憂の携帯をAがもっているだけでは退学に出来ない。
窃盗やら肖像権の侵害やらの軽犯罪をどれだけしてようと警察は動かない。
民事不介入、ふざけた言葉だ。
ならば警察沙汰にするまで。
桜高に通う平沢唯に対し十数名で暴行を働いたなら傷害事件にできる。
学校もスルーできないだろう。

私はAの胸倉を掴み無理矢理憂の携帯を奪う。

あまり抵抗しないな。

ということはAの携帯にも憂の写メが入ってるのだろう。

決定的な証拠になりうる。

ストラップがジャラジャラとスカートのポケットから出ている。

私はストラップを鷲掴みにし携帯を引き抜いた。

と、同時にBとCを含めた十数人が襲いかかってきた。

私の体は両腕を開いた状態で固定され首を締められる。

それぞれ両手に持った携帯を奪われないように精一杯握り締める。

前方からAが近づいてくる。

唯「やってみろや!ブス!」

私は声を振り絞る。

その手に持ったカッターで私に傷害を与えろ。

カチッ、カチッとカッターの刃が伸びてゆく。

私は震えていた。

そうだ、どんな手段でも使うんだ。
純ちゃんと約束したじゃないか。

どんな犠牲も厭わない。
愛する人の為に。

私の身体と引き換えにお前らをドロップアウトさせてやる。

Aは私の太ももめがけてカッターを振りかぶる。

血は見たくない。
目を瞑る。

私は太ももに力を入れた。


律「テメエら、なにやってんだ?」

…りっ…ちゃん……?

教室に居る全員の視線がりっちゃんに集まる。

後ろには澪ちゃんとムギちゃんもいる。

律「なぁにやってんだって訊いてんだよぉっ!!!!!!!!!!!!」

りっちゃんがカチューシャを床に叩きつけて大声を張り上げる。

八重歯を見せ怒りを剥き出しにする表情はまるで獣だ。
私は本日最大の恐怖を感じた。

りっちゃんが一歩近づいてくる度に束縛が弱まる。

Aが怯えた顔でりっちゃんにカッターを向けるがりっちゃんは止まらない。

バキィッ!

りっちゃんが渾身の力でAの顔面を殴る。

空中に放り出せれたカッターをさり気なく澪ちゃんが回収しにいく。

ムギちゃんは…先生を呼びに行ったのか。

りっちゃんはまだ止まらない。
よろめくAにケンカキックをお見舞いする。

Aが吹っ飛んだ際に机が六つ程薙ぎ倒され教室を分断する道ができた。

カチューシャを外したりっちゃんからは表情が伺えない。

りっちゃんがこちらを見る。
………怒りは全く収まっていないようだ。

りっちゃん無双は先生が集まってきた後も暫く続いた。

ほど無くして学校の前にパトカーが止まった。

私は焦っていた。
この事件が未遂に終わってしまったことに。

Aは警察署へ連れていかれて鑑別に行くだろう。

奴は退学だ。

だが問題はその他の十数人の処分だ。

恐らく停学。

もしかしたら憂が退院するよりも前に復学するかもしれない。

せめてBとCは退学させたい。

今、取り調べを受けている。

先生が沢山集まってきてる。

あれは、校長だ。

唯「校長先生!ちょっと来て下さい」

私からの証言を取っていた警察と校長の手を掴み憂の席へ扇動する。

私は憂が入院してから今までの経緯を一部誇張しながら全て話す。

名誉棄損、器物損壊、窃盗、暴行、恐喝、私はボキャブラリーをフルに使って大声で叫ぶ。

できるだけ多くの先生にこの事件に関わった生徒が悪質なイジメを働いていると印象付けるように。

唯「私の妹と後輩が人権を侵害されているんです!」

BとCが憂をカツアゲしていたなら、
BとCの携帯から事件性のあるデータが見つかったなら、
私は少し安心できる。

しかし、憂は入院中だ。
警察に帰られてしまったら糾弾の機会を失ってしまう。
学校側も隠蔽工作を始めるかもしれない。

この事件が収束を匂わせ始めている。

唯「憂が退院して復学したらまた酷いイジメが始まります、このクラスの担任はここまでイジメが深刻化しても黙認を貫いたのですから」

校長「たしかに担任もこのイジメの加害者と言っても過言では無いかもしれない」

唯「そうですね、そしてこれほど悪質なイジメに気づけなかった学校にも責任があります。責任を取るなら全員を退学にすべきで」

校長「平沢さんはとても優しい子だね、よし、前向きに検討しよう」

唯「残念ですが退学にできないというのであればできるだけ多くの保護者と生徒を巻き込んでPTAと教育委員会に」

校長「申し訳ないがBさんとCさん以外の生徒が平沢さんの妹にイジメを働いていたという証拠が無ければ退学には…」

それなら代案を出すまでだ。

唯「ではBさんとCさん以外の退学は諦めます、その代わり臨時の全校集会を開き今回私に対して集団暴行を働いた生徒の名前を公開して下さい、全校生徒と全職員で本気でイジメの撲滅に取り組みましょう」

