唯「はぁ…はぁ…迷った…」
四月。桜が散り始めた頃。
平沢唯は今年入学する高校へと急いでいた。
今日は入学式。
寝坊した彼女は、玄関を飛び出し、その途中で迷子。
唯「どうしよう…たしかこっちだと思ったんだけど…」
立ち止まり道を思い出そうとするが、思い出せず立ち往生している。
唯「えーとぉ…」
二手に別れた道。運命の分かれ道だ。どちらが正解か…。
唯「もういいや!こっち!」
彼女は、自分の勘を信じて、右への道を選択したーその時。
「あの~…」
平沢唯、彼女の後ろから、声が聞こえてきた。
突然だったので、びっくりして振り向くと、そこには同じ制服を来た女子学生が立っていた。
「桜ヶ丘高校に行くなら、左の道です…」
その女子学生はゆっくりと、腕をあげながら、左を指差した。
唯「あ、ありがとうございますっ!」
唯は大きく頭を下げてお辞儀をした。
「いえ…」
唯は顔を上げて、女子学生の顔を見た。
その女子学生は、綺麗な笑顔をしていた。
一瞬その顔に見惚れてしまった。
が、自分が遅刻していることを思い出し、再度頭を下げて、左の道を
走り出した。
プロローグ~出会い~終
唯「いや~、まいったまいった」
ホームルーム。
席に着いた唯はそうつぶやいた。
なんと、彼女は遅刻と勘違いし、入学式開始時間の30分前に到着していたのである。
ホームルームでは、自己紹介が始まった。
唯はキョロキョロと辺りを見渡す。
その様子に気づいたのか、まえの座席に座っている、幼なじみの真鍋和は唯を諭す。
和「唯。キョロキョロしすぎよ。」
唯「ごめん。和ちゃん。」
優等生の彼女に諭され、唯はキョロキョロすることをやめると、和に向かって、話しかけた。
唯「和ちゃん。長い黒髪で、少し背の高い、すらっとした女の子知らない?」
和「知らないわよ。ほら、他の子の自己紹介をちゃんと、聞きなさい。」
唯「はーい」
唯は、おしゃべりを中断され、自己紹介に耳を傾けることにした。
その時ー。
唯「あー!」
1人の女子学生が自己紹介を始めようと立ち上がった。
と、同時に唯が声を上げて、立ち上がった。
唯「和ちゃん!あの子だよぉ!」
和「ちょ、ちょっと、唯!」
突然立ち上がった唯に、周りから笑いが広がった。
先生「どうした…え~…平沢?」
唯「あ、えへへ…何でもないです。はい。」
先生「全く、突然声を出すな!寿命が縮んでしまうだろ!」
先生の安い冗談に少々の笑いが起こると、先生はそれを静止した。
そして、自己紹介のために立ち上がった女子学生に、自己紹介をするように促した。
「んん"!あ"~…すいません…今ちょっとはらったので…あ、く、黒沼さ、爽子です。」
ど低音の声…何ともいいがたい声に、周りから囁き声が広がる。
「す、すごい声…」
「はらったって何を…?」
「私、あの子のこと聞いたけど、霊感あるらしいよ…」
「え?じゃあ、はらったって、霊的な何かを…?」
「こ、こわー!」
周りのささやきは、緊張で聞こえていないのだろう。
爽子は続ける。
爽子「あの…家近いので…何かあったら、言ってください…」
「な、何かあったらって…」
「いるの?!霊的な何かがいるから、何か起こるの?!」
しばらく、ざわめきが止まなかったが、先生がそれを諭すと、自己紹介はたんたんと進んで行った。
唯「平沢唯です!」え、えとー趣味は…あ!寝ることです!」
唯の天然が、場の笑いを誘う。
唯は照れながら、座席に座ると、爽子の姿を確認する。
唯(あの子だ…あの子に間違いないよ!)
改めて姿を確認し、確信すると、先生が出て行った後、唯は爽子へと近付こうとした。
しかし、声をかけようとした時、爽子は突然立ち上がり、教室を出て行ってしまった。
唯「あー…」
追いかけようとしたその時、別の女子学生から、声をかけられる。
「平沢さん!今、黒沼さんに声かけようとした!?
