このあまりの動きの速さに驚いたのは京にいた澪である。
「まさか梓が……」
ここまでの計画は完璧だった。
各地に軍を出し真空地帯となった京で唯を討ち取る。
その後、田井中将軍家の名で密書を各地に飛ばし、平沢包囲網を作り各地の平沢家臣団の動きを封じ込め、その間に畿内での地盤を固める。
そのはずだった……。
「速すぎる!」
澪は苛立ちを隠せなかった。
「落ち付けって、澪」
隣にいた律が澪をたしなめる。
もちろん律の胸中も穏やかならぬものがあった。
澪の突然の挙兵。
自らを将軍として奉戴してくれた唯を、自らに長年仕え苦楽を共にした澪が討つ。
だが、律には澪を責めることができなかった。
再び田井中将軍家が力を持つには、律以上に力を持ちつつある唯を討つしかない。
そう考えるまでに至った澪の心中は理解しているつもりだ。
「すまん唯……澪を許してくれとは言わない、せめて責めるなら澪じゃなくあたしを責めてくれ」
律は静かに心の中で祈った。


梓、澪の両軍は円明寺川を挟んで対陣した。
「そう、唯が討たれたのね……」
四国へと向かう途中、唯が討たれたことを聞きとって返した和は梓に合流していた。
「唯先輩の仇は必ず討ちます!」
梓が意気込む。
戦の趨勢は思いの外簡単に決した。
天王山をおさえた梓が澪の動きを牽制できたというのもあったが、何より澪に見方する者が畿内近辺にはあまりに少なかった。


「負け……か……」
澪は総崩れとなった自陣を見て肩を落とす。
だが澪は、梓に負けたとは思っていなかった。
澪が負けたとするなら、それは唯に、だ。
これほどまでに畿内で兵が集まらないとは……。
まして律の、将軍家の名を出して2万に届かなかった。
これでは勝負にならない。
「澪、やっぱり唯はすごい奴だったな。お前の言った通りだったよ」
律は陽気に澪に語りかける。
「すまん、律……。こうなったら私一人で……だから律は……」
「何いってんだよ、澪。さ、一緒に逃げようぜ」
律は明るく言ったが、すでに梓が追討の軍を出しているだろう。
すでに付き従う兵も少なく、逃げ切れないことを律も澪も確信していた。
「律……」
澪は隣で微笑む律をこんなことに巻き込んで申し訳なく思うと同時に、頼もしくも思った。


「梓ー、澪先輩達まだ見つからないみたい」
純は焦れる梓にそう答える。
ここで澪達を逃がせば後々に禍根が残る。
それを梓は気にしているのだ。
だが、梓の気になることはもう一つあった。
隣の和の様子である。
焦れる梓とは対象に、和は落ち着いている。
あげく、
「じゃあ私、先に城に戻るわね」
そう言って帰っていったのである。
「唯先輩が討たれたっていうのに」
梓は内心そう歯がみした。


「もはやこれまで、か……」
澪は平家物語、木曾の最期を思い出す。
澪は律の方を向き微笑み、藪の向うにいるであろう敵に斬りかかっていった。
「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまへ。木曾殿の御乳母子、今井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。さる者ありとは、鎌倉殿までも知ろしめされたるらんぞ。兼平討つて見参にいれよ。」
そう叫んだ澪の前に姿を現したのは。
「え? み、澪ちゃん!? ちょっと待って! わ、私!! 唯だよ、唯!」
「え? 唯?」
驚いたのは澪と律である。
「何で唯がここにいるんだ!?」
「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい! ば、化けて出るならもう少し待ってくれ! もうすぐ私もそっちに行くから!」
さっきまでの勢いもどこへやら。
澪はすっかりおびえてしまっている。

「澪ちゃん? 私、まだ生きてるよ?」
「お姉ちゃん、だからこっちじゃ……ってあれ、律さんに澪さん?」
唯の後から出て来たのは憂である。
「憂ちゃんまで!?」
「でもちょうどよかったよ、りっちゃんと澪ちゃんに会えて。実は私たち迷子になってたんだよぉ……」
律は唯の話を聞きながら、澪の耳からふさいでいた手を引きはがす。
「ひぃ、唯のお化け!」
「おい馬鹿、よく見ろ。足もあるだろ。この唯は生きてる。どうやって生きていたのかはわからないけど……」
「ほ、ホントだ……。唯、生きてる、のか?」
「生きてるも何も、私最初から死んでないよ?」
あまりにあっけらかんとした唯に、律は核心を尋ねる。
「唯、どうやってあの中から脱出できたんだ? 澪のやつ、かなり本気で周囲を固めてただろ」
「どうもこうも、話が全くわからないんだけど……」
聞けば、唯は律達が帰ったあと、
「憂、アイス食べたい……」
と言って、本能寺を抜け出たそうだ。
そして堺へと向かう途中、迷子になってここまで来た、と。
「澪が『敵は本能寺にあり!』なんて自信満々に言うから……」
「なっ、律だって唯は討ち取ったって言っただろ!」
二人のやりとりをぽかんと見つめていた唯は、突然慌て出す。
「え!? 私、討ち取られたの!? ま、まさか私死んだんじゃ……」
澪と律は二人同時に。
「いやいやいや、生きてるから!」


その後、梓に合流するまでの間、
「唯、ホントごめん!」
「悪かったよ!」
と、律と澪に散々謝られたものの、唯はいっこうに理解できず、
「わからなくて困ってるお姉ちゃん可愛い」
と、憂はずっと微笑んでいた。
もちろん「私がお姉ちゃんだから道案内をするよ! ふんすっ」と鼻息を荒くする余裕もなく、今度は憂の先導で向かったのであっさりとついた。

梓と合流してすぐ。
「唯先輩は本当に勝手です! 勝手にいなくなって勝手に帰って来て! もう本当に……。でも生きていて、よかった、です……」
「心配かけてごめんね、あずにゃん」
「わぷっ、唯先輩! 抱きつかな……きょ、今日だけ、特別、ですよ……」
「あずにゃ~ん!」

その後城に戻った唯は。
「全く、勝手に行方不明になって。このままだとホントにニートになるところだったわよ」
「ニート!? 数日いなかっただけでニート扱い!?」
と、和によくわからないお説教を受けたのだった。


それからしばらく後、唯は天下を統一する。
こうして世は太平を迎えることとなった。

こうして唯は太平の世のもと、日々ごろごろしながらアイスを頬張ったというのは蛇足だろうか。
「ごろごろしてるお姉ちゃん、やっぱり可愛いなぁ」
「そうやって憂が甘やかすから唯先輩はダメなままなんだよ!」
「ダメ? じゃあ、梓ちゃん、しっかりしているお姉ちゃんがいいの?」
「唯先輩がしっかりしてたら……」
今や天下の政は憂を中心に回っていると言っても過言ではない。
そこにしっかりした唯先輩が加わったら……。
「う~ん、何か違う気がする……」
梓はそこまで考えて、微妙な表情をした。

「唯、このままじゃ本当にニートになっちゃうわよ!」
「重いよ! 今回はその言葉重いよ、和ちゃん!」
唯はとりあえずまた何か一生懸命がんばれるものを探そうと誓ったのだが、とりあえずはこのアイスを食べて、ムギちゃんのお茶会が終わってから……。
そう思うのであった。


そうそう。
諸大名を前に、
「私、こうやって諸大名をひれ伏させるのが夢だったの~」
と言って、ムギが周囲をどん引きさせたのは余談である。


これで終わりです。