•職員室

唯「失礼しまーす」

紬「あ、唯ちゃん!」

唯「あれ?ムギちゃんだけ?」

紬「二人ならあそこで…」

りっちゃんと澪ちゃんは職員室の奥の方の扉の前でなにやら聞き耳を立てている。

どうやらあの奥の部屋に件の担任が居るらしい。

紬「教頭先生に呼ばれたから暫く出て来ないと思うわ」

自分のクラスから退学者三名と停学者十二名も出したんだから当然だよね。
減俸かな。

唯「りっちゃん、澪ちゃーん!」

澪「唯、おはよう」

律「しーずーかーにー」

唯「おはよー、今日はもう帰っていい?」

律「色々疲れただろ、唯は
先にけーれ」

澪「もう部活どころじゃないな、梓の家にいくんだろ?後で連絡してくれ」

お見通しですかい。

唯「うん、ばいばーい」

それにしても聞き耳立ててる怪しい二人組に誰も注意しないのか。
先ほどの事件で先生達も疲れてるのかな。

唯「ムギちゃん今日は先帰るね」

紬「うん、あずさちゃんに宜しくね」

ムギちゃんにもお見通しですかい。


•中野家

ふぅ、一度自宅へ帰りあずにゃんの家に泊まる準備をしてきた。

インターホンを鳴らす。

…あずにゃんの部屋の電気が消えた。

梓『はい、どちら様ですか?』

唯「あずにゃん、私だよー」

するとガチャッと鍵を開ける音がして、中から可愛い女の子が顔を出す。
怪我の痕は見つからなかった。

唯「会いたかったよ、あずにゃん」

梓「…とりあえず入って下さい」

リビングに通される。

梓「ソファにかけて下さい」

あずにゃんはそう言い冷蔵庫を開けてカルピスを取り出し二つのグラスに注ぐ。

ふぅ、実はあまりあずにゃんの家に来たことがないから緊張する。

梓「どうぞ」

唯「ありがとう、喉乾いてたんだ」

二口程喉に流し込む。

ガラステーブルの上に置かれたコースターにグラスを戻す。

なんというか、あずにゃんの家の物はいちいちオシャレなんだよね。

多分それが落ち着かない原因。

梓「あの、唯先輩…今日は」

あずにゃんが探るように言葉を発する。

今日はね…

あずにゃんに告白しに来たんだよ。

唯「あずにゃんの部屋行っていい?」

梓「えぇ、はい」

階段を登りあずにゃんの部屋に行く。
ヤバい心拍数がヤバい。


•梓自室

ガチャッ

梓「どうぞ」

あずにゃんは電気のスイッチを手探りで探す。
私は扉を後ろ手に閉めながら言う。

唯「電気、点けないで」

梓「えっ?」

唯「ベッド座るね」

梓「あ、はい、電気点けますよ?」

私がベッドの淵に腰掛けてもほとんどスプリング音がしなかった。
良いベッドで寝てるんだね。

唯「あずにゃんこっち来て」

梓「どうしたんですか?」

唯「今日はね、ある事を告白しに来たんだ」

梓「こく…はく…ですか?」

唯「あずにゃんこっち来て」

二度目の催促でやっと警戒しながらこちらに近づいてくる。

野良ネコを撫でたいならこちらから近付いてはいけない。
ネコとの距離はどれだけ警戒されているかを表す。

あずにゃんは私の膝から十五センチ程離れた場所で立ち止まった。

なるほど、両手を伸ばせば届く距離。

私はゆっくりと両手を前方に伸ばしあずにゃんの腕と腰の間に腕を差し込む。

まだどこも触れていない。
あずにゃんが少し後ずさる。

唯「あずにゃん、もっとこっちに来れる?」

梓「…?」

あずにゃんは少しずつこちらに近づいてくる。

いつもの私ならとっくに抱きついている距離だが今は我慢。

あずにゃんが私の膝の直ぐ先まで来てくれた。

既にお互いにパーソナルスペースを侵害しあってる。

唯「あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「私のお膝に座って」

梓「…」

暫く見つめ合う。

梓「あの、唯先輩」

唯「嫌ならなにも言わずに離れて」

梓「…」

あずにゃんが視線を私の膝に落とす。

唯「…」

梓「失礼します」

あずにゃんが私の両肩に手を置き。
体重を私に預け始める。
目の前に現れたツインテールを見て心を落ち着かせる。

スッ

あずにゃんが足を開いて私の
膝に座った。

あずにゃんの全ての体重が私の膝に乗っている。

唯「あずにゃん両手はそのまま私の肩ね」

ネコが抱きしめられる距離まで近付いてきてもすぐに抱きしめてはいけない。

