•軽音楽部部室
いつもと何ら変わらぬティータイムの最中の出来事。
唯「あずにゃん、今日も可愛いね」
私はクッキーを頬張りながら可愛い後輩に話しかける。
梓「…いきなりなんですか、唯先輩」
唯「思ったことを言っただけだよー」
梓「そうですか」
ここ最近、あずにゃんの反応が薄い。
唯「昔のあずにゃんなら顏を真っ赤にしてデレたのになぁ」
ティーカップを手に取り、紅茶とクッキーを喉に流し込みながら今は亡き無邪気なあずにゃんを思い浮かべる。
梓「今も昔も私はそんなキャラじゃありません」
唯「世知辛い世の中になったもんだね」
その時、静かに雑誌を読んでいたりっちゃんが何かに反応した。
律「ん?」
澪「どうした?律」
律「なぁ、誰か携帯鳴ってないか?」
メンバーはそれぞれ手を止め周囲の音に集中する。
確かに携帯のバイブレーションの様な振動音が聴こえてきた。
紬「えーと、私じゃないわ」
澪「私でもないな」
梓「私も違います」
唯「じゃあ、私かなー?」
バックに入れたままの携帯を確認するため立ち上がる。
律「誰からだ?」
唯「多分憂からだよ」
スクールバックのチャックを開け携帯を取り出す。
液晶を見てみると《着信:非通知》の文字。
唯「…誰だろう?」
唯「ちょっと出るね」
律「はいよ」
唯「はい、もしもし」
憂『あ、お姉ちゃん?憂だけど』
唯「どうしたの?」
憂『実は今ね、桜ヶ丘総合病院の公衆電話からかけてるんだけど、ちょっと入院が必要みたいで…』
唯「え、憂が!?大丈夫!?」
憂『お姉ちゃん落ち着いて、さっき診察が終わったから詳しい事は家で話すよ』
唯「わかった、今日は出来るだけ早く帰るね」
憂『うん、じゃあ家で待ってるね』
唯「うん、バイバイ」
電話を切った私は酷く動揺していた。
憂はこれまで入院するほど大きな病気に罹った事などなかったからだ。
唯(どうしたんだろ、心配だよ…)
暫く立ち尽くしている私にあずにゃんが心配そうに尋ねる。
梓「…唯先輩、憂になにかあったんですか?」
憂になにかあったのか。
私も今すぐに知りたい。
唯「うん、なんか入院が必要みたいで…」
梓「え、入院ですか…」
唯「今日は早めに帰りたいんだけどいい?」
澪「大変じゃないか!今すぐ憂ちゃんの所に行った方がいい」
唯「うん、皆悪いけど今日は早退させてもらうね?」
律「あぁ、直ぐに行ってやれ」
紬「唯ちゃん、確かご両親は今海外に居るんだよね?なにか私たちに手伝える事があったら相談してね?」
唯「うん、あとでメールする!皆またね!」
私は部室を飛び出した。
•平沢家
自宅に着き玄関を開けると憂の靴があった。
もう憂は帰ってきているようだ。
私は一目散に憂の部屋へ向かった。
唯「憂、ただいま!」
憂「あ、おかえり」
憂は大きなバックに寝巻きや下着、手鏡などを詰めていた。
早速入院の準備をしているようだ。
憂は入院の件について掻い摘んで説明してくれた。
先日から目眩、吐き気、不眠、胃痛などに悩まされていたこと、今日は特に胃痛が酷かったので病院に行ったこと、ストレス性胃潰瘍と鬱病を併発していると診断されたこと、お父さんに連絡してその場で予定入院が決まったこと、等。
私は愕然とした。
唯「全然気づかなかった…憂、ごめんね」
私が憂に負担を掛け過ぎてたんだ。
入院するほどの、胃に穴が空くほどの。
自分の不甲斐無さに涙が込み上げてくる。
数秒後には大声をあげて号泣していた。
憂「お、お姉ちゃん泣かないで!」
憂は準備の手を止めて私を宥める。
憂「入院って言っても療養だからね?手術する訳じゃないんだよ」
唯「…そうなの?」
憂「うん、心配しなくていいよ、それより私が入院してる間はお姉ちゃん一人だからね、アイス食べ過ぎちゃだめだよ?」
憂は私を安心させるかのようにとニッコリと笑った。
唯「…」
私は本当に駄目な姉だ。
喋る毎にそれが露呈してしまう。
現に今も憂に心配と迷惑を掛けている。
…変わらないと!
