わぁ、すごいよ
通学路、私の少し前を歩いていた彼女が街頭のオレンジの灯りの下ではしゃぎながら言った
私の目の前でゆらゆらと揺れるマフラーも彼女に従うように空中で踊っている

「もう、唯先輩転んじゃいますよ」

なんて形だけは注意をしてみたりするが、嬉しいのは私も同じだ
雪なんて今年はもう見れるとは思っていなかったから
なにより――彼女とこのときを一緒にいられたことが嬉しかった

「でも、珍しいですね。もう3月だって言うのに」

「ほんとだねー。でもこれが最後になるかもしれないね」

そうですね
その言葉が喉まで出かかった時、ふと自然に引っ込んでしまった
彼女がまだなにかを伝えようとしていたから

「あずにゃんと今年最後の雪見かぁ……えへへなんだか照れるね」

でもそれは私の言いたかった言葉

彼女が自分の言った言葉に恥ずかしそうに、だが嬉しそうにはにかんだ
恥ずかしいのならば、言わなければいいのに とは言わない
おそらく私の顔も赤くなっていて、もし言葉にしたときそれが上擦っていたらもっと赤くなってしまうから

「でも、案外また降ることがあるかもしれませんよ」

照れ隠しには違う言葉が出た
きっと、親友の一人はわたしに「もっと素直になればいいのに」というだろう
でも私にはまだしばらくそうはなれそうもない

「ふふ、じゃあ、あずにゃん」

彼女がその笑みを保ちながら、振り返る

「そのときも一緒に見ようか」

彼女は卑怯だ。
そんな不意打ちをくらってはどうしようもないではないか
――だから私はゆっくりと頷く

「そうですね」

頬が熱い
雪がさきほどから私の頬にも落ちてきているが、一向にこの熱はとれそうにもない

すると目の前にいた彼女の腕が私の頬にのびた
と私の頬をさっと撫でるように触れると

「あずにゃん、頬に水滴がついて泣いてるみたいになってるよ」

そのまま水滴を拭うと、彼女はふと思いついた顔をした
そしてそのままもう片方の手も伸ばし

「あずにゃんの頬あったかいねー」

私の頬を両の手で挟む
彼女は手袋をしていなかったため、すごく冷たい手をしていた

「もう、やめてくださいよー。ところで唯先輩」

「あったかあったか~、なに?」

「手袋はどうしたんですか?」

「えっとね、憂が忘れてきたって言ってたから、貸しちゃった」

彼女の妹――憂は私の親友の一人だ
本当に仲のいい姉妹だ。
姉は妹を常に想い、妹も姉のことを常に想っている
その姉妹の仲の良さに嫉妬を覚える私は、おそらくいけない子なんだろう
それを自覚しながらもなお、私はそれがとても羨ましかった

「ねぇ、あずにゃん」

「はいなんですか?」

「知ってる? 手が冷たい人は心が温かいんだよ」

彼女が右手で私の手をとった。
そして私の手袋を器用に脱がせ、自分の手を絡ませる

「つまり、唯先輩は自分の心が温かいっていいたんですね」

少し意地悪な質問をしてみた

「さぁ?あずにゃんにはどう感じるのか教えてよ」

彼女は意地悪な笑みで返した
まったく……この人にはかてないなぁ

「唯先輩の手は間違いなく冷たいです」

「その先の言葉もききたいな」

私の素直じゃない心があえて避けた言葉を、彼女は嬉しそうにほしがった

「……唯先輩の心は暖かいです」

今度は自分でも驚くほど素直な言葉がでた
それは私が言いたかった言葉でもある


「えへへ、そうかな~」

「もう、自分で言わせておいて照れないでくださいよ!」

本当はもう一つ言いたいことがあった
だが、それを言うわけにはいかない
今回彼女の手を握ったのは、たまたま私が一緒に帰り
たまたま起こった出来事なだけだ
だから――この言葉を言うわけにはいかない
言えば……
――親友の悲しそうな顔が浮かんだ

「それじゃあね、あずにゃん」

いつの間にか私達はいつものお別れの場所にきていた。雪もすでに止んでしまっている
彼女との帰路ももうおしまいだ

すでに卒業してしまった彼女とはもう2度と同じ立場で同じ意味で同じ距離を歩けない
彼女はいつも私の一歩先をいってしまう

……あぁ、そういえば憂もそんなことを言っていたっけ

思い出した親友の顔は、やはりどこか寂しそうだった
きっと私も今そんな顔をしているのだろうか

「はい、さようならです。先輩」

本当は さようなら なんて言いたくはなかった
だってまるでもう会えないみたいではないか
だから、おもいっきり微笑みながら言ってやった
たまには私の素直じゃない心も役に立つ

