次の日も、梓ちゃんと一緒に部室に顔を出した。

梓「あの、昨日の話ですけど」

澪「ああ、私も一晩考えて見たんだけど、唯には何か遣り残したことがあるんだと思う」

梓「遣り残したこと?」

澪「そう、梓のことでだ」

憂「どういうことでしょうか?」

紬「さっき3人でも話してたんですけど、唯ちゃんは梓ちゃんのことを忘れてるのよね」

紬「それって多分、梓ちゃんに何かを伝えたかったけど、死んでしまってそれが永遠に叶わないと知ったからじゃないかしら」

紬「しかも相当な心残りなんだと思うの。だから思い出も全部心の奥に仕舞ったのよ」

紬「でも、幽霊になった梓ちゃんは見える。これは、その心残りを晴らすチャンスだからじゃないかしら」

なるほど、と思った。
だからお墓参りに行ったのかもしれない。
そして、梓ちゃんの幽霊が見えるわけもわかった。
しかし、何故梓ちゃんが現れたにも関わらず心残りを解消しないのだろうか。
その疑問に答えるように澪さんが言う。

澪「そのチャンスがあるのに出来ない訳は、多分本人が何を伝えたいのか忘れているのかもしれないな」

律「唯らしいよ、ホント」


梓「じゃあどうやって思い出させればいいんでしょうか?」

紬「それはね、一緒に居るだけでいいのよ」

梓「一緒に居るだけ、ですか」

澪「梓に伝えたいと思ってることだ。梓と一緒に居るうちに、以前に伝えたいと思っていた気持ちと同じ事を思うかもしれない」

律「時間は掛かるかも知れないけどさ、一番いい方法だと思うぞ」

梓「でも、何話したらいいのか・・・」

律「昔みたいに接したらどうだ?」

梓「そうは言っても、昔はギター教えたりしてましたけど・・・唯先輩、今は・・・」

澪「そうだな、唯がギターを弾いていれば切っ掛けは作れただろうけど」

紬「この際、ギターを教えてあげたらどうでしょう?」

みんなは疑問の声を上げたが
紬さんは確信に近い自信があるようだった。


紬「これを開けてみて?」

紬さんは、壁に立て掛けてあったギターケースを机に置く。

梓「え?でも私幽霊ですよ。物に触ることなんて・・・」

紬「それは先入観よ。だってここ3階なのよ?」

紬「それに階段も上がってこれたでしょ。物に触れられないのに足場は確保できるっておかしいと思わない?」

紬「それはね、幽霊は地面に立ったり階段を上がったりできるけど、物には触れないって本人が思い込んでるからだと思うの」

紬「それに壁を通り抜けられるって思えば、それもできるし、何かに触りたいって思えばやっぱりそれも出来ると思うの」

梓ちゃんはそれを聞いて
ギターケースに触れる。

梓「あ・・・触れた」

慎重にギターケースを開ける。

梓「これ・・・私のギター・・・」

紬「ええ、ご両親に無理を言って、私たちが卒業するまで軽音部に置かせてもらうことにしてたの」

律「梓、持ってみろよ」

梓ちゃんはストラップを肩に掛け、ギターを持つと
懐かしげに、感触を確かめるように撫でた。



澪「久しぶりに、弾いてみないか?」

律「そうそう、唯の変わりに憂ちゃんも居るし」

紬「唯ちゃんも今日は掃除当番だったかしら、ならまだ学校にいるかも知れないですね」

澪「なるほど、おい律、窓開けるぞ」

律「唯にも聞かせるんだな。よっしゃ」

私も一緒に窓を開けて、部室の扉も開けた。
もし、お姉ちゃんに私たちの演奏が聞こえれば
きっと気づいてくれるはずだ。
梓ちゃんのギターが交じっていることを。

律「準備できたかー?」

梓「いつでもいいですよ」

澪「なんだか久しぶりだな」

紬「懐かしいです」

憂「学園祭前に戻ったみたいですね」

律「それじゃあいくぞー。ワン、ツー、スリー、フォー!」


──梓ちゃんのギターを弾く姿は生き生きとしていた。
──澪さんも紬さんも何時もより楽しそうだった。
──律さんのドラムは何時も以上の迫力があって、まるでお姉ちゃんを呼んでいるかのようだった。

