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螺旋の国 -Spiral straggler- - (2008/10/01 (水) 01:25:02) のソース
**螺旋の国 -Spiral straggler- ◆LXe12sNRSs ――これは、全ての始まりよりも後の、しかし正式な始まりよりは前の、小規模な座談会。 その日の王は、いよいよ始動する壮大な計画を前にして、気持ちが高ぶっていた。 青さを露呈したまま、君臨者として頂点に立つのは危険だ。 「ようこそ、我が居城へ」 そう判断した王は、『旅人』を二人、『客人』として王都に招いた。 客人の来訪を知る者は、王しかいない。配下の者たちには秘密とした、王と客人だけの密会だ。 このとき、旅人であった客人は、王の強引な招待についてどう思っただろうか? 光栄と思ったか、迷惑と思ったか、帰りたいというのが本音だったかもしれない。 そもそもこの客人は、本当に『人』であっただろうか。定かではない。 また、ここで語る分においては、客人の詳細などまったく不要でもあった。 故に、客人は王に招かれた単なる二人の旅人として、王の話を拝聴する。 ◇ ◇ ◇ 一室に、王と、客人と、客人の相棒が集っていた。 部屋の間取りは広かったかもしれないし、狭かったかもしれない。 部屋には茶会を気取ったように飲食物が置かれていたかもしれないし、置かれていなかったかもしれない。 客人は束縛された状態で嫌々話を聞いていたかもしれないし、むしろ喜々として耳を傾けていたかもしれない。 不要な情報は一切省く。そこには、話を切り出さんとする王と、聞き手である客人、同じく聞き手を務める客人の相棒がいた。 「諸君らを招いたのは、私がこれから始める計画について、意見を貰いたかったからだ」 王は、第三者の客観的な意見を求めた。 ひょっとしたら、自分の見通しは甘いかもしれない。そんな人間らしい恐れから来る、王らしくもない切望だった。 王の申し出に、客人がどのような感情を抱いたかはわからない。ただ、こくり、と頷いて席についた。それだけで十分だった。 王は語る。これから、『実験』を始める……と。 それはどのような実験ですか、と客人が訪ねると、王は、螺旋力による新世界の創世は可能か否かを見極める実験だ、と返した。 客人は、ふむ、と曖昧に返事をし、客人の相棒は、あはは、と軽く笑い飛ばした。 普段なら無礼にあたる対応だろうが、客人の率直な反応を咎める意志は、王にはない。 王が求めているのは、計画の外面に対する意見ではなく、あくまでも中身に対する意見だ。 王とて人間であるからして、この計画が非人道的な方法を持ってして進められることも、多くの者が同感を覚えることも、理解しているつもりだった。 そうなのである――この王は、自身が愚か者であることを自覚していた。 民を思わず、国を思わず、縋っているのは過去の栄光、見据えているのはありえなかったもう一人の自分。 それら、詩のように己の志を謳ったとしても、部外者である客人は首を傾げるだけだった。 誰にも理解などしてもらえない、意地……だが、一人の男として貫かなければならない。 だからこそ、実験をするのだ。 王は、客人に説明する。 実験の趣旨、実験の方法、実験の危険性、実験の問題性、実験をする上での懸念事項、実験成功の確率など……科学者としての一面を饒舌な口に乗せた。 客人は居眠りをすることもなく――客人の相棒は若干うわの空だったが――王の計画を聞いていく。 その途中、客人が王に一つの質問をする。 ――実験には、どのような方々が参加なされるのですか? 客人の発した、初めての言葉らしい言葉だった。 相手に会話をする意志がある、と改めて認識し、王は満悦になった。 客人の疑問に答えるべく、王は映像による回答を用意した。 部屋の壁、あるいは天井、あるいは床に、無数のモニターが現れる。 映し出された映像の中には、実験参加者たちの顔ぶれや、彼らが住んでいる世界の情景が納まっていた。 感嘆の息を漏らす客人に、王はやや上ずった声で解説を始める。 ◇ ◇ ◇ 候補に挙がった『世界』は『20』。 実験を効率よく行うのに最適な人数は、シミュレートしてみたところ『82』。 この20の候補は、無限大に存在する多元宇宙を拙い技術で廻り、干渉が容易であると絞られた世界を指す。 82という数は、運営上の都合もあるが、実際は『とある王が行った前例』による影響が強い。 では、これより順々に、20の世界と82名の参加者について語っていこう。 ◇ ◇ ◇ まず――シモン、カミナ、ヨーコ、ニア、ヴィラル 彼らは、螺旋王が実験を計画する発端ともなった『羨望の対象たる世界』に在住している。 王の宿敵を、王の存在しない世界で撃破してみせたシモン。