【番外編】


「いくら梓ちゃんでも、これだけは譲れないよ」
天下を統一し、律より征夷大将軍の職の禅譲を受けた唯は新たに幕府を開くことになった。
しかしここに火種が生じる。
大坂を本拠とする梓は大坂への開府を主張。
江戸を本拠とする憂は江戸への開府を主張したのだ。
「まぁまぁ、憂ちゃんも梓も落ち着こう、なぁ?」
二人の剣呑な雰囲気を察し、律が慌てて止めに入るも、
「律先輩は黙っててください!」
と梓に一喝されてしまう。
「澪ぉ……梓が黙ってろって……」
律が助けを求めた先の澪も困り顔だ。
「くっ、こうなったら唯に止めてもらうしか……」
澪が頼りにならないと見た律は唯の方を向く。
「ほら、唯ちゃん。新しいお菓子があるのぉ」
「っておいムギ! 唯をどこに連れて行くんだ!」
「あら、見つかっちゃったわ……。でもおいしいお菓子があるのは本当よ、唯ちゃん。それに私、女の子を巡って女の子同士が争うのを見るのが夢だったの。じゃあそういうことだから後は任せたわ、りっちゃん!」

「やっぱり唯先輩は大坂に来るべきです!」
「何言ってるの梓ちゃん。大坂に行ってお姉ちゃんが怪我したら大変。だからお姉ちゃんは江戸に来るべきなんだよ」
「意味わからないって憂……。大坂は京都も近いし、海も近いから政治の中心地になるのは当然なんだって」
「そんなことよりお姉ちゃんが怪我でもしたら大変だよ」
「いや、だから意味わかんないよ憂……」
その後も梓と憂は結局互いに譲らず、唯の裁断を仰ぐこととなった。
「というわけで、唯先輩は大坂に来るべきなんです!」
「お姉ちゃん、江戸には美味しいアイスがあるよ!」
二人にすごまれ困ったのは唯である。
「う~ん……。どうしたらいいと思う、和ちゃん?」
「そうね。戦って決めたらいいんじゃないかしら?」
「ダ、ダメだよ和ちゃん! 喧嘩はよくないよ!」
「喧嘩じゃないわ、戦争よ」
「もっとダメだよ!」
「そんなこと言っても解決できそうにないし、軍事演習って体にしたらいいんじゃないかしら」
そんな和の発言を聞いて熱がこもったのは梓と憂である。
「やってやるです!」
「梓ちゃん、めっ!」
「あ、あずにゃん……? う、憂……?」唯の心配をよそに、日の本六十余州を二分する大戦がここに始まろうとしていた。


午前6時。
関ヶ原。
霧が立ちこめる中、中野梓率いる西軍。
平沢憂率いる東軍の布陣が完了する。
ここ関ヶ原は東西南北を山に囲まれ、中山道、北陸街道の交わる東西交通の要所である。
梓は近江側に本陣、松尾山に純、南宮山にムギを配置し、東から迫る憂の軍勢を鶴翼の陣で待ち受けた。
一方の憂は、西軍美濃大垣を立つとの知らせを聞き、関ヶ原へと兵を進めた。
布陣から見れば、梓が憂の正面を、松尾山の純が側面を、南宮山のムギが背面を包囲するかたちになる。
「憂には悪いけど……」
梓はまだ霧は晴れず戦場の全景は見えずにいたが、自らの包囲網に憂がまんまとかかったことにほくそ笑んだ。


午前9時。
憂率いる東軍の先陣であった律が、梓の本陣をめがけて突撃を開始する。
「まったく、律の奴……」
憂と本陣にいた澪は、律の暴走に呆れた様子を見せる。
余談にはなるが、本能寺の変の後、秋山澪は出家をする。
一部からは禿げたと言われるが、そうではない。
単に前髪を少し剃髪しただけである。
また、落馬時に縞パンを衆目にさらし、縞パン宰相の異名をとるようになったのだが、本人が嫌がる呼び名とあるので、ここでは引き続き澪と表記することにした。

