―番外編・guitar with Yui―

唯「ギー太ぁ・・・♪」

憂「よかったね、お姉ちゃん。」

自宅に帰った唯は、憂に早速爽子からもらったギターを披露していた。

憂「そういえば、ちゃんとお礼を言ったの?」

唯「あ・・・。そういえば・・・。」

憂「その・・・さわちゃんって人は、音楽をしないんだよね?」

唯「そうそう!・・・誰のギターなんだろう・・・そういえば。」

憂「今度、ちゃんとギターの持ち主の人にお礼を言わなきゃね!」

唯「さわちゃんに連r―あー!」

唯は、携帯を取り出して、こう言って、突然顔を上げた。

憂「どうしたの、お姉ちゃん?」

台所に居た憂は、唯が突然声を出したので、慌てて唯のもとへ戻ってきた。

唯「メアドとか聞いてなかった・・・。」

憂「えぇ~?!」

唯「明日、ちゃんと聞かなきゃ!よし、練習練習!」ジャカジャカ

憂「も~・・・。」(ギターを弾くお姉ちゃんもかわいい!)


~夜、爽子宅~

夕食を終えると、爽子父はギターのことを爽子へ聞いた。

父「友達は喜んでたかい?」

爽子「うん・・・!すっごく喜んでた!」

爽子の顔にぱっと明るさが宿る。
その顔を見るだけで、父は嬉しくなったようで、上機嫌で言う。

父「そうかそうか!」

しかし、爽子はここで爽子の父からのプレゼントであることを言っていないことを思い出した。

爽子(忘れてた・・・。)

父「はっはっはっは!」

父の満足げな笑い声が、黒沼家に響いていた。

―番外編・guitar with Yui― 完




~朝、爽子家~

爽子は、目覚ましの音とともに、目を覚ました。
時間はいつもより1時間くらい早い。
彼女は昨日計画したクッキー作りをしようというのである。
二人を起こさないように、階下へ向かう。
どんなクッキーにするかは、昨日寝る前に決めた。
学校で爽子が栽培しているハーブを使ったクッキーだ。

爽子(・・・よし!)

爽子は、両手でガッツポーズをしながら、自分に気合を入れた。

昨日の夜、用意しておいたクッキーの種を爽子らしく、丁寧に鉄板へ均等に並べていく。
爽子はお菓子作りには少し自信があった。

爽子(皆が気に入ってくれるとよいな・・・。)

爽子はそんなことを考えながら、作業を進めた。


~朝、通学路~

今日も唯、和、爽子の三人は一緒に登校している。

唯「やっぱり、ギー太は重い・・・。」

和「そんなに重いの?」

唯「和ちゃんも持ってみる?」

唯は、担いでいたギターをおろして、和に渡そうとする。

和「いいわよ!私に持たせようとしないでよ!」

唯「え~、持ってみようよぉ~。」

和はそっぽを向いて、持とうとしない。
唯のわがままの矛先は、爽子に向いた。

唯「さ・わ・ちゃん!持ってみませんか?今ならタダですぜ・・・。」

爽子(私も持ってるとき重かったし、少しだけなら、持ってあげよう・・・。)

爽子はそう思いながら、唯のギターを受け取ろうとした時、和の言葉が脳裏に浮かんだ。

和『今のは唯のボケを「無視する」ことでね―』

爽子(無言の突っ込みという笑いを生む・・・!)

爽子は、受け取ろうとした手をさっと後ろに隠すと、唯を無視して先に歩いて行ってしまう。

唯「さ、さわちゃん?!」

和「爽子・・・っぷ」

和は何かを思い出したらしく、最初は驚いた顔をしていたが、噴き出した。

唯「和ちゃん・・・?」

和「爽子も成長したわね・・・。」ニコニコ

唯は、和の意図が分からず、首をかしげた。

和「唯、早くしないと遅れるわよ!」

唯「あ、ま、待って~!」アセアセ

二人は、ずいぶん遠くへ行っていた爽子に追い付くべく、爽子の下へ急いだ。



~放課後、軽音楽部部室~

紬「今日は、紅茶で~す。」

紬が、爽子とともにお茶を運びながら言った。
運ぶ爽子の目は真剣そのものだった。

爽子(お、落としたら大変なことになる・・・。)