「違うよあずにゃん。またね だよ」

今の私は一体どんな顔をしているのだろうか
いや、決まっている。
きっと鏡で見たら、あとから思い出して恥ずかしい思いをするような顔をしているんだ

「はいっ、またです!!」

そうして彼女はまたヒラヒラとマフラーを揺らしながら歩いていく
今度は私とは違う方向へ

梓「―――――――」

言えなかった言葉を彼女には聞こえないように今呟いた


彼女達にとってそのマフラーと手袋は特別なものだった
そんな話を彼女からもそしてまた彼女からも聞いたことがあった

彼女だけは私の気持ちを知っていた。私がそのことを告げるよりも前に
それは当然なのかもしれない
なぜなら彼女は、私にも彼女にも近い位置にいたのだから

「たまにとても憂のことが羨ましくおもうよ」

ふと何気ない会話の途中、ついそんな言葉がこぼれてしまった
本当は秘めておくべき言葉だった
なぜなら、私も本当は彼女の気持ちをしっていたから

「えー?そうかなぁ」

彼女はそれでも笑みを絶やすことはなかった
だから、必死にごまかそうと考えていたのに

「でも、私も梓ちゃんがうらやましくおもうよ」

「え?」

予想外の答えに、自分でも驚くほどマヌケな声が響いた

「梓ちゃんって、お姉ちゃんのこと大好きでしょ?」

唐突にきた言葉に私は何もいえない

「私知ってるよ。きっとお姉ちゃんも梓ちゃんが好きだよ」

私はそのとき黙ったままだった
いや、黙らざるを得なかった
頭が真っ白になっていたのだから

「私は梓ちゃんがうらやましいよ」

もう一度告げたその顔はやはり微笑んでいた
だから、私は何か言わなければいけない気がした

「そんなっ!! 私は憂が羨ましいよっ!! だって唯先輩に一番近いのは憂だもん」

それが本心だった
彼女とこれからも笑うためには、これだけは言っておかないといけない
そう思った。だから秘めた言葉を彼女に投げつけたのだ

「そうだね……でもそれは時間制限つきの一番だよ」

そのとき彼女は微笑まなかった
少し悲しそうな眼をして、伏せるようにうつむいていた

「ねぇ、梓ちゃん?」

沈黙のあと、彼女が静寂を破った

「梓ちゃんは私のどこが羨ましかったの?」

「私は……」

あらためて考えてみれば、それはたくさんあった
それを自覚した時、自分のことが嫌になった

……あぁ、私はこんなにも憂が羨ましかったんだ

そのなかでも一番大きい妬みを心の奥底から引っ張り出す
私が最もうらやましく思い
そしてそれは絶対に私が手に入れられないものだ


「私は、二人で仲良くマフラーを巻きあって、手袋を貸し合って……そんな光景がうらやましかった」

それは私の一番汚い部分。
それでも私は吐き出さずにはいられない

「それはきっと唯先輩と憂にしか許されないものだから……」

「そっか……」

憂が珍しく言葉をつまらせた

「でも、あの場所もきっと時限付き。だから……」

それ以上彼女はなにも言わなかった
彼女は困った顔で笑いながら、泣いていた
その顔は私の大好きな人が困った顔をしたときにする顔そっくりで
私は次の言葉を失ってしまった

「ねぇ、憂……憂は私のどこがうらやましかったの?」

沈黙を破ったのは、今度はこちらだった

「私はね………きっと梓ちゃんとお姉ちゃんの関係、それ自体が羨ましかったんだとおもう」

彼女の言葉が続く
今度は彼女の番だった

「さっき言ったよね。梓ちゃんはお姉ちゃんが好きで、お姉ちゃんも梓ちゃんが好きって……」

「でも、それは……憂だって……先輩は憂のことが好きだし、憂も先輩のことが」

「違うんだよ、梓ちゃん。だって意味が……」

彼女の声のボリュームが少し大きくなった後、また萎んでいく

「私はできることなら……うんうんなんでもない……」

それは彼女の奥に隠していた本当の気持ちだろう
同時に切実な、それでも叶わないと知っていたからこそ隠していた願いなのだろう
そして今一度出かかったそれはもう一度隠れてしまった