さて、憂の当面の懸念は背後のムギと、側面の純である。
ムギには不戦の約束を取り付けてはいるが、東軍不利と見ればいつ背後を襲われるかわからない。
また純には寝返りを取り付けてはいるが、こちらも戦が長引けばどうなるかわからない状況である。
「梓ちゃん、お姉ちゃんは渡さないよ……」
憂は前方で始まった戦況を見ながらそう呟いた。


南宮山。
ムギは戦が始まったことに興奮していた。
もちろん戦に興奮したわけではない。
「唯ちゃんを巡って2人の女の子が争う……。それも片方は血のつながった憂ちゃん! 面白くなりそうね」
一応憂には不戦の約束をしたが、それも好奇心から。
すなわち、憂と梓の女の戦いを見ていたいが為に、戦闘には参加しないというだけである。
あとは恍惚とした表情をするだけのムギについて、ここで殊更記す必要もないだろう。

さて、同じく西軍についた松尾山の純は迷っていた。
憂に味方すべきか、梓に味方すべきか。
憂も梓も大切な友達である。
憂がどんなにお姉ちゃんを好きかも知っているし、梓がどれだけ唯先輩を慕っているかも知っている。
「どうしよう、どうしよう……」
ちなみに今、純が気にしているのは髪型である。
今朝は霧が立ちこめるような天気なので、頭が爆発しているのだ。
しかし今気にすべきは髪型ではない。
「はっ! そうだった。梓と憂は」
純は麓の様子を眺める。
戦況は一進一退。
もともと鶴翼に部隊を展開させた梓は迎撃側である。
攻め疲れた憂の本陣を背後のムギと側面の純で突く。
これが大まかな作戦であった。

「浮きます」
「こら唯、食べ物で遊んじゃダメよ」
唯と和は京都にいた。
唯は親指からミカンを取り、皮をむきはじめる。
目の前にケーキがあるのだが、先にケーキを食べてしまうと後でミカンを食べたときに酸っぱく感じてしまう。
だから先にミカンから食べ始めたのだ。
「和ちゃんのケーキも、美味しそうだね」
「いいわよ、一口食べても」
「ホントにぃ! じゃあ私のも一口あげるよ!」
「悪いわよ」
「いいっていいって」
「それじゃあ一口貰うわね」


関ヶ原、西軍本陣。
梓は憂の猛攻にじれていた。
「なにしてるのよ、純は!」
総攻撃の狼煙をあげても、松尾山の純は東軍に攻めかかる様子もない。
今ここで西軍本陣に肉迫する憂の脇腹をつけば、東軍は総崩れになるだろう。
しかし純には動く様子がなかった。

もちろん東軍の憂も
じれていた。
「純ちゃん、早く動いて……」
ここで純が東軍に味方し、西軍に攻めかかれば今度は西軍が総崩れになる。
今やこの戦のキャスティングボードは純の手に握られていたのだ。

さて、その松尾山の純はといえば。
「どうしよう……梓……憂……どうしよう……」
純は迷っていた。
梓につくべきか、憂につくべきか。
未だ決めかねていた。
まさか自分の手にこのような重大な決断が委ねられることになるとは。
純には思いもよらぬことだったからである。

「和ちゃんがあんな人だとは思わなかったよ!」
「ゆ、唯先輩!?」

「唯はイチゴくらいで何故あんなに怒ったのかしら」
「の、和さん!?」

西軍、東軍のそれぞれ本陣は思いもよらぬ人物の来訪を受けた。

関ヶ原西軍本陣。
「あずにゃん、指揮変わって!」
「え!? ゆ、唯先輩!? あの、えっと……」
「和ちゃんがね、一口あげるって言ったら私のケーキのイチゴを食べちゃったんだよ!」
「……どうでもいいです……」
「どうでもよくないよ! イチゴだよ!? イチゴなんだよ!?」
「今はそれより、憂との……」
「そんなことより、今はケーキのイチゴの方が大事なんだよ、あずにゃん!」
「だからそれはどうでもいいんですって……」
「よくないんだよ。和ちゃんにどんなにケーキのイチゴが大切かを教えてあげないと!」


