からん からん

「いらっしゃいませ!」

「あの、カットの予約をしていた中野なんですが…」

「はい!承っております。…田井中さーん、お願い!」

「はーい!…いらっしゃい、梓」


 こんにちは。中野梓です。今日は、あるイベントの為に髪を切りに来ました!

「んー、どんな感じにしようか?」シュッシュッ

霧吹きが私の髪を濡らしてゆく

「そうですねぇ…高校時代の律先輩くらいの長さにしてください」

「……かなりバッサリいっちゃうぞ?」

「ええ、構いません!バッサリいっちゃってください!」

「…畏まりました」

髪をピンで留められ、私の髪に鋏が入る。

 鏡越しに見える鋏の持ち主は、すこし頬を赤らめている

 さっき私が言った名前の所為で。ふふふ…ちょっとからかってやろう。

「あれぇ?顔が赤いですねえ?…澪先輩?」ニヤニヤ

 うっという声とともに、作業の手が止む。

澪「あああ梓!と、年上をからかうな!」かあっ

 まったく可愛い人だ、思わず顔がほころぶ。

ー・-・-・-・-・-・-

澪「そうだ、梓、仕事は順調か?」

 すっかり冷静さを取り戻した澪先輩が私に言う。

梓「はい!軌道にのってきてますよ!」

澪「そっか、いいことだ!」

梓「まぁ、相方の馬鹿さにはほとほと呆れますがね…」

澪「あ…あはは…」

 澪先輩の乾いた笑いと鋏の音が響いた。



 私は今、アイツを連れて、ジャズバンドとして音楽活動をしている。

 バンド、と言っても二人なんだけど。

 私はムスタングをホロウギターに持ち替えて。

 …アイツはSBVをアップライトベースに持ち替えて。

 でも、キライな訳じゃなくて、演奏中の横顔はかっこよくて…

 ああああ!なんであの馬鹿をかっこいいなんて思うの私!

梓「」ぷしゅー

澪「あ、梓!顔が!ままま真っ赤だぞ!」

梓「あああ大丈夫です、大丈夫」ドキドキ

澪「そ、そうか…良かった…」

 …くそう、帰ったら一発ぶん殴ってやる。…馬鹿純。


ー・-・-・-・-・-・-

梓「あ、そうだ。二週間後のアレ、もちろん参列しますよね?」

澪「当たり前だろ?絶対行くよ! 律なんて招待状見ただけでテンション上がっちゃってさ」くすくす

梓「あはは、律先輩らしい」くすっ

 律、というのは、今私の髪を切ってくれている人、田井中澪(旧姓 秋山)の旦那さんなんです。

 澪先輩は2年前、先輩達が23歳のときに律先輩と結婚した。

 澪先輩はこのお店で美容師として働いている。先輩後輩の関係はもう無いけど、やっぱり先輩をつけないとしっくりこない。

 で、その旦那様はと言うと……

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   「ぶわぁっくしょい!」


 「あはは!りっちゃんセンセ、オヤジくせー!」

 「イケメンが台無しだよ~」

律「うるへ!散れい散れい!」ずずっ

 「「きゃ~!!りっちゃんが怒った~!!」」だだだだ

律「教師をりっちゃんって呼ぶな!しっかり走りこんでこいよアバズレシスターズ!」

 「「はーい!!」」だだだだ

 ったく。さわちゃんの気持ちが今になって解るよ…

 おす!皆のアイドル田井中律だ!私はここ桜高で体育教師やってます!

 あ、あとバスケ部の顧問も。さっきのA・Sもバスケ部の部員。

 授業も終わって、部活まで一休み。…どれ、一服…

「田井中先生、宜しいですか?」

んあ?私は煙草を銜えたまま振り返る。まあ誰かは声で解るけど。

律「おう!和、お疲れ!」

和「真鍋先生、でしょう?」

律「あはっ!まあいいじゃん!一本いる?」けらけら

和「ハァ… いただくわ」

 和はけだるそうに煙草を受け取った。そして私は二人分の煙草に火を着ける。

律「はあ…落ち着くねェ…」ふー

和「ふふふっ、そうね」ふー

 私の隣で煙草を吸うのは、真鍋和。桜高の社会科教師だ。

 アンダーリムっつうんだっけ?眼鏡がよく似合う美人。

 ま!私の嫁には及ばんがなっ!