唯「う、うん。」
「やめといた方が、良いよ!霊に気に入られちゃうよ!?」
唯「お、大げさだよー」
「大げさなんかじゃないんだよ!私、知ってるんだって!」
唯「え…あ、ま、また今度教えてね!」
唯は直感的に、あまり関わりたくないなぁと、感じると、会話を中断し、自分の席へ戻った。
和「どうしたの?唯。」
唯「爽子ちゃんに話しかけようと、思ったんだけど、どっかいっちゃったー。」
和「クラスメイトなんだから、いつでも話しかけられるじゃない。」
唯「そうだよねー。次、何の教科だっけ??」
しかし、爽子に声をかけるのは、大変だった。
爽子自身、授業が終わると、教室をマッハで出て行ってしまうし、話しかけようにも、周りの女子学生がそれを阻止してくるのである。
唯「むむむ…なかなか話せない…」
最後の授業の前、座席に着いた唯は、腕を組んで唸っていた。
和「何唸ってるのよ、唯。」
唯「和ちゃん!なかなか爽子ちゃんに話しかけられません!」
和「え!?まだ、話しかけてなかったの!?」
唯「え、えぇぇ~!だって~。」
唯はこれまでの経緯を和に話した。
和「そう…それは話しかけるのが大変ね…」
唯「そうなんだぁ~…どうしよう、和ちゃ~ん。」
ため息をつきながら、机に突っ伏すと、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
和「この話はまた後で。帰り道でしましょう?」
唯「うん!」
……
和「それで?黒沼さん?とは、いつ知り合ったの?」
自宅までの帰り道。和が唯に聞いた。
唯「あれ?黒沼さんだったっけ?黒水じゃなかった?」
和「もう!話しかけたい子の名前くらいちゃんと覚えて!」
唯「ごめんごめん~」
唯はテヘヘと頭を掻いた。
和「で?どこで知り合ったの?」
唯「えと~…今日、道を間違えそうになった時、
教えてくれたんだ~。」
和「間違えそうって…唯のために憂が地図を書いてくれたんじゃなかった?」
唯「忘れました!」
唯はフンスっと胸を張って言う。
和「もう…威張ることじゃないわよ。」
和「じゃあ、黒沼さんも家が近いんじゃない?」
唯「あ!そっか~!さすが、和ちゃん!」
唯は顔をぱっと明るくさせて、和の方へ笑顔を見せた。
和「間違えそうになった道で、待ち伏せすれば、また会えるわよ。」
唯「そうだよね!よ~し!」
唯はガッツポーズをして、和に「バイバイ!」と、手を降ると、うちの中へ入って行った。
和は一つため息を、ついて唯の姿を見送ると、自宅へと歩き始めた。
-三日後-
和は珍しく机に向かって唸っている幼馴染-唯に話しかけた。
和「そういえば・・・黒沼さんとは話せたの?」
唯は、はっとして顔を上げ、頭をかくと「まだです・・・。」と、つぶやいた。
和「えぇ?!もうあれから三日も経ってるわよ?!」
和は思わず、唯の机に身を乗り出してしまった。
その威圧に押され、後ろにのけぞりながら、言う。
唯「だって~・・・朝起きれなくてぇ・・・。」テヘヘ
和「まったく・・・。明日、私が起こしに行ってあげるから。憂にも話をしておいて。」
唯「ほんと?!ありがとう、和ちゃん!」
唯は顔を明るくして、立ち上がって、鞄を持つと、「和ちゃん!帰ろう!」と、言った。
校舎を出たすぐの広場の掲示板で、唯は足をとめた。
和「そういえば、さっきなんで唸ってたのよ?」
唯「部活をしようと思いまして!」フンスッ
和「部活?唯が?」
唯「ひどいよ~和ちゃぁん!」
和「ごめん、ごめん。てっきり、帰宅部になるのかと思ってたから。」
唯「高校生になったんだもん!私は変わるよ、和ちゃん!」フンスッ
唯はそう言うと、掲示板に貼られた部活勧誘のポスターをきょろきょろと見始めた。
和「ポスターより、体験入部してみた方が良いんじゃないかしら?」
唯「そうはいっても、やっぱりびびっとくるものがないとさ~」
和「そんなんじゃ、また帰宅部に決まるんじゃない?」
唯「の、和ちゃん・・・しどいっ!」
唯はポスターの一部始終を見ると、「はぁ。」と、ため息をついた。
和「どう?どれかに決まりそう?」
唯「う~ん・・・。」
和「とにかく、部活動するなら今月中に入部届けを提出しないと、部活動はできないわよ?」
唯「そっか~・・・。和ちゃんはどうするの?」
和「私は生徒会に入ろうと思ってるから。」
