平沢家 朝7時

憂「お姉ちゃん」ポンポン

唯「んー……」

憂「おねえちゃーんってば」ペチペチ

唯「んにゃん……ぐぅ」

憂「……」

 ガシッ

憂「お姉ちゃーん、起きてー!」ユサユサユサ

唯「うぁ、わわっ!?」ガバッ

憂「朝だよ、お姉ちゃん」

唯「あ、はぁ……」

唯「お、おはよ。憂」

憂「うん、おはよう」

唯「……あ。ごはんの匂い」

憂「まだ炊けてないけどね」

唯「ふーん……」ギシッ

 すたり

唯「うーむ。うちも何にもなくなっちゃったね」

憂「うん、そうだね……」

唯「このお家も、かれこれ4年近く住んだけど……お別れなんだ」

憂「そう思うとちょっと寂しいね」

唯「最後にお掃除して行こっか。お世話になった分、しっかりとさ」

憂「わぁ、いいね! 綺麗にしてから出かけよう!」

 ぐぅー……

唯「まぁ、まずはご飯食べてからで」

憂「エヘ、そうだね」

唯「最初はさ、こんな狭いところで暮らしていけるかって心配だったけど」

唯「今となったらすっかり恋しくなっちゃったね」

憂「お姉ちゃん文句たらたらだったもんね」

唯「だってぇ、シングルベッドが2つしか置けなかったんだよ」

唯「いくら私でも毎日憂と一緒のベッドでは辛い日もあったといいますか」

憂「でもそのうち、お母さんたちがいない日でもベッドに呼んでくるようになったよね」

唯「慣れとは怖いね」

憂「今そういう話?」

 ピーピー♪

唯「お、ご飯たけたよ」

憂「あっ、ごまかした」

唯「気にしない、気にしない」

憂「もう。それじゃ、用意するね」スック

 かちゃかちゃ

唯「なんかこうやってさ、小さな家でエプロン巻いて台所に立ってる憂の背中見てるとね」

憂「うん?」

唯「結婚したら、こういう感じなのかなあって思うんだ」

憂「お姉ちゃん、それじゃぐうたらなお嫁さんだよ」

唯「えー。わたしは家事をしてる後ろ姿を見ていたいなぁ」

憂「じゃあお姉ちゃんが社会に出て働くんだね」

唯「なるほど……これがお金でなく夢のために働くということか……」

憂「そうだね。よっと」

憂「朝ご飯、準備できたよ」

唯「おぉ早いね。ありがと、うい」

憂「机はお母さんたちがもう持っていっちゃったから、床に置くしかないね」

唯「ん。あれ、そういえばコンロはこのままでいいのかな?」

憂「あ、ほんとだ……たぶん、分解したベッドと一緒に持っていくんじゃないかな?」

唯「そしたら机も一緒に入りそうだし、まだ持っていかなくてもよかったのに」

憂「お母さんたちも浮かれてあんまり気が回らなかったのかも」

唯「しょうがないなぁ。まぁ床でもどこでも食べないとね」

憂「うん。ここ置くね」

唯「ほい」

 コトン

憂「よいしょ」スワリ

唯「いただきまーす」

憂「いただきますっ」

唯「今日でやっとお家に帰れるのかぁ」

憂「もとのお家の大部分は崩れちゃってるけどね」

唯「それでも私たちの家があったところだよ。何年も暮らしてた場所」

憂「そだねー……」もぐもぐ

唯「……」もぐもぐ

唯「あの頃はさ、もうお家には帰れない、生きられるかなんてわかんないって感じだったけど」

唯「いつか、いつかね……元通りになるんだね」

憂「そうだね。元には戻らないものもあるけど……」

唯「……ううん」

憂「?」

唯「和ちゃんは、さよならはきちんと言おうっていってたもん」

唯「だから和ちゃんだって生きてるし、必ず帰ってくる。変なこと言っちゃだめだよ、憂」

憂「……わたしは何も言ってないよ」

唯「おうちに帰れたら、和ちゃんも私たちのこと探しやすくなるよね……」

憂「お姉ちゃん……」

唯「……わかってるよ。でも、100%じゃないんだから。私は信じたいよ」

唯「たとえ奇跡みたいな確率でも、私は和ちゃんを待つ」

憂「……うん。それでも、いいかな」

