三人の奏でる音楽に、聞き入る唯と爽子。
唯は体が自然に反応するのを感じていた。
爽子は、ただただ感動するばかり。
唯(わ~・・・!)
爽子(三人ともすごいな~・・・。)
三人の演奏が進むにつれ、爽子は自分の劣等感に押しつぶされそうになった。
爽子(私には無理だ・・・。みんな楽しそうに演奏してる・・・。)
三人の楽しそうな笑顔。真剣なまなざし。自分にはない、センス。
爽子は、唯の横顔をちらりと見た。その顔は輝き、楽しさに満ちている。
唯と同じような顔ができない。
爽子(私には、無理だ。)
爽子は、今度は、しっかりと、自分に言い聞かせるように思い返した。
律「どうだった?!」
額の汗をぬぐうこともせずに、律は二人に感想を求めた。
唯はその問いかけに、即座に立ち上がり、大きな拍手で三人をたたえる。
爽子も、少し遅れたが、それに倣った。
澪「今日は、結構合ってたな!」
紬「うん!良い感じだったわ~!」
澪と紬は、演奏のできを讃えあう。はじめてもらった他人の、唯と爽子の拍手に喜びを隠せない。
唯「はいります!!」バッ
唯は、拍手をやめると、右手を振り上げて、言った。
律「ほ、ほんとか~?!」パァァ
律は、スティックをドラムに置いて立ち上がった。その顔は嬉しさに満ちている。
澪「やったな!律!」
紬「あの・・・えっと・・・。黒沼さん?」
紬は、またさっきのようなマイナスオーラを抱えた爽子を見て戸惑っている。
紬の問いかけにはっとした爽子は、顔をあげ、拍手する。
爽子「・・・すごく感動いたしました・・・!」
演奏をした三人は安どの表情を浮かべる。しかし、次の爽子の言葉に、唯も含め、表情は曇ってしまった。
爽子「でも・・・やっぱり、私は入部を辞退したいです・・・。」
律「え・・・?」
澪「お、音楽が苦手って言ってたけど、気にすることないy―。」
澪が言い切るのを待たずに、爽子は首を振る。
爽子「・・・そ、そういうことじゃないんです・・・。」
私には合わない。唯ちゃんみたいに楽しそうにできないので。
そう言えば良いのに、言葉にできない。
爽子「ごめんなさい・・・。」
爽子は、そう言うと、来たときのようなマイナスオーラをまといながら、部室を後にしてしまった。
呆然とする音楽準備室に残された四人。
唯「さ、さわちゃん!」
唯が慌てて後を追う。その後をほかの三人も追いかけた。
しかし、爽子持ち前の早歩きに、追いつくことができない。
唯が窓の外を見ると、爽子はすでに校門あたりを歩いていた。
唯「さ、さわちゃ~ん。」
唯は届くはずのない声をあげると、その場で肩を落とした。
その姿を見た三人は、たがいに困惑した顔を見合わせた。
爽子(やっちゃったよ~・・・。)
音楽準備室を出た時のマイナスオーラをまとったままの爽子は、公園のベンチでうなだれていた。
爽子(私の馬鹿!ちゃんと、理由も話さずになんで出てきちゃったんだろ~・・・。)
爽子の目に涙がたまる。
こぼすまいと、顔を上げると、公園の外を同い年くらいの女子高生二人組が歩いているのが目に入った。
二人とも茶髪にカーディガンを来た『今風』の女子高生だ。
「わかってないな~やのちんは!」
「だって、前にちづの紹介できたときは、醤油ラーメンを頼んだじゃん。」
「あそこは、醤油ラーメンがうまいの!」
「あたしはほかのも食べてみたかったんだよ!別にちづのおごりで食べるわけじゃないんだから、良いでしょ?!」
その二人組は、公園に入ってきた。どうやら、この公園を入るのが二人の自宅への近道らしい。
「ね、ねぇ・・・やのちん・・・。あ、あれ・・・。」
『ちづ』と、呼ばれていた女子高生の一人が、爽子に気付いた。
その顔は、爽子独特のオーラを見て、青ざめている。
「な、なによ。変な顔して・・・。」
指差された方向を『やのちん』と呼ばれた女子高生が振り向く。その顔も同じように青ざめている。
「ひぃ!」ダッ
二人とも同時に悲鳴を上げると、その公園を全速力で出て行った。
爽子(良いな~・・・。私も唯ちゃんや和ちゃんと・・・。)
もうできないかもな。そんな思いが爽子を支配してしまう。
さっきの二人組を見て、忘れていた涙がまた込み上げてきた。
泣くまいと必死になればなるほど、すごい形相をする爽子には、なぜかカラスが集まっていた。
憂「あ・・・あの人・・・。」
憂は中学校の帰り際、公園のベンチに一人座っている爽子を発見した。
