~文化祭当日、軽音楽部ライブ1時間前~

爽子は文化祭で大活躍していた。
普段の料理好きが功を奏し、彼女の作る焼きそばは好評を得ていた。
爽子と唯と協力して、一生懸命に作っていると、澪が教室にやってきた。

唯「あ、澪ちゃん!」

唯が気づいて、声を上げる。
爽子は焼きそばに一所懸命で気付かないようだ。

爽子「い、いらっしゃいませ~!」

爽子は、初対面の人にはいつも通り(?)ぎこちない笑顔で応対する。
その笑顔は、どうも人を凍りつかせてしまう。
澪は、久しぶりの爽子の本領発揮(?)に思わず飛び退く。

澪「っひ!」

唯「澪ちゃ~ん!」プンプン

澪「ご、ごめん・・・どうもなれなくて・・・。」

爽子「あ・・・!澪ちゃん。」

知り合いだと気付いた爽子は、いつもの表情に戻って、言った。

澪「なぁ、軽くでいいから、合わせないか?」

澪は自分のクラスに無理を言って、抜け出してきたのである。

唯「でも、私たちもこの持ち場がまだ少しあるから・・・。」

と、唯が言うと、それを聞いていた唯のクラスメイトが「代わってあげるから、行ってきなよ。」と、言ってくれた。

唯「本当に?!ありがとう!」

爽子「あ、ありがとう・・・!」

「ライブ、見に行くから、頑張ってね!」

クラスメイトはそう言うと、彼女たちに代わってくれた。
唯はギターを担いで、爽子と澪と共に教室を後にした。

唯「りっちゃんとムギちゃんは?」

部室へ向かう途中、澪と一緒にいないことを疑問に思い、唯が聞いた。

澪「ふ、二人はお、お化け屋敷にいて・・・。」

どうやら、お化け屋敷で怖い思いをしたらしい。

爽子「私が、見てこようか・・・?」

澪「た、頼む!」

爽子は二人と別れて、律と紬のいるクラスへと向かった。

爽子「りっちゃん!」

律「おー爽子!」

律は受付と書かれた型紙が付けられた机の椅子に座っていた。

爽子「澪ちゃんが―」

律「あー、知ってる。澪が練習したいいって言うんだろ?」

爽子は、こくんとうなずいた。

律「でも、私は受け付けの時間がまだあるんだ。でも、後少しだからさ。」

爽子「そうなんだ・・・。」

律「あ、ついでに入ってけば?」

爽子「良いの?」

律「お客さん、入らなくてさー。暇してるから、入ってくれよ!」

爽子はそう言われて、むげにできず、中に入って行った。

中に入ると、おどろおどろしい、お化け屋敷らしいBGMが流れている。
高校生の文化祭にしては、緻密に作られていて、雰囲気が出ている。

爽子(お化け屋敷なんて、小学生の時、お父さんと入って以来だな・・・。)

そんなことを考えながら、道を進む。
道にある小物のレベルも、怖さを盛り上げるくらいに精巧に作られている。
道中の最後、ミイラが棺桶に収まっている。
それに注目していた爽子は、横からの気配に気づかない。
横から突然現れたもう一体のミイラに、爽子はびくっと体を震わせてゆっくりと、振り向いた。
その顔は、リングの貞子を彷彿とさせる。

ミイラ「ぎゃー!!!!!!!!」

ミイラの方が、大声をあげて逃げてしまった。
爽子は、呆然としていたが、自分の姿を見て逃げ出したことに気付いて、ショックを受けながら、お化け屋敷を出たのだった。



~ライブ数十分前、軽音楽部部室~

律「よし・・・!準備は良いな!」

律がそう言うと、全員が大きくうなずいた。
しかし、澪と爽子は顔面蒼白である。

唯「二人とも大丈夫・・・?」

唯がそう尋ねると、二人とも同時に唯の方を向いて、うなずいた。
力ないうなずきに、紬も心配する。

紬「大丈夫よ、澪ちゃん、爽子ちゃん!ちゃんと、練習してきたじゃない!」

唯「そうだよぉ。大丈夫、大丈夫!」

律「初めてのライブなんだし、失敗したってしょうがないだろ?元気出せって!」

澪と爽子は、目を合わせると、少し顔色を戻して、皆に顔を向けてうなずいた。

律「じゃあ、いくぞ!」オー

唯・紬・澪・爽子「おー!」


~舞台袖~

爽子の心臓は今にも飛び出そうなほど、高鳴っていた。
体が小刻みに震えている。
しかし、爽子の役目は最初に前に出て唯たちの紹介をするだけ。
ほんの数分なのだが、人前に出ることのなかった爽子にとっては、その数分が大役のように感じられる。