和「あ、そうそう。律、招待状が来たでしょう?」

律「おー!来た来た!ムギがだいぶ前に開けとけって言ってた日、同窓会じゃなかったんだな!」

和「私もてっきり同窓会かと思ってたわ…サプライズが好きなあの子たちらしいわ」くすっ

律「へへっ、だな」

和「…にしても、あなたたちの次がまさか…ねぇ?」くすくす

律「おお!そうだよ!……私的には和たちかと思ってたんだけどぉ?」ニヤニヤ

和「なっ…何を…」かああ

 おー。あの和がここまで取り乱すか…おもしれえ!

律「憂ちゃん待ってるんじゃないかにゃあ?」ニヤニヤ

 憂ちゃんってのは、私達の親友の妹さん。できた子なんだなぁこれが!

 んで、和にとっては幼馴染で、恋人。

 今は売れっ子の小説家として絶賛活躍中、って訳だ!

和「う…あうう…」まっかっか

律(憂の声真似)「お姉ちゃんの結婚式は近いんだよお?」

和「律っ!いい加減にしなさいっ!」かああ

律「へーへー!ごめんな?」

和「っゴホン…いいわよ。こっちこそごめんなさい、取り乱したわ」

律「………でも、憂ちゃんは待ってるぞ?」

和「…ええ。百も承知よ……」

律「…そっか」

和「いつか、いや、近いうちに必ずけじめをつけるわ…」

律「よし!」

 私はポケットからヘアバンドを取り出し、垂れ下った前髪を持ち上げる。

 カチューシャと違っておでこは解放されないが、澪はこっちの方が好きらしいからな!

和「あら、部活見に行くなら後にしたのに…」

律「気にすんなって!」ふんす

和「ふふっ。ありがとう、頑張って、田井中先生」くすくす

律「おう!真鍋センセもな!」

 私は体育館へ向かう。さーあ、今日もあいつらをしごいてやるか!

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 「むぎちゃん!これどうかな!?」

 「うふふ、とっても綺麗よ。唯ちゃん」

 ああ、本当に天使のようだ。

唯「ほんと~?むぎちゃんってば、全部綺麗っていうじゃん!」

紬「だって本当に綺麗なんだもの」くすくす

 目の前に居るのは私の最愛の人、平沢唯。…いや、琴吹唯。

唯「う…あう…」かああ

紬「本当に私が貰っていいのかってくらい…」

唯「! 私はむぎちゃんじゃなきゃやだよ!」

 私の悪い癖。可愛さのあまりからかってしまう。

紬「あ…私もよ?」

唯「うん…ほんとにだよ?」

紬「ごめんなさいね…つい」

 ウエディングドレスに身を包んだ彼女が私の胸に飛び込んでくる

唯「つむぎ……大好き」ぎゅううっ

紬「私も…愛してるわ、唯」

唯「つむ……んっ」

 ああ、なんと幸せなんだろうか

 「おねえちゃ……あっ」

唯「ううううううう憂!」ばっ!

紬「」

憂「ふふふっ、ラブラブですね」くすくす

唯「あははは…」

紬「うふふふっ」くすっ

憂「あ!そうそう!衣装が決まったら、式場の最終チェックに行きましょう!」

紬「ん…そうね。唯ちゃん、あなたの好きなのを選んで?」

唯「うん!…どれにしよっかなー」るんるん

憂「お姉ちゃん、嬉しそう」にこにこ

紬「ふふっ、そうねぇ」

ー・-・-・-・-・-・-

紬「あっ憂ちゃんは…「憂」

紬「えっ…」

憂「憂って呼んでください。…お姉ちゃん」

紬「あ…う、憂」

憂「はいっ、お姉ちゃん!」

紬「…うふふっ」にこっ

憂「えへへっ…」にこっ

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 夕暮れの町を歩く。すっかり短くなった髪が風で舞う。

 これで演奏中に髪が邪魔になることもなくなった。

 唯先輩とムギ先輩の結婚式にもふさわしいすっきりした髪形になった。


梓「…ただいまー」

 お~かえり~と間延びした声が聞こえる

 「むおっ!ばっさりいったねえ!可愛いよあずにゃヴぇっ!!!

