別の男4人が群がり、彼の演説を阻止せんと躍りかかる。
科学者の前には巨大な装置。彼はそれを起動させようと男達に必死の抵抗を試みた。
「何もかも失敗かッ!」
「そうだ。この実験は完全ではなかった!無謀すぎる!」
「もう遅い!」
科学者は鬼気迫る勢いで男達を振りほどく。
◆
俺はあの螺旋王が“ゲームの参加者”全員に支給したんであろうデイパックの中身を広げそして
……新たに増えた悩みの種に脳を締め付けられていた。
まず一つ目の悩みの種は、白い紙に印刷された参加者名簿を確認したときに生まれた。
――エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世
――スパイク・スピーゲル
よく見知った同居人の名前を見つけてしまったのだ。
正直、こういう事態を考えてなかったわけじゃない。
俺がビバップ号から拉致されたってことは、奴らの部下が何らかの形で侵入したってこったろう。
だとすりゃあ、他の奴らも俺同様、巻き込まれてたって不思議じゃない。
フェイがいないのが気になるが……まさかあの女、俺たちを売りやがったのか?
あの金の亡者のことだ、報酬に目が眩んで、それくらいのことはやりかねない。
まあしかし、それは今言っても仕方のないことだ。本当にそうかどうかも分からんしな。
ともかく、今の問題はあいつらだ。
スパイクは腕が立つし、エドも何だかんだでネットの業は一流だ。
あいつらの性格なら後ろから刺されることもまずないだろうから、合流できれば心強い。
……だが、残念なことに、落ち合うために役立ちそうな手がかりが何もない。
バッグに入ってた地図によれば、この殺人ゲームの会場は、およそ8キロ四方の正方形。
闇雲に探し回ったところで、合流するのは至難のわざだろう。
そう易々とくたばる奴らじゃないから、放っておいてもそのうちどっかで再会できる気もするが
……モロトフのこともある。
何だかんだで一緒にやってきた仲間だからな。心配でないと言やあ、そりゃ嘘だ。
だが……あーくそっ、どうすりゃいい!
知り合いのことで悶々とする俺に追い討ちをかけるように
二つ目の悩みの種が零れ落ちてきた。
俺がバッグに足をぶつけちまった拍子に、そいつはコロリと転げ出てきたのだ。
それは、鳥の姿を模したようにも見える、青いクリスタルだった。
「こ、こいつはっ!?」
クリスタルを見た瞬間、俺は思わず声を上げちまった。
何故かって?俺はそいつに見覚えがあったからさ。
確かめるように、もう一度記憶を辿ってみる。
――ああ、そういえば貴様達はコレが無ければ話にならんのだったな? そら、くれてやる
――良いだろう! 宇宙の塵となって自らの過ちを悔い改めるが良い!! テーック、セッターーー!!
……間違いない。あのモロトフがパワードスーツを装着するために使った水晶体だ。
正直、こいつが出てきたときは、こんなことになって以来初めて「ツイてる」と思ったよ。
何せ、あのパワードスーツの威力はさっき目の前で見せられたばかりだったしな。
何でも腕っ節で解決するようなやり方は好きじゃないが、強力な武器があるにこしたことはない。
それに、これ自体、俺が欲しかった『情報』そのものだ。
うまくいけば、スーツに付属のマニュアルなりガイダンスなりにアクセスできるかもしれん。
「やっと、少しはマシなことが起こってくれたかね」
そうと決まれば、やることは一つ。
まずはこいつを起動させんことには話にならん。
「確か、あいつはこう、手に持って、こんなポーズになってから……」
俺はモロトフのやり方をよく思い出し、できる限り忠実に再現しそして……
「テック、セッタァァーー!!」
叫んだ!
◆
「ぐあっ!!」
科学者は何かに突き動かされるがごとく、自分に組み付いていた最後の一人を殴り飛ばす。
彼は、もはや妨げるもののいなくなった道を進み、装置の起動スイッチの前に立った。
「私はこれとともに生き、ともに死す!今更何の躊躇いがあろうかッ!」
科学者の手には細長い何かが握られている。おそらくは起動のためのキーであろう。
彼はそれを頭上高く掲げ、誇るようにして弁を続ける。
「今となっては我々はこの場を放棄する!」
組み付いていた4人の男達は、そう言い放つと、一目散に場面を去った。
「よろしい!貴様らに夜の創造者となる資格はない!だが私には見える!美しい夜が見える!」
科学者は昂揚に押されるまま、起動のキーをさらに振り上げそして――
◆
「………………あ″?」
……だが、何も起こらなかった。
あの広間では確かに水晶から放たれていた光は、いつまでたってもその頭すら見せない。
当然、そんな有様だから、俺にパワードスーツが装着されているはずもないわけで
……何だか恥ずかしくなってきたぞ。
大の大人が、密室で、一人、ポーズを取りながら、絶叫。
これはもう、どう考えてもイカれてる。誰か聞いたりしてないだろうな?
いや、ここは映画館。防音設備はバッチリのはずだ。多分。きっと。
そのあと俺は、水晶を撫でたり、引っ張ったり、押し込んだりしてみた。
だが、どうやっても、あのパワードスーツが現れることはなかった。
結局、ここに来てから初めてツキだと思えたモンも、蓋を開けりゃあ、ただの厄介モノだったわけだ。
だってそうだろう?
