……

唯「……」テクテク

唯「……」テクテ…

唯「……ここだ。この交差点で姫子ちゃんと最後に話したんだ」

唯「……」

唯「……とはいえそう都合よく姫子ちゃんが現れるわけもない、か」

唯「……」

唯「……!」



姫子「……」スタスタ



唯「姫子ちゃん!」


姫子「あれ、平沢さん。また会ったね」

唯「うん。久しぶりー」


唯「ところで姫子ちゃん」

姫子「?」

唯「ちょっと話があるんだけど」

姫子「なに?」

唯「……」

姫子「?」


唯「……"船"について、聞かせてくれない?」


姫子「……ふーん」

姫子「いいよ。教えてあげる」


姫子「なんでも聞いてよ」

姫子「興味があるなら乗せてあげてもいいよ」

唯「……」

唯「……"船"って一体なんなの?」

唯「どうして、"船"は、みんなをさらうの?」

姫子「あーそうきたかー」

唯「答えて!」

姫子「……平沢さん」

唯「なに?」

姫子「平沢さんは誤解してるよ」

唯「えっ?」

姫子「"船"は人々を連れ去るんじゃない」

姫子「"船"を望む人のために"船"は来るんだ」


……

梓「……」

紬「……」

梓「……」

紬「……」

梓「……ムギ先輩」

紬「なに?」

梓「せっかく手に入れたビデオですけど、無駄足な感じがプンプンします」

紬「ふふふ。私も同じ感想よ」

梓「……」

紬「……」

梓「……真面目ですね、マサキさん」

紬「そうね」

梓「……」

紬「……」

梓紬「……はぁ」


……

澪「集団失踪は計3回起こってるけど」

澪「当然被害者は1カ所に集められ、何者かに連れ去られたわけだ」

律「今回、その何者かがエイリアンだってわかったから私たちが駆り出されたんだよな」

澪「うん」

澪「それでさ」

澪「被害者がみんな1カ所に集められてるってことは」

澪「連れ去ったエイリアン側から被害者に何か連絡とかそういう指令みたいなのがあったと思うんだ」

律「なるほど」

澪「でもな」

律「うん?」

澪「さっきこの部屋見て、"慌てて飛び出した"って言ったよな?」

律「ああ、言った」

澪「だとしたら」

澪「高橋さんは集合の直前に何らかのメッセージを、この部屋で受け取ったと考えるべきだ」

澪「急いでその場所に向かわないといけない脅し文句とか」

澪「あるいは催眠効果を持つようなメッセージをね」

律「うんうん」

澪「それで、その高橋さんは慌てて部屋を飛び出したわけだからさ」

律「だから?」

澪「エイリアンからのメッセージの痕跡をこの部屋に残していった」

澪「こんな可能性は十分に考えられるんじゃないかな、リツソン君?」

律「さすが、ホームズ。名推理だ」

律「で、なんか見つかった?」カタカタ

澪「なんにも」ガサガサ



律「……しかし最近はすごいねぇ」カタカタ

澪「どうした突然」ガサガサ

律「いやね、パソコン触ってて思ったんだけどさ」カタカタ

律「最近はさ」カタカタ

律「パソコン使えばボタン1つで"おすすめの曲"なんてのは表示されるわ」カタカタ

律「コンピューターが生活習慣をチェックして」カタカタ

律「各々必要な栄養素やそのためのサプリメントを教えてくれるわ」

律「人との触れ合いの少ない"孤独な人"が増えたとあれば」カタカタ

律「政府が音頭をとってペットを飼うよう推奨するわ」カタカタ

律「ものすごい便利な世の中じゃん」カタカタ

澪「そうだな」ガサガサ

律「こういうのが"健康で幸福な生活"、ユートピアを作るのかと思うと感慨深くて仕方ないのさ」カタカタ

澪「ふーん……」ガサガサ

澪「私には、ただお節介なだけにしか思えないけどな」ガサガサ

律「そんなもんかい」カタカタ


……

唯「望む人の、ために……?」

唯「それってどういうこと、姫子ちゃん?」

姫子「どうもこうもそのままだよ」

姫子「"船"に乗りたいと思う人の前に"船"は現れる」

姫子「あなたも気付いてないだけで」

姫子「心の底では"船"に乗りたいと思ってるのかもしれないよ?」

唯「……変なこと言わないで!」

唯「"船"は実際に人をさらってるんだよ!」

姫子「だから違う……ってもう話しても意味ないか」

姫子「まだこの世界には"船"を望む人が大勢いるんだ」

姫子「私にはやることが山のようにあるんだよ」

姫子「これ以上時間を無駄にはできない」

唯「えっ」

姫子「バイバイ、平沢さん」ダッ

唯「ま、待って!」ダッ



結局

唯は姫子を捕らえることはできなかった
その後、3日間探し歩いたが姫子を見つけるには至らなかった


――――――――――――――――――
――――――――――――――

律「3日経ったわけだ」

唯「うん」

律「一旦途中経過の報告会をしようと思って召集を掛けたわけだ」

紬「ふーん」

律「もちろん澪の提案なわけだ」

梓「律先輩、気持ち悪いです」

律「んなっ!?」

澪「同感」