彼に成長を促した仲間たち。 実験の目的の一つたる『真なる覚醒者』……その最有力候補が、彼らだった。 次に――スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、八神はやて、シャマル、クアットロ 一定数の並行世界を統制する組織に属す、魔法という概念を抱えた人間たち。 件の、『とある王が行った前例』にも参加していた、貴重な役柄を担う存在だった。 世界の広さを知り、しかし多元宇宙の存在までは知らぬ不完全なる開拓者たちは、自らの掌ではどう踊るだろうか? 次に――Dボゥイ、相羽シンヤ ラダム、という宇宙の中でも異種な生命体を発端とした、肉親たちの殺し合い……。 地球の平和を懸けたその戦いの規模よりも、戦乱の渦中に置かれた兄弟の感情に着目した。 運命が操作する、憎悪を越えた憎悪……負の力は、螺旋遺伝子にどう作用するだろうか。 次に――パズー、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ、ドーラ まるで、御伽話のような世界だった。 法則を無視した天空の城、それを廻る子供の夢、大人の野望。 偉業を成し遂げる意志の強さには、どこか可能性を感じさせる部分があった。 次に――ヴァッシュ・ザ・スタンピード、ニコラス・D・ウルフウッド 二人の男が掲げる、人間の生死に関する解釈の違い。 共感は覚えずとも、戯言と無碍にするには情熱的すぎる、誇りのようなものを垣間見た。 信念は……遺伝子が生み出す芯は、下卑た戦いの場でも枉げられないのだろうか。 次に――糸色望、風浦可符香、木津千里 彼らの世界は、他の世界に比べ、空気が違いすぎた。 現実がまるで虚構であるように、誰もが誰も、本気ではいない。住まう者全てが、第三者であるように思えたほどだ。 螺旋の片鱗は窺えなかったが、彼らが『他』と交わりあうところを、少し見てみたかったのかもしれない。 次に――アニタ・キング、読子・リードマン、菫川ねねね 紙使いを始めとする、奇異な現象や能力の発現、それらの根幹には、この世界が独自に築いた文化の影があった。 魔法ともまた違ったシステムを組む事象の数々は、螺旋の力となにかしらの関係があるのだろうか。 候補者として選ばれた三人に共通する、本という娯楽は……ニンゲンたちが持たぬ文化だ。 次に――アイザック・ディアン、ミリア・ハーヴェント、ジャグジー・スプロット、ラッド・ルッソ、チェスワフ・メイエル、クレア・スタンフィールド 生命の法則の破綻、崩壊、もしくは進化なのか。 不死者、そして多元宇宙の存在すら知り得る悪魔の存在を知ったときは、あの宿敵を前にしたときのような畏怖に襲われた。 彼らはいったい何者なのか、彼らと舞台を同じくする人間も何者なのか、悪魔は……王の抱える悪夢をどう思うだろうか。 次に――ドモン・カッシュ、東方不敗、シュバルツ・ブルーダー、アレンビー・ビアズリー 人と科学の最終形、その一つのパターンが、ガンダムファイトにはあった。 偶然から入手した未来の技術までには至らずとも、超発達した文明はどう機能するのか。 そんな高度な社会に住まいながら、『闘志』という生命としての捨てられない性を実行する彼らに、惹かれた部分もある。 次に――神行太保・戴宗、衝撃のアルベルト、素晴らしきヒィッツカラルド BF団という、覗いてみただけでは全容の知れない謎の組織……そしてそれらと対立する国際警察機構。 なんとも単純明快な正義対悪の構図が、逆に違和感を与えた。 双方に組する者は、皆それぞれ異なる信念を掲げているというのに……。 次に――ジン、キール 複雑に入り乱れた世界体系の中で、輝くものは星さえも盗むと言われた王ドロボウの逸話。 一人の少年と一羽の鳥が織り成す物語は、傍観しているだけでも心に響くものがあった。 彼らを実験に加えたとして、王ドロボウはいったいなにを盗み出すのか……そんな好奇心が湧いた。 次に――ルルーシュ・ランペルージ、枢木スザク、カレン・シュタットフェルト、ジェレミア・ゴットバルト、ロイド・アスプルンド、マオ ギアス――他者を従える絶対遵守の力。王の証。BF団同様、覗いてみただけでは全容が知れない。 その、人間の持つ遺伝子に作用するらしい謎の能力に対して、科学者としての探究心が疼いたのもまた事実だ。 この世界で魔女と呼ばれた存在は、王の旅立ちをどう解釈し、どう対処するものか……。 次に――泉こなた、柊かがみ、柊つかさ、小早川ゆたか なんの変哲もない世界、なんの変哲もない日常、なんの変哲もない平和。 彼女らを招く意味は……取ってつけるとしたら、アクセントだろうか。 螺旋の意志となんら関わりのない場に立つ彼女らこそ、あるいは……。 