和「どうしたの?そんな真剣な顔をして」

律「大事なことなんだ…実はさ…」

律「私…和のことが好きなんだよ」

…やっぱりそうだったんだ。
私の予想は当たっていた。

和「…そう」

律「あまり驚かないね」

和「だって、そんな気がしていたから」

律「…そうなんだ、でさ…私と、その…付き合ってくれ!」

唯『和ちゃん…私と付き合って下さい!』

和「……!」

一瞬、律の姿が昔の唯とだぶった。あの時の唯は本気で私のことが好きだったんだろう。でも今は…
…もし私が律と付き合うとしてもうまくいきっこない、最後にはお互いに悲しい思いをしなくちゃいけない…私にはそれだけはわかった。
だって、私はそれを体験しているんだから。

和「…ごめんなさい」

律「…!どうして…?」

和「………」

律「なんとか言ってくれよ!」

和「…ごめんなさい」

…まるで私は、あの時の唯じゃないか。

律「…わかった、もういいよ」グスッ

律があの時と同じようなとても悲しい顔をする…今にも泣きだしそうだ。
それだけ今の律には私の存在が大きかったのだろう。前の澪と同じくらいに。

律「私…先に帰るな…」

律は今にも零れ落ちそうな涙を隠すように、私に背を向け走り出した。
私はそれを黙ってみている…これでいいんだと自分に言い聞かせながら…

……本当に?本当にこれでいいのか?次は誰が律を救ってあげられる?
今ここで私が律を追いかけてあげなくちゃ…律は誰にも頼れないで、一人でまた…

和「律ー!」

私は気がつくと律を追いかけていた。
遠すぎて律が霞んで見えるが、徐々にその姿が明らかになっていく。
もう少し…あと少しで追いつける…!

和「とまって律!お願い!」

律「………!」

…私の声が聞こえたのか、律はその場に立ち止った。
そして私は律に追いつくことができた。

和「はぁ…はぁ…!律…さっきの話なんだけど…」

律「………」

和「…律?」

律は私に目もくれず、ただ遠くをずっと見ている。その顔は少し悲しんでいる様に見えた。
律は何をそんなに見ているのだろうか?私は気になり、律の視線の先に目をやった…そこで私が見たものは

和「…!そ…んな…」

律の視線の先、そこにはお互いの口を重ね合う…澪と唯の姿があった。


……

私達二人はいつものように並んで帰り道を歩いていた。
まぁ付き合っているんだから一緒に帰るのは当然だろう。

唯「………」

澪「………」

…なんだか今日の澪ちゃんは静かだ、いつもなら色々と話を聞かせてくれるのに。
何か悩みごとでもあるのかな?私は聞いてみることにした。

唯「…ねぇ澪ちゃん、今日はなんだかあまり喋らないね」

澪「…そうかな?」

唯「うん、何か悩みごと?」

澪「…なぁ唯、その…キス、しないか?」

唯「…え?キス…?」

澪「うん…私達さ、その…付き合ってるんだし」

唯「………」

そんなこと急に言われても、私はなんて答えればいいんだろう。
私は和ちゃんともキスなんてしたことないんだし…
でも、恋人同士なら普通はすることなんだよね。なら私はちゃんと澪ちゃんの恋人だっていう自覚を持たなくちゃ…
それじゃないとまた和ちゃんの二の舞になってしまう、それだけは嫌だ…
なら答えは一つしかないだろう。

澪「…やっぱり駄目?」

唯「…わかった、いいよ」

澪「本当か!?…なら目を閉じて…」

唯「こう、かな…?」スッ

辺りが真っ暗になる。目を閉じているんだから当然だ。
それでも、澪ちゃんの顔が徐々に近づいてくるのがわかる。

澪「それじゃ…いくぞ…」

唯「うん…」

徐々に徐々に、顔が近付いてくる。
その距離は、私の唇に澪ちゃんの吐息がかかるまでに縮まった。
そして…

澪「ん…」

唯「…む…」

私は初めてのキスをした。

キスには、一瞬を永遠に変える魔法の力があると昔どこかで聞いた。
その頃の私はそんなのある訳がないと馬鹿にしていたっけ。

澪「………」

唯「………」

でもその話は本当だった。私達は一体どれだけの時間、お互いの唇を重ね合っているのだろう。
1分?それとも1時間?…そう思えてしまうほどにキスにはとてつもない魔力があった。
まるで夢を見ている様な感覚、この時間が永遠に続けばいい…そう思っていた時


「…いやあああああああああああ!!!」

誰かの叫び声によって私の夢は覚めてしまう。


……

私は和に涙を見せたくなくて一気に走りだした。
どこでもいい、今は和に惨めな私を見られたくない。

律「くそ…くそ…!」

とにかく我武者羅に走った。後ろからは和の私を呼びとめる声が聞こえる。
でも止まらない。今止まれば和は私に慰めの言葉をかけるのだろうから。…そんなのはごめんだ。
私は更に足を速く動かそうとする…だが、そうすることができなくなってしまった。
なぜなら、私は見てしまったから…

律「………!」

唯「………」

澪「………」

私が向かおうとしていた先で、唯と澪はキスをしていた。

二人は長い時間唇を重ね合っている。
…私は澪を諦めた筈だ。それなのに…なんでこんなに悲しい気持ちになるんだろう。
私が二人を見つめていると、後ろから和が声をかけてきた。