律「……まあいいや」

律「とりあえず、わかったことを報告してくれ」

紬「私たちは名簿を元に聞き込み中心にやってみたんだけど」

梓「被害者にこれといった共通点は見つかりませんでした」

梓「強いて言えばみんな真面目な人間だったというくらいですね」

律「ふーん」

紬「りっちゃんたちは?」

律「私たちは高橋さんちに行って家捜ししたあと他の被害者の家をいくつか回ったけど」

澪「特に手がかりらしきものはなかったよ」

澪「ただ」

梓「ただ?」

澪「いくつかの家ではテレビがつけっぱなしで家主が慌てて飛び出した感じだったのが気になったかな」

梓「はぁ」

律「唯は?」

唯「あ、うん」

唯「私は、姫子ちゃんに会ってきた」

律「姫子って、……立花さんか?」

唯「うん」

澪「一体どうして?」

唯「実はね――――――

律「な、なるほど」

澪「立花さん、ここ最近学校休んでたから何してるのかと思ったら……」

紬「エイリアンと通じていたのね……」

唯「多分」



梓「"船"を望む人のために"船"は来る、ですか……」


唯「姫子ちゃんが言うには、だけどね」

梓「じゃあ、みんな自分から"船"に乗って行ってしまうんですか?」

唯「まあ、そうなるね」

梓「……」

梓「……私には、そんな風にこの世界から出て行こうとする人の気持ちがわかりません」

唯「……」

紬「気になったんだけど」

澪「?」

紬「被害者の家のテレビの電源は切られていなかったのよね?」

澪「うん。つけっぱなしのサンドノイズだった」

紬「サンドノイズ……」

律「それがどうかした?」

紬「サンドノイズってことはそのテレビは空きチャンネルに合わせてあったってことよ」

唯「うん」

紬「そしたら」

紬「エイリアンからのメッセージはその空きチャンネルに向けて発信されていたんじゃないかしら?」

梓「あ!」

澪「そうか!」

律「……よし!」

律「そのチャンネルに不審な電波が発信されていなかったか、和に調べてもらおう」

和に調査を依頼して3時間が過ぎた
日は既に沈みかけ街は夜に包まれようとしていた


澪「和、遅いな……」

紬「そうね」


ウーチュウー ケイビノー タイチョウハー♪


律「電話だ!」

唯「和ちゃんから?」

律「ああ!」

ピッ

律「何かわかったのか?」

和『ええ』

和『確かに集団失踪が起こった日、その空きチャンネルに不審な電波が発信されているわ』

和『発信源はB地区第3ブロックL77ポイントよ』

律「サンキュー、和!」

ピッ


律「エイリアンからのメッセージ電波の発信源がわかった」

律「急行するぞ!」


――――――――――――――――――
―――――――――――――


唯「ここなの?」

律「ああ、このアパートの404号室だ」

律「よーし……。突入!」


ドタバタドタバタ


シーン


唯「……あ、あれ?」

紬「誰もいないわ」

律「そ、そんな……」

梓「立花先輩には逃げられたみたいですね」

澪「もぬけの殻、だもんな」

律「……ちっくしょ!」



部室


律「日は暮れるわ、手がかりがなくなるわ、踏んだり蹴ったりだな……」

紬「明日になったらまた聞き込みから始めないとダメね」

律「くっそー……」





梓「唯先輩」

唯「なに?」

梓「気になったんですけど」

梓「その立花先輩ってどんな人だったんですか?」

唯「……うーん」

唯「ちょっと不良っぽい見た目だったけど、根はすっごくいい人だったよ」

梓「へぇー」

唯「先生への挨拶はいつも欠かさなかったし、遅刻も全然しなかったし」

唯「本当はすっごく真面目なんだと思う」

梓「真面目、ですか」

唯「うん」

律「……そういえばさ」

澪「うん」

律「高橋さんちでユートピアがどうとか言ったじゃん」

澪「言ったなぁ」

律「あれとおんなじ話題を立花さんに振ったのを思い出したよ」

澪「へぇー。なんて言ってたんだ?」

律「えっとねー」

――――――――――――――――――――――――――――

姫子『それってさ。情報が氾濫して、個人が世界に管理されてるだけじゃん』

律『そう?』

姫子『そうだよ』

姫子『この世界は、そんな健康的で幸福であるための処方箋に溢れてるんだ』

姫子『模範的な幸福に近づくために、モニターを通して絶え間なく処方箋が送られてくる』

律『処方箋……?』

姫子『そう』

姫子『サプリメントを指示するコンピューターにしろペットを勧める政府にしろ』

姫子『健康とは、幸せとはこうあるべきっていう"幸福のお手本"を提示して、強要してるんだ』

姫子『示される通りの幸福を実感できない者は』

姫子『まるで不治の病であるかのようにね』

律『ふーん……』


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最終更新:2011年03月13日 00:20