平沢家
唯(昨日と同じご飯に番組……)
唯「つまんないのー」
唯「ん? なんだろ、これ」
唯「……あ、中学生のときにかったCDだ」
唯(埃かぶってる……なんでこんなとこにあるんだろ)
唯(うわー懐かしい……好きだったなぁ、このCD)
憂「お姉ちゃーん、お風呂できたよー」
唯「あ……はーい」
二週間がすぎた。ただ、わたしと梓ちゃんを除いた世界は木曜日のままだった。正の字で日付をつけるのは、文明をなくしたように感じた。
最初は部活にも行ってみた。でも何度行っても、みんな同じことを言うから、いつの間にか行かなくなった。
わたしも梓ちゃんも、少しずつ疲れているのがわかった。毎日同じ時間割、毎日同じ会話。自分から何か変わったことをしない限りは、周りもいつも同じように動くらしい。
帰りは、二人で帰る。その時間だけ、退屈から逃れた。いつも違う表情、いつも違う会話。
それさえあれば、今の生活も無理ではない。わたしは、この状況に寄りかかっていた。
夜には、この間見つけたCDを聞いた。
毎日聞いているはずなのに、手に取るときは、いつも埃にまみれていた。正の字はリセットされたりしないのに、どうしてこのCDだけ変わるんだろう。
少し気になったけど、梓ちゃんに相談しようともしなかった。今の状況でも、別段苦はない。
梓「唯先輩」
唯「なあに?」
梓「……もし、このまま。私が思い出してもらえなかったら、どうなるんでしょう」
唯「……梓ちゃん?」
梓「私は、誰の記憶にも……いなくて。ただ、ずっと同じ木曜日を繰り返していって」
唯「梓ちゃん」
梓「なんだか私、これじゃ、」
唯「梓ちゃん!」
唯「梓ちゃん。明日は、学校さぼろう」
梓「え?」
唯「遊びにいくの。お買い物して、クレープ食べて、お買い物して、プリクラ撮って。ね」
梓「なんでですか」
唯「行きたいから。ね、行こう」
梓「……」
梓「……はい。ご一緒、します」
後日
唯「憂ー! わたし今日日直だから、先に行くね!」
憂「あ、うん。気をつけてね、転ばないでね」
唯「はーい!」
二十分後
唯「……よし、憂が出た」
わたしは、梓ちゃんと出かける準備をした。こういう準備は、わくわくしていたはずなのに。とてもうつろに感じる。
唯「……だめだめ、今日は梓ちゃんを元気づけてあげないとー」
唯「そろそろ出ようっと! 今日は楽しむぞー!」
…
唯「梓ちゃーん! おはよー!」
梓「おはようございます。声おっきいですよ、恥ずかしいなぁ」
唯「梓ちゃんと遊ぶの楽しみだったんだもーん! テンションあがっちゃって」
梓「ふふ、そうですか」
わたしは、梓ちゃんが笑うのを久しぶりに見た。
唯「ね、最初はどこがいい? 朝はもう食べた?」
梓「あ、朝ごはんは食べました」
唯「そうかー! じゃあクレープ食べようクレープ!」
梓「今のなんで聞いたんですか!?」
唯「気にしない気にしないっ」
唯「次! プリクラ撮ろうプリクラプリクラ」
梓「はい!」
唯「あ、風船配ってるー! もらいに行こう!」
梓「え!? も、もう私達高校生なんですよ? ちょっと、手引っ張らないで下さいよー」
唯「風船、もらえてよかったねえ」
梓「なんで唯先輩が二つで私が一つなのかわからないですけど……」
唯「それはまあ、貫禄の差……かな」
梓「どの口がいうんですか」
唯「休日はテンションあげてナンボですから!」
梓「平日ですけどね」
唯「わたし、そろそろ弦買わないとなんだよね」
梓「あ、じゃあ私は楽譜の方見ててもいいですか?」
唯「了解! 見終わったら探してねー」
梓「探してねって、できるだけ同じとこにいてくださいよ……」
唯「ええっと……うん、これだね! ……あ、ギターがいっぱい」
唯「わあ、ギー太の色違い兄弟さんだ。このくねくねしたのも色がいっぱいあってかわいい」
唯「……あっ、これかわいい! 小さくて赤く……て……」
梓「唯先輩? ああもう、こんなとこに……あ」
梓(私と同じ色のムスタング……)
唯「ねえ梓ちゃん、これ誰のギターだっけ? わたし、見たことある……」
梓(唯先輩が私を忘れてから、ムスタングは見せてない)
唯「えっと……えっと、あれ? 誰?」
梓(もしかして、思い出してくれるかもしれない……!)
唯「……」
唯「……えっと」
梓(唯先輩……!)
