• 三階空き教室

純「すみません、相談するなら唯先輩が適任かと思いまして」

唯「なにか悩み事?」

純「憂と梓についてですが、なにか最近異変を感じませんでしたか?」

唯「憂は私が負担を掛けすぎたせいでストレスで大変な病気に罹っちゃったんだよ、昨日と今日休んでるのは入院してるからだよ」

純「憂が入院したのは知ってます、それで梓の方はどうですか?」

唯「あずにゃんは昨日部活の時しか会ってないけど、憂が居なくて寂しそうだったなぁ、純ちゃんも憂が居なくて寂しいよね、ごめんね、憂が退院したら一杯恩返しができるように色々勉強してるんだ、えへへ」

純「…違います」

唯「なにが?」

純「…多分憂が入院したのはいじめが原因です、そして憂が入院して…次の標的が梓に…」

えっ?イジメ?

純「昨日部活が終わった後部室棟のトイレに行ったら一番奥の個室のトイレの仕切りの下にこれが落ちてました」

純ちゃんが差し出したのは紛れも無くあずにゃんの携帯だった。
電池パックのカバーの裏を確認すると黒猫のシールが、そこには私の字で《あずにゃん》の五文字。
間違いない、あずにゃんの為に精一杯丁寧に書いたんだから。

この携帯は間違いなくあずにゃんのだよ。可愛いあずにゃんによく似合う赤いSoftBankの携帯。

その携帯を開くと私の携帯に発信する画面になってる。
私に電話をかけようとしたんだ。

見たく無くても視界に入ってくる、赤い液体が凝固したような痕跡。

それが血液であると理解するまで一秒も要さなかった。

繋がる。

一昨日のティータイムの時に憂から電話がかかって来たときから全て辻褄が合う。

純「梓は今日学校を休んでいます、憂と梓の机の中は酷い有様でした」

唯「そっか…」

確信したよ、憂とあずにゃんをイジメてる奴がいるんだね。

唯「…純ちゃん、憂が入院してるってことクラスの皆は知ってるの?」

純「いえ、先生は暫く休むとしか言ってなかったので憂が入院しているのを知っているのは私と梓だけだと思います。」

唯「そっか」

うちのクラスだったら一人が入院したら直ぐに皆に情報が行き渡るだろう。

憂が入院したのを純ちゃんとあずにゃんしか知らないってことは…
憂はクラスの皆に大事にされてないんだね。
憂は友達が少ないんだ。
いつもあずにゃんと純ちゃんの三人でいるもんね。