こっちは使いこなせないのに、使いこなせる誰かに盗まれないよう気を使わなきゃいけない兵器なんぞ
厄介モノ以外の何者でもねえ。
説明書が入ってないもんかと、一縷の望みを込めて、バッグを漁った俺の指先に何か固いものが当たった。
どうやら、まだ何か入ってたらしい。
(今度こそ、いいもんが入っててくれよ)
そんな願掛けをしながら、俺はそいつを一気に引き出した。
――するとそこには、緑色に光る、謎のガラス管があった。
長さ50~60cmのガラスの筒で、中には蛍光グリーンの液体が詰まっている。
その中ほどには何だかよく分からない赤色の球が一つ浮かんでいた。
「あーくそっ!またよく分かんねえブツかよ!……ん?」
ここに来てもう何度目か分からない悪態をついた俺は……同時に何かしらの引っ掛かりを感じた。
この緑のガラス管、確かに俺がよく知っているものではないが……どこかで見たことがある。
どこで見た?ガニメデ?金星?それともビバップ号の中か?
どれも違う気がする。
じゃあ、ここに来てからか?
俺はもう一度、あの広場でのことを思い出す。螺旋王のこと、モロトフのこと、首輪のこと……
だが、その記憶の中にこのガラス管はない。
……見たことがあるというのは、俺の気のせいなのか?
いや、そんなことはない。確かにどこかで……
ある一つのことに思い当たった俺は、顔を上げ、スクリーンに焦点をあわせた。
そして、予想した通り、それは、そこにあった。
◆
科学者は昂揚に押されるまま、起動のキーをさらに振り上げそして――
「私はここに誓おう。いつの日か再び、さらに美しい夜を人々にもたらさんことを!
夜の恐怖に立ち向かい、打ち勝たんがために!」
――起動装置に向かい振り下ろした!
起動装置には、既に科学者が持っているのと同じキーが二つセットされている。
そう、この装置は、起動キーが3つ揃ったそのとき、初めてその真価を発揮するのだ!
完全無公害!無限リサイクル可能なエネルギー!それが美しい夜を永遠に――
――だが、科学者の実験は失敗だった。
科学者が3つ目のキーを差し込んだ瞬間、装置は暴走を始めたのだ。
人類の希望となるはずだったエネルギーは瞬く間に炉心を食い破る黒い悪魔となった。
悪魔の膨張は留まるところを知らず、あっという間に舞台だった建物を崩壊させたかと思うと、
黒い衝撃波を撒き散らしながら周り一帯の地域を飲み込みそして……
一つの国をこの世から完全に消滅させた。
これが起こった世界に住むものなら誰もが知っている大破壊。
人々はこれを『バシュタールの惨劇』と呼んだ。
そして、その光景をスクリーンの前で見ていた男、ジェット・ブラックは恐怖した。
何故ならば、彼が握っている緑のガラス管こそが、惨劇を呼んだ悪魔の鍵。
装置を暴走させた、起動キーそのものだったのだから。
◆
映画がすっかり終わって、シアターの照明が点いたときには
俺はもうすっかり、気持ちを固めていた。
青い水晶と緑のガラス管。
今の俺には使いこなせないが、強力な力を持ったこの2つのアイテムが、俺の心を決めさせた。
クリスタルとガラス管それから螺旋王のことを中心に情報を集め、脱出の糸口を掴む。
これが俺の決めた答えだった。
確かに、スパイクやエドのことは気になるし、心配だ。
だが、手がかりが何もない以上、あてずっぽうに探し回ってもきっと無駄足に終わるだろう。
それならば、何か目的を持って動き回った方が、得るものはある。
それに、情報を集めに向かったその先であいつらと会える可能性だってゼロじゃない。
あてもなく探し歩くのも、他の目的でうろつきまわっているところでバッタリ会うのも
確率的にはそう変わらんはずだ。
ん?情報を集めるあてはあるのかって?……まあ、一応な。
あのガラス管のことを教えてくれた映画がヒントになった。
俺に支給された品物についての情報が、映画館で映画として上映されていた。
ってことは、他の施設でも、何かしらこのゲームに関する情報が拾えるんじゃないだろうか?
例えば、図書館には、青いクリスタルについて書かれた本があるかもしれん。
例えば、博物館には、螺旋遺伝子についての研究成果が展示してあるかもしれん。
例えば、警察署には、あの螺旋王の過去の犯罪について、捜査資料が残ってるかもしれん。
この会場を主催者が用意した以上、少し虫のよすぎる考え方かもしれんし
あのガラス管は実はただの玩具で、俺は踊らされてるだけって可能性もないではないが
このままここで唸っていたって事態は進展しないからな。
それから、クリスタルとガラス管の扱いについちゃあ、ちょっと注意する必要があるだろうな。
こいつは確かに脱出の鍵にもなりうる強力なアイテムだが、使い方を間違えるとエライことになる。
例えば、使い方を知ってる悪党に奪われた時とかな。
スパイクやエド以外と接触する時は、慎重にいったほうがいいかもしれねえ。
まあ、いつまでも考えてたってしょうがねえし、そろそろ行くか。
随分とここで時間を浪費しちまったからな。時は金なりだ。
「スパイク、エド、すまんな。無事でいろよ……」
俺は、後回しにすることにした仲間たちに軽く侘びを入れると
デイパックを背負い、シアターの出口へと向かった。
【C-5 映画館 一日目 黎明】
【ジェット・ブラック@カウボーイビバップ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ランダムアイテム0~1つ 本人確認済み)
テッカマンブレードのクリスタル@宇宙の騎士テッカマンブレード
アンチ・シズマ管@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-
[思考]
基本:情報を集め、この場から脱出する
1:種々の情報を得るため、図書館or博物館or警察署に向かう
2:スパイクとエドが心配
3:初対面の人間には用心する
[備考]
※テッカマンのことをパワードスーツだと思い込んでいます
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|ジェット・ブラック|058:[[業苦]]|
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