•私立桜ヶ丘女子高等学校校門

紬「あ、そうだ、私車呼ぶね」

唯「え、送ってくれるの?」

紬「えぇ、多分十分程で来てくれるわ」

唯「ありがと!ムギちゃん家のクルマ楽しみだなー」

ムギちゃんは後ろを向いて電話を掛け始めた。

紬「あ、斎藤?ご苦労様、ちょっと一台出して欲しいんだけど」

紬「えぇ、いつも話してる唯ちゃんの妹さんが入院したみたいで」

紬「そう、手が空いてる人でいいわ」

紬「それと、胃に負担が少ない食べ物と文庫本を何冊か持たせて頂戴」

紬「お願いね、校門の前にいるから」

ムギちゃんが発する言葉の端々から愛情を感じる。
普段から思っている事だが、本当に私は友人に恵まれている。

みんな大好きだよ。
ごめんね、いつも迷惑かけて。

丁度十分後目の前に黒い車が停まった。
高級そうだなぁ。
我ながら馬鹿っぽい感想だ。
中から白手袋をした若い男性が現れた。

ドライバー「皆様、大変お待たせ致しました、こちらへどうぞ」

紬「ご苦労様、いつもありがとう」

ドアを開けてくれてお嬢様になった気分。

律「あ、ありがとうございます」

りっちゃん顔が引きつってるよ。

唯「おじゃましまーす」

澪「ふふっ、おじゃましますって唯…くくく」

私の小ネタに笑ってくれる澪ちゃん。

ドライバー「では桜ヶ丘総合病院まで参ります」

車内は良い匂いで、全然揺れない。
病院まではあっという間に着いた。


•桜ヶ丘総合病院西棟503号室

唯「憂ー、皆がお見舞いに来てくれたよ!」

憂「皆さん、態々御足労いただいてありがとうございます」

皆それぞれ憂に労いの言葉をかける。

唯「憂ー、元気だったかい?寂しくなかったかい?」

私は憂を抱き締めて頬擦りをする。

憂「もう、寂しかったのはお姉ちゃんじゃないの?あ、今日梓ちゃんどうだった?」

そりゃ寂しかったよ。
憂がいないってだけで眠れなかったくらいだから。
でも元気そうでよかった。
とりあえずギー太を床に下ろす。
あずにゃんね、憂が居なくて寂しそうだったよと言おうとしたら澪ちゃんが憂に話しかけた。