次に――金田一一、剣持勇、明智健悟、高遠遙一 彼らもまた、螺旋の片鱗など感じさせぬ世を生きる者たちだ。 しかしその中で、だからこその知恵を働かせる姿は……他の者たちにはない、碧の輝きを予感させた。 比較対象としての意味合いも強く、またステージを演出するエンターテイナーとしての活躍も期待した。 次に――エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリック、ロイ・マスタング、リザ・ホークアイ、スカー(傷の男)、マース・ヒューズ この世界が築き上げた錬金術という法は、他の世界で知られる錬金術とはまったく違ったものだった。 法則性を探れば、罷り通っているように思える。しかし他の世界と比べれば、それは矛盾を成す法則だ。 そもそも、王が創り出す実験場の理は不条理……等価交換の原則も、絶対ではない。 次に――クロ、ミー、マタタビ 彼らはまず、人ではない。獣人にも劣る獣と、獣ですらなくなったモノだ。 しかしその一方で、彼らは獣でありながら、誰よりも人間らしい一面を持っている。 この世界の獣とは、王の知識の中にある『遺伝子を持たぬ者』ではないのか……確かめてみる必要があった。 次に――スパイク・スピーゲル、ジェット・ブラック、エドワード・ウォン・ハウ・ペペル・チブルスキー4世、ビシャス 多元宇宙の存在を知るに、最も相応しい発達をした文明……でありながら、生き方を変えなかった男たち。 世の中は移り変わろうとも、人としての本質は変わらないのではないか。 そんなことを考えさせられた、故の招待だ。 次に――衛宮士郎、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ランサー、間桐慎二、ギルガメッシュ、言峰綺礼 ――実験を計画する上で、参考とした三つの戦いがある。 その一つが、聖杯戦争……『とある王が行った前例』にも参加していた、魔術師たちの戦いだ。 歴史ある闘争への介入は、功を成すか。 次に――ガッシュ・ベル、高嶺清麿、パルコ・フォルゴレ、ビクトリーム 魔界の王を決める戦い……百組による乱戦を破綻させず進行する、統制されたシステムには、見習うべき部分が多々あった。 魔物と人間、異なる種を組ませ、感情の操作や本のルール、成長による力の発現など、そのまま流用したいほどの完璧さだ。 この仕組みを築き上げた存在に興味を募らせながら、王位争奪戦への介入も決めた。 次に――鴇羽舞衣、玖我なつき、藤乃静留、結城奈緒 蝕の祭……戦姫の神事と謳われたこの戦いも、螺旋遺伝子に大いに関わる要素を含んでいた。 他者を触媒としての、力の発現。愛情による遺伝子の加速を元にした、言わば想いの力。 螺旋力の覚醒とは似て非なる現象に、探求を切望し、そして役者は集った。 ――以上、この82名が此度の実験対象となる。 ◇ ◇ ◇ 「――どうだろうか。私が選りすぐった82名の実験体……いや、可能性の生き様は?」 王、客人、客人の相棒が集う部屋を埋め尽くす、無数の声。 数を数えるのも億劫なモニターには、いくつもの多元宇宙の映像が絶えることなく映し出されている。 計画のメインである82人の紹介が終わっても、客人は移り変わる映像を目で追い続けた。 『オレたち年寄りが世の中に撒いたクソは、オレたちで片づける。おまえらガキは安心して先へ進め』 『私はこれと共に生き、これと共に死す! 今更なんの躊躇いがあろうかぁ!』 『格式だの家柄だのってやつは、わたしゃあ胸がムカつくんでね! そいつァ人間の一番愚劣な病気みたいなもんだ!』 『あたしは、もうここにはいない。でも、この日のあたしは、ずっとここからあなたを応援している。たったひとりの、あたしへ』 『悲嘆する事はない。おまえの望みは、私が代わりに果たすだけだ』 『俺は犬好きだぞ。炒めて食うと美味いらしい』 『ねぇ、あなたの夢を聞かせて?』 『わたくし、ある方をお待ちしておりますの。そして、ダンスはその方と、と心に決めておりますの』 『あああああああ憎い! あのサルが憎い! 憎い、憎い、ジェララララララララララ!!』 『百万匹の猿の手よ。祈れ、三つの願いを。繁栄と享楽と――いや、今はただ生存を。生き残るんだ、どんな手段を使っても』 『もぉ~だめだよ勝手に入ってきたらぁ! いま表面処理中なんだから! 一本の毛埃が無限の絶望を……』 『さぁ、そのお買い得超レア廃盤DVDを俺の下に持ってくるんだッ』 『現実を凝視しろ。おまえは矛盾だらけだ。綺麗事と痩せ我慢の生き方がおまえの心を蝕んでるんじゃないか?』 『小鬼だ。小鬼がおる……』 『大儀を失ったDCは、今日ここで我が斬艦刀の前に……潰えるのだァァ!!』 『やっちゃったよあの娘たち。とうとうやっちゃった。こうならないように段取ってきたっていうのに、もー!』 『天に竹林! 