風は夜の空気に触れてもまだ暖かく、すっかり春になったことを教えてくれた。

 春から入部した後輩と二人で、漂ってきた花の匂いを感じつつ夜道を歩く。

 うすぐらい空は、むず痒い感覚を与えてくる。

 私は急いで、携帯を開いた。

梓「誰にメールしてるんですか?」

唯「憂だよ。もうすぐ帰るねーって」

梓「あぁ……ほんとに仲良いですね」

 呆れたような目をされる。

 私たちの関係はまだあずにゃんには伝えていないし、誰にも伝える気もないけれど、

 様子を見るに憂がすでに話してしまっているようだ。

 私たちの関係はあまりいいものではないのだけれど、どうも憂には自慢らしい。

唯「うらやましい?」

梓「そっ、そんなことは! 私だって憂とは仲良いですしっ」

唯「……ふぅん?」

 ちょっとあずにゃんのことが可哀想になったけれど、私が同情しても仕方ない。

梓「そんなことより、明後日、日曜日! 部活あるんですから、忘れずに来て下さいよ!」

唯「えっ、そうだったっけ!?」

梓「ゆいせんぱい……しっかりしてくださいよ。9時からですからね!」

唯「おっけ、ありがとうあずにゃん」

 一応頭に入れておき、あずにゃんの肩にふれた。

 既に何度か日曜の練習をすっぽかしたり遅刻しているので、

 そろそろ先輩として見切りをつけられないよう真面目にならなければいけない。

梓「ほんとに大丈夫ですか……?」

唯「心配するな。これでも君より1年先輩なのだぞ?」

梓「そう、ですよね」

 顔をむずむずさせながら、あずにゃんは言った。

梓「それでは、日曜日に」

唯「うん、またねあずにゃん」

 あずにゃんと別れると、歩くスピードを速めた。

 小走りになりつつ、携帯を開く。

 『もうお家が見えてるよ』

 送信して、あとは脇目もふらずに家へと駆け込む。

 玄関の明かりが点いた。

 ちゃんと待っているようだ。

 私は安心して、ドアの把手に手をかけた。

唯「ただいまぁ、ういっ」

憂「おかえり、お姉ちゃん」

 くつぬぎまで下りてきて立っていた憂は、にこりと笑うと目を閉じた。

 そして、控えめにくちびるを突き出す。

憂「んぅっ……」

唯「えへへ。かわいいよぉ憂」

 がっしり憂にしがみついて、小さく震えたくちびるにかぶりつく。

憂「んあっ、むぅ」

 ふんわり柔らかい憂の唇が口の中へ入る。

 唇で挟んで吸いつくと、ちゅるちゅると唾液の音が唇の端っこから聞こえてきた。

唯「んーい~……」

 わたしの口に引っぱって来られた下唇に、そっと歯を立てる。

 優しく、とうもろこしの粒を取るようにくちびるを噛んでいく。

憂「ふっ、んんっ……」

 ぶるぶるっ、と憂が肩を震わせた。

 憂は切ないのか、私の頭をぎゅっと抱いてきた。

 背中はギー太がいるから、ただいまのキスをする時は憂はあまり体を抱いてくれないのだ。

憂「ぁ、んむ、ふゅっ……」

 さて、こうなるとなかなかキスは終わらない。

 憂はゆっくりと座りこむように、廊下の床に私を引っぱってくる。

 私は憂のくちびるをもぐもぐしたまま、それにくっついて憂を床に押し倒した。

唯「は、ちゅっ……ういっ」

 唇の噛んだところを今度は舐めてなぞっていく。

 夕食の味見をしていたのか、薄くかつおだしとお醤油の風味がする。

憂「ふへ……」

 ようやく唇を解放してあげて、また唇が触れ合うほどに顔を近づける。

唯「ねー、憂……ん、火ぃ消した?」

憂「ふぁ」

 とろけた瞳のまま、憂は首を横にふる。

 くちびるの先がしゅっしゅっと擦れて、愛しさが噴き上げてきたけれどこらえる。

唯「弱めてきただけ?」

憂「……」

 名残惜しそうに、憂は私の頭を抱いていた手を床に降ろした。

 背中を浮かし、わたしの手を解放してくれる。

 それで私がやっと立ち上がると、憂は恥ずかしそうに笑って、台所へと上がっていった。

唯「ういっ、ご飯のあとでね!」

憂「うん!」

 階段に向けて声をかけると、うれしそうな声が返ってきた。

 私は夕食と、その後のデザートを楽しみに、靴を脱いで部屋へ行くことにした。

 ギー太をスタンドに置いて、制服から部屋着に着替える。

 体が一気に軽くなって、前宙返りしてベッドに飛び込めそうな気すらしたけれど、

 失敗すると痛いのでやめておく。

 2階のリビングに降りてだらけていると、

 ご飯の準備ができたらしく憂が醤油とだしの香りをただよわせてキッチンから現れた。