2年1組で派閥ができちゃってるんだ。

唯「憂とあずにゃんがイジメられて学校に来なくなったってことは次の標的は…純ちゃんかもね」

純「はい、そう思うともう誰も信用出来なくて…ジャズ研の同期の目線も冷たいような気がして来て…」

純ちゃんは空き教室の冷たい床にヘタレ込み静かに泣き始めた。

空き教室に純ちゃんの鳴き声が響く。

ん?今は昼休みだ。
やけに周りが静か過ぎる。

そうかもう昼休みが終わって授業が始まるのか。

キーンコーンカーンコーン

午後の授業の始まりを告げる鐘が響く。

その鐘に共鳴するかのように私の体が震える。

今まで感じた事のない感情が押し寄せてくる。

大好きな後輩と妹がイジメられて学校に来れなくなってしまっているなんて。

憂は今までどんな気持ちで学校へ行き、どんな気持ちで私の帰りを待っていたのか。

唯「純ちゃん五、六時間目はなんの授業?」

純「えと、地理と数学です」

唯「純ちゃんのクラスの担任の担当科目は?」

純「生物です」

つまりHRまで担任は2年1組に戻らないのか。
憂の上履きは…無事な訳ないか。

唯「わかった、純ちゃん、リボンと上履き貸して?」

純「まさか…」

唯「私に任せて、下級生を捻るのなんか簡単だから」

純「私は…唯先輩に身代わりになってもらう為に相談したんじゃありません」

唯「私は最上級生だよ?私が本気でやる、どんな手段でも使う、中途半端に懲らしめて私が卒業した後イジメが再発するなんて状況作らないから」

純「…」

唯「純ちゃん聞いて、私憎しみって感情を今日初めて感じたんだ。今まで甘やかされて育ったからね。」

唯「これは愛情と正反対のベクトルの感情なんだね。」

唯「例えば愛情を計るならどれだけその相手に奉仕したいか」

唯「それに対して憎しみを計るならその相手にどれほど損害を与えたいか」

唯「そう、愛する人には利益、快楽を与えたい、憎い人には損害、痛みを与えたい」

唯「単純でしょ?」

唯「そして私はあずにゃんと憂が大好き、最上級の快楽と利益を与えたいんだよ」

唯「恥ずかしいけどあずにゃんと憂の性感帯を刺激して快楽を与えたい」

唯「私、変態かもね、でも本当に好きなの、純ちゃんも二人と仲良くしてくれてありがとう」

唯「純ちゃんの事も好きなんだよ?なにか奉仕してあげたいくらいにはね」

唯「さてこれからが本題、
長々と喋ってごめんね」

唯「最上級に大好きな人二人が誰かに損害を与えられました、しかも恐らく同一犯」

唯「私はその犯人にどんな感情を持つでしょうか?」

純「…憎しみの感情ですか?」

唯「そう、しかしただの憎しみじゃない、最上級の憎しみ」

唯「相手に最上級の痛みと損害を与えたい、人にとって最も奪われたく無い物だよ、純ちゃんも人として生きているならわかるよね?」

純「一番大事な物、一番取られたくない物、それは…命?」

唯「殺したいほど憎いね」

純「…!」

唯「比喩だよ、憂とあずにゃんに会えなくなったら私が耐えられないもん」

純「え?じゃあ」

唯「イジメっ子の未来を奪うのは簡単かもねって話。純ちゃんは今日は早退してくれる?」

私はなかなか引き下がらない純ちゃんを説得して早退してもらった。
その際連絡先も交換しておいた。

頭の中がすごくクリアだ。
先程は冗長な台詞が次々と頭の中に浮かんで口から流れ出ていった。
自信ありげに吃る事無く、相手の目を見て瞬きを抑え、それらしいことを言い続け、相手に発言の暇を与えなければ、個人の意思を捻じ曲げるのなんか簡単だった。
コツを掴んだ。

私は純ちゃんに借りた上履きとリボンと髪ゴムを身に付け、思考する。

先ずは、イジメっ子を特定するのが先決。

ではどうやって。

平沢憂として一日学校で過ごすのが好ましいのは明白だが、今平沢憂は入院している。

担任にだけは会ってはいけない。

もし仮につい先程登校した事にして五、六時間目の授業を受けHRをバックれれば、担任に会うことはないが出席簿に平沢憂が午後に二時間だけ出席したことが記録されてしまう。

イジメっ子を特定して先生に言いつけても意味がない。
停学か注意処分の後に更に陰湿なイジメが始まるだろう。

何人でイジメを働いているか予想も出来ないが最低でも実行犯数人を退学させないとイジメの抑止力にならない。

そもそも今私は自分の教室にバックを置きっぱなしにして五時間目をサボっている状態だ。
お弁当も蓋をしてつくえの上に置きっぱなしだ。
皆と交換したおかずを食べきれなかった。
今日帰ったら食べよう。

いやいやそんなことを考えている場合ではない。

駄目だ。
思考が纏まらない。

とにかく現段階での最優先事項は

自分の教室へ行ってバックを回収。
イジメっ子の特定。

次点で

あずにゃんの容体の確認。
憂とあずにゃんの持ち物の被害状況の確認。
五、六時間目欠席についてさわちゃんへの言い訳。

このくらいか。

今から廊下に出て憂とあずにゃんの下駄箱を見に行きたいが、危険すぎる。

とりあえず今は変装を解いて五時間目の終了を待つしかないだろう。

唯(…イジメかぁ)