地に少林寺! 目に物見せよう最終秘伝!!』 『ずっと考えてたことの答えが……やっと出たよ……消えてしまういつか、なんて、どうでもよかったんだ……今いる僕がなにをするか、だったんだ』 『All right. Barrier Jacket standing up. Active Guard with Holding Net.』 『男は床で寝ろ』 『やっぱり嘘だったんですね。……中に誰もいませんよ?』 『告訴します。これは完全なるセクハラです。あなたを告訴します! 嘆いても無駄です!』 『気づいたら、お風呂からこの部屋にいたの。このベッドの上で馬乗りになって首を絞めてるの、確かに見たわ!』 『あなたはもうすぐ、人類を束ねる偉人に生まれ変わるわ。そのとき、記憶の片隅にでも私を覚えていたら……好きなように復讐して』 『僕の意識が戻った時、先生は言ってたじゃない。あの人達を殺したいほど憎んでたじゃない。先生の望む通りにしてあげたんだよ』 『前の人の血も油も落としてないんです。だから、ものすごぉく痛いと思います。ごめんなさぁい』 『忘却を、苦しみから逃れる手段に使ってはならない。だが、彼だけにはそれが許される。いや、許されるような気がする。もし、神が居るのなら、それは彼に与えたものだ。救いなのだ』 ――…………。 無限に存在する宇宙、その一つ一つは、旅人などやっていては一生拝めない奇観だ。 それらを目にし、客人はなにを感じているだろうか。 無言の瞳は一切の主張をせず、しばしの時が流れた。 王は客人の返答を、ただじっと待つ。視線にあからさまな期待を込め、客人の無垢な双眸と衝突した。 客人は尊大な眼差しを受けてもなお自我を崩さず、淡々とした口調で感想を言う。 ――そうですね。特にボクから言うことはないです。まぁ、たぶん上手くいくんじゃないでしょうか? 客人の口から漏れたのは、王が望んだものとは違う、なんとも軽薄な言葉だった。 王は吐息に落胆の色を混ぜ、客人の相棒にも同じ質問をしてみる。 客人の相棒は、よくわかんないや、とより適当な言葉を返すだけだった。 ――『彼ら』は、別に問題ないと思いますよ。それよりも、焦点は『その他』じゃないんでしょうか? 淡白な顔つきはそのままに、客人が意見を述べる。 王は愚か者ではあったが、自ら招いた客人を無碍に扱うほど傲岸ではなく、これを素直に傾聴し始める。 ――思うんですが……どうしてあなたは、こんな無謀なことをするんですか? 心臓を、鷲掴みにされたような気分になった。 ああ……この客人は、実に聡明な聞き手だ。 王が気にしていた、第三者に指摘されたいと思っていたところを、抉るように突いてくる。 王は耳を背けなかった。苦い顔一つせず、客人が遠慮なく話せるよう、座して待った。 ――あなたはこの世の誰よりも、あなたが宿敵と憎む相手を知っている。 ――なのにあなたは、宿敵の望まない結果を望んでいる。宿敵が怖いはずなのに。 ――宿敵が怖いから、正攻法じゃなくて、こんな『逃げ』みたいな方法を取るんでしょうが……。 宿敵……そうだ。王には、絶対に相容れない宿敵がいた。 その存在は全ての宇宙を統べる者にして、宇宙そのもの。 その存在は人間を恐れる者にして、人類全ての敵。 彼らは人類進化の抑制剤にして、歯止め。 かつての王とは、真逆にいた者。 ……一時期は、それもやむなし、と諦めた。 王は宿敵との死闘の末、敗れた。敗れてなお、敗残兵として人間を統治する任についている。 それが、宿敵の矛を受けず、人類が危難なしに存続できる唯一の道だったからだ。 だが。 知ってしまった。人類の持つ術では、見ることもできなかったもう一つの宇宙――。 手にしてしまった。宿敵の持つ技術をも越えたかもしれない、天からの恩恵によって得た力――。 羨み、憧れてしまった。自身では成し遂げられなかった偉業を果たす、ドリルを掲げた一人の男の姿に――。 ――矛盾してますよね。あなたは、この実験の弱所を見極めている。はずなのに。 客人の言うとおり、これは正攻法ではなく、『逃げ』の一手による決死の抵抗だ。 正面から倒すことはできなくとも、裏技のような方法で、宿敵を出し抜くことができるかもしれない。 そして、数多の多元宇宙に存在する王が、誰一人として到達できなかった領域へと上り詰められるかもしれない。 ――……宿敵に滅ぼされる可能性を知りつつも、計画を強行しようとするのは、せめてもの闘志ですか? かといって、確実な勝算があるわけでもない。 王が敵対する相手は、あまりにも強大だ。苦肉の策である『実験』も、容易く看破される危険性を孕んでいる。 宿敵は、王にまだ戦意が残っていると知ったらどうするだろうか。……今度こそ、滅ぼしに来るだろうか。 「……悪夢と、悲願。捻れた欲望が、今の私を支配している。