和「はぁ…はぁ…!律…さっきの話なんだけど…」

律「………」

私は何も答えられなかった。
あの二人に気を取られていたから。

和「…律?」

和が私の様子がおかしいことに気づき、私の視線の先を見る。
…そして私は、和の壊れてしまう音を聞いた。

和「…!そ…んな…」

和「嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…こんなのいや…」

律「………」

和「…いやあああああああああああ!!!」

和の叫び声で私は、はっと我に帰る。

和「いやああ…」

和は地面に膝をつき、涙を流しながら震えていた。
…まるで全てを否定するかのように。
私は和と同じ目線まで下がり、和を落ち着かすように話しかけた。

律「和!しっかりしろ…!」

和「いや…いやぁ…」

律「和…」


…こんな和は初めて見た。いつもの和からは考えられない。
とりあえず私は和を優しく抱いてあげることにした。いつか和がしてくれたように…

和「いやだ…唯…」

律「大丈夫だから…落ち着けよ」

それでも和の震えは止まらない。やはり私では役不足なのか…?
…だめだ私、弱気になるな。今の和を救うのは私の役目だ。


唯「りっちゃーん!」

唯が向こうから駆けてくる。澪はその後ろ姿を悲しそうな顔で見つめていた。

唯「りっちゃん!一体…」

律「くるんじゃねぇ!!!」

唯「っ!」ビクッ

私は咄嗟に唯に叫んだ。
唯は一瞬驚き、その場に立ち止まる。

律「…来るんじゃねぇよ」

唯「でも…!和ちゃんが…」

律「うるせぇ!!!…お前には関係ねぇよ」

唯「どうして…?好きな人を心配して何が悪いの!?」

澪「…!」

澪が驚いた後、悲しい表情をする。
その顔は前に、唯と和が付き合ってると聞いたときの…私の見たくない顔だ。

律「お前は澪が好きなんだろ!?なら和のことはお前には関係ないだろうが!!!」

唯「…違う。私は今でも和ちゃんが好きなの!」

澪「…うぅ…ひっぐ…」ポロポロ

…澪は等々泣きだしてしまった。
こいつは私の大事な友達を傷つけたんだ…
絶対に許せない。

律「てめぇ…!ならさっき澪としていたことはなんだよ!?」

唯「それは…」

律「言ってみろよ!」

唯「…キスだよ」

律「わかってんじゃねぇか!ならお前は澪の気持ちを弄んだんだぞ!」

唯「ちが…!」

律「違わないだろ!!!」

唯「………」

律「…とにかくだ、お前には和を心配する資格なんてないんだよ」

唯「…ふざけないでよ」

律「はぁ…?」

唯「ふざけないでって言ってるの!!!」

唯が今までに聞いたこともないような大声で私に叫ぶ。
私はそれに圧倒され、しばらく言い返せないでいた。

唯「さっきから聞いていれば何なの?まるで自分だけは悪くないような言い方してさぁ…」

律「わ、私の何が悪いって言うんだよ…?」

唯「ふぅん…自分のしたことも覚えてないんだ…」

唯が厭らしい笑みを含めて、私を見下すように眺める。
こんな唯…初めて見た…
私は背筋に何か寒いものが走る感覚を覚えた。

律「だから何を…!」

唯「…わからないなら教えてあげるよ、私と和ちゃんが別れる原因を作ったのは誰だっけ?」

律「私のせいだって言いたいのか…?」

唯「そうだよ!りっちゃんがあんなことを言わなければこんな事にはならなかった!」

律「違う!」

唯「違わないよ!和ちゃんをそんな風にしたのはりっちゃんだよ!」

律「ちが…う…!」

なぜ私は反論できない?やはり心のどこかでそのことに罪悪感を持っているから?

唯「あなたがあの時あんなことを言わなければ、私と和ちゃんは幸せだった!」

律「でもっ!あの時お前は疲れたって…!」

そうだ。唯は確かにそう言っていた。
なら私のせいじゃない。

唯「…確かにそういったよ、でもね…私はそれでもがんばって両立させていこうって思ってたんだ!それなのに…」

やめろやめてくれ。確かにあの時は私が悪かったよ…でも唯だって許してくれたじゃないか。
それなのに今更…

唯「あなたがそんなことを言うから全てが狂いだした、そうでしょ?」

ちがうちがうちがう…私は悪くない…悪いのはお前だ…
すべてお前が悪いんだ私は悪くない悪くない…悪いのは平沢唯……お前だ

律「………」

唯「どうしたの?本当のことだから言い返せない?」

…黙れ…今すぐその汚い口を塞イデヤル

唯「あはははははは!!!惨めだねぇ♪

律「………うわあああああ!!!!」



和「唯…ゆい…」

律「和…全部終わったよ、もう帰ろう」

和はまだうずくまって震えていた。唯の名前を何度も呼びながら。
私はそっと和に手を差し出し、和の手を優しく引いてあげる。

和「唯…ゆい…」

律「………」

以前澪に言われたことがあったっけ、私はカチューシャを外すと唯に似ていると。
そのことを思い出した私は、カチューシャを外し前髪を下ろした。

律「和ちゃん…一緒に帰ろう?」

和「唯…?ゆい…!私…寂しかったんだよ?」

律「和ちゃん…もうどこにも行かないから安心して」

和「うん!ねぇ唯、前みたいに一緒に手をつないで帰ろう?」

律「いいよ、一緒に帰ろう!」

今の私はあまりにも惨めだ。好きな人の傍に居たいが為に、好きな人に成り済ましているんだから。
なぁ澪、今の私は滑稽かい?でも、これしかないんだよ。和は唯に依存しているんだから、私にはこれしか方法がないんだ。

律「じゃぁな澪…」

和「澪がどうかしたの?」

律「なんでもないよ、それより早く帰ろう♪」

和「うん!」

私達は手をつないで仲良く歩きだす。街頭が私達の影を伸ばした。
その影の中、二人は私達の背中を黙って見つめていた。


~バッドエンド~




最終更新:2010年01月04日 02:21