唯「さーて、ご飯食べないと。冷めちゃうよ!」カチャッ

憂「う、うん」

唯「んぐもぐ……」

憂「……」


――――

唯「よいしょ、ごちそうさまー」

憂「ごちそうさま。それじゃあお掃除しよっか」

唯「そだね。でもすっからかんだし、ほうきくらいしかかけられないかな……」

憂「掃除機は持っていっちゃったからね。でも昨日も掃除はしたし」

唯「しょうがないか。ありがとーって言いながらほうきがけしよう」

憂「うん。出来る限り綺麗にしよう」

唯「ほっと。じゃあ私ほうきかけるから、憂はお皿捨ててきて」

憂「掃除で出たゴミと一緒にまとめようよ。ゴミ袋がもったいないよ?」

唯「あ、そっか。じゃあ……お掃除しよっか」

憂「ふふっ。それじゃ私がちりとり持つね」

唯「うん、ありがと」

 さっ さっ

 さっ じゃっ

唯「あんまりゴミが無いなぁ……」

憂「ほとんど毎日掃除してたからね」

唯「えらいなぁ、憂。……私がここで暮らしていけたのも、憂のおかげだね」

憂「私だけじゃないよ。お父さんも、お母さんも、班の人とも協力しあったし」

憂「何よりたくさんの人達から募金や支援があって、はじめてこのお家も建ったんだから」

唯「そうだね。みんなのおかげだね」

 さっさっ

唯「こうしてお家に帰れるのも、誰かのおかげか……」

唯「和ちゃんも、誰かに助けられてるのかな?」

憂「……うん。そうだと思うよ。みんな優しい人たちだもん」

唯「そうだよね。さて憂、ちりとり」

憂「はい」スッ

 ざっ ざっ

唯「お母さんたちは今こっちに向かってるのかな」

憂「予定ではそうだけど、こっちに着くころには私たちも出掛けてるよ」

唯「じゃあ顔合わせるのは明日になるのかな?」

憂「明日学校から帰ってからだと思うよ。お姉ちゃん入学式でしょ?」

唯「うん。憂も中学でしょ?」

憂「そうだよ。ちょっと遠くなるからお姉ちゃん起こせないかもしれないけど、起きれる?」

唯「まあ一応、目覚ましでもかけておこうかなーって」

憂「余裕があったら起こしに行くね」

唯「じゃあ目覚ましかけなくてもいいかな……」

憂「起こせるかどうかわからないって言ってるんだけど」

唯「えへへ。わかってるよ、ちゃんとかけるって」

 ガサッ ササッ…

唯「うりっ」ギュギュッ

唯「よし、お皿も袋に入れたし。これ捨てて、駅いこうか」

憂「お姉ちゃんバッグ持つよ」

唯「ありがと憂。ほれ、手つなご」

憂「うん。えっとじゃあ、バッグはこっちで」

 ぎゅっ

唯「さてと……」

唯「いままでありがとう、ちっちゃな我が家」ガサッ

憂「ありがとう! 行ってきます!」

唯「さよならっ!」

 ガチャッ

 ヒュウウゥゥ…

唯「わっ、さむい」

憂「はふ」ブルッ

唯「う、うい、もうちょっと近寄って」

憂「うん、うん」カクカク

唯「こうやって……腰に手を置いて、ぎゅってしよう」ギュ

憂「ほふ。ちょっとあったかくなった」ギュ

唯「憂もあったかだよ……」

 ビュウウッ

唯「ひぃっう! ……行こう」

憂「歩いたらあったかくなるよね」

唯「うん、先にごみの集積場ね」

憂「わかってるよ。ゴミ袋持って電車乗れないしね」

唯「ふー。いち、に、いち、に」テクテク

憂「いち、に、いち、に」テクテク

唯「いち、に、いっち……なんで二人三脚してるんだろ」

憂「あはは、腰に手回してたら、自然にやっちゃってたね」

唯「楽しいし、このままいこっか?」

憂「賛成っ。せーの、」

唯「いち、に、いち、に」テクテク

憂「いち、に、いっちにっ」テクテク

唯「いっちにっ、いっちにっ」

憂「いっちにっ、いっちにっ♪」

唯「ごーごー!」


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最終更新:2011年03月14日 00:28