そんなこんなで主人公の男の子はお父さんお母さんと一緒にペットショップにやってきた。

 ここでニャンニャン鳴く犬を買って小鳥さんと名付けるのか、

 それとももっと運命的な出会いをするのか。

 暗闇から目をそむけるため、むりやりハラハラしてみる。

 優しくて、強いワンコが飼いたい、と映画の中で男の子はペットショップの店員さんに言う。

 店員さんはそれでしたら、と画面から外れる。

 次に映ったカットには、ポスターでみたような仔犬が2匹じゃれあっていた。

唯「あっ」

憂「ぁ……」

 そこに白い手がにゅっと伸びてきて、片っぽの仔犬をさらう。

 間引かれた。

 カメラは一瞬で切り替わったけれど、

 じゃれ合っていた体勢のまま転がっていた仔犬の姿が頭に焼きついていた。

唯「あ、ぁ……」

 まだ映画が始まって1分も経っていないのに。

 予想もしない精神有害なシーンだった。

 これはいけない、この映画は見てはいけない。

 そんな風に思うけれど、とっくに手遅れで、私はすぐさま憂の方を向こうとした。

 しかしそれより早く、スクリーンが見えなくなって、私の前に憂が立ったのが分かる。

憂「お姉ちゃんちゅう、ちゅうしよっ……」

 憂が私の首にすがりつく。

 だめだ、なんて言えたのはどこか遠くにほっぽり出した理性だけで、

 私は即座に頷いていた。

唯「……し、しずかに、うるさいちゅーしちゃだめだよ?」

憂「ん……ぁむっ」

 私の言葉が聞こえなかったのかは分からないけれど、憂ががぶりと私の口に噛みついた。

唯「な、んん……」

 抑えきれるはずがない。

 真っ暗な中であんなものを見せられて、私だって胸があんなに締めつけられたのだ。

 憂だったら周りも、私のことさえ考えられないほどに苦しくなって当たり前だ。

 舌が一気に口の奥まで差し込まれ、息苦しくなる。

 ねちっこく舌が絡み、唾液を練る。

唯「ん、ん、ういっ……」

 とにかく、早く癒してあげなければ。

 憂の頭に手を置き、よしよしと撫でてあげる。

憂「はっ、おねえちゃぁあ……」

憂「ん、ぶぷっ、ちゅくちゅっちゅちゃ」

唯「はあ……ん、んんー……」

 いくら我を失っていても、長い経験のせいか憂の舌は自然と気持ちのいいキスをしようとしている。

 憂が気持ちいいキスは、私の気持ちいいキスなわけで、

 あまり激しく攻めてこられると意識が飛びそうになる。

唯「んん、んいっ、ぅいっ……」

 思わず憂の名前を叫びそうになるが、なんとか小さな声に押しとどめる。

 声を出したいぶん、ひたすらに憂の頭をかき撫でる。

憂「は、はむっ、ちゅふ」

唯「うい。ぁむ、もぐ、ふ……うい」

 なるべく諭すように、落ちつけるように憂を呼び続ける。

憂「ぺふ……れろ、ちゅぅ……ちゅ」

憂「ん……」

唯「……」

 静かにくちびるが、ただ押しつけられる。

 眠る時のキスを強くしたような感じだ。

憂「……ちゅ」

 やがて、くちびるが離れる。

唯「落ちついた?」

憂「うん……ごめんね」

唯「ううん。私も憂にちゅーしてもらって助かっちゃった」

憂「……」

 憂はまだ席に戻ろうとしなかった。

 私も画面に目をやる勇気が出ないで、憂を見つめている。

憂「お姉ちゃん……」

 憂が目を閉じた。周りは真っ暗だ。

唯「しーだよ。周りの人に迷惑にならないように」

憂「わかってる……ん」

 私の膝先に腰掛けて、もたれかかるように憂が顔を近づけてきた。

唯「んっ……」

 くちびるが触れあって、ぞくりとする。

 そのまま軽く唇を突き出したりして、柔らかい感触を楽しみ幸福な時間を過ごす。

 耳には憂の鼻息と、映画の音声だけが聞こえていた。

憂「ちゅん、はぁ。おねえちゃん、ん……」

 BGMでの判断だけれど、犬は最後に死んだ。

――――

唯「はふー」

 外のベンチで冷めたポップコーンをかじり、コーラを飲む。

憂「結局だめだったね」

唯「なにが?」

憂「なにがって……」

 くすっ、と憂が笑う。

憂「映画がかな」

唯「そだねー……」

 背もたれにそって首を後ろに倒し、再度ポスターを眺めてみる。

唯「次はあのけいおんっていうの見てみる? 姉と妹が……R18だってや」

憂「お姉ちゃんってほんとエッチなやつばっか目がいくよね……」

唯「憂だってエッチなキス教えてくれたくせにー」

憂「あ、あれはエッチっていうか……」

