憂離れしよう!!そう決めたある夜の事
唯「うい~♪お風呂入ってきなよ♪」

憂「お姉ちゃんも一緒に入ろうよ♪」

いつもなら断りませんが今日は違います!!憂離れをすると決めた私の決意は固い!!

唯「うん!!!」

      • あれ?

断る筈だったのに…爽やかに了承してしまった…ここは前言を撤回して…いやいや…

憂「?」

憂が怪訝そうに見つめています。妹を心配させる訳にはいきません!!

唯「憂!!一緒に入ろう♪」
お風呂で憂の誘惑に耐える!!こちらの方が憂離れをするには最適の筈!!一緒のお風呂を断るよりも遥かにハイレベルな憂離れが出来る筈です。

唯「じゃあ、換えの下着用意するから憂、先に入ってて!!憂のも持ってくから♪」

憂「うん、分かった」

ちょっと焦っていたようなので下着を用意する時間で一旦落ち着く、完璧な作戦です。

……さて、落ち着きました。心臓はいつも通りのビートを刻んでいます。ビートっていうと何か格好いい!!

憂「お姉ちゃん、まだー?」

唯「今行くよ憂♪」

うきうきが止まりません。これでは駄目です。私は憂離れをしなくてはいけないのです。

唯「お待たせー」

がらら、と風呂場のドアを開けると、一糸まとわぬ姿の憂が視界に入ってきました。

いけません。これはいけません。R-18です。綺麗な裸体には傷一つなく、それはそれは女神のような……。

唯「ふおおおおお……」

鼻息が荒くなってしまいました。

憂「どうかしたの? お姉ちゃん」

唯「う、ううんっ! 何でもないよ!」

おお、よだれがこぼれます。今すぐにでも憂を抱きしめたくなります。必死に気持ちを抑えます。私は憂から卒業しなきゃいけないのですから。

憂「お姉ちゃんの背中、洗ってあげるね♪」

にこやかにそう言う憂。憂離れ、という言葉が脳裏をよぎりますが、それより早く私は言っていました。

唯「そう? えへへ、悪いな~」

憂の存在を背後に感じます。憂フェロモンが私の背中から感じられます。

唯「や、優しくね……」

緊張で、変な声になってしまいました。なんでしょう。憂が近くにいるということを意識すると、頬が赤くなります。

――私は憂から卒業するんだ!! 脱憂宣言!!

