「私の初めて、梓ちゃんにあげちゃった」

ああ、この人はずるい。
本当にずるい。
可愛すぎてずるい!
そんなこと言われたら、また嬉しくなっちゃう。

「ねえ、梓ちゃんは初めてだった?」

ああもう、私だって初めてです!
私の顔からはきっともう火が出ているに違いなかった。

「えへへ、梓ちゃんの初めて、貰っちゃった」
ムギ先輩は、本当にずるい。
そんな顔で笑われたら、もうだめ。
落ちてしまう。

「嬉しい」

私だってこんなに嬉しいですよ!
私は素直じゃないからそんなこと言えなくて。
ムギ先輩の天使のような笑顔を見ながら、
何となく、初めてがムギ先輩でよかったなんて思い始めていた。

ムギ先輩、こういうことはそんな簡単にしちゃダメです。

私はそういった。
それは照れ隠しでもあったし、無邪気で純真なムギ先輩を思っての言葉だった。

でもムギ先輩はわかっていないような顔で言う。
「どうして?」

どうしてって、それは。
キスは、大事なものだから。
本当に好きな人とだけ、するものだから。
いくら女同士とは言えこんな簡単にするものじゃない、と思う。

「私は、梓ちゃんの事大好きよ?」

今大好きっていうのは、ずるい。
でも、私は言う。
言うというよりも、口から思ってもいないことが出てしまう。
私もムギ先輩の事は大好きだけど、キスをするような好きは、恋人とかそういう人に向ける好きなんだって。

「ふふ」

何でそこで笑うんですか!
私は真面目にですね……

「梓ちゃん。
 私は相手が男の人でも、女の人でも、梓ちゃん以外にキスなんてしないわ」


うっ……
ずるい。
ずるいずるいずるい!
そんなこと言われてしまったら、何も言えなくなってしまう。
そんなこと言われたら……


嬉しくて仕方なくなってしまうじゃない。


「安心した?」

私は何も言えなくて俯いてしまう。

もう、ただの友人とは思えなかった。
でも、恋とも違うかもしれない。


だけれど、私は。

ムギ先輩にーーー琴吹紬の魅力に。
すっかりと落とされてしまったのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――
梓ちゃんの顔が離れていく。

思っていたよりずっと、私は冷静でいられた。
まるで夢のようだ、そう思えるけれどそうでない実感がある。
目の前の少女。
誰よりも、愛し人。
天使だと、そう思っていた女の子。
でも、彼女が本当に天使でなくてよかった。
こうして触れ合って、自分の想いを伝えることができる。

私は臆病で、どうしようもない人間だった。
直前になって、やはり勇気を振り絞ることができなかった。
拒絶されるのではないかと。
そう思うとそれ以上進めなくなってしまった。

だから、彼女からしてくれて、本当に嬉しかった。
それは、私の不安も、私の想いも。
全てを受け入れてくれたような気がした。


言葉だけでは伝わらない想い。
私の気持ち。
伝わったかな。
伝わるといいな。


……

その日、私はムギ先輩のお家に泊まることになった。
本当は帰ろうと思ったのだけれど、ムギ先輩が夕ご飯を作るから食べてほしいと言った。

意気込んだムギ先輩を止めるなんてことは私には出来なかった。
それに、ムギ先輩が私のために作ってくれる、なんて言われたら。
嬉しくて、断ることなんてできなかった。

夕ご飯はとても美味しくて。
私がおいしいというとムギ先輩が喜んでくれて。
私は自分が満たされていくのを感じていた。

「ねえ、梓ちゃん。
 梓ちゃんにとって私は何?」

すごく難しい質問だった。
それは私のこの迷いをチクチクとつついてきた。

「もう、私は先輩じゃないよ?」

私の心臓がドクンと跳ねる。
私とムギ先輩のつながりとは何なのだろうか。
先輩でも後輩でもない。
だとしたら、ムギ先輩にとって私は何?
赤の他人?
声を出そうとして、気づく。
まるでのどがカラカラになっているようだった。
私はまるで駄々っ子のように声を振り絞っていう。
ムギ先輩にとって私は――――――

「私にとっての梓ちゃんはね、とても大切な人よ。
 先輩後輩なんかじゃとっても言い表せない。
 親友って言うのも、なんだか変な感じ。
 そんなものよりずっと。
 大切な、大切な人よ」