律「さーわこ!大丈夫だよ。」

律が震えている爽子に優しく声をかける。
爽子はうなずくが、震えは止まらない。

唯「さわちゃん、頑張って!」

紬「爽子ちゃんも、練習通りやれば大丈夫!」

澪「わ、私も頑張るからな!」ガタガタ

皆に声を掛けられ、いくらか楽になったのか、爽子は笑みを見せた。

和「では、次は軽音楽部の皆さんです。」

和のアナウンスが流れる。

律「さぁ、スタンバイだ!」

律の掛け声とともに、全員が配置につく。
爽子は最初、マイクを持って、緞帳が上がる前のステージに立つ。

和「頑張って。爽子なら、できるわ。」

反対側の舞台袖にいた和が声をかける。
その応援に、なんとかうなずきで爽子は返した。

緞帳が上がりきると、暗いステージの上の爽子だけにスポットライトが当たる。

「え・・・?あれって・・・。」
「貞子だ・・・。」
「軽音楽部のライブじゃないの・・・?」
「のっとられたじゃない?霊能力で!」

ざわめきが広がっていく、爽子はなかなか話しだせない。

律「爽子!」

唯「さわちゃん!」

紬「爽子ちゃん!」

澪「爽子・・・。」

爽子(皆の声が聞こえる・・・。うん、私には皆がいる・・・。)

一人じゃない、そう思いながら、爽子はけいおん部の紹介を始める。

爽子「み、みなさん初めまして!軽音楽部のマネージャー兼マスコットの黒沼爽子です!」

静まり返る場内。
「マスコット・・・・?」
「え・・・?」

誰かのつぶやきが場内に漏れる。
くすくすと笑い声も響いている。

爽子「私は最初、なかなかクラスに溶け込めなくて、何とか溶け込もうと、努力していました。」

空回りしてしまう過去の自分が爽子には思い出されていた。

爽子「でも、うまく溶け込めなくて・・・でも、そんなときに声をかけてくれたのが、このけいおん部にいる、平沢唯さんです!」

爽子の紹介とともに、唯にスポットライトが当てられる。唯は頭をかいて照れている。

爽子「彼女は、唯ちゃんは初心者でありながら、ギターとボーカルを猛練習して、今じゃ、ものすごくうまくなりました!」

唯はその紹介にさらに照れている。

爽子「そして、こんな不器用な私を、部活に入れようと決意してくれたのが、部長の田井中律さんです!」

律にもスポットライトが当たる。律は爽子を優しく微笑みながら見ている。

爽子「りっちゃんは、類稀なるドラムセンスと、リーダーシップで、皆を引っ張ってくれます。」

律は少し誇張された紹介に、恥ずかしかったのか、うつむいてしまう。

爽子「こんな私にも音楽をしようと進めてくれたのが、秋山澪さんです。」

澪は緊張を忘れたらしく、爽子を見て微笑んでいる。

爽子「澪ちゃんは、ベーシストらしく皆を支えてくれて、誰よりも音楽に対して熱心でした。」

澪はうんうんと、うなずいている。

爽子「最後に、こんな私に優しく接して、お茶の淹れ方を教えてくれたのが、琴吹紬さんです。」

紬は紹介に手を振って答えた。

爽子「普段はおっとりしてますが、キーボードを弾く姿は機敏で優雅で、美しささえ感じます。」

紬は満面の笑顔を見せている。

爽子「もう一人、けいおん部じゃないのですが、紹介したい人がいます。」

爽子は舞台袖にいる和を見つめる。
和は「え?私?」と、驚いた様子で、自分を指差す。

爽子「それは、真鍋和さんです。」

舞台袖の緞帳にスポットライトが当たる。

爽子「唯ちゃんと一緒に私を救ってくれた・・・何も言わない私の代わりに、言ってくれて本当にありがとう。」

爽子「皆、私の友達です。本当に、この学校に来て、良かったです。みなさんも、こんな素晴らしい友達、仲間を作ってください!」

爽子はいつの間にか、笑顔を見せていた。
その笑顔は、唯と初めて会った時見せた、自然な笑顔。
始めてみる爽子の綺麗な笑顔に、講堂に集まった生徒は心が温かくなるのを感じた。
貞子と呼ばれた噂の女子学生は、そんな噂を感じさせない綺麗な笑顔を持っていた。

爽子「では、皆さん、けいおん部の演奏を聞いてください!」

爽子が、そう言うと同時にけいおん部の皆に当っていたスポットライトの電気が消える。
律のカウントを取るドラムスティックが鳴り響き、けいおん部のライブがスタートした。

ライブは何の滞りもなく進んだ。

爽子(目立つようなミスもなさそうだし・・・皆すごいな。)