小中高と私はイジメとは無縁で生きてきた。
たしかライフと言うイジメを題材にしたドラマを見たことがある。
特に校庭に机を置かれ『お前の席ねーから』というイジメっ子の台詞と嘲笑の表情が印象的だった。

トイレに連れ込まれた少女がモップで叩かれたり水をかけられたりもしていた。

部室棟のトイレに落ちていたというあずにゃんの携帯。

否応無しにドラマの中でイジメられていた少女とあずにゃんの姿が重なる。

昨日、私達が校門でムギちゃんの家の車を待っている間、あずにゃんはどんな仕打ちを受けていたのだろうか。
どんな表情で私に電話をかけようとしたのか。

私があずにゃんに最後に発した言葉。


『あずにゃん、私が付いてるからね』


奥歯が意思に反してカチカチと音を立てる。
今すぐに2年1組に怒鳴りこんでやりたい。
今すぐにあずにゃんと憂を抱き締めたい。

奥歯を噛み締めて、手を強く握って衝動を堪える。

ここでジッとしているのが辛い。

異常なほど永く感じた五時間目がやっと終わる。


  • 3年2組

私は先生が居ないか伺いつつそっと自分の教室の扉を開けた。

曜子「あれ?唯ちゃんどこ行ってたの?」

向かって右後ろの席の曜子ちゃんが私に気付いた。

唯「ちょっとトイレに篭っててね、体調最悪だから今日は早退させてもらうよ」

曜子「そっか、辛いよね、じゃあまた明日」

私が生理中だと思ってくれたようだ。

その後も皆に心配され、先生が訝しんでいた旨を聞かされ私は適当にお茶を濁した。

休み時間を一秒も無駄にしたくない私はバックを持ち急いで教室を飛び出した。

空き教室で急いで変装を済ませ二階に降りる。


  • 2年1組

教室の前まで来た私は扉の取っ手を握りしめ最後の確認をする。

本日平沢憂は体調が優れなかった為保健室登校をし、教室には忘れ物を取りに来た。

念の為、問われたら答えられるように、追求されないような理由を用意しておく。

私は平沢憂が来たことを誰もが気付くように扉を弱めに蹴ってから扉を開いた。

我が校の校舎は木造建築で教室の扉も木でできている。

当然、弱めに扉を蹴ったとしてもそれなりの音が鳴る。

私の思惑通り教室中の視線が私に集まった。

誰かが担任に平沢憂の登場を報告するリスクも高まるが、その時は

姉である平沢唯が早退するついでに平沢憂に変装し、忘れ物を取りに来た。動機はイタズラ心から、の一点張りでなんとかなるだろう。

それより今はこの休み時間の間に私を『イジメてもらわなければならない』と言うこと。
イジメっ子を炙り出すには当然イジメられなければならないのだから。

教室中を見渡し出来るだけ多くのクラスメイトと目を合わせる。
…変装はバレていない筈だ。
いつもと違う箇所といったら髪を纏めているのがゴムであるという点と上履きに《鈴木純》と書いてある位だ。

誰も私の足元になんか意識を寄せないだろう。

変装はバレてない筈なのに。

…誰も挨拶をして来ない。

記憶を頼りに、歩きながら憂の席へ向う。

憂はいつもあずにゃんと純ちゃんと一緒に居たことから友達が少ないのは頷ける。

しかし腑に落ちないのは誰も挨拶をしてこないという点だ。

教室を見渡して気付いたことがある。
それは憂とあずにゃんと純ちゃんがこのクラスの美少女三人組だということ。
私のクラスである3年2組はまるで意図的に集められたかのように美少女揃いだ。
しかしこのクラスは違う。
美少女三人組が不在のこの教室はモブの集まりと言っても過言ではない。