憂が私の肩に片手を置き、空いた方の手にタオルを握り、私の背中をこすってくれます。

やわらかい憂の手。こしこしと背中をこするタオル。背中越しに聞こえる憂の吐息。そのどれもが妖艶です。

憂「お姉ちゃんの背中大きいね~」

唯「そ、そうかな~、えへへ」

ふにょん。

おおっ。

憂の胸の感触です。俗に言う生乳です。憂っぱいです。これはもう……たまりません。

私は憂から離れなければいけないのです。

だって、私はこの春から一人暮らしを始めるのですから。N女の寮生活が始まります。

憂に甘えてばかりの生活は、出来なくなるのです……。

そのためにも、憂離れ。

なのに私は、憂と今も一緒にいます。憂の優しさを、肌で感じています。

これでは、駄目です。

憂は優しすぎます。

唯「う、憂、いいよ、もう」

冷たい言い方にならないよう意識します。

憂の背中をこする手が止まります。ぴちょん、と水の垂れる音が場違いに響きました。

憂「え、まだ終わってないよ?」

唯「ううん。大丈夫だよ、私一人で出来るよ」

笑顔を作ります。上手く笑えている自信はありません。それでも、憂を不安がらせないように笑い続けます。

憂「……そっか」

憂の手が肩から離れます。

唯「ありがとうね、憂」

私は、憂を卒業しなければならないのだ――。

そう自分に言い聞かせながら、私は一人で体を洗い始めます。

憂は湯船につかりながら、うつむいています。

声をかけていいのか分からず、結局、それ以降私たちの間に会話はありませんでした。


お風呂からあがります。

憂「お姉ちゃん、お茶いる?」

いつもなら、お茶いるって言って、持ってきてもらいます。

でも、私は憂から卒業しなければならないのです。

唯「ううん。いいよ、自分で持ってくるから」

憂「あ、私がするよ?」

唯「大丈夫だよ~、あ、憂の分まで持ってきたげるよ」

憂「お姉ちゃん……」

自分でいれて飲むお茶は、いつもと味が違いました。憂はおいしいよ、と言ってくれました。

ただ、私は寂しさを感じてしまいました。


翌日。

憂が朝ご飯を作ってくれました。ほかほかの白ご飯に、目玉焼き、たくあんとお味噌汁。いかにも日本の朝食です。

味は絶品です。ただの白ご飯ですら、とても美味しいのです。一級レストランのシェフも脱帽するでしょう。

でも、私は独立するのです!!

唯「あのさ、憂。明日からは私がご飯作るよ」

憂「えっ、ま、不味かった? ご飯」

唯「そんなことないよ!」

憂「じゃあ、どうして?」

ここで、憂から卒業するため! と言ってしまったら、憂は悲しむかもしれません。それは避けたい。

ここはナチュラルに嘘をつかなくてはいけません。

唯「た、たまには憂に御馳走したいんだ! ほら、いつも作ってもらってばっかりで悪いし、ね」

憂「そんなの、気にしなくてもいいのに」

唯「気にしちゃうよ」

だって、憂と過ごせる日々は、限られているのですから。

私には、憂離れとともに、もう一つ心に誓ったことがあります。

それは、憂に何か恩返しすること。

そして、憂を笑顔にさせてあげるのです。

憂「お姉ちゃん……」

寂しそうな目で憂が見てきます。

そんな目をしないでほしいと思いました。

私は憂を笑顔にしたいのです。憂の泣き顔なんか見たくありません。

昼食と夕食は、憂が作ってくれました。私が料理を作るのは『明日から』です。今日はセーフです!!

夕食のとき、これで憂のご飯を食べるのも最後なのかな、と思うと無性に悲しくなりました。

その日の憂との会話は、いつもより少なかったと思います。お風呂も一人ひとり別々に入りました。

私は、憂から卒業するのです。だから、これは仕方ないことなんだ……そう、自分に言い聞かせました。


さらに翌日――。

私は今日からご飯を作ります!

……と、奮い立ったものの、上手く出来ませんでした。これも仕方がありません。初めのうちは誰だって失敗します。

大切なのは、失敗から何かを学ぶことです。

ですが、昼食も失敗してしまいます。憂はおいしいと言ってくれますが、お世辞だと思います。

焦げ焦げの卵焼き、食べるたびにねちゃねちゃと音をたてるご飯、限りなくお湯に近いお味噌汁。これをおいしいというには、余りにも無理があります。

憂に心からおいしいと感じさせよう。

そう思って作った夕食も、やはり失敗してしまいました。炭の割合が多い焼き魚を、それでも憂はおいしいと言ってくれました。

憂は優しすぎます。だから、私は憂に甘えてしまうのです。

憂「私がご飯作るの手伝ってあげようか?」

唯「う、心配ないよ、つ、次はおいしいの作るから!」

その私の台詞に、憂は「そう……」と悲しそうにつぶやきました。


深夜。

私は忍び足でキッチンに向かいました。

料理の特訓をするのです。せめて、卵を割るとき殻が入らないように出来るくらいには上達しよう――。

卵を割ります。殻が入りました。取り除きます。目玉焼きを作ろう。フライパンを出して、油をひきます。

結果、完成した卵焼きは焦げ目たくさんでした。憂のように手際よくも作れません。

唯「……上手くいかないなあ」

完成品を胃袋に収めます。よし、もう一度チャレンジしよう――!