 煮物のどんぶりが置かれ、またキッチンに戻り、白いごはんとおぼろ豆腐を持ってやってくる。

唯「……ん、これは」

 どんぶりを覗きこむと、具材はインゲンに人参に、竹の子が入っていた。

唯「……はぁ」

 春になると煮物と言えば、憂は必ず竹の子を入れてくる。

 旬だから、という理由だけでなく、私が苦手なのを知ってのことだ。

 固い歯触りは、細切りにすれば大丈夫なのだが大きな塊で出されると食欲が失せる。

 同様の理由でレンコンも苦手だ。

唯「憂……また竹の子」

憂「だってお姉ちゃん、竹の子好きでしょ?」

唯「好きは好きだけどさぁ……」


 憂はお料理をテーブルに置くと、私の隣に座った。

憂「だいじょぶだよ、私がちゃんと食べさせてあげるから」

 私のほっぺたを撫でて、憂はそんな風に言う。

 私も私で、おせちのときなどに数の子が出るとみんな憂に食べさせるから、

 その仕返しかもしれない。憂はあの塩味が嫌いなのだそうだ。

 だから、憂は歯触りがいやじゃないようによく噛み砕いてから私に食べさせて、

 私は塩味が抜けるようによく唾液と混ぜてから憂に食べさせてあげるのだ。

 さすがに親の前で食べさせてあげると憂は慌てるのだけれど、

 私はむしろ親の前でくらい堂々としていたいと思うのである。

 かつての悪法が消えた現在でも、

 私はなんとなく、憂との関係を公言できないでいる。

 それは私たちの関係に、どこか後ろめたいものがあるからではないだろうか。


憂「お姉ちゃん?」

 心配そうに憂が覗きこんでくる。

唯「あ、ううん。食べよ食べよ」

 余計なことを考えていた。

 かぶりを振って払い、箸を手に取る。

唯「いただきまーす!」

憂「いただきますっ」

――――

唯「ふぁん……んん、ぐっ」

憂「ん、ぷはぁ。……おいしい? お姉ちゃん」

唯「はふ。おいしいっていうかさぁ……」

 憂のご飯は確かにおいしいし、竹の子だって憂が噛んでくれれば食べられるのだけど、

 それだったら普通においしいものを憂に口移しで食べさせてほしいと思うのだ。

唯「もっと、ハンバーグとかこう、私の好物でやってもらえない?」

憂「そしたら時間かかっちゃうじゃん」

 それまでしていた深いキスなんてなかったようなあけすけな態度で、

 なんとも現実的な問題点を挙げると憂はごくりとお茶を飲んだ。

唯「そりゃね……まぁそっか」

 キスがしたいだけなら、食べ物なんて挟まなくても素直にキスをすればいい。

 口移しなんて理由がなくてもキスができるくらいには、私たちは気安い関係になっているのだし。

 食事の時間は食事の時間として切り分けた方がいいのかもしれない。

 実際わたしも、自分でものを噛むことは喜びだというくらい分かっているつもりだ。

 どちらかと言えば、憂が竹の子やレンコンを食べさせたいというから付き合っているだけで、

 竹の子やレンコンなど献立に出ないほうが私には幸運だと言える。

 憂の口移しが嫌なのではない。

 そのために好きでもない竹の子を食べさせられるくらいなら、口移しなんか無くていいだけだ。

唯「はふー。ごちそうさま……」

 晩ご飯をたいらげて、お皿を重ねる。

 それを憂が台所に運んで、水に浸ける。

 少し食べ過ぎたか、お腹が苦しい感じだ。

 ちゅーしながら憂にさすってほしい。

 椅子から立ち上がって、ソファに向かう。

唯「ういー、アイスはいいよ」

 台所にいる憂に声をかけた。

 冷凍庫を漁っていた憂は不思議そうに顔を上げる。

憂「いらないの?」

唯「うん、今日は憂だけ食べる。おいで」

 ソファの角に腰かけると、両腕を広げて憂を迎える体制になった。

 スリッパを鳴らして憂が駆けてくる。

憂「……お姉ちゃん」

 私の前に立った憂は胸の前で手を握ると、どんどん顔を真っ赤にしていく。

唯「おいで。べぇ~」

 口をあんぐり開けて舌を出す。

 憂はソファの背もたれに手を置き、私に覆いかぶさるようにおでこをくっつけてくる。

憂「はあぁ、はぁ……っ、おねえちゃん」

 憂の熱い息が口の中に吹きこまれて、喉の奥を撫でた。

唯「はぁく、きへ……」

憂「ん、んっ……」

 あったかい舌が出て、ぷるぷる震える。

 可愛くてつまみあげたくなるけれど、

 やると怒られて、ひどい時にはちゅーがお預けになってしまう。

憂「ぁん……む」

 O型に開いた口の形を、憂が舌でなぞっていく。

唯「っう、はぁ……」

 とん、と憂の舌が私の舌に乗せられる。