梓「ああー…すっきりした。こら、そんなとこ寝てると邪魔だよ馬鹿純」

純「なんでええ!?私褒めたよ!?何で殴られたのぉ!?」ずきずき

梓「いらいらしてたから…」

純「いらいらしたからって恋人を殴るのか梓ァ!」ずきずき

梓「こいっ…」かああ

純「わああああ!梓は私が嫌いなんだああああ!」びえええ

梓「ちょっ…嫌いじゃなっ…」

純「わああああああああああ」びええええ

梓「………」

 純は一度拗ねると手がつけられなくなってしまう。

 まあ、今回は私が悪いか… ああもう!

  ちゅっ

純「」

梓「こ、こっち見んな馬鹿純」かああ

純「あずさあああああ!だいすきいいいいい!!」がばあっ

梓「ちょっ…!ばかじゅ…んむっ」

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 あー つっかれたー! 高校生相手にムキになるんじゃなかったなー…

 ま!私もまだまだ衰えてないってこったな!

 あー 今日の夕飯はなんにしようかな~

 「たっだいま~!」

 部屋の奥からパタパタと足音

 3   2   1…

 「りつ!おかえり!」がばあっ

 はいドンピシャ! かわええなぁ…私の嫁!

律「おうっ!ただいま、澪」

澪「うんっ!待ってたんだぞっ!」すりすり

律「ふふっありがとな」なでなで

澪「ご飯食べよう!律!」

律「作っててくれたの?」

澪「ああ!」にこっ

 可愛ええなぁ… これがあるから早く帰ろうってなるんだよなァ…

ー・-・-・-・-・-

澪「どうだ!律の力を借りずに作ったんだ!」ふんす!

律「おおおおお!」

 食卓の上には沢山の料理… うまそうだなぁ…料理も、澪も

澪「さあ!食べよう律!」

 今は…料理だけを食べるか!

律「ああ!いただきます!」


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  かたかたかた…たん

 お姉ちゃん達の結婚式を間近に控えた私は

  かたかたかたかた…たん


 締め切りに追われています……



 「うええ…終わんないよお…」

 週明けまでに寄稿しないと…

 ふと携帯を見ると、土曜日、22:40分

 まずいよお…

  コン コン コン

 「うい?ちょっといいかしら?」

憂「和ちゃん!?い、いいよ!はいって!」

和「ふふっ、ごめんね。忙しいだろうに…」

憂「和ちゃんならいつでも歓迎だよ!…で、どうしたの?」

和「が、がんばってるのね 憂。 いや、沼辺 藍先生?」

憂「もう、ペンネームだよそれ」くすっ

和「あ…あははは…」(言え!、言いなさい私!)

憂「?…ふふっ」くすっ

和「あ…あのね、憂…」

 どうしたんだろう…和ちゃん… いつもの冷静さがない…

憂「う…うん」

和「憂は…憂はわっ、私がしっ、幸せに…」もごもご

 ん?しわ?

憂「ん?なあに?」

和「私が憂を幸せにするから!…いえ」



  私と……幸せになってください。…平沢憂さん



    えっ? 嘘? 夢?

憂「」つねっ

    え?痛い…ってことは!?


    「結婚しましょう。憂」


 「のどかちゃん…ほんとに私で…いいの?」

 「馬鹿言わないで、私は憂がいいの」

 「わたし…わたし……」ぎゅうう

 「好きよ。愛してるわ…憂」ぎゅっ



 あのね、和ちゃん。私のペンネーム、沼辺 藍。Numabe Ai。


 これね、
         まなべ うい のアナグラムなんだよ?


 ありがとう、のどかちゃん。だいすきだよ。ずうっと。


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最終更新:2011年03月06日 23:18