たとえ、目と鼻の先にネコがいたとしてもネコは直ぐに逃げられるようにこちらを観察している。

唯「あずにゃん、キスとかしないから目閉じて?」

梓「……はい」

少し躊躇した後に目を閉じる。
なんでこんなに可愛いの…

唯「腕、背中に回してもいい?」

梓「…はい」

腕をあずにゃんの背中でクロスさせる。

唯「腕、引き寄せてもいい?」

梓「どうぞ」

ゆっくり抱き寄せる。
胴が密着する。

もう少し背中に回す腕にチカラを込める。
次に肩が密着する。
あずにゃんが顔を左にずらしたので私は右にずらす。

まだあずにゃんは私の肩に手を置いている。

腕の力を弱めあずにゃんの顔を見詰める。

唯「目開けて」

梓「唯先輩…どうしたんですか?」

無言でただひたすら見詰める。

言葉に出さなくても…伝わって欲しい。

あずにゃんの意志で抱きしめて欲しい。

まだ愛の告白をしに来たとは言っていない。
私は逃げ道を作っている。

あずにゃんの意志で腕を私の背中に回してくれないのなら。

今日の出来事でも適当に報告して帰ろう。

あずにゃんの後頭部に左手を添えて、髪を撫でる。

梓「…」

こんなに見詰めても抱き締めてくれないの?

涙腺から少量の液体が分泌され私の瞳を潤す。

いつものスキンシップじゃないことくらいわかるでしょ?

梓「あの…」

やはり抱き締めてと言わないと抱き締めてはくれないか。

私は小さく息を吐きながら両手をベッドに下ろした。

唯「………」

目を閉じゆっくり深呼吸をする。
私の膝に感じる重さが心地良い。

唯「そっか」

私は上半身を後ろに倒し、あずにゃんを膝に乗せたままベッドに体を預けた。

体全体の力を抜く。

唯「もういいよ」

梓「え?」

もう離れていいんだよ。
左手を右肩まで持っていき、視界を左腕で覆う。

心地良い真っ暗な世界に逃避する。
しかし意識はまだあずにゃんに向いている。

脇の下見られてないかな。

呼吸する度に私の胸がゆっくりと上下する。

人前であまり仰向けになりたくはない。

胸の大きさがハッキリわかってしまうから。

今更ながら右腕で胸を庇うように覆う。

あずにゃんの体重が膝から離れていった。

告白の覚悟を決める為だけの行為に付き合わせてごめんね。

そのとき私の頭の両側からギシッと音がした。

梓「唯先輩、腕をどけて下さい」

私は左腕を頭の上にずらす。
視界いっぱいにあずにゃんの顔が映り込んだ。
あずにゃんが私に覆いかぶさっている。

私は右手であずにゃんの頬を撫でる。

やっぱり可愛い。
親指と人差し指で頬を摘まむ。
柔らかくてさらさらなあずにゃんのほっぺ。

梓「唯先輩」

あずにゃんは私の名を呼び全体重を私にかける。

今までのどんな抱き着きよりも心地良い。

もっと、もっと密着したい。

私はあずにゃんの首に両腕を回し力いっぱい、本当に全力で抱き締める。

梓「唯先輩、守ってくれてありがとうございます…」

学校から家に電話があったのだろうか、今日色々あったことを知っているようだ。

唯「あずにゃんの携帯、後で渡すから暫くこのままでいさせて…」

梓「唯先輩…」

唯「昨日守ってあげられなくてごめんね、本当にごめんね」

どれだけそうしていただろうか。
体感時間では二十分くらいあずにゃんを抱き締めていた。

今までで最高記録だね。

私は腕の力を抜き告白の為の準備に移る。

唯「今日、泊まっていい?」

あずにゃんは腕を立てながら少しずつ密着面を剥がしてゆく。

梓「でも、私明日は…」

唯「一緒に学校行こ?」

梓「でもその格好は」

唯「実は一回家に帰ってシャワー浴びて来たんだ、制服もカバンの中に入ってるよ」

梓「もう、泊まる気満々じゃないですか」

あずにゃんが笑顔を見せた。
私も顔が勝手に綻ぶ。

唯「ギー太も部室にお留守番させてるからね、準備万端だよ」

梓「ふふっ、夜ご飯食べますか?」

さっき帰った時にお弁当の残りを食べたが、あずにゃんの手料理にありつくチャンスだ。

唯「うん、一緒にご飯作ろ!」

梓「じゃあ下に行きましょうか」


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最終更新:2011年05月01日 21:10