「ねぇ……憂はさっき意味が全然違うって言ったよね」

今、私は残酷なことを告げようとしてるのかもしれない
きっと私は後から後悔するだろう
それでも彼女は優しいからきっと――

「姉妹同士だからってことだよね。でも、それを言うのなら私だって女だよ。認められないのは私も……」

「……」

「それに憂の気持ちはたぶん私と同じものなんでしょう!? それなら……」 


駄目だ。それ以上言葉が出てこない。彼女の顔を見てしまったのならばなおさらだ
こんなものは死刑宣告と一緒だ。彼女の胸に刃物をつきたてているようなものだ
そしてその刃もとうとう彼女の胸にくいこみはじめている

……私はいったいなにがいいたかったんだろう

彼女自身が理屈ではわかりながらもなお眼をそらしてきたもの、私がこれ以上踏み込むことなどできない
いや、もう踏み込みすぎている

「それでもいいの。私とお姉ちゃんの関係は変わることはないから」

それははたして彼女の望んだことだったのだろうか。
それとも彼女のつよがりだろうか
それとも彼女の私への気遣いだろうか
それとも――

私にわかるのは、ただ彼女が悲しそうに笑っている
その顔が語る真実だけだった


気付けば、私はベッドに寝転がっていた
すでに時計の短針も10の位置を指している

ずっと感傷的な気持ちになっていたからだろうか
私は普段襲われることのない虚無感に襲われる
その原因はわかっている

……明日も会える、なんてことはないよね

彼女が学校に来ていたのも偶然だ
もう来る必要もないのだ。だから次会えるのはいつかはわからない

ふと枕元に置いていた携帯を手に取った
操作してだすのはアドレス帳の「ひ」の欄だ
そこには上下に並んで彼女達の名前がある

後ボタン一つで彼女に電話がかかる状態までもっていく
そこには彼女の名前とメールアドレス、電話番号が記されている
私の指はボタンに向かい――

「やめた……」

第一こんな時間に電話をかけてなにを話せばいいのだろうか
それもさっき別れをつげたばかりの人物に

どうしようもなくなった私はゆっくりと携帯を閉じ、瞼も意識も閉じてしまおうとする

~~♪

同時にお気に入りのメロディが流れてきた
発生源は自分の手のひらの中
私はきっと期待している
この電話が彼女からであることを

「はいもしもし」

液晶の画面も見ずに通話ボタンを押した
そのほうが私の期待はほんの少し長く続くから

『あ、あずにゃん!! 大変大変』

呆れた……
なんという期待を裏切らない人だろう
私が電話をかけるか迷っていたのが馬鹿らしくなってくる

「なんなんですか、こんな時間に」

『まぁ、いいから外を見てみてよ』

私は言われたとおりにするために、自室の窓へと歩み寄った
そしてカーテンに手をかけ、横に引く

「これは……」

『雪だよ!!雪』

「えぇ、そうですね」

もっと言葉したいことはたくさんあったが
今はそれで充分だ


『えぇーあずにゃん、それだけなの?』

彼女のいいたいことは分かっている
なぜならば、私も真っ先にそれを思い出したからだ
だが、やっぱり素直じゃない私はそれを率直に言う気はないらしい

「ええ、なにかありましたっけ」

『うぅー、あずにゃんの薄情者』

電話越しに彼女が落胆しているのが面白いほどたやすく想像できた

……まったくもうしかたないんですから


「それじゃぁ、唯先輩。どこかで待ち合わせしましょうか?」

『あっ、やっぱりあずにゃん分かってたんだねー』

私は肩と頬に電話を挟むと、ハンガーに掛けていたコートへと手を伸ばす
そしてそのまま姿見の前に立ち、自分の小さな体に合わせる

……変じゃないよね

『あ、ちょっとあずにゃんきいてるー?』

「はいはい、聞いてます。 で、場所はどうしましょう」

髪の毛の確認をし、服装を確認し、持ち物を確認する
あとはもうこの電話を切り、ポケットの中にしまうだけだろう

「――はい、わかりました。じゃぁ、そこで」

きっと数十分後には私はまた生意気なことをいっているのだろう
その場所にはそれを笑いながら受け止めてくれる人もいるのだろう

そして私は透明なビニール傘と共に飛び出した




「梓」 了



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