爽子は、お茶を運ぶ数分前、紬の手伝いをしているときに、カップの綺麗さに思わずつぶやいた。

爽子「このカップ、すごいきれい・・・。」

紬「そうかしら?昔から家にあって、一番安いから持ってきたの」

爽子「そうなんだ・・・。お、おいくらなの?」

爽子(い、意識すればするほど・・・。)

爽子は、値段を聞いたことを後悔しながらも、なんとか皆の待つテーブルへ到着した。

紬「爽子ちゃんが、手伝ってくれて、助かるわ~。」

爽子はそう言われて、顔を赤らめて照れている。

唯「照れてるさわちゃん、かわいい~。」

唯が、その姿を茶化すと、さらに顔を真っ赤にして、手を突き出して否定した。

爽子「そ、それはありえないよ・・・!!」

澪「唯!あんまり、爽子を困らせるなよ。」

唯「えへへ。かわいくて、つい。」

律「でも、爽子って良く見たら、かわいいよなぁ。」

澪「良く見たら、は余計だろ!」ゴン

律「あいた!」

紬「でも、爽子ちゃんが、幽霊だなんて―」

紬の失言をごまかそうと、律が必死に口を塞いだが、間に合わなかった。
幽霊―その部分はしっかりと、聞こえてしまった。

唯「幽霊・・・?」

爽子「・・・・・・・・。」

気まずい雰囲気が、けいおん部内に流れる。

紬「ご、ごめんなさい・・・!言っちゃいけなかったよね・・・。」

紬が、先陣を切って謝る。

律「わ、私が悪いんだ!紬に前、そういう風に言われてるって言ったんだ!」アセアセ

澪「り、律!」

唯と爽子を除く三人は慌てて、失言を取り消そうとしている。

唯「みんな・・・。」

唯は、ショックを受けたように呆然とする。
しかし、爽子は違った。

爽子「大丈夫だよ、唯ちゃん・・・!」

爽子は、笑顔を見せて言う。

爽子「幽霊と言われてたのは・・・私のせいでもあるの・・・。」

爽子「でも、そんなことも関係なく、皆は私と・・・友達になってくれた。」

全員が、爽子に注目する。
爽子は、また自然な笑顔を皆に見せた。

爽子「だから・・・。そんなに、謝らなくて良いの。」

唯「うん・・・。そうだよね。皆は友達だもん!」

律「そう・・・。そうだよな。笑い話にしたっていいよな。」

澪「そうやって、開き直るなよ!」ゴン

律「あいた!また殴った!」

紬「でも、軽率に口にして、本当にごめんなさい・・・。」

爽子「気にしてないから・・・!」

紬は、自分の鞄へ向かうと、何かを取り出して、皆のいるテーブルへ戻ってきた。

紬「場を悪くしてしまった。お詫びです!」

紬の手に握られていたのは、高級そうな包みに入れられたクッキーであった。
爽子は、そのクッキーを見て、驚愕の顔を見せると、皆に見られぬように、顔を背ける。

爽子(かぶった・・・!)

唯「わーい!おいしそうなクッキーだね!」

唯が、テーブルの中心におかれたクッキーの袋に、いち早く手をつけた。

律「相変わらず、手が早いな!」

と、言いながら、律も手を伸ばす。

澪「いつも、ありがとうな、ムギ。」

そう言って、澪も手を伸ばした。

爽子は、ショックを受けたまま、立ち尽くしていた。

唯「さわちゃん?どうしたの?」

唯が、不審に思って、爽子に問いかける。
爽子は、唯に声を掛けられて、我に返って、取り繕う。

爽子「な、なんでもないの・・・!」

爽子は素早く着席すると、クッキーを口にする。

爽子(お、おいしい・・・!)