演奏が終わって静寂の後
どこからか拍手が聞こえてきた。

入り口に目をやると
満面に笑みを湛えたお姉ちゃんが、そこに居た。

憂「お姉ちゃんっ」

唯「みんな、あのね──」

唯「ありがとう。それから、ごめんなさい」

お姉ちゃんは私たちの目の前まで来ると
一人一人の顔を見て、最後に梓ちゃんに目を止めた。

誰も何も言わなかった。
ただ、お姉ちゃんの言葉を待っていた。
誰もが聞きたかった言葉を、私は聞いた。

唯「あずにゃんっ」



唯「私ね、やっと思い出したんだ。あずにゃんのこと」

唯「ずっと忘れてた。でも、さっきの演奏で全部思い出したよ」

唯「それから、あずにゃんが私に話してくれた先輩のこと、私のことだよね?」

梓「はいっ」

梓ちゃんは笑顔で大きく頷いた。

唯「大好きだって言ってくれたよね」

梓「はいっ言いました。唯先輩が大好きですっ!」

唯「私、あの時凄く悲しくて泣いちゃったって言ったけど、違うって分かったの」

唯「凄く嬉しかったんだよ」

唯「それでね、ずっとあずにゃんに伝えたかったことも思い出したの」

唯「お墓の前でもそのことを伝えたかったんだと思う」

唯「でも、これを伝えたらあずにゃんが消えちゃうんじゃないかって──」

唯「凄く不安で、でも今言わなきゃ絶対後悔するから言うね」

唯「あずにゃんのこと、大好きっ!」



お姉ちゃんは、勢いよく梓ちゃんに抱きついた。
触れることが出来ないのではないかと思ったが
二人は互いをしっかりと抱いていた。

梓ちゃんもそうしたいと心から願ったのだろう。

二人は見つめあい、そっと唇を重ねた。

その二人を誰もが暖かな目で
満面に祝福を湛えた表情で、
包み込んでいた。

暫く二人は抱き合っていたが、梓ちゃんは消えることは無く
少し照れながら口を開いた。

梓「なんだか恥ずかしいです。唯先輩」

唯「う~ん、もうちょっと~」

お姉ちゃんは梓ちゃんに甘えるように頬擦りをしていた。

梓「は、離れてくださいよ」

唯「だって、消えないんだもん」

梓「そ、そうですけど・・・消えて欲しいんですか?」

唯「やだ。でも、消えるまで離さない」

梓「じゃあずっと離さないで下さい」



二人はもう一度キスをしてお互いを確かめ合った。

そんな惚気た二人に妬いたのだろうか
澪先輩が口を開く。

澪「でも、何で梓は消えないんだ?普通、幽霊って心残りが無くなったら成仏するもんじゃないのか?」

律「そもそも、梓の心残りって何なんだ?」

憂「ギターを弾いてるお姉ちゃんの笑顔が見たいって言ってましたけど」

梓「でも、今の唯先輩の笑顔が一番です。私はこれで満足なんですけど」

紬「もしかして、ずっと一緒に居たいって思ってるんじゃないかしら」

梓「そうかもしれないです」

唯「じゃあ一緒に居ようよ。これからも」

梓「はいっ」

お姉ちゃんの笑顔も、梓ちゃんの笑顔も
今まで見てきた笑顔よりずっと幸せそうだった。
このままでもいいのかな──このままが一番幸せなんだ
そう思うと、私まで幸せな気分になった。



……

それからは、お姉ちゃんと梓ちゃんが居る生活を楽しく過ごした。
3人で街に出かけることもあった。
周りの人からも、どうやら梓ちゃんが見えているらしい。
鏡にも映るみたいで、まるで本当に生きているようだった。

私もお姉ちゃんも、梓ちゃんが生きていたときと変わらずに接した。
学校には一緒に通えないけれど、
先生の目を盗んでは軽音部の部室でお茶をして過ごした。

お姉ちゃんが軽音部に復帰したことで、私は居なくても大丈夫なのだけれど
そのまま軽音部に留まって、梓ちゃんのギターでライブをしたりもした。

幸せだった。
何もかもが幸せだった。
梓ちゃんが居る生活が。
幽霊になっても、触れ合うことが出来る梓ちゃん。
このまま、ずっと一緒に居られる。
このまま、梓ちゃんと──ずっと── 一緒に ──



声が聞こえた。

──うい。
──憂。
──私が付いて居るからね。
──だから、早く・・・

目を開くと、お姉ちゃんが私の顔を覗き込んでいた。

憂「お姉ちゃん・・・」

唯「憂・・・」

憂「お姉ちゃん、あのね──昨日ね、梓ちゃんと一緒にお出かけしたの」

憂「お姉ちゃんがいつもいくケーキ屋さんでね。ケーキ食べたの」

憂「それで、梓ちゃんもおいしいねって・・・」

憂「それからね──」

唯「憂・・・あずにゃんは死んだんだよ・・・」

憂「知ってるよ。でも、いつも私たちと一緒に居るんだよ」

唯「・・・うん、そうだね」


お姉ちゃんは私の手を強く握った。

唯「憂。私が付いて居るからね」

唯「だから、早く良くなってね」

私は、見知らぬ部屋の白い天井を眺める。
真っ白なベッド、真っ白なシーツ、窓の外には銀杏の木が見える。

憂「ここ、どこだっけ?」

唯「病院だよ」

あぁ、夢だったのか・・・長い夢だった・・・とても幸せだった。

お姉ちゃんに目を向けると、傍らに背の低い女の子が居た。

憂「お姉ちゃん、その子お友達?」

お姉ちゃんは、私の視線の先を目で追った。
暫く女の子を見つめた後、私に顔を戻して
お姉ちゃんは首を振って答えた。



唯「誰も居ないよ。憂」




おしまい。




最終更新:2010年01月15日 00:52