澪「美しい名前」


  ぴっ。 ぴっ。 ぴっ。

 真っ白な部屋に規則正しく電子音が鳴る。
 私の無力を嘲るように。

  ぴっ。 ぴっ。 ぴっ。

 涙はとうに枯れた。唇を噛んで不愉快な音を聴く事しかできない。

  ぴっ。 ぴっ。 ぴっ。

 普段の太陽のような笑みは無い。

  ぴっ。 ぴっ。 ぴっ。

 管だらけの身体は、酷く華奢に見える。


 律は一向に目を覚まさない。医者も半ば諦めているのか。

 しかし私は認めない、こんな真っ黒でつまらない答え。

 「……律…」

 酷く喉が痛む

 私の声はすっかりかすれていた。

 そんな声でも、静かな部屋にはゾッとするほど響いた。


 ――――りつ!

律「なんでぇ、みおしゃん。でっかい声でぇ」

澪「カレー作ろうって言ったろ!なんでルゥを買い忘れるんだ!」

律「あー…てへッ☆!」

澪「馬鹿律!」グッ

律「あー!あー!買いなおす!もっかい行くから!」ビクビク

澪「当たり前だ!…ほら、お金」

律「おお!……物は相談なんだけど…?」

澪「ん?何だ?」

律「お釣りで煙草買っていい?」

澪「」

   へへっ!いってきます!―――――



 がばっ!

澪「…っ!」

 夢だった。私と律が最後に話した日の夢。

 何度も何度も夢に見た、一生私に圧し掛かるだろう、あの日の夢

 あの夢の続きで、律は。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-


 「そおだ~ホッチキスで~♪」るんるん

 私はルゥを求めてスーパーへの道を逆戻り中!

 さっさと買って澪とカレーを作るんだ!

 ポケットからジッポを取り出す

 澪が私の22の誕生日にくれた、宝物。

 「ふふふっ」

 My sweet heart Ritu!

ジッポに刻まれた、こっ恥ずかしい文字

 思わず笑みがこぼれる

 さあ!買い物をすませて、澪に…


  きゃああああああ!ひったくりよ!誰か!


 なんだなんだ!? 只ならぬ悲鳴に振り向く

 座り込む女性、走り去る黒服

 …そういうことか!

 「体育大生 なめんなよ!」

ー・-・-・-・-・-・-・-


 「はあッ!はあ…」

 くっそ…はえーなあオイ!


 「待てやコラァ!」

 …待てって言われて待つ奴なんか居ねぇよなあ!


 曲がりやがった!ちょこまかと!

 私のコーナーテクをなめんな!


   ずんっ


 下っ腹に違和感。

 目の前に知らない男


 足から力が抜ける、立っていられない。地面に伏す。

 ああ、そういうこと。うわあ、なんか映画みたい


 ポケットから何かが出た

 手探りで掴む。 離してなるもんかと


  「っ…ごめんなァ……みおぉ…」


  真っ黒い沼に、身体を預けた。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-


 ルゥを買いに行く道すがら、律は女性が引ったくりに遭うのを見た。

 正義感の強い律は、引ったくり犯を追いかけた

 そして深追いし過ぎた律は、

 その犯人の仲間に刺されてしまった。


 引ったくりに遭った女性が見つけた律は血まみれで横たわっていたらしい

 私があげたジッポを握りしめて。


  今は私が握っている、このジッポを。


澪「……うあぁ…」

 なぜ?何故あの時私は律に着いていかなかった?

 何のために私の身体が、腕が、掌が、律より大きい?


  こんな無力な両手―――切り落としてしまいたい


 なあ神様、こんな二人きりのドリームタイムならいらないよ


    時間を戻してくれ、頼むから

    一生のお願いだ、今だけ、今だけ

    私たちの為だけに世界を回してくれよ


          ……ぴくん



澪「!! りつっ!」

  ぴっ。 ぴっ。 ぴっ。

澪「はは…は…うぅ」

 律の手が私の手を握り返した…気がした

 握ってる律の手に変化は…無い

 しかし、あの頃のような安心感に満ちた手でもない


 煙草を吸うときの格好いい手

 バスケットボールをする活き活きとした手


 小さいころから、何度も私を泥沼から引き上げてくれた

      世界一、温かい手


 倒れても尚、私に温もりをくれる

                …罰を添えて


澪「…ああ、そうか」

   これは罰なんだ

澪「そうだろ?…神様」

 どんな罰でも受けるさ、律が目を覚ますなら

 だから、私達を引き裂かないでくれよ

 目を覚ましておくれよ


  「…りつ   りつ、りつ」

 「…律」

  法律の律、旋律の律

 「り、つ」


 ああ、なんて美しい名前なんだろう


 「律、りつ…りつ」


 ――――へへっ!今頃気付いたのかあ?


 そんな声が、聞こえた気がした

―――――――――――――――――――――――


 季節外れの海、少し肌寒い。

 晴れ渡った空、青すぎる海


 心地良い、慣れ親しんだ煙の匂い

 確かに私の肩を抱く、やさしい旋律、温もり

 その温かな旋律が、私に声をかける

 「      。」

 たった五文字。互いに未来を差し出すという意味の、五文字


 何より待った、愛の言葉


 そして私は、


 その旋律の


 「  」


 世界一、美しい名前を呼ぶ



               おわり