自分と比べ物にならないくらいのおいしさに、びっくりすると同時に、自分のクッキーを出さずによかったと、爽子は安堵したのだった。

爽子にとって、友達と登下校し、一緒に遊ぶことが、何よりも幸せだった。
いつの間にか、彼女は、自然な笑顔を皆にふつうに見せることができるようになっていた。
楽しいときは、どんどん過ぎて行った。
夏、合宿。友達との初めての泊りがけの旅行に、爽子は集合の前日に寝ることができずに、初めて『遅刻』した。

そして、秋。
けいおん部にとっても、初めての経験がライブが幕を開けようとしていた。




―最終章―


時は少しさかのぼって、夏休みの終わり。

爽子は、夜、寝苦しさから目を覚まし、下で何か飲もうと部屋を出た。
階段の中盤に差し掛かり、リビングから光が漏れていることに気付いた。

爽子(まだ、お父さんとお母さん、起きてたんだ・・・。)

二人は室内で何か話し合っているらしい。話の断片が聞こえてくる。

爽父「―ってくれるみたいなんだ。」

爽母「そうなの?良かったじゃない!」

爽父「うん・・・。せっかく友達ができた、爽子には悪いが・・・。」

爽子(私に悪い・・・?)

爽子は、嫌な予感がして、眠気が覚めてしまった。
リビングに入ろうかためらっていると、話の続きが聞こえてくる。

爽父「一人暮らしをさせるわけにはいかないなからね。」

爽母「そうね・・・心配だものね・・・。」

爽父「わかってくれるかな、爽子は・・・。」

爽母「大丈夫。わかってくれるわ。」

すると、突然廊下へと続く、ドアが開いた。もちろんそこには、爽子がいた。

爽父「爽子!」

爽子「私に悪いって、どういうこと?お父さん。」

爽父は顔をそむけてしまう。爽母は、その姿にため息をついて言った。

爽母「爽子には、本当に悪いけど、また引っ越すわ。」

爽子「・・・え?」

爽父「今度は、同じ一軒家でも違うぞ!庭が付いているから、ガーデニングもできるんだ!」

爽母「悪いことじゃないの。お父さん、出世したのよ。」

次々と爽子に、言葉が浴びせられる。
しかし、爽子の頭には入ってこなかった。
彼女を支配していたのは、また引っ越すという事実。

爽子「が、学校は・・・?」

爽父「転校・・・になる・・・。」

爽父は苦しげに言う。爽子のつらさが分かるからこそだ。

爽母「突然決まったんだけど、今回住む家も知り合いの方がゆずってくれるって・・・。」

爽母は、うつむいている爽子の目線に合わせるように、屈んで言う。

爽母「こんな良いことないの。本当に。」

爽子は、爽母に目を合わせると、我に返り、爽母の声が頭に入る。
呆然とした顔のまま、爽子は何とか声を発する。

爽子「うん・・・。」

爽父「突然で、本当にすまない・・・。」

爽子「ううん・・・。」

爽子は、力なく首を振る。

爽子「引っ越しはいつなの?できれば、文化祭まで待ってほしい・・・。」

その言葉に爽父は、微笑むと、大きくうなずいた。


~文化祭一か月前、軽音楽部部室~

唯「引っ越す・・・?」

爽子の口から語られたことに、唯は驚きながら言った。

律「そ、そんな・・・。」

澪「いつ引っ越すんだ?」

爽子「文化祭が終わったら引っ越すの・・・。」

紬「もう一ヶ月しかないわ!」

唯「突然過ぎるよぉ!」

唯が、涙目で、爽子を見る。
爽子はその顔を見て、笑顔を見せる。どこかぎこちない笑顔だ。

爽子「お父さんが、出世して・・・都心の方へ行かなきゃいけないの・・・。」

澪「そっか・・・良いことなんだな・・・。」

律「よし!爽子のためにも、文化祭は最高のものにしないとな!」ガタッ

律は席から立ち上がりながら言う。

律「練習だ!練習!」

律はそう言うと、先陣を切って、ドラムセットへと向かう。
涙目の唯と紬も、目元をぬぐって、律へと続く。澪もその姿を見て、後に倣った。

爽子は、その姿に安堵した。私が原因で、皆の気分が落ち込んでしまったら・・・。

爽子(私のために、皆明るく、前向きに・・・そして私のために、行動してくれてる。)

爽子は、気付かれないように小さくガッツポーズをした。

爽子(私も頑張らなきゃ・・・!)