澪「憂ちゃん、手ぶらでお見舞いに来て申し訳ない、次来る時に持ってくるから欲しい物があったら言ってくれ」

憂「そんな、売店で一通り揃うので心配ないです、それよりお姉ちゃんを宜しくお願いします」

澪「そうか、唯なら私達が付いてるから心配ないよ、梓も憂ちゃんの事心配してたよ、今度鈴木さん…えっと純ちゃんと来るそうだ」

憂「そうですか、はい、楽しみにしてます」

律「本当にいい子だなー、退院したら私の妹にならないか?」

唯「だめだよりっちゃん!憂を誑かさないで!」

憂「えへへ、お姉ちゃん大きい声出しちゃだめだよ」

律「なんだとー、今朝遅刻した事憂ちゃんに言っちゃうぞー」

唯「うー、もう言ってるじゃん、りっちゃんのイジワル」

その後、ムギちゃんが文庫本と胃に優しいらしい食べ物を渡して私たちは看護師さんが巡回に来るまで下らない話をして過ごした。


•平沢家

唯「ムギちゃん今日は色々ありがとう、ドライバーさん家まで送ってくれてありがとうございました、澪ちゃんまた明日ね」

紬「お安い御用よ、唯ちゃん、りっちゃんまたね、この小菓子、憂ちゃんに渡せなかったから二人で食べて」

最初から私にくれるつもりだったんだよね。
ムギちゃんは優しいから。

澪「唯、この本やるよ、それじゃあ二人とも、またな!」

料理の本だ。
ずっと私に渡すタイミングを伺ってたんだね。
澪ちゃんも優しいから。

律「おう、またなー!」

車はムギちゃんと澪ちゃんを乗せて走りだし、やがて暗闇に溶け込んでいった。
辺りが暗くなっていたことに今更気付いた。

律「んじゃあ田井中シェフの出番だな!」

唯「ほほう、儂の舌を唸らせるハンバーグを作れるかな?」


•平沢家キッチン

唯「なにか足りない物ある?」

律「さっき憂ちゃんに冷蔵庫の中の材料聞いたから大丈夫だと思う」

りっちゃんが冷蔵庫の中を覗き込みながら言う。
制服にエプロン姿で…なるほど。
あずにゃんと憂で脳内補完しておく。

律「しかし、冷蔵庫の中まで綺麗に整頓されてるな、流石憂ちゃん」

唯「そりゃあラブリーシスターだからね、ラブだよ」

律「ちょっと何言ってるかわかんないわ」

唯「だって私が小学生の時にあげた肩たたき券を今だに大事にサイフに入れて持ち歩いてるんだよ!あぁー可愛いよー」

りっちゃんは妹自慢話をスルーして色々準備を始める。
挽肉、玉ねぎ、香辛料…えーと、私がりっちゃん特製ハンバーグの作成手順をメモっていると何時の間にか微塵切りを終え食材が一つのボールに集まっていた。
りっちゃん手際いいね。
後でレシピ書いてもらおうっと。

律「唯隊員…これからハンバーグ作りに於いて最も肝要な手順…こねこね時間が始まるぞ」

唯「ごくり…!」

律「刮目せよっ!」

りっちゃんは声を上げながら生地をこね始めた。
近所迷惑になってないかな。

律「唯隊員!見てないで手伝えーい!」

唯「サー、りっちゃん隊員!」

律「あ、手洗ってな」

唯「うん」

その後は特筆すべきことは無い。
楕円形に形を整えて焼いて食べた。

律「ご馳走様でした」

唯「ごちそうさま、美味しかったね」

律「あぁ、なにしろ愛情を飽和する位込めたからな」

唯「そっか、それより澪ちゃんとムギちゃんって二人の時どんな話するんだろうね」

律「HTTの作詞と作曲だからな、まったくわからん」

唯「なるほどね」

もうこの頃には唯特製ハンバーグを憂とあずにゃんに食べさせてメロメロにする算段しか頭になかった。

二人でムギちゃんに貰った小菓子を食べていたら、気付けばいい時間になっていた。

唯「りっちゃん泊まってく?」

律「あぁ、スウェットだけ貸してくれ」

私が寂しくないように、明日遅刻しないように最初から泊まるつもりだったんだよね。
りっちゃんも優しいから。

唯「うん、持ってくるね、先にお風呂入ってていいよ」

律「おう、サンキュ」

なんと今日は既にお風呂を沸かしてあるのです!

唯「りっちゃん、バスタオルとスウェットと下着ここに置いとくねー!」

律「おーう!」

唯「洗濯物洗って乾燥機かけとくからねー!」

律「おーう!」

りっちゃんのショーツとブラとYシャツと靴下を拾い上げ色物はネットに入れてそれ以外は洗濯籠に放り込む。

その際、憂が吐いた血の付いたYシャツが目に入った。
これはもう洗っても駄目だろう。

唯(憂…本当に大丈夫なのかな…)

鬱病の辛さは私には解らない。
胃潰瘍の痛さは私には解らない。
甘やかされて育ったから。

憂は元気に振舞っているが、鬱病患者だ。
今この時も自殺願望が芽生え始めてるかもしれない。

鳥肌が立った。
考えているだけで精神が擦り減る。

徐に憂の血の跡を鼻に押し付け匂いを嗅いでみるが当然憂の匂いはしなかった。

私がパソコンで料理について調べているとりっちゃんがあがって来た。
カチューシャをしていないりっちゃんはイケメンと形容するに相応しい。

律「ふー、出たぞー」

唯「おかえりー、洗面台にある化粧水とか使っていいからね、あとこの麦茶飲んで、コップこれ使って」

律「あぁ、早速飲ませて頂くぜ!」

腰に手を当て仰け反りながら麦茶を一気飲みするりっちゃん。
ノーブラだから少々目のやり場に困る。

唯「ハンガーあそこにあるから使って、私もお風呂入ってくるね」

律「ん」

さて、少し頭の中を整理しておこう。
私は普通の女子高生だ。
当然好きな人の一人や二人いる。
私との間柄で表すなら妹と後輩だ。
将来はなんとかして三人で暮らしたいと画策している。
妹、即ち平沢憂。
私のせいで病気に罹り療養中。
退院するまでに私は立派な姉になってかわうい妹に恩返しする。
後輩、即ち中野梓。
誰のせいでもなく可愛い。
無条件で可愛い。
チューが…したいです…。

邪な事を考えていると時間は早く過ぎる。
何時の間にか頭、顔、体を洗い終わっていた。
今日はゆっくり湯船に浸かる気分じゃない。
少し眠くなってきた、体の泡をすべて洗い流し私は浴室を出た。