その美少女三人組が常につるんでいたとなればイジメの動機は自ずと推測できる。
妬みだ。

あずにゃんと憂が可愛すぎるが故にイジメを受けた。
純ちゃんを早退させた私の判断は正しかった。

今も視界の隅に幾つかの視線を感じる。
これはクラスぐるみのイジメかもしれない…

私は憂の席に辿り着くとバックを机の上に置く際に彫刻刀かなにかで掘られた文字を発見した。
まだ掘られてから時間は経っていないようだ。

《シスコンレズ女》

これが憂の渾名か。
憂が本当にシスコンでレズビアンであるなら嬉しい限りだ。

私は机の中を覗いてみる。
憂は毎日教科書を持ち帰る真面目な天使なので教科書を切り刻まれるような被害は無いようだが

………この惨状は筆舌に尽くしがたい。
机から異臭がする。
私は直ぐに机の中から目を背けた。

これだけ酷い有様だ。
もしや担任はイジメを認識し且つ黙認しているのではないのか?

次はあずにゃんの席へ向う。

お約束のようにあずにゃんの渾名が机に刻まれている。

《ゴキブリ》

《チョウセンメクラチビゴミムシ》

実在する二種類の昆虫の名前だ。

私は机を叩いた。

数人がこちらに近づいてくる。

机の中を覗き込むとほとんど被害は無いようだった。

A「おい」

やはり憂が学校に来なくなったからあずにゃんがターゲットになったという説が濃厚か。

A「なぁ」

私はゆっくりと姿勢を戻し近づいてきたモブを見る。
敵意を剥き出しにして。

A「こんな時間に学校に来てあたし等に挨拶も無しか?」

三人か。
私は先程から喋り続けているAを目を細めて睨みつける。

私を殴れ。

B「ちょっと顔借せよ」

Bに胸倉を掴まれ体を引っ張られるが私は動かない。

非力過ぎる。

B「なんか喋れコラぁ!!!!!」

Bは更に力を込め大声を出し威圧しようとするが、私は表情を変えない。

今のが本気の声かな?
声はお腹から出すんだよ。

Bは体重を後ろ側にかけて犬を引っ張る飼い主のような憐れな姿勢になっている。

…非力過ぎる。

約五キロのギー太を背負って毎日自宅と学校を往復していた私は、予想以上に足腰が鍛えられていたようだ。

今度は私がBの胸倉を掴み一気に引き寄せる。
顔を近づけできる限りの憐れむ視線を送る。

殴れ。

殴れ。

数秒見つめ合う。
Bは私からAに視線を移動させる。
まるで助けを求めるように。

こいつらは一人では何もできない。

A「どうした、今日は威勢がいいじゃん」

声で変装がバレる恐れがあるのであまり喋りたく無かったが、すこし鎌を掛けてみる。

唯「梓ちゃんが今日学校を休んだ理由、知らない?」

A「『ゴキブリとモップの代わりに私を虐めて下さい』って言い出したのはテメエだろ?」

モップ…純ちゃんのことかな?
やはり憂はあずにゃんと純ちゃんを庇っていたか。

A「今日のシスコンレズ女ちゃんはあの日なのかな?とりあえず約束を破ったからにはお仕置きな」

そう言うとAは私の目の前に小さな紙切れを突き付けた。

《うい専用、肩たたき券》

Aは汚い文字でそう書かれた紙切れをビリビリに破いていく。
私が小学生の頃に憂にあげた肩たたき券だ。
憂が財布の中に大事に仕舞っていた肩たたき券をなぜお前が持ってる。

バラバラになった肩たたき券をAは私の顔にぶちまけた。

A「後これも忘れんなよ」

それは憂の携帯ですね。
確認する必要もない。
待ち受け画面には憂の土下座写メが設定されていた。

よし一気に行こう。

この三人が所謂主犯格だろう。

Cは一切発言していないが。

このクラスにイジメっ子が何人ほどいるのか知りたい。

私はすっかり静かになったBを離しAに近付く。

沢山の椅子を引く音が聞こえる。

十人ほど立ち上がっただろうか。

リンチされるな。


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最終更新:2011年05月01日 21:09