そう思いながら、爽子は、けいおん部の紹介をする練習を黙々と始めた。


~下校時、澪と律~

二人は、爽子の突然の告白のショックからか、皆と別れた後、何も言わずに並んで歩いていた。
二人の家へのわかれ道へ近づいたとき、澪が口を開いた。

澪「爽子のために、曲をかけないかな?」

律「え?」

澪「まだ一カ月あるし、なんとかならないかな?」

律「まぁ、演奏する曲は形にはなってるけど・・・。」

澪「一曲削って、爽子のために曲を入れたいな・・・。」

律「私は賛成だけど、他の二人にも聞いてみよう!」

澪「律・・・!ありがとう!」

律「へへっ。じゃあ、私の家に集まれるかメールしてみるか!」

律は携帯を取り出すと、皆へのメールを打つ。

律「そういえば・・・爽子のアドレスって、聞いてないな・・・。」

澪「唯なら知ってるんじゃないか?」

律「あ~。確かになぁ。」

その場でそんな話をしていると、二人から返信があったようで、携帯が震える。

律「お、二人ともこれるらしいぞ。」

澪「良かった!」

律「澪は先に私のうちにいてくれよ。私は二人を迎えに行ってくる。」

律はそう言うと、澪に鞄を預けて、メールを打ちながら、歩き始めた。


~文化祭一週間前、軽音楽部部室~

律「うん・・・良いんじゃないか?」

澪「なんとか間に合ったな!」

唯「さわちゃん、喜んでくれるかなぁ?」

紬「喜んでくれるはずよ!」

爽子を除く四人は爽子には、今日は練習は休みだと嘘をつき、爽子のための曲をみっちり練習していたのである。

律「いやーなんとかなるもんだなー!」

澪「まぁ、ほとんどもともとあった曲に少し手を加えただけどな。」

唯「でも新しくしてたら、間に合わなかったよねぇ。」

紬「りっちゃん、名案だったわ~。」

律「なんの、なんの!」

澪「よし!じゃあ、この調子でほかの曲も練s―」

練習しようと、澪が言いかけると、唯と律がこぞって反対する。

唯「え~!休憩しようよぉ~!」ブーブー

律「そうだ、そうだー!お茶しようぜぇ!」ブーブー

澪「お、お前らなぁ!」

と、澪が二人を説き伏せようとした時、紬が手を挙げて言う。

紬「私もお茶が飲みたいで~す。」

紬の賛成に、澪は何も言うことができない。

澪「まったく・・・休憩したら、また練習するからな!」

ほか三人は元気よく「はーい!」と、返事をすると、唯と律はテーブルへ、紬はお茶の準備へと向かったのだった。


~文化祭前日、夜、爽子宅~

爽子の部屋はすでに、ダンボールで埋め尽くされていた。
何もない部屋に、机と椅子、テーブルにベッドだけが、味気なく残っている。

爽子は、今まで澪が撮ってくれた写真を見返していた。
思い出が、爽子の心を包み込んでいる。
温かい気持ちが爽子の胸を支配すればするほど、彼女たちとの別れがつらくなる。

爽子(泣いちゃダメ・・・笑って・・・笑って、皆とお別れするの・・・。)

爽子は、溢れそうになる涙をぐっとこらえて、写真をそばにあったダンボールへしまう。

爽子(そうだ、明日は皆に、今度こそ手作りを食べてもらおう。)

爽子は結局、紬のクッキーとかぶってしまって以来、手作りを皆に振る舞うことを委縮してしまったのである。

爽子「・・・よし!」

爽子は声に出して、気合を入れると、部屋を後にして、クッキー作りに取り掛かったのだった。


8
最終更新:2011年03月09日 22:43