唯「りっちゃん出たよー」

律「おー」

りっちゃんはテレビを観ながらゴロゴロしていた。
我が家のテレビはゴロゴロしながらでも視聴しやすいように床に直起きになっている。
憂から私への些細な配慮だ。

そう言えば爪が伸びていたから切っておこう。
風呂上がりだからね。
眠気に負けずにやっと全ての爪を切り終えた。
歯を磨いてもう寝よう。

唯「りっちゃん新しい歯ブラシ出しとくよ」

律「あ、歯ブラシならポーチに入ってるからいいよ」

りっちゃんは意外と潔癖な節がある。
そういえばお昼休みに歯を磨いているのを偶に見かける。
いつも持ち歩いているのだろうか。

歯磨きを終えた私達は三階に上がる。

唯「私は憂の部屋で寝るからりっちゃんは私の部屋使って」

律「ぁぃょー」

りっちゃんも眠いのか欠伸をしながら応えた。

唯「じゃあ先に起きた方が寝てる方を起こすという作戦で」

律「どーせ唯は起きないだろー」

唯「ふっ、今のうちにほざくがいいよ」

私は爪を切っている最中に気付いたのだ。
憂が居なくて寂しいのなら憂の部屋で憂のベッドに寝転がり憂の布団に包まれて憂いの匂いに抱かれて眠れば良い。

憂の石鹸の様な清潔感漂う匂いは直ぐに私を安眠へと誘うだろう。

明日の朝はりっちゃんの寝顔を携帯で撮って差し上げよう。

ふふふ


•翌日

律「おい唯!いい加減起きろって!」

唯「…んー?」

結論から言うと私はりっちゃんの声で目が覚めた。

律「もうすぐ七時だぞー、弁当作るから手伝え」

徐々に意識が覚醒していく。
私は勝負に負けたのだ。
そりゃそうだ。
憂の温もり溢れるベッドで寝て自力で起きるなんて不可能に等しい。
なぜそれに昨日の夜気付かなかったのか。


•私立桜ヶ丘女子高等学校

なんとか今日は遅刻せずに済んだ。
りっちゃんが泊まってくれなかったら私はまだベッドの中だったかもしれない。


•昼休み

私は昨日おかずをわけて貰った人におかずをわけて廻る。

先ずは、
唯「和ちゃん、姫子ちゃん昨日はありがとー、私のおかず食べてもいいよ!」

和「いいわよ、私はおかずに困ってないから」

姫子「私もいいよ、私がお弁当忘れた時にわけてくれる?」

唯「ぶー、折角(りっちゃんと)私が作った自信作なのにぃ」

和「それより憂の容体はどうなの?あれから報告が無いけど」

唯「あ、昨日お見舞いに行った時はすごく可愛かったよ」

和「そうなんだ」

姫子「早く良くなるといいね」

和ちゃんと姫子ちゃんには上手くあしらわれてしまった。
流石だね。

お次は
唯「りっちゃん、ムギちゃん、澪ちゃん、私のおかず食べてー」

律「そうやってクラス中廻ってたらおかず無くなるぞー」

澪「私とムギはダイエット中なの知ってるだろ、唯が食べなよ」

紬「気持ちだけでいいよ、唯ちゃんありがとう」

私は皆にお返しがしたいのに。

唯「誰か私のおかず食べてよー!」

三花「唯ー、早く食べないと昼休み終わっちゃうよー」

唯「誰かに私が作った卵焼き食べてもらいたいんだよー!」

いちご「…じゃあ卵焼き交換しようか」

唯「おぉーいちごちゃんナイスアイデアだよ!」

いちごちゃんから話しかけてくれるなんて珍しいから嬉しい。

信代「じゃああたしも交換ー」

唯「はい信代ちゃーん」

信代「ありが10!」

いつしか周囲の人と卵焼きを交換する流れができていた。
なるほどね、交換すればいいんだ。

みんなそれぞれ味が違くて美味しいや。

このクラス皆が仲良しで大好きだよ。

純「唯先輩いらっしゃいますか!」

突然教室の後ろの扉を開けて純ちゃんが私を呼んだ。
いつも、憂とあずにゃんと仲良くしてくれてありがとう。

唯「どしたの純ちゃん?」

純「突然すみません、ちょっと来て貰えますか、相談したいことが…」

私は純ちゃんに空き教室に連れて来られた。


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最終更新:2011年05月01日 21:08