爽子はそう思うと同時に、寂しさが込み上げてきた。

爽子(次の曲で最後だ・・・。)

ちょうど、最後の一曲の前の演奏が終わる。

唯「次が最後の曲になります!」

客席からは「えー!?」という声が返ってくる。
彼女たちはたった一度のライブで、ファンをつけてしまったようだ。

唯「次の曲は、我がマスコット、さわちゃん、あ、黒沼爽子ちゃんのために作りました。」

爽子は突然の発表に驚きを隠せない。
爽子が呆然としたまま、唯のMCは続いた。

唯「爽子ちゃんは、最初、学校の道に迷った私にあの笑顔で正しい道を教えてくれました。」

唯「でも、学校ではなかなか皆に溶け込めずにいるシャイな女の子でした。」

唯「話しかけたくても、休み時間には姿が居なくなっててぇ~仲良くなるのが、大変でした!」

笑いが会場内に広がる。
その笑い声で、爽子は我に返った。

唯「やっと、仲良くなれて、一緒にこれからいろいろ思い出を作れると思ったのに、彼女は遠くへ引っ越しをしてしまいます。」

会場内が静寂に包まれる。

唯「そんなさわちゃんを、送り出そうと思って、書いた曲です。聞いてください!」

唯は、澪を、紬を、そして、律を見る。全員が、唯にうなずき返した。

唯「君に届け!」

律のドラムスティックのカウントとともに、演奏が始まった―。

演奏が、音楽が、唯の歌声が、爽子を包んでいく。

爽子(唯ちゃんたちはこういう風に音楽を感じていたんだ。)

爽子の目からは、自然と涙が流れていく。

爽子(私のための歌・・・。私を励ましてくれる歌・・・。)

爽子はあふれ出る涙をぬぐう。演奏が終わるまでに涙を止めなきゃ。

爽子(ありがとう・・・。)

爽子は、音楽を感じながら目を閉じて、そう思ったのだった。


~引っ越し当日、爽子宅前~

爽子の家の前にはけいおん部が勢ぞろいしていた。
しかし、涙を流す者はいない。皆笑顔だ。

爽子「皆、ありがとうね。」

唯「うん。向こうでも頑張ってね、さわちゃん!」

律「病気するなよ!それと、無理するなよ!えっと、あと~」

澪「向こうに行っても、友達、作れるように頑張ってな。」

紬「その笑顔があれば、友達100人できるわ!」

紬の天然ボケに、皆が笑う。

爽子「私、あの私のために作ってくれた歌のように、皆と笑顔で別れることができて良かった。」

唯「あっと!わすれるところだったよ~!」

唯は、鞄の中からテープと一枚の便箋を取り出した。

唯「ほんとは色紙の方が良かったんだけど・・・練習に忙しくて、忘れてて・・・。」エヘヘ

律「寄せ書きと、皆のアドレス!爽子が携帯持ったら、すぐ連絡取れるように!」

澪「テープには、爽子のために歌った曲が入ってる。」

紬「元気出したいときとか、それを聞いてね!」

爽子は思わぬプレゼントに、涙があふれる。

唯「さわちゃん・・・。」

泣きそうな爽子を、唯が抱き締めると、皆も爽子を抱きしめる。

唯「また会おうね!歌詞にも書いたけど、約束だよ!」

唯は抱きしめた爽子を優しく引き離し、顔を見て言った。
唯もこらえきれず、涙を流している。
皆が泣きじゃくる中、爽父が「そろそろ行くよ。」と、声をかける。

爽子「じゃあ・・・、またね!」

爽子があの笑顔を見せて言う。

唯「うん!またね!」

唯も、律も、澪も、紬も、その笑顔に答えるような笑みで、言葉を返す。
車に乗り込んだ爽子が、見えなくなるまで、四人は爽子へ手を振っていたのだった・・・。

~Fin~




―番外編・after story―

桜が舞う。
季節は入学式の季節。

爽子は、舞い散る桜を見て、唯と出会った時のことを思い出していた。

爽子(早く会いに行きたいな・・・。)

桜を見ながらゆっくり歩いていると、黒髪の男子生徒が、辺りをきょろきょろしながら佇んでいた。

爽子(そういえば、唯ちゃんもきょろきょろしていたな・・・。)

爽子が引っ越して通うことになったのは、男女共学の高校だった。
高校のパンフレットに、女子生徒の制服と共に男子生徒の制服も載っていたので、目の前の制服に見覚えがある。

爽子(きっと、新入生で道に迷ったのかな?)

そう思った爽子は、間違った道に進もうとした彼を呼びとめた。

爽子「あの~・・・北幌高校だとしたら、こっちですけど・・・。」

―番外編・after story― 完