 ご飯の味がたくさん残っていて甘いけれど、そろそろ憂の味だけを楽しみたくもある。

唯「……んー♪」

 舌をひっこめて、口の中に憂の舌を連れていく。

 くちびるがくっつくまで憂を引っぱりこみ、舌が逃げられないように歯で挟む。

 唇は憂にぶつけて遊びながら、そっと舌の動きを開始する。

 ぺろぺろと、こするように。

 憂もぴくぴく舌を動かして、不自由な動きながら私の口の中をなんとか舐めようとする。

 がっしりと憂の腕が私の身体をとらえて抱きしめる。

 キスはもちろんだけど、憂は抱っこも好きなのだ。

憂「ぁんむ……ちゅ、ちゅっ」

 ちゅぅをしながら憂が漏らす声はとっても可愛い。

 私からも憂をぎゅっと抱きしめてあげる。

唯「んい、んいぃ……」

憂「は、おぁ、んんっ……」

 キスをしながら、「憂」と呼ぶ。

 すると憂も一生懸命私を呼ぼうとするのだけれど、

 唇をふさがれて舌を伸ばしたままでは「お姉ちゃん」なんて発音はできない。

憂「ぁ、歯ぁ、はぁひて……」

 だから憂は、名前を呼んであげると呼び返すかわりに、

 もっとキスをがんばろうとするのだ。

唯「……ん、ぁー」

 歯を開け、舌を解放する。

唯「ちゅぶぁ、んっぐ、っ!」

憂「は、ひゅむ、んんぅっ」

 その瞬間、自由になった憂の舌が、ホンキを見せる。

 わたしたちはもう6年、ほぼ毎日こんなキスを何時間もやっているのだ。

 憂だって普段はされる側といえ、キスだけで私を気持ちよくする方法は熟知している。

唯「んっ、んぁぁっ、んんぅっ!」

 喉の横、歯茎の奥。

 ふかーくふかーくキスをすれば、憂の舌の先っちょがそこにちろちろ触れてくる。

唯「ぁっむ、んふ、んんっく!!」

 床がドンドン鳴っている。

 じっとしていられない私の足が暴れて、あとずさろうとして踏み鳴らしているらしい。

 でも、どんなに暴れたって憂のキスからは逃げられない。

 背後はないと知った私の身体は

 ソファに崩れるように倒れていくが、憂は執心深く密着したキスをしたまま上に乗っかってくる。

憂「ふぅん、んちゅ……はぁ、ちゅぅ、ちゅ、ちゅく」

 憂の脚が絡みついてきて、暴れることもできなくなる。

 こうなるともう、私は憂をひたすら抱きしめる以外に快感をごまかす方法がなくなるのだけど、

 それもそれで胸の内に幸せがぶわぶわっと溢れてきて、気持ちよさを増やしてしまって、

 憂にはそれだって分かりきっていて、つまり、

 憂はもう私を「いかせてあげよう」という気まんまんなわけらしい。

唯「ぁっ、は、んいぃ、うぅい~っ!!」

 その名前を呼んだら、憂のキスがもっと激しくなるなんて知っているはずなのに、

 おろかにも私は必死にうい、ういと叫ぶ。

 私がいって、キスが終わってしまうのは嫌なのに、

 やっぱりどこかであのすごい快感を求めてしまっているのかもしれない。

憂「んぁ、むふ。る……れちゃっ、ちゅちゅ……ぁー」

 憂の舌が、喉と一緒に舌をこすり、ぐるぐると口の中を走り回る。

 もう、我慢できない。

唯「んむっ、いい! ぅいっむ、ふ、いふううぅぅ!」

 視界の端に、白く細い電撃がチリチリと光る、

 どんどんその数が増えて、太くなっていき、光の残る時間も長くなる。

 頭の中が真っ白に埋め尽くされていき――

唯「んんんんうぁああっ!! んく、ぶ、んんんぅぅーっ!!」

 体の中で熱さと冷たさの波がぶつかり、その波の勢いに突き上げられるように背中がのけぞった。

 憂の身体ごと持ちあがった全身が、凍ったように静止し、

 再びソファに沈み込む。

唯「ぶぁっ……」

 やっと憂のくちびるが離れ、冷えた空気が一気に肺に入ってくる。

憂「お姉ちゃん、んー」

唯「ぁっ……」

 憂が口をすぼめて、唾をたらしてくる。

 私からすすったものか、憂の唾液かは分からないけれど、

 力の入らない体で首を起こし、くちびるに吸いついて受け取る。

唯「んぅ……くっ、こく」

 憂のつばはおいしい。

 憂のお料理にはかなわないけれど、

 こうしてキスをして唾液を受け取る時、とてつもなく幸せなのだ。

唯「ん……ちゅ、ちゅきゅ、ちぅぅ」

憂「はぅ、……んもう、無いよ」

 あまり唾液が出なくなったから夢中で吸っていたら、肩を押されて引っぺがされてしまった。

 もうおしまいらしい。


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