関ヶ原東軍本陣。
「それでお姉ちゃんが……」
「ええ。イチゴの大切さを戦場で教えてあげるって言って」
こちらは西軍の唯と違って落ち着いた様子ではある。
しかし、そこは和と言うべきか。
唯に「和ちゃんは東軍の指揮だよ。私が和ちゃんにイチゴの大切さを教えてあげるから!」と言われ、無理やりつれてこられた割に、真面目に指揮をとり始めた。
「憂、あの松尾山の軍は全く動かないの?」
「純ちゃんですか? 動かないみたいですね」
「そう、なら鉄砲を撃ち込みましょう」

西軍本陣。
「あずにゃん、あの山に鉄砲を撃ち込もうよ! 督戦だよ、督戦! イチゴの大切さを和ちゃんに教えるんだよ!」
「いや、イチゴはもういいですから……」

この動きに驚いたのは松尾山にいた純である。
先ほどまでは出陣の催促が来る程度だったのに、突然の銃撃。
しかも東西両軍から。
「え!? ええっ!?」
純は慌てて松尾山を駆け下りる。
もちろん戦場とは反対の方向へ……。

この戦は意外な決着を見ることになる。
「そろそろお茶にしましょう」
ムギがそう言うと、あっさりと両軍(主に唯と律)が引いた。

もちろん、これに納得がいかないのは梓と憂である。
「唯先輩、私のイチゴをあげます」
「お姉ちゃん、私のイチゴもあげる」
「わぁ、ありがとう、あずにゃん、憂!」
「唯先輩、大坂に来たらもっとイチゴをあげますよ!」
「お姉ちゃん、江戸は栃木が近いからイチゴがたくさんあるよ!」
「う~ん。やっぱり私、イチゴショートもいいけど、モンブランも捨てがたいんだよ!」
「唯……先輩?」
「お姉……ちゃん?」
「いや、でもやっぱりフルーツタルトも……」
「唯先輩!」
「お姉ちゃん!」
「結局どっちに来るんですか!?」
「どっちに来るの、お姉ちゃん!?」

こうして東西に分裂した戦は決着を見ないまま決着した。
「あらあら、唯ちゃんはモテモテね」
ムギがこう言ったかどうか知らないが、その後も梓と憂の唯を巡る対立は続いたとか続かないとか。

「あら唯。イチゴが3つもあるじゃない。1つもらうわね」
「え!? の、和ちゃん!? イチゴだよ!? イチゴなんだよ!?」
唯と和のイチゴを巡る戦いも、もう少しかかりそうである。


……

梓「そういえば、純」
純「何、梓」
梓「何でそんな髪型になったの?」
純「けっこう言いにくいことをズバッとくるね……」
梓「で、何で?」
純「話せば長いんだけどね……。昔、私、憂のお姉ちゃんに無謀をしたことあったじゃん?」
梓「あったっけ、そんなこと?」
純「……まぁ、あったんだよ……。それでさ、憂のお姉ちゃんに負けて、私がドーナツを差し出したら命だけは助けてあげるって言われたんだ」
梓「あぁ、唯先輩らしいね……」
純「でも私、まだ一口も食べてなかったから渡したくなかったの」
梓「そういう問題?」
純「で、もったいないからドーナツの中心部に火薬をつけて、頭に乗せて爆発したんだ」
梓「よく生きてたね……」
純「で、爆発したら髪の毛も爆発してたってわけ」
梓「いろいろとすごいね……。何かごめん、変なこと聞いて……」
純「いいよ、別に。それにドーナツ美味しいよ」
梓「今の話聞いて食欲なくなったからまた今度ね……」
純「甘いものは別腹だよ」
梓「そういう問題じゃないんだ、今は……」