そう思ったとき、階段を下りてくる音が聞こえました。

私はびくっとなって、立ちあがります。

憂が、いました。

唯「ど、どうしたの? 憂?」

憂「何か焼く音が聞こえたから……お姉ちゃんこそ、こんな時間にどうしたの?」

唯「私は……夜食が食べたくなってさ」

料理の特訓をする、と言うのは悔しくて、つい嘘をついてしまいます。

憂はじっと、私を見つめます。

憂「お姉ちゃん、嘘をつくの下手」

唯「え?」

憂「嘘をつくとき、いつもお姉ちゃん、左肩あげてるんだよ」

左肩に目をやります。やんぬるかな、左肩が確かに上がっています。憂の観察力はコナンにも勝るのではないでしょうか。

私は左肩を下げます。

唯「……これは、びっくりしたからだよ」

憂「また、上がってるよ」

左肩を見ます。ああ、まただ。わかりやすい体の作りをしているなあ、私。

憂「何しようとしていたの? お姉ちゃん」

唯「…………料理作るの、上手くなろうと特訓してた」

言うのはとても気恥かしかったです。

憂「そんなの……私に言ってくれれば手伝ったのに」

唯「だって、憂に言ったら、私は憂から卒業できないもん」

憂「卒業?」

しまった。言ってしまった。でも、ここで適当にはぐらかしても、憂はきっと追及してくるでしょう。そして私は嘘をついて、けどその嘘は簡単に見抜かれて……。

正直に言おう。私はそう思いました。

唯「そうだよ、卒業。私は……憂離れをしたいんだ」

憂「……どうして?」

唯「だって、私は一人暮らしを始めるから――憂に頼りっぱなしじゃ、私は何もできないままになっちゃうもん……」

憂「だからって、一人だけでご飯作ろうとしても、上達はしないよ」

唯「それは、別。私は……憂に何か恩返しをしようって、ご飯作ってるんだよ」

もうすべてを告白してしまいました。引き返せない――引き返す気なんて毛頭ありません。

憂「ねえ、お姉ちゃん。恩返ししてくれるなら、私のお願い一つ聞いてほしいな」

唯「お願いって?」

憂「お姉ちゃんのその特訓、手伝わせて」

唯「え、でも……」

憂「恩返ししてくれるんでしょ?」

唯「でも、いいの? もう深夜だし」

憂「いいよ、お姉ちゃん一人頑張ってるのに、私がそれを傍観してるなんて、出来ないよ」

憂は。

優しすぎます。

唯「…………ありがとう」

なぜか私は、泣いてしまいました。

憂が卵の割り方を教えてくれます。

憂が目玉焼きの作り方、その手本を見せてくれます。

憂が野菜の切り方を教えてくれます。

憂が切った野菜の盛り付け方を教えてくれます。

憂がスープの作り方を教えてくれます。

憂がおいしいご飯の炊き方を教えてくれます。

その間、ずっと憂は笑顔でした。

その笑顔は、私が憂に望んだ表情でした。

心からの笑顔。

ああ、そうか、憂は私と一緒のときに、笑顔を浮かべてくれるんだ――。

お風呂に入って行った時も、憂は笑顔を浮かべていました。

私が憂のそばにいること。

それが、この限られた日々の中で出来る、憂への恩返しなのではないでしょうか?

憂からの卒業は出来そうにありません。

憂は私と一緒にいることで、笑顔を浮かべてくれるのです。

憂離れする代わりに、憂の苦しそうな顔を見るなんて、耐えられるはずがないのです。

唯「ねえ、憂」

憂「なに? お姉ちゃん」

唯「ありがとうね、手伝ってくれて」

憂「えへへ、どういたしまして」

憂ははにかみます。私も、似た表情を浮かべます。

特訓が終わるころには、日が明けていました。


…………………………。

…………、私は目を覚ましました。キッチンで私と憂は寝ていたようです。

右肩が重い。何かが乗っているのだろうか、そう思い目だけで肩のあたりを見ると、憂の頭がちょこんと乗っかっていました。

憂は綺麗な寝顔を浮かべています。

唯「憂、ありがとうね」

言いながら、私は憂の頬をなでました。

そうだ、お腹が減った。ご飯を作ろう。憂の特訓の元、得たテクニックを駆使して、おいしい朝食を作るのだ。

そして、二人で食べよう。憂はきっと「おいしい」と言ってくれるはずです。お世辞とかじゃなく、本心で。

昼食も夕食も食べ終わったら、一緒に風呂に入るのです。今度は、私が憂の背中を流してあげよう。

今日一日の計画を胸に、私は隣で寝ている憂を起こすことにしました。

                                            おしまい



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