言葉だけではなかった。
声に乗せて伝わって来たもの、それはムギ先輩の想いだった。
痛いほど、切ないほど伝わった。

私は、すごく恥ずかしくなる。
こんなに思っていてくれているのに。
こんなにも愛されているのに。
信じることができなかった。

「私もね、同じよ。
 梓ちゃんは優しいから。
 私はどこかで本当は求められてなんかいないんじゃないかって思ってしまうの。

 だから、できれば聞かせてほしいな。
 梓ちゃんの本当の気持ち。」

もう何度も言った気がする。
でも、先輩が信じられないというなら。
この想いが伝わるまで何度でも言おう。
ムギ先輩が求めるのなら、声が涸れても伝えよう。



ムギ先輩、大好きです。


「ただの先輩以上に思ってくれるなら、呼び捨てで呼んで」

ああ、そう言うことだったのか。
前に、初めてあだ名で呼ばれて嬉しかったって言ってたっけ。

「それもそうだけど。
 やっぱり梓ちゃんには呼び捨てで呼んで欲しいの。」

ムギ先輩のストレートな思いが伝わってきて恥ずかしくなる。

ムギ―――――


すごく喜んでいる。
なんだか私も距離が近づいた気がして嬉しかった。

「……あずさ」

うっ……
駄目だ……
嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなるのを止められない。

「あずさ」

ムギ

「あずさ」

ムギ

2人で笑いあう。
確かに、ムギせ――― さっき言っていたこと、わかる気がした。
呼び名一つだけだけど。
たかがそれだけだけど。

たしかに、心の距離は近づいていた。





「敬語も、少しずつ、ね」

……善処します


待ち遠しかった制作復帰。
投下していきますが、視点がころころ変わるので注意。
基本的には線で時間か視点が切り替わるようになっています。
自分でもいい方法がわからないのでこうしたらいい、という意見は常に募集しています。


そして新しい生活が始まった。

以前のように毎日電話することはなくなった。
それは、私が大学が始まり忙しくなったことや、梓が受験生になったこと、いろんな原因があったと思う。

でも、それは私たちの距離が離れてしまったというわけじゃない。
離れていても、相手のことを思っている。
繋がっている。
そう言う確信が私にはあった。

だからと言って、ずっと一緒にいるのが当たり前だとも思わない。
私と梓のつながりは脆いもので、いつ切れてしまうかわからない。
私と梓は、別の人間だから。
完全に理解するなんてことはできないから。

だから私は、大切にする。
何よりもいとおしく思う。
このつながりを。
この心の暖かさを。

その日私たちは電話をしていた。
かけたのは……どちらでも同じことかな。

「ムギは、どうやって曲を書いてる?」

そっか、澪ちゃんもわたしももういないから、梓ちゃんが曲を作るんだ。
……聞きたいな、梓ちゃんの曲。

「うっ――――
 なんかそう言われると照れくさいね。
 でも、澪先輩もムギもいなくなっちゃて曲のことまかせっきりだったなぁって。
 私の番が来てやっとその難しさに気づいたよ」

だから、曲の書き方を教えてほしいということらしかった。
でも、曲を書く、といわれてもピンとこない。
書こうと思って書いたことがないとは言わない。
でも、私にとって曲は書くものではない。
私の心が、感情が旋律になってあふれていくもの、それが私にとって曲だった。

「想いが、あふれ出るもの……
 なるほど」

難しく考える必要はない。
子供のころから音楽に接してた梓なら想いを旋律にできるはず。
口でなく、手足でもなく、楽器を使って表現するだけ。

「出来るかな……私にも」

できるわよ、絶対。

「私にもムギみたいに、心に響く曲が作れるかな」

梓なら、私よりもっと素敵な曲が作れるわ。

「伝えられるといいな。
 私の気持ち」


ねぇ、梓。
今の気持ちを、私に"聴かせて"もらえる?