利を通されようと、今さら戻れはせん」 君って臆病者の割に頑固だね、と客人の相棒が嘲笑混じりに言った。 客人は無礼な相棒に注意程度の叱責を浴びせ、王に謝る。 王は怒りはしなかった。相棒の言葉を、図星と受けていたからだ。 ――では、もし計画が途中で頓挫しそうになったら……あなたは、どうしますか? 客人のふとした問いに、王は答えることができなかった。 想定は、している。もしものときのための処置も、考えてはいる。 ただ、口にすることだけができなかった。 ――ねぇ、そろそろ行こうよ。 ――ああ、そうだね。 王が口を噤んでは、語り相手の客人も暇を持て余すばかりだ。 もう、第三者として述べる意見もないだろう。王が口を噤んでしまったのだから。 客人は旅支度を済ませ、王の居城から出立する。 王は、止めなかった。 胸に一抹の不安を与えられたことが、ただ悔しく。 去りゆく客人――いや、今となっては旅人――に、餞別代わりの勧誘をかける。 「どうだろうか。君たちさえ望むなら、我が実験に――」 ――お断りします。 王が最後まで言い終わるのも待たず、旅人は旅立ってしまった。 それ以降、王が旅人と再会することは永遠になく、縁はそこで切れた。 結局、特になにかが変わったわけでもない、無意味にも思えた座談会。 王は意志を枉げず、自らが望む悲願のために、悪夢を見続ける。 終わることのない、悪夢を――。 ◇ ◇ ◇ ――悪夢からは、未だ覚めず。 人払いを済ませた王の間で、禿頭の老年は佇んでいた。 悪夢の終を待つように、瞑想をしながら、ただずっと……。 遠い声が、聞こえてきた。 時折雑音混じりになる、性急さを告げる音は、無機質な通信機から発せられている。 『――螺旋王、ダ――謎の勢力によ――撃、ニンゲン!? ガッ――』 途切れ途切れの声は、言葉と化さずとも伝言としての役目を十分に果たしていた。 先ほどから、このような伝令が相次いでいる。そのどれもが、異世界に派遣した精鋭たちからだ。 時空管理局でもなく、反螺旋族に近しい能力を持つ悪魔でもなく、まったく別の、様々な勢力によって。 ――潰されている。螺旋王ロージェノムの手駒たる、獣人の軍勢が。 「……随分と、回りくどい真似をする」 呟くと、螺旋王は耳障りな音を奏でる機械の全てを停止した。 螺旋王が座に就く間を、静寂が埋め尽くす。 軽い嘆息の後、螺旋王は気だるい所作で玉座につき、いつものように頬杖をついた。 「反螺旋族との戦いを想定して造られたガンメンも、未知の敵が相手とあっては脆いものだな。 別宇宙からの襲来者たる彼らが、さらに異なる宇宙の存在を手勢に加えるとは……。 よほど、『実験』が気にかかると見える。なぁ――アンチ=スパイラル」 耳を持たぬ虚空へと、声を投げかける螺旋王。 その口元、その頬、その瞳、その拳には、余裕のない怒りが滲み出ていた。 ――数時間前、アディーネ駆るダイガンカイより、螺旋王の下に伝令が果たされた。 伝令の主こそ配下の獣人であったが、その者も伝言を受け取っただけにすぎない。 真なる伝令の主は、単身ダイガンカイへの潜入を遂げ、四天王である流麗のアディーネに直接言付けた、人間。 名を、〝音界の覇者〟ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク。 ヴァッシュ・ザ・スタンピードやニコラス・D・ウルフウッドと出身を同じくする者であり、本来ならば実験には無関係の存在だった。 しかし、彼とてただ『上』からの伝言を届けただけにすぎない。 見るべきはGUNG-HO-GUNSの11ではなく、彼を寄越した存在の正体について。 ……考えるまでもない。それこそ、螺旋王が長年の間宿敵と定めてきた相手。 螺旋族、いや人類最大の敵――反螺旋族ことアンチ=スパイラルである。 ――『お前達の実験……、これ以上続けるのならば、堕ちる事になるぞ。何処までもな』 ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークは、『警告』としてこの言葉を届けに来た。 真正直に警告として受け止めたとして、そんなご丁寧な真似をする者が、アンチ=スパイラルの他に存在するだろうか。 答えは否だ。彼らに匹敵する、宇宙を廻る技術を手に入れた今だからこそ、その力の強大さを改めて思い知らされる。 永遠の宿敵にして仇敵は――螺旋王の企みを察知し、仕掛けてきた。 「……いや、違うな」 螺旋王が、自嘲気味に笑う。 自らの認識を改めるように、くっくっと笑いを零す。 それは、自身の愚かさを悔いての嘆きの笑いか、裏返しの余裕か。 後者であったらどれだけ気が楽か、螺旋王は狼狽するように溜め息をついた。 一つだけ、決定的なことがある。 