校長「本当にすまないが生徒個人の名誉を傷つけるようなことはできない、また新しいイジメに発展してしまうからね」

そんなことはわかっている。

唯「まさかこの悪質なイジメを水に流すおつもりでしょうか、先ほども申し上げた通り私の妹は鬱病と胃潰瘍を患い吐血までしています、先生に相談すらできなかった、私の妹をここまで傷つけたこのクラスの担任は今どこにいるんですか?」

校長「応接室で生徒達の素行について取り調べを受けているよ」

唯「ならばせめて全教員でイジメ撲滅に取り組んで下さい、職員会議を開いて下さい、その際私と妹と後輩も同席させてもらいます」

校長「職員会議は当然開くが生徒を職員会議に同席させるのは…」

私は疑いの視線を校長に向け言う。

唯「なぜです?」

校長「なぜと言われても…生徒が職員会議に出るなど前例が無いことで…」

校長は慎重に言葉を選びながら話す。
私は容赦無く校長の発言を遮る。

唯「そうでしょうね、この様な陰湿なイジメは前例が無いでしょうから」

たっぷり間をおいてから一言。

唯「まさか…」

校長「今回のイジメを水に流すつもりなどないんだ、私もこの目でしっかり惨状を確認した、これから全ての先生達が協力してイジメを無くすように努力するつもりだ、私を信用して欲しい」