『梓の気持ちを聞かせて』

難しい。
結局、それは来週までの宿題になった。

『自分の気持ちを、素直に見つめて』
『あふれ出る気持を旋律にするの』

私は素直じゃないから。
自分の気持ちを素直に見つめるのはすごく難しい。

でも、少し私は変わったんだと思う。
先輩たちの卒業で、わかったことがある。

変わらない物なんてないことを。
大切なものも、大切な人も全部。
当たり前にあるものなんて、ないんだ。

キュンと胸が苦しくなる。
当たり前すぎて気付けない?
違う。
考えたくないから考えないだけ。

今あるものすべて、私の大切なもの。

放課後ティータイムも、今の軽音部も。
私の、大切なものだから。
私が大事にしなくてはいけないものなんだ。

私の周りには、大切なものばかりだ。

目を閉じれば幸せな時間。
私一人では得られない時間。

私は、とても幸せな人間だ。
うぬぼれでも何でもなく、そう思う。

だから、大事にしなくちゃいけない。
大好きな人たちといられる、この時間を。

そして――――――


土曜日。
ムギ先輩との約束の日。
私は、なんとか曲を作った。

部室のソファに座る。
安物だから、少し硬い。
でも、私の心は深く沈んで行く。

疲れてるのかもしれないし、怖いのかもしれない。

そういえば、憂たち遅いな……

―――――ダメだな。
ずっと曲と、自分の感情と向き合っていたせいだろうか。
まるで親の迎えを待つ子供みたいに、悪い想像ばかりが膨らんでいく。

「ごめーん、梓ちゃんおまたせー」
「おまたー」

ああ―――――
私の暗闇に手が差し伸べられる。

どうしたの? 憂が遅刻するなんて珍しいね。

「あれ? 今日はお小言なし?
 てかなんで笑ってんの?
 あ、もしかして私たちが来ないかもって思って寂しかったの?」

変なところで鋭いなぁ。
でも…

「そうかも、って……梓どうしたの?
 熱でもあるの?」

「純ちゃん、それひどい」

ううん、いいよ。

「ねぇ梓、本当に大丈夫? 体調とか悪くない?」

こうして見つめてみると、よくわかる。
自分がどれだけこの友人に甘えていたか。
どれほど助けられていたか。

律先輩とおなじ。
自分勝手なようで、実は一番人に優しいのだ。

そして、一番助けられていた人は、私。

純は、すごく優しいね。

「や、やめてよ
 なんか梓に言われると恥ずかしいって言うか……」

「でも、純ちゃんはすごく優しいよ」

「やめて! あんまり私を褒めないでー!」

「でも、本当に梓ちゃんどうしたの?
 なんだかいつもの梓ちゃんじゃないみたいだけど」

それはたぶん。
自分の深いところにふれたから。
でも、たぶんこれは伝わらないだろうな。
だから私は言う。

ちょっとだけ素直に生きることにしたんだ、って。

――――――ジャーン

「今のいい感じだったんじゃない?」

……サビのところ、純だけ走ってたよね。
憂が合わせたから私も走っちゃったけど。

「あれ? そうだった?」
「あはは…… ごめんね梓ちゃん」

ねぇ、純、憂?
サビのところはもっと走ったほうがいいと思う?

「え……?
 怒ってんじゃないの?」

「……私はつられちゃっただけで、ちょっとどっちがいいかって言われても。
 ごめんね」

「私は走ったほうが好きかなあ。
 やっぱ曲が盛り上がったらこう、心も走っちゃうって言うか」

それは、わかるかな。

「梓ちゃんもしかして曲調変えるつもりなの?」

「え? マジで」

それはないよ。
確かに曲に気持ちを乗せるのは大事だけど、演奏してるほうの自己満足じゃ仕方ないし。
それにこの曲は、私たちが作ったものじゃないしね。

「……ごめんね」

いや、別に攻めてるわけじゃないよ。
やるならやっぱりアレンジとか

「アレンジかぁ」

「アレンジ! いいじゃんやろうよ」

それよりも、私実は――――――

――――
――――――――
――――――――――――――

「あ!」

「どうしたの?」

「ごめん、憂、梓!
 今日家にいとこ来てて出かけるから早く帰ってきてって言われてたんだ!」

「梓ちゃん、実は私も今日はお姉ちゃんが帰ってきてて、できたら早く帰りたいなぁって」

そう言うことじゃ、仕方ないよね。
じゃあ今日はここまでにしよっか。

「変わりと言っちゃなんだけどさ、明日も練習しない?
 午前中だけとかさ」

「私は賛成かな。新歓ライブ成功させたいし」

うん、私も2人ともっと練習したいな。

「じゃあ、そう言うことで!
 憂、帰ろう」

「うん、純ちゃん帰ろう」

あ、待って、私も……

「ああ! 梓はもうちょっと練習していきなよ!」

「そうそう、せっかくギター引けるんだしアレの続きとかしたらいいよ!」

「「じゃあ!」」

え? ちょっと二人とも

「明日、楽しみにしてるから!」
「梓ちゃんの曲、聞かせてね!」

そういって2人は去っていく。
私を置いてけぼりにして。
最近、少しこういうことが増えた気がする。
なんだか、二人の間に入っていけないって言うか。

ちょっと、疎外感。

首を振ってその考えを振り棄てる。

2人は、私のことを気遣ってくれたんだろう。
じゃないと、あんなに不自然なウソをついたりしないだろうし。

――――あぁ、また私は優しさに甘えてしまってるんだな。
やっぱり、二人は私の宝物だ。

この気持ちを、弦に乗せる。
聞いた人に、この気持ちが伝わるように。
幸せを、そしてありがとうを。





そして――――――
私が気付かぬうちに――――――


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最終更新:2011年03月10日 23:51