アンチ=スパイラルは、螺旋王の『真なる螺旋力の覚醒を促し、その力を元に、反螺旋族にも踏み込めぬ絶対の新世界を創造する』という企みに、気づいている。 アンチ=スパイラルとは、数多の多元宇宙に存在し、それらを統べる者……宇宙そのものと言えるほどの強大な存在だ。 そんなアンチ=スパイラルが恐れたものが、一つだけある。 それこそが、スパイラル=ネメシスという名で畏怖された螺旋力――人間の進化の源流にして、アンチ=スパイラルが『どこまでも昇り続ける限りの無い欲望』と評した力である。 アンチ=スパイラルは、人間の飽くなき進化の果てにある暴走と、それによる宇宙の崩壊を恐れた。 故に先手を打ち、繁栄の過渡にあった螺旋族を衰退させ、自らが統治・監視することで、均衡を保ってきた。 彼は、今回もそれを実行しようとしているのだ。 アンチ=スパイラルがなぜあのような警告を寄越したのか。それは、実験の成功を恐れてだ。 実験が成功した暁には、アンチ=スパイラルも干渉できない隔離された宇宙にて、螺旋族の再興が成される。 隔離された宇宙で螺旋族がどれだけ進化しようと、他の宇宙には不干渉であるのだから、アンチ=スパイラルにとっても害あるものではない。 なのになぜ、アンチ=スパイラルは執拗に牽制を続けてくるのか。 螺旋王個人を追って――ではない。螺旋王など、奴らにとっては『あえて放し飼いにした螺旋族の生き残り』の一人にすぎないからだ。 アンチ=スパイラルが恐れているのは、やはりスパイラル=ネメシス。実験の成果としての、真なる螺旋力の発揮なのである。 たとえそれが、アンチ=スパイラルとは無関係の野望に活用されようと、彼らは見過ごすことができないのだろう。 スパイラル=ネメシスを越えたスパイラル=ネメシス、アンチ=スパイラルの力が届かぬほどの力など、やはり畏怖の対象でしかない。 アンチ=スパイラルとしては、是が非でも潰したいはずなのだ。その真なる覚醒者を。 ……いやむしろ、こうやって着々と螺旋力が紡がれつつある現場ごと、壊滅したとしてもおかしくはない。 どころか、不可解ですらある。アンチ=スパイラルは、なぜ実験場に直接介入しようとしないのか……。 実験場となっている世界など、所詮は螺旋王の力と、未来の道具から得た技術によって作り出した、不完全品だ。 アンチ=スパイラルがその気になれば、干渉など容易い。無論、破壊もだ。 例の警告は、脅迫であって懇願ではない。脅迫だとしても、強行に及ばずまず警告に留めたのはどういうわけか。 アンチ=スパイラルにとっては、宇宙を滅ぼす起爆剤が詰め込まれた火薬庫だというのに……いったい、なぜ。 「……解は得ている、か」 長年の宿敵にして、打倒したいとは願いつつも諦めざるを得なかった相手、だからこそ、手に取るようにわかってしまう。 アンチ=スパイラルは、『監視』しているのだ。以前とまるで変わらず、ただ任を実行しているのみ。 繁栄を遂げる人間たちの死闘の場を、『進化』の予兆が現れる、そのときまで――。 「クックック……変わらん。これでは、まるで変わらんではないか。 一つの惑星に押し込まれ、月から監視され、脅威の影に怯えながら人口をコントロールしていた、あの頃と」 螺旋王は盛大に声を漏らし、狼狽するばかりの顔面を掌で覆う。 おそらくアンチ=スパイラルは、ただ黙認しているだけなのだ。 自らが倒した螺旋族、自らが恐れた螺旋力、その新たなる可能性を、『観察』しながら。 いざ、脅威が発現――真なる螺旋力覚醒者が出たときのために、準備を進めながら。 そう、『羨望の対象たる世界』で人口が百万人を突破した、あの瞬間のように。 会場内で真なる螺旋力覚醒者が現れたとき、アンチ=スパイラルは攻め込んでくる。 ムガンを放ち、施設各所を破壊し、その時点での生存者たちを蹂躙し、覚醒者も殺す――。 ……ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークや、各地で自軍を潰している輩たちは、月に代わる人類殲滅システムなのか。 仮にそうだとして、今の螺旋王が持てる戦力でそれを押さえ、背後に控えた因縁の相手を黙らせることが……できるはずなどない。 「ああ、そうだ。結局、なにも変わらん。全て、あのときと一緒だ。守りきればいい、か――楽観だな。 アンチ=スパイラルを理解すればするほど、絶望せざるを得ないのか。 この実験、奴らに気づかれた時点で『詰み』なのだと――逃げの一手すら、諦め蹂躙されるしかないのか」 前提が甘かった。と、認める他ない。 螺旋王一人の螺旋力を媒体として創り出した箱庭など、所詮は卵の殻ほどの防御力しか持たない。 それでいてビッグサイズ。隠蔽能力など欠片もなく、多元宇宙を統べるアンチ=スパイラルの目は欺けなかったというわけだ。 螺旋王は、顔面を覆っていた掌を取り払い、項垂れる。 