唯「……わかんないや。ごめんね、変なこといって」
梓「……はは」
唯「あ! わたし、買ってくるね。梓ちゃんはもういいの?」
梓「はい。……大丈夫です」
唯「うん、じゃあ買ってくるから待っててね!」
梓(……そう簡単にはいかないよね)
梓(ちょっと期待した自分が悔しい)
…
唯「今日はすっごく遊んだね! 楽しかったぁ」
梓「ええ、そうですね。ありがとうございました」
唯「どういたしましてー! あっ」
梓「なにか買い忘れですか?」
唯「違う違うっ! ほら見て、月が綺麗だよ!」
梓「え?」
青黒い空には、月が白く浮かんでいた。月は動かず、眠らず、誰もの記憶の根底に根付いたまま、そこにある。悠々と、どこかを見ている。
唯「月なんていつも見てるのにね。不思議だね、今日は特別綺麗に見える」
梓「唯先輩、夏目漱石って知ってますか」
唯「ん? せんえんさつー」
梓「……そうですよね」
唯「ねえ、梓ちゃん」
梓「はい」
唯「思い出せなくて、ごめんね」
梓「……前も聞きましたよ」
唯「違う。……あのときは、多分。梓ちゃんがどれだけ寂しいのか、わかってなかったよ」
梓「今は、わかってるんですか」
唯「わたしは、そのつもり」
梓「……なら」
唯「ん?」
梓「なら、思い出してください!」
唯「ど、どうしたの梓ちゃん」
梓「梓ちゃんっていうのも嫌です! ……あなたは、きっと私の知ってる唯先輩じゃないんです。猫耳なんてつけようとしないし、抱きついてはこないし」
唯「梓ちゃん、ごめんね。でもわたし、頑張って思い出すから、」
梓「……私のムスタ……む、むったんも! 思い出してくれやしない!」
唯「え」
梓「覚えてないんですか!? なんでですか!? 私のギターは、さっきの赤いムスタングです! ……唯先輩が! むったんっていう名前を、つけたんでしょう!」
梓「私がむったんなんて名前考えると思いますか!? 唯先輩がつけたんですよ! あなたは、私の世界にいたんです!」
唯「……」
梓「……なのに、ギターを見ても思い出しやしない! 全然違う、違う人!」
唯「あずさ、ちゃん」
梓「……でも……やっぱり、唯先輩なんです。人懐っこくて、よく笑って。お騒がせで、優しくて」
唯「あず、」
梓「手が、温かくて……」
梓「私は、唯先輩を覚えてるんです」
唯「あずにゃん」
唯「あずにゃん、ごめんね」
梓「……もう、そんな思わせぶりはいいです」
唯「違う。違うよ、思い出した」
梓「え……」
唯「わたしの世界にも、あずにゃんはいたよ。毎日毎日一緒だった。ケーキ食べて、たいやき食べて」
梓「……食べてばっかりですね」
唯「クレープ食べて、アイス食べて……毎日二人で、笑ってたよね」
梓「……はい」
唯「ごめんね、あずにゃん」
梓「ひっく……は、い」
唯「わたし、思い出したよ」
帰った。あずにゃんは、泣きながら笑ってた。
部屋のいつもの場所には、CDが落ちていた。不思議なことに、埃をかぶっていなかった。
憂「お姉ちゃーん、起きてー」
唯「ういぃぃ……眠いよ~、あと五分」
憂「さっきも同じこと言ってたよ? ほら、起きてってばー」
唯「うううう」
憂「ほら、起きてよー」
憂「明日はまたお休みなんだから、今日一日頑張って」
……
律「よお唯!」
唯「りっちゃん! おっはよーっ」
澪「おはよう、唯」
唯「澪ちゃんもおはよー! あれ、ムギちゃんはまだなの?」
律「そうみたいだな、いつも早いのに珍しいなー」
澪「そうだな。昨日のドラマの話、したいんだけどな」
唯「あ、今週はわたしも見たよ! ヒロインの友達の女優さん、かわいいよね~」
律「おっ、ムギ」
紬「あ、りっちゃん。おはよう」
澪「珍しく遅かったなあ」
紬「ええ……。歩いてたらおば様に道を聞かれちゃったの~。一度道案内してみたかったから、一緒に駅まで戻っちゃって」
律「ムギ全開だなあ」
唯「ムギちゃん、おはようっ! 今日のおやつは?」
澪「会っていきなりそれか」
紬「今日はね、シュークリーム! チョコシューもあるのよ~」
唯「ムギちゃんだいすきー!」
…
唯「はあー、授業も終わったねえ」
律「な! 今日もよく学んだぜ!」
澪「お前半分は寝てただろ。ノート貸してやらないぞ」
紬「じゃあ、部活行きましょうか」
唯「うん!」
音楽室
唯「ん? ギターの音がするね」
澪「もう来てるのか」
律「早いなー」
ガチャリ
「……あ! 皆さん遅いですよ、もう」
紬「ごめんね。でも今日はシュークリームだから、ね」
「ほう、それは興味深い……って、そうじゃないですっ! ね、じゃないですよムギ先輩」
澪「偉いな、もう練習してたのか?」
「はい! 今日はもう、ちゃんと練習するって決めましたから! 澪先輩も練習しますよね?」
律「ええー、練習したくねー」
「律先輩も! 部長がいう言葉じゃないですよ」
唯「まあまあ、シュークリーム食べてからでも大丈夫だよ」
「でも、そろそろ文化祭に向けて練習しなくちゃ、恥かきますよ」
唯「だいじょーぶ! ね? あずにゃん」
梓「もう……仕方ないですね、特別ですよ!」
おしまい
※>>154
律「よお唯!」
~
唯「あ、今週はわたしも見たよ! ヒロインの友達の女優さん、かわいいよね~」
……
※>>154何で急に皆思い出してんの
木曜日が終わったからです
でも、>>154の世界では木曜日も普通に部活してたことになってます。
唯梓だけが「軽音部に唯と梓がいなく、木曜日しかないパラレルワールド」に飛んだみたいな感じ。
唯が梓を忘れてたのはそのパラレルワールドにちょっと染まったからです。……実は全然まともに考えてなかったごめん
最終更新:2011年02月28日 20:12