尋常じゃないカラスの集まり方に、少し恐怖を覚えたが、
その中心にいるのは、間違いなく姉である唯がと朝、いつも待ち合わせをしている『さわちゃん』である。
憂(ど、どうしたんだろう・・・。)
なにかあったのだろうか。
姉の唯が一緒にいないことも不思議に思ったので、憂は声をかけようと、公園へ入った。
憂「あ、あの~・・・。」
憂が声をかけると同時に、爽子は突然立ち上がり、振り返った。
その顔は、世にも恐ろしい眼光でこちらを睨んでいた。
憂「ひ、ひぃ!!」ドサ
腰が抜けて、その場に倒れこんでしまった憂は、今度は恐怖に震えだした。
爽子(誰かに似てる・・・。)
憂の顔に見覚えがあるような気がした爽子は、涙を我慢するのを忘れ、憂の顔をじぃっと観察した。
蛇に睨まれた蛙のように、憂は動かなくなる。
が、憂いはそのほほを伝った涙を見て、はっとした表情を見せた。
憂「どうして、泣いているんですか?」
憂に泣いていることを指摘され、我に返った爽子は、驚いた顔を見せると、その場から立ち去ってしまった。
その行動を憂は、ただ呆然と見ることしかできなかった。
―平沢家―
夕食時になって、憂は放課後に爽子に会ったことを思い出し、唯に尋ねた。
憂「お姉ちゃん、『さわちゃん』って人が、公園で泣いてたよ?」
唯「えぇ?!い、いつ?!」
唯は、口に入ったご飯を飛ばしながら、言った。
憂「お姉ちゃん、ご飯はちゃんと食べてから話さなきゃ。」
唯「えへへ・・・ごめんね、憂。で、いつ?」
憂「放課後だよ~。あの公園のベンチに座ってたよ?」
唯「そ、そっか~・・・。さわちゃん・・・。」
唯は、そうつぶやくと、暗い顔になり、箸の進める手を止めてしまった。
憂は、二人に何かあったのかと、唯に問いかけたが、
唯は「ううん。」と、首を振って、明るい顔に戻ると、食事を再開した。
―翌日・沢家・玄関門―
唯はめずらしく朝早く目を覚ますと、素早く準備をして、外へ出ていた。
爽子が来るよりも早い時間である。
しばらく待っていると、やってきたのは爽子ではなく、和であった。
唯「和ちゃん・・・。」
和「唯?!爽子はどうしたの?」
唯「まだ来てない・・・というか、今日は来ないかも・・・。」
元気印の唯が、あからさまに元気がないことに気付いていた和は、その原因が爽子であることにも気付いた。
和「どうしたのよ?爽子と何かあった?」
唯「実は・・・かくかくしかじかでさ~・・・。」
唯から事情を聴くと、和は歩き出そうとした。
唯「さ、さわちゃんを待たないの?」
和「待っても、今日は来ないわよ。きっと、先に行ってるわ。」
唯「あ、あとちょっと待とうよ~!」
和「学校にいるわよ。間違いないわ。」
唯「で、でも~・・・。」
和「今まで、爽子が遅れたことがあった?」
唯「・・・ないね。」
和「でしょう?だから、学校にいるわよ。」
唯「・・・そうだね。」
唯は少し元気を取り戻したように、歩き出した。
唯「ちゃんと、事情を聞かなきゃ!」フンス
和「きっと、嫌で飛び出したんじゃないはずよ。ちゃんと、理由を聞いてあげなきゃね。」
唯「うん!そして、けいおん部に入ってもらわなきゃ!」フンス
和「・・・え?結局勧誘するの?」
唯「さわちゃんと一緒に入ろうと思ってたんだもん!」
和「・・・それに関しては無理なんじゃない?」
唯「ど、どうして~?!」
和「唯、あなたを嫌がったわけじゃないのは確実よ。でも、軽音楽部が嫌だったのは確かよ。」
唯「・・・。しょ、しょんな~・・・。」ショボーン
和「だったら、突然飛び出したりしないでしょう?」
唯「う~ん・・・。」
和「・・・どうしても一緒に部活をやる考えをしてるわね?」
唯「・・・よくわかったね!和ちゃん!」
和「無理やりはよくないわよ?」
唯「でも、一緒に部活やりたいよ!田井中さんと、秋山さんと琴吹さんも、良い人だし、友達になってくれるよ~。」
和「まあ、爽子に友達が増えるのは賛成だけど、爽子の気持ちm―。」
和がしゃべるのを制して、唯が前方を指差した。
その指差す方向には、爽子が一人歩いていた。
唯「まさか、途中で会えるなんて!」ダッ
と、言うが早いか唯は爽子に向かって、走っていた。
和はため息をつくと、幼馴染の後を追った。
何者かがこちらに向かってくる気配に気づいた爽子は、後ろを振り向いて、驚愕した。
爽子(・・・唯ちゃん!)