序幕の際に見せた尊気はなく、落ち目と思わせるほどの寂れた老いが窺えた。 悪夢と、悲願を孕んだ、実験。 それを取り巻く環境は、この数時間で慌しいほどに変化し、錯綜していった。 感情にぶれを作らぬためにも――冷静に、今一度、見極めてみる必要がある。 ――アンチ=スパイラルは、実験の趣旨を見抜いている。 ――アンチ=スパイラルの力ならば、いつでも実験への介入は可能だ。 ――アンチ=スパイラルの手勢は、螺旋王が発見した世界に住む者たちを集めた、混成部隊だ。 ――アンチ=スパイラルは、実験によって真なる螺旋力覚醒者が誕生することを恐れている。 ――ただし、成果が実るまでは傍観を徹底、高みに位置する者として観察に勤しむ所存でいる。 ――アンチ=スパイラルが敵視しているのはスパイラル=ネメシスの発揮であり、螺旋王個人ではない。 ――仮に実験が成功したとして、その瞬間、アンチ=スパイラルは実験場を襲撃するだろうことは間違いない。 ――アンチ=スパイラルと奴らの手勢、それに抗えるほどの戦力は、螺旋王の手元にはない。 ――実験場は所詮は不完全品であり、消耗も早ければ、アンチ=スパイラルに対しての隠蔽効果も薄い。 ――実験場は、あと十数時間を持って消滅、現在進行形で崩壊が進んでいる。 ――螺旋王の目的である真なる螺旋力覚醒者は、未だ現れず。 ――予兆すら、確認できない。 ――それも踏まえた上での実験だ、と改めて自覚する。 「想定はしていたことだ。が、いざ退路を断たれるとなると……怖いものだな」 この実験の弱所、アンチ=スパイラルという克服できない弱点、懸念を抱えた上での計画実行。 こうなることは、あらかじめ予測していた。そしてそれに対する対策も、一応は用意していた。 ご丁寧にも警告という前段階を踏んでくれた宿敵に対し、螺旋王は最後の選択肢を取る。 即ち、実験の『破棄』を――思考の端に、据える。 「やはり、上手くはいかぬ。あの宇宙のシモンとは……肩を並べることもできんのか。 諦めるのには慣れているが、些か残念だ。いや、惜しい。惜しくもあり、悔しいのが本音だ。 あの宇宙のシモン、ましてやかつての螺旋族にすら、遠くは及ばんが……それでも、 今も渦中を生きている彼らの瞳には、純然たる碧の輝きが灯っているというのに」 女々しいな、と螺旋王は自らを叱咤した。 暗闇に支配された広間の中に佇み、おもむろに天井を見上げる。 濁った闇は宇宙の色にも思え、そこに突き破るべき天井は本当にあるのか、疑問を抱く。 無理を通して道理を蹴っ飛ばす。 そんな生き方が罷り通るなら、始めからアンチ=スパイラルなどには屈しない。 「……前例の中でも、このような展開があったな」 螺旋王は、自身が参考としたとある王の生き様を思い出し、映像に灯す。 それは、此度の実験を行う発端ともなった、精霊王の行いし前例――もう一つのバトルロワイアルの、実録された映像だった。 遥か未来の技術が使われた記録媒体から呼びこしたのは、ちょうどバトルロワイアルの佳境ともいえる頃に起こった、大事件。 ある一人の参加者の造反によって、殺し合いを中断するか否かの選択を、精霊王が強いられることとなった。 ――『ここまで……やっとここまできたのだ! 完結を目前にして……諦めることなどできるかッ!!』 選択肢を突きつけられ、精霊王は逡巡もなく、続行を選び取った。 崇高な使命があったわけでもない、単に復讐と享楽のために殺し合いを企てた精霊王が、なぜあの場で奮起できたのか。 今ならわかる。彼は愚か者ゆえに事態を見極めることができず、結果タイムパトロールという団体に逮捕されてしまったが……結果は残した。 精霊王は、ただバトルロワイアルを完結させたかった。原動力は、終わりを目指す情熱だ。 だが螺旋王は、バトルロワイアルの先にあるものを目指している。ただ完結させるだけでは、意味がないのだ。 「かの精霊王は、それでも退きはしなかった。その判断を愚と罵るつもりは、私にはない。 ……だが、模範として受け取ることはできん。私が目指す終点は、彼が夢見たものよりも、遥か高みに位置するのだからな」 だからこその、悪夢。 だからこその、悲願。 歪み、捻れ、それでも回転を続ける螺旋は――動きを止めてはならぬのだ。 螺旋は、歪み、捻れるからこそ、ただ突き進むだけが道ではないとも言える。 精霊王が愚者とするならば、螺旋王は高尚な愚者として、その道を極めればいい。 故に――実験の『破棄』は、選択肢から省く。 螺旋王が選び取ったのは、しかし『続行』ではない。 新たに用意した、第三の選択肢だ。 「敗北を認めよう、アンチ=スパイラル。私の実験は失敗した。だが――やまず、成功を追い続けるからこその、実験なのだ!」 何者も存在しない空間の中で、螺旋王は宇宙に向かって吼えた。 完結を目前にして、しかし成功は目前にはないと見極め、彼は選択をする。 