唯「わ、わたしそういう冗談は無理なんだってば! あはは、ねえ澪ちゃん?」
澪「平沢さん、もう一度言うけど……軽音楽部は三人だけなんだ」
唯「嘘でしょ? ねえ、わたしなにか悪いことしたのかな? なら謝るから、ねえ澪ちゃん……」
律「唯! 澪怖がってるから、よしてくれないか」
唯「あっ……ご、ごめんなさい」
律「……えっとな。同じクラスだから唯のことはもちろん知ってる。だけど、お前は軽音部じゃないはずだ」
唯「りっちゃん……」
紬「平沢さん、私達いじわるで言ってるんじゃないの」
唯「嘘……そんな、だって、四月にも四人で頑張ろうねって言ったのに」
唯「みんな、わたしのこと忘れちゃったの?」
律「唯のこといじめようとしてるんじゃないよ。けど……」
唯「うん……うん、ごめんね、りっちゃん」
澪「……少し落ち着いてから話してくれればいいからね、平沢さん」
紬「じゃあ、よければお茶でもどうぞ♪」
唯「みんな……ありがとう」
唯(私のカップじゃない……お客さんのだ)
唯(なんで、なんでだろ)
梓「こんにちはー。すみません、今日掃除当番で。遅れちゃいました」
唯「えっ……だ、誰? わたしの知らない子も入ってるの?」
梓「え?」
唯「あの……は、初めまして。三年生の平沢唯です」
梓「なにいってるんですか、唯先輩。あれ……皆さん揃ってなんでそんな風に見るんですか」
澪「えっと……二年