昨日、何も言わずに帰ってしまった負い目が、爽子に『逃げる』という選択肢を与える。
脱兎のごとく、爽子は逃げだした。
唯「さ、さわちゃん!待って~!」
唯はさらにスピードを上げようとした瞬間、つまづいた。
野球のヘッドスライディングのように、見事に地面に滑り込む。
和「ゆ、唯!だ、大丈夫?!」
少し後ろを走っていた和が、心配してしゃがみこむ。
唯「だ、大丈夫~・・・。」エヘヘ
後ろの和の声に、気になった爽子は、後ろを振り向く。
そこには、座りこんでしまった唯がいた。
膝をすりむいている。どうやら転んだらしい。
爽子の中で、『逃げる』という選択肢が吹き飛び、唯のもとへ駆け寄った。
爽子「だ、大丈夫?!唯ちゃん!」
唯「さわちゃん!」
和「爽子・・・。」
唯は、駆け寄ってきた爽子の足をつかんで、涙目でにこっと笑った。
唯「さわちゃん、捕まえたよ~。」
爽子は、はっとした表情を見せた後、またマイナスオーラをまとってしまう。
爽子「ご、ごめんなさい!!」
すごい勢いで、爽子は頭を下げた。
その行動に、きょとんとする唯。
そのままの時間が過ぎること数秒。爽子が、頭を下げた姿勢のまましゃべりはじめた。
爽子「き、昨日、勝手に帰っちゃって・・・。」
唯「気にしてないよぉ。」
唯は、笑顔を絶やさずに爽子に語りかける。
しかし、爽子は、その姿勢をやめない。
爽子「わたし・・・わたし・・・!」
唯「うん。」
爽子は、体を震わせている。涙があふれ出し、爽子の革靴を濡らす。
それに気づいた唯は、立ち上がり、爽子の肩を抱きながら、起き上がらせる。
唯「さわちゃん・・・。泣かなくても良いよ。私は嫌いになったりしてないよ。」
唯はまた、微笑む。その笑顔は、爽子の心を救うのに、十分すぎる笑顔だった。
爽子は、和の方を向いた。
和も微笑む。その笑顔は、爽子を安心させる。
爽子は、大粒の涙を流しいた。それに気付いた唯が、爽子を抱き締める。
唯「大丈夫、大丈夫。」ヨシヨシ
爽子(・・・もう、一人はいやだよ・・・!)
大切な友達ができた。
和「私は、爽子を嫌う理由が見つからないわ。」
爽子(唯ちゃん・・・和ちゃん・・・。)
失う怖さを知ってしまった。
チャイムが鳴っているのが聞こえる。遅刻ギリギリのチャイムだ。
和「唯!早くしないと、遅刻になっちゃう!」ダッ
和が先に走り出す。
唯「わわ!早く早く!」
爽子「・・・うん!」
唯も爽子の右手を取って、走り出した。
爽子は、手を引っ張られながらも、左手で涙をぬぐうと、笑顔を取り戻した。
その笑顔は、二人には見えなかったが、自然な笑顔だった。
~放課後・軽音楽部、部室~
爽子「ごめんなさい!」
爽子は、朝登校中、唯に見せたように頭を下げた。
その綺麗さに、唯を除く三人は驚いていた。
爽子「なんか、私やっぱり音楽はだめというか、みなさんの演奏を聴いて痛感したというか・・・!」
律「そ、そんな必死にならなくても大丈夫だよ。」アセアセ
澪「そ、そうだよ!」アセアセ
紬「と、とりあえず、お茶を飲まない?ね、唯ちゃん。」アセアセ
思った以上の爽子の反省ぶりに、唯以外の三人は圧倒されている。
唯「おぉ!そうしよう!」
唯はそう言うと、爽子の手を取って、椅子へと案内する。
爽子(・・・すごいな、唯ちゃん・・・。もう皆さんと仲良くなってる・・・。)
爽子は強引に着席させられ、お茶を振る舞われた。
しかし、そのお茶に手をつけようとしない。
紬「は、ハーブティは嫌いだった?」
なかなかお茶を飲んでくれない爽子を気遣う紬。
その優しさに、爽子の涙腺が刺激されてしまう。
爽子(こ、ここで泣いちゃダメ・・・!)クワッ
爽子は、泣くのを我慢しようと、力を入れる。
澪「っひ!」ガタッ
その恐ろしい形相に、澪が思わず席を立つ。
律はのけぞりはしたものの、声を出すのはこらえた。
律「む、無理するなよ?」
爽子「だ、大丈夫です・・・。」フルフル
爽子の涙腺ダムは決壊寸前だ。
唯「っぷはぁー!おいしい!もう一杯!」ニヤリ
唯が、某有名青汁CMの物まねで、紬におかわりを要求した。
みんなの意識が唯に集中する。
唯「・・・え?」
最終更新:2011年03月09日 22:37