唯「信用…ですか…」

私は不満そうに大人は信用できないという意思を示す。

唯「ここでイジメ撲滅週間を設定する、とか校長先生自らがこのクラス周辺を見回るなどの発言が聞ければ少しは安心できるのですが…」

校長「わかった約束しよう」

結局、その場で全員の親が呼び出されBとCは自主退学扱い。

その他は二週間の停学となった。

私はまだ終わらせるつもりはない。


•部室

律「いやー六時間目サボれてよかったわ」

りっちゃんは伸びをしながら呟く。

唯「みんな助けてくれてありがとね」

律「梓に連絡しても返事が来ないから教室まで行ってみれば、憂ちゃんの恰好した唯がピンチなんだもんなー、一瞬本当に思考停止したわ」

澪「しかしなんで相談してくれなかったんだよ」

唯「えーと、純ちゃんに憂とあずにゃんがイジメられてるって聞いて、体が勝手に…」

本当の理由はふたつある。
皆に迷惑をかけたく無かったから、
あずにゃんと憂を一人で恰好良く救いたかったから。

恣意的な自己犠牲の精神が働いただけ。

紬「唯ちゃん、もっと私を頼って、唯ちゃんが犠牲になってたら多くの人が悲しむから…」

お見通しか。

変装までして体が勝手に…といい訳するのは無理があった。

唯「わかった、じゃあ皆に協力して貰いたいことがあるんだ」

私は先ほどの停学処分となった生徒のリストをテーブルの真ん中に置いた。

律「…さっきの連中か」

唯「うん、この子達をできるだけ退学させたいんだよ」

澪「…」

紬「…」

律「…たしかに同じクラスにいる限り確実に軋轢が生じるだろうな」

澪「しかし退学はやりすぎじゃないのか…」

唯「あずにゃんがイジメられてたんだよ!?」

唯「私達が卒業したら誰もあずにゃんを守れないんだよ!?」

唯「昨日あずにゃんは私達に相談しなかった、できなかったんだよ」

唯「なぜなら自分のクラスが敵だらけだから」

紬「でもその子達の未来を奪うようなことは流石に…」

唯「みんな聞いて」

唯「私達はあずにゃんに後輩を残してあげられなかった」

唯「純ちゃんはジャズ研を辞めて軽音部に入るって言ってた、憂も私が卒業したら軽音部に入る」

唯「あと一人の部員を引き入れるなんて簡単かと思うかもしれないけど」

唯「正直無理だと思うよ」

律「そうか?」

唯「うん」

唯「私が新入生だったら三年生が三人だけの部活なんて怖くて入れないもん」

唯「部活に於いて二年生っていうのは一年と三年のクッション的な役割を果たすもの」

唯「でも私達は来年度の二年生を作ってあげられなかった」

唯「あずにゃんは部員勧誘に相当力をいれなきゃいけないよ」

唯「そんな中視界の隅にイジメっ子がチラチラ映りこんだりしたら」

唯「あずにゃんは伸び伸びと部員勧誘に取り組めない、萎縮しちゃうよ」

唯「だからせめて後輩を作ってあげられなかった私達が」

律「唯、わかった」

律「言いたいことはわかった」

律「そいつらを退学に追い込めばいいんだな?」

唯「それが一番だね」

律「こいつらをイジメればいいんだな?」

唯「…たしかにイジメるというと良心の呵責が」

律「唯、小難しいことを言うな、お前に似合わない」

律「…好きな子をイジメられたから復讐したいんだろ?」

唯「…………」

唯「………………………………………うっ」

今まで堪えてた物が一気に溢れだす。

唯「……はぁ………ぐすっ………っ……」

憂とあずにゃんを虐めた奴らが、
虐めを見過ごしてた奴らが、
憎くくて憎くくて堪らないんだよ。

唯「…絶対…に、ヒック…」

唯「はぁ……っ…許さな…い…!」

涙と鼻水とひゃっくりが止まらない。
Yシャツの袖が涙と鼻水で汚れていく。

なりふり構わず泣いた。

下級生を相手に慟哭の涙を流す自分が悔しい。
憂はまだ病院にいて、あずにゃんは連絡すら取れない。
言葉にできないほどに、
ムカつくほどに
今の自分の体たらく振りが悔しすぎる
つい数時間前に教室でのほほんとお弁当を貪ってた自分が色々とおこがましすぎる。
心配すぎる。不安すぎる。

澪「とりあえず今は泣け」

紬「一人で背負い込ませてごめんね」

皆が私の頭を撫でる。
心の中が緊張から安心で満たされた頃、私は意識を手放した。


•保健室

唯「ん…」

あれ?
ここは…保健室か。

たしか部室で泣きつかれて寝ちゃったんだ。

皆が運んでくれたのか。

喉と目が痛い。
自分の顔を見ようと洗面台まで移動する。

うわー、目がすごい腫れてるし、鼻の下がパリパリする。
うがいをして顔を洗う。

さわ子「おはよう」

ギクリ

鏡越しにさわ子先生の姿を確認。
気づかないふりっと。

カツカツと足音を鳴らし接近を確認。

怒られそうな心当たりが幾つも浮かんでくる。

さわ子「唯ちゃんが暴走するなんて、珍しいわね」

さわ子「なにも怒らないから安心しなさい」

その言葉を聞いて顔を上げる。
顔を拭くタオルがないや。
顎から水滴が垂れ、髪が顔に張り付いて不快だ。

汚れていない方の袖で顔を拭う。

唯「さわちゃんに二つのお願いがあるんだよ」

さわ子「あずさちゃんを3年2組に編入させるなんてできないわよ」

唯「そんなことわかってるよー」

唯「私を2年1組に編入させて下さい!」

さわ子「それもできないわね」

ならば代案を出すまで。

唯「来年度もさわちゃんは三年の担任をやっていただきたいのです!」

さわ子「えぇー」

唯「3年2組が美少女集団なのはさわちゃんの意向だよね?」

唯「じゃあ来年度は憂、あずにゃん、純ちゃんをさわちゃんのクラスにして、あとは大人しめな子で固めてね」

さわ子「とっても静かなクラスになりそうね、そもそも二年連続で卒業式に泣くなんて嫌よ」

ならば代案を出すまで。

唯「やれやれ、大人はみんなこうだよ、
じゃあこのリストに載ってる子達を憂達と離れさせて」

唯「憂達が一組でこのリストの
子達が三組ね、流石にこれ以上は譲歩できないや」

さわ子「ただの音楽教諭にそこまでできるわけないでしょ」

さわ子「まぁ前向きに検討するわ」

さわちゃんの『前向きに検討する』はなんだか信じられる。

唯「さわちゃんにとってあずにゃんはその程度の存在なんだね…」

私は次のお願いに繋げる為、目線を落とし落胆の意を示す。

さわ子「あなた、演技が下手ね…」

唯「あずにゃんの事を思ってるならね、職員会議の内容を録音してきて下さい」

さわ子「…どうやって?」

唯「携帯で録音すれば?」

さわ子「なぜ?」

唯「校長先生がどれだけ本気なのか知りたいんだよぉ」

さわ子「校長先生が本気じゃないと判断したら?」

唯「もの申す」

さわ子「なんで職員会議の内容を知ってるの?と聞かれたら?」

唯「教師陣にスパイがいることを仄めかす」

さわ子「あなたの担任であり顧問である私と梓ちゃん、どっちが大事?」

唯「それは愚問だよね」

さわ子「あなたの梓ちゃんLoveの精神は伝わったわ、録音はしないけど大まかに会議の内容を教えてあげる」

唯「さわちゃんだいすきー」

さわ子「なにがあっても校長室に凸したりしないでよ?」

唯「ところでみんなは?」

さわ子「……2年1組の担任の
所に凸しに行ったわ」

唯「いってきまーす」

さわ子「ふぅ…梓ちゃんは先輩に恵まれてるわね」


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最終更新:2011年05月01日 21:10