 寂しさを紛らわせたかっただけ、なんだろうけど、そう言ってしまうのは抵抗があるらしい。

 私も同じだ。

 憂との恋の始まりが、両親が帰ってこない寂しさを

 埋めあわせるためだけにしてあげたキスだなんて、信じたくない。

憂「……もっとお姉ちゃんが欲しかっただけだもんっ」

唯「あらあら、そうですかー」

 憂はもっともらしい言い訳をつかい、口をポップコーンでいっぱいにした。

 私もポップコーンのバレルに手を伸ばす。

唯「あむ。うん、おいふぃ」

憂「う、うぅ……ふ」

 塩味を噛んでいると、憂がしかめ面をした。

唯「あっ」

 そういえば憂は塩味が苦手なのだ。

 普段映画館でポップコーンを買う時も、

 個別でキャラメルポップコーンを買うのに、急いでいたせいで忘れていた。

 塩味のポップコーンを口いっぱいにいれてしまって、憂は少し涙目になっている。

唯「ほいほい憂、出していいよ」

 口を開き、憂のあごの下に顔を持ってくる。

憂「は、もがっ」

 憂が覆いかぶさり、口を開けて舌でポップコーンを押し出した。

 砕けたポップコーンがぼたぼたと落ちてくる。

唯「……ん、は」

 憂の唾でたっぷり湿っているのもあって、胸がドキドキする。

 竹の子を食べさせられるよりよっぽどいい。


憂「はぁ、はふぅ……」

 わざわざ歯で舌をそいで、唾液のサービスをくれると憂は急いでコーラの紙コップを手に取った。

 私は姿勢を戻し、憂の口に入ったポップコーンをたっぷり噛む。

唯「んふふ……」

憂「な、なに笑ってるの?」

 ごしごし涙を拭いてストローをちゅーちゅー吸った後、憂が怒ったように言う。

唯「やっふぁね……」

 少し飲みこむ。

唯「おいひいものを憂に食べさへへもらうほ、ふっごくおいふぃなっへ」

憂「う……もう、そういうこと言わないの」

唯「なんれー?」

 憂は答えなかった。

 口移しを教えてくれた、というか思いついたのも憂だ。

 もとはおいしいものをよりおいしく食べさせてくれるという話だったのに、

 いつから嫌いなものをどうにか食べるための方法になってしまったのだろう。

憂「ふぺ。まだ口の中痛いなぁ……」

唯「だいじょぶ?」

憂「んー……口直ししようよ。アイス屋さん!」

唯「しかし……まだポップコーンが」

 バレルにはまだ半分ほどポップコーンが残っている。

 確かにこれを今すぐ食べきろうというのも辛いけれど。

憂「お家に持って帰って食べたらいいんじゃない?」

唯「えぇー?」

 しけってしまったポップコーンはあまり美味しくない。

 憂がふやかして食べさせてくれるというなら別だけれど。

唯「……あ、そうか。それでいいのか」

憂「ん?」

唯「なんでも。ポップコーンは持って帰ることにしよ」

憂「うんっ、それじゃアイス屋だよね」

 私のたくらみなどつゆ知らず、憂はぱあっと笑顔になった。

 ベンチから立って、ポップコーンに蓋をかけると私の手を取る。

唯「場所は覚えてるんだよねぇ」

憂「えっと、右だったよね」

唯「そそ、あっちあっち」

 おいしいアイスが食べたいのは私も同じなので、憂を引っぱって歩き出す。

唯「……」

 そういえば、まだ私からキスができていない。

 憂を振り返る。

唯「わっぷ!」

 それを予期していたかのように、キスが飛んできて唇を奪われる。

憂「へへっ」

唯「うーむむむ……」

 姉として恋人として、このまま受け身にキスされるばかりではいけない。

 妹なんて道の真ん中で押し倒すぐらいでなければ。

唯「行くよっ、憂」

 憂の手を引っぱり、アイス屋へ向かっていく。

 そこでこれまで後れを取って来たぶんをみんな返してやる。

――――

唯「っと、それの大きいのひとつで。はい、ひとつです」

 大きなジェラートアイスを頼み、憂に店の一番奥の席を確保させておく。

 少し値段は張るけれど、二つ頼むよりは安いし、おいしくなる。

唯「お待ちどうっ」

 白いアイスを手に、憂の横へ腰かける。

憂「ありがと、お姉ちゃん」

 アイスは憂に持たせる。

 私たちは座席の上で向き合うような形になって、くちびるの間にアイスを持って来させる。

唯「はむっ……」

 まずはてっぺんにかぶりつく。

 その横から憂がぺろぺろと舌を這わす。


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最終更新:2011年03月02日 19:54