覚めることのない悪夢、終着することのない悲願。 それらの終わりが訪れ、また始まる――。 ◇ ◇ ◇ 広大な地表に発つ建物としては世界一大きく、人間など眺めるのもおこがましい、王の居城があった。 その城の姿は、まるで巨大なドリルを地面に突き刺したような奇観だった。 逆さまの螺旋を、世は王都テッペリンと呼称し、世界の中心に置いた。 力に恵まれなかった下等生物――ニンゲンは地中に追いやられ、地上唯一の都には、獣人という名の種が繁栄していた。 しかし、獣人の王は獣人ではない。 通称は螺旋王。真名はロージェノム。 瞳に灯した螺旋の模様以外は、人間の容姿をしている男。 宇宙を舞台にした戦争の敗残兵が、獣人の親としてこの地の頂点についた。 今はただ、螺旋族の生き残りとして、この惑星を統括している。 「怒涛のチミルフ、参上仕る」 「流麗のアディーネ、ここに」 「神速のシトマンドラ、命により推参いたしました」 「不動のグアーム、おるぞい」 王都テッペリンの中でも、一際神聖な領域に、四人の獣人が集っていた。 チミルフ、アディーネ、シトマンドラ、グアームと名乗る面々こそ、螺旋四天王。 この惑星において優れた種とされる獣人の中でも、最高峰の地位につく四名の戦士だった。 そんな四人をわざわざ自室に呼びつける者など、一人しかいない。 世界を統べる王にして、権力者……そう、螺旋王ロージェノムだ。 「揃ったか、螺旋四天王よ」 四天王が見上げる先、高位を意味する玉座から、螺旋王が睥睨する。 尊大な貴風は、王としての器を納得させ、四天王に己の立ち位置を認識させた。 「我らを一斉招集するなど、随分と久しぶりではないか? また妙な企てでも考えたのかのぉ」 「グアーム、螺旋王の御前だ。旧知の仲とはいえ、発言は自粛しろ」 「そう言うでないよシトマンドラ。四天王が揃うなんて、そうないんだからさ」 「確かに、アディーネの言うとおりだな。逆に言えば、それだけの事態が起こったとも窺える」 召集の意図を知らされていない四天王は、各々のやり方で王に謁見する。 戦好きの武人、凶暴なサディスト、信奉深いナルシスト、狡猾な策士と、面子も様々だ。 彼らは獣人ゆえ『可能性』を内包していないのが残念だが、獣人には獣人の、成すべき役柄がある。 そう――『今回』は、彼らの使い方を変えてみよう。 「諸君らを呼んだのは他でもない――私が予てから計画していた実験について、意見を聞きたいのだ」 実験――もう何度も口ずさんできたその単語を、この新たな地でも口にする。 悪夢は、あのときから覚めてはいない。悲願もまた、潰えたわけではない。 だから、繰り返す。過去の失敗を反復し、改良を加えた上で、研磨する。 失敗に失敗を重ね、しかし諦めずに探求を貫くのが――実験というものだ。 「実験……? やはり、なにか謀かの」 「このような若輩者でよければ、ぜひ拝聴させていただきたい」 「よかろう。まず――」 世界を、宇宙を変えて――螺旋はまた、廻る。 ◇ ◇ ◇ そして、王の間には誰もいなくなった。 悪夢に浸っていた敗残兵は、一人新天地へと赴き、一切をその場に残した。 ――螺旋王は『破棄』でも『続行』でもなく、『放棄』を選び取った。次に、繋ぐため。 螺旋の王。彼が目指したものは、精霊の王が目指したものとは似て非なる境地だ。 ゲームでもなく、享楽でもない、実験だからこそ、次への挑戦権がある。 それをむざむざ手放すことこそ、失敗して当然の愚者なのだから。 『――螺旋王――応答してくだ――旋王! ら――』 取り残された者たちは、制約の下でどう足掻くだろうか。 王の配下たちは、宿敵は、宿敵に与していた者は、宿敵と敵対していた者は、当事者たちは、いったい――。 ――全て、終わったことだった。 次の実験へと進んだ探求者、螺旋王ロージェノムにとっては、全て。 【螺旋王ロージェノム 実験放棄】 ※螺旋王は今回の実験を放棄し、逃亡しました。以後、放棄した実験に干渉するつもりはありません。 ※螺旋王が逃亡した先は、獣人が支配する多元宇宙のどこか。その世界の螺旋王と挿げ変わり、次なる実験の準備を進めています。 ※実験を行うのに必要な道具は、オリジナルと量産品含め、全て持ち去りました。消失の痕跡も残していません。 ※螺旋王が残した推測 ・アンチ=スパイラルは実験に介入できないのではなく、しないだけ。観察が目的と考えられる。 ・実験の成果が現れたとき、アンチ=スパイラルは実験場に踏み込み、人類殲滅システムを発動する。 **時系列順に読む Back:[[第五回放送]] Next:[[天のさだめを誰が知るⅠ]] |261:[[第五回放送]]|ロージェノム|| |外伝:[[SPIRAL ALIVE]]|神速のシトマンドラ|271:[[天のさだめを誰が知るⅠ]]|