唯「えぇ~?!一緒に部活入ろうよ~」
和「無理よ。もう、生徒会に入ることを先生に伝えてるし、かけもちはできないわ。」
唯「そっか~。残念だな~。」
その後、他愛のない話に花を咲かせていると、唯の自宅前へ到着した。
和「明日、忘れないでよ。黒沼さんに会う約束!」
唯「っは!だ、大丈夫だよ!」アセアセ
和「・・・今、忘れてたでしょう?」
唯「い、今から目覚ましセットしとくから、大丈夫!」
そう言って、唯は逃げるように自宅へ入って行った。
和「あ!憂にもちゃんと話しておいてよ!」
和は、ため息をついて、自分の自宅へと向かった。
-翌日-
憂「お姉ちゃん・・・?和ちゃんとの約束の時間だよ?」
唯「・・・えぇ~・・・今何時?」
憂「今起きれば、間に合うから、起きて?お姉ちゃん。」
唯「まだ7時じゃあん・・・あと、一時間は寝れるよ~・・・。」
憂「だめ!和ちゃんに怒られるよ!」
唯「う~ん・・・あっ!そうだ!約束!」ガバッ
憂「よかった。思いだしたんだね!」
唯「えへへ・・・。」
…
和「おはよう。唯。」
唯「おふぁあぁあよう・・・。和ちゃん。」
唯は眼をこすり、あくびをしながら返事をした。
和「眠そうね・・・。」
唯「だって、いつもより、一時間早く起きてるよー。」ファアア
また、ひとつ大きなあくびをして、言った。
和「もう!唯のためなんだがら、少しはしゃっきりしなさい!」
唯「ほーい。わかってるよぉ。」
少し歩くと、二人は唯と爽子が出会った場所に到着した。
和「ここね?」
唯「うん。ここだよ!」
近くにあった石垣に腰掛け、二人は爽子を待つ。
唯「あ!来たよ!」
唯は、爽子を確認すると、元気よく石垣から飛び出し、爽子に声をかけた。
唯「おはよう!」
しかし、爽子は、返事をせず、すたすたと先へ行ってしまう。
爽子(え・・・?今の私に声を掛けてくれたのかな?今のって同じクラスの平沢さんだよね?)
爽子は後ろをチラ見して、二人の姿を確認する。
爽子(あ、確かもう一人は同じクラスの真鍋さん・・・。そっか、二人で待ち合わせをしてたんだ・・・。良いなー。私も・・・。)
(唯『ごきげんよう!黒沼さん。』キラキラ)
(爽子『ご機嫌麗しゅう。平沢さん。真鍋さん』キラキラ)
爽子(良いな~・・・。)
爽子は、頭で妄想を繰り広げ、唯の呼びかけに気付かない。
唯「ぜ、全然反応してくれないよ!」
和「ほ、本当に黒沼さんと話したの、唯!」
二人は爽子の歩くスピードに追い付くのがやっとである。
もう少しで校門につくというところで、唯が爽子の肩に手をかけた。
唯「く、黒沼さん!」ゼェゼェ
爽子「・・・え?」
唯「やっと、気づいてくれた~・・・。」
唯と和はその場にうなだれ、息を整える。
爽子(え・・・?わ、私に声をかけてくれた・・・?)
唯「わ、私のこと覚えてる?」ニコ
爽子(・・・えぇ~・・・?!め、面識あったかな~…?!)
和「ねぇ、人違いなんじゃないの?黒沼さん、困ってるじゃない・・・。」
唯「そんなことないよ!」フンスッ
爽子「あ・・・あの~・・・。」
唯「あ!思いだしてくれた?!」
唯は、顔をほころばせて、爽子の手を握った。
爽子「・・・えっとぉ~・・・。」
唯「」ニコニコ
唯は満面の笑みで爽子を見つめている。
爽子(い、言えない・・・。覚えてないなんて・・・。)
和「こら、唯!黒沼さん、困ってるじゃない。」
和は満面の笑みをしている唯をさえぎって、「ごめんなさい。」と、謝った。
爽子(えぇ~・・・。謝らなきゃいけないのは、こっちのほうなのに・・・。)
和「ほら、唯。手も放して!何も道端でずっと話すことないじゃない。クラスで話しましょう。」
爽子の頭の中で、この後クラスで話す→このまま一緒に登校の構図が出来上がっていた。
爽子(う、うそ~・・・。夢が叶っちゃうよ~・・・!)
爽子は、知らずのうちに涙を流していた。
和「え?!」
唯「く、黒沼さん?!」
涙を流す爽子に気付き、二人は驚きの声を上げた。
爽子「あっ・・・!ごめんなさいごめんなさい!」
爽子は慌てて涙をぬぐうとうつむいた。
唯「ご、ごめんね?いきなり声かけたからかな?」アセアセ
和「だ、大丈夫?ハンカチならあるから!」アセアセ
爽子(ふ、二人とも優しい・・・。)
爽子は二人の優しさに感動して、また涙を流すのであった。
最終更新:2011年03月09日 22:30