私はこんなに可愛くて健気な妹を苦しめていたんだ。
私は憂をぎゅっと抱きしめた。
唯(憂が退院するまでに立派で頼りになるお姉ちゃんにならないとね)
憂「ふふっ、お姉ちゃんあったかい」
本当に可愛い妹だ。
憂の肩に顏を埋めていつもより強めに抱きしめた。
唯(憂…痩せたなぁ)
明らかに胴が細くなった。
元々華奢だった体躯が今ではあずにゃん並になっただろうか。
憂のポニーテールを解いて頭を優しく撫でる。
愛情と謝罪の念をたっぷり込めて。
憂「えへへ、今のうちに一杯甘えちゃおっと」
唯「毎日お見舞いに行くから大丈夫だよ」
憂「ありがとう、でもお見舞いは偶にでいいからね、桜ヶ丘総合病院けっこう遠いし、さっきもタクシーで二十分位かかったから」
唯「そっか寂しくなったらすぐに電話してね」
憂「うん!…ゴホッ」
憂が唐突に咳込んだ。
唯「大丈夫?」
体を離して左肩を見てみると真っ赤な液体が染み込んでいた。
これは……………血?
私は憂が吐血したと理解するまで数秒要した。
その後パニックになりあまり覚えていないが、憂が私の携帯でお父さんに連絡し急いで入院に必要な書類と荷物を纏め緊急入院が決まった。
憂は最後まで緊急入院を渋っていたが、なんとか私とお父さんで説得した。
•桜ヶ丘総合病院
医師によると三週間位の薬の投与で完治するらしい。
憂の病室が決まりなんとか一段落着いた。
唯「ふぅ、血を吐いた時は本当に焦ったよ」
憂「私もびっくりしたぁ、でも輸血したから安心して」
痩せ細った妹にそんな事を言われても全く安心できない。
それから一通り家事等の注意点が書かれたメモを貰い、雑談をしていると何時の間にか時刻は十七時半に差し掛かっていた。
そろそろお暇しないと病院に迷惑かな。
唯「それじゃ憂、ちょっとは私を頼ってね、欲しい物があったら持ってくるから連絡してね」
最後に抱擁を交わし病院を出た。
•平沢家
帰宅した私は憂に貰ったメモを熟読しつつ、メールで軽音部メンバーと和ちゃんに今日の事を報告した。
すぐに全員から返事が来て数回のメールのやりとりをした。
皆、憂と私を心から心配してくれて気持ちが暖かくなったと同時に私の信頼の無さを痛感させられた。
唯(そりゃそうだよね、今まで憂に頼りっぱなしだった訳だし…)
駄目姉の汚名を返上すべく二階のキッチンに向かった。
唯「さて、どうしようかな」
冷蔵庫をあけて中を確認してみる。
食材は有るが…この食材で何が作れるのかがわからない。
唯(お腹空いた…)
コンビニでお弁当を買うという選択肢が頭に浮かぶ。
唯(いやいやだめだよ)
しかしお腹は空いた。
結局妥協に妥協を重ねた結果、お隣のとみお婆ちゃんにおかずを分けてもらい、冷凍ご飯をチンして本日の晩ご飯とした。
憂がいない、ただそれだけで、こんなにも虚しい。
今までは常に憂の暖かい視線を感じることができたのに。
私はなにげなくu&iを口ずさむ。
親が留守にしがちな一人っ子はいつもこんな気分を味わっているのだろうか。
…あずにゃん。
今なにしてるのかな。
誰か一緒にいて欲しいよ。
唯「ふぅ、私って本当に人に頼ってばっかだなぁ」
明日は料理の本を買って帰ろう。
私と憂の為に。
唯(ヤバ…お風呂沸かしてないや)
駄目姉の汚名を返上できるのは当分先になりそうだ。
•翌日、私立桜ヶ丘女子高等学校
唯「はぁ…はぁ…」
朝のHRが終わった後も私は息を切らしていた。
結論から言うと遅刻した。
昨日シャワーを浴びた後いつもより早めにベッドに入ったのに隣の部屋に憂がいないと思うとなかなか寝付けなかったからだ。
和ちゃんと姫子ちゃんが心配そうにこちらを見ている。
りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんも心配して私の机の周りに集まる。
律「だらしないぞー唯隊員」
唯「りっちゃん隊員…少し休ませてくだせえ…」
澪「唯、よければ明日からモーニングコールしてやろうか?」
唯「澪ちゃんありがとー、でも大丈夫だよー」
紬「家政婦を一人派遣しようか?」
ピクッ
体が一瞬反応した。
危ない危ない、ムギちゃんの優しさに甘える所だった。
唯「私も家事のスキルを磨く良い機会だから心配しないで、ムギちゃんに迷惑掛けたら憂に会わせる顔が無いよ」
紬「迷惑だなんてそんな…」
律「そか、でも困った時は相談しろよー」
唯「じゃあ、りっちゃん特製ハンバーグの作り方を教えて下せえ!」
律「フッ、お安い御用さ」
イケメンボイスでそう呟くと皆自分の席に戻って行った。
よし、もう遅刻しないようにしないと!
何時の間にか息も整っている。
私は気合を入れ直した。
•放課後、軽音楽部部室
朝ご飯を食べず、お弁当を作る時間も無く、財布も忘れた私は
もはや虫の息だった。
まぁ、クラスの皆にお弁当分けて貰ったんだけどね。
唯「ムギちゃん…ぎぶみーおやつ…」
紬「今日はプティフルを持って来ましたー、沢山あるから元気出してね」
唯「わーい!」
皿に盛られた小菓子を口に運ぶ。
唯「マカロン大好きだよー」
律「ところで唯、今日は憂ちゃんのお見舞い行くのか?」
唯「今日は料理の本買って練習するつもりだったから行かない予定だけど、なんで?」
澪「あ、それなら」
律「いや、私らも憂ちゃんが心配だからさ、お見舞いに行きたかったんだ、帰るついでに唯ン家寄ってりっちゃん特製ハンバーグ作ってやれるし」
唯「おぉ!じゃあ行こっか!澪ちゃんどうかした?」
澪「いや、私も行っていいか?」
紬「私もー」
唯「うん!憂も喜ぶよー」
律「梓も行くだろ?」
梓「あ、すみません、今日はこの後用事があって…後日純と一緒にお見舞いに行こうと思います、あまり大勢で行くと迷惑でしょうし、タクシーに五人は乗れませんし」
唯「そっか、じゃあ病室だけ教えとくね、西棟の503号室の左手前のベッドにいるから、ちなみに6人部屋だよ」
梓「すみません、憂によろしく言っといて下さい」
律「じゃあ早速行くかー」
澪「そうだな遅くならない内に行こう」
紬「結構プティフル余っちゃったね、余り物のお菓子で悪いけど持って行ってあげましょうか」
梓「それじゃあ片付けは私がやっておくので皆さん憂のお見舞いに行って下さい」
澪「梓、用事あるんじゃないのか?」
梓「大丈夫です、元々部活終わってから行く予定だったので」
律「ごめんな、じゃあこの鍵で部室閉めてさわちゃんに渡しといてくれるか?」
梓「わかりました」
紬「梓ちゃん、明日はたい焼き持ってくるからね!」
梓「ムギ先輩、そんなに気を遣わないで下さいよ」
あずにゃんはニッコリと笑うって冗談めかしく言う。
今日も可愛いな。
しかし、なんだろう…私はその天使のような笑顔に少し違和感を感じた。
憂が学校にいないから寂しいのだろうか。
唯「あ、そうだ」
あずにゃんに駆け寄って抱きしめる。
今日は一回もあずにゃん分を補給してなかった。
唯「そーいえば憂に渡すプリントとか貰ってないよね?」
梓「貰ってないです、離れて下さい」
いつも通りのあずにゃんだ。
寂しいなら私に甘えればいいのに。
私はあずにゃんの耳元で囁く。
唯「あずにゃん、私が付いてるからね」
梓「えっ」
唯「じゃあ行ってくるね、あずにゃんばいばーい」
律「じゃあ鍵よろしくな」
澪「梓、またな」
紬「梓ちゃん、また明日ね」
梓「あ、はい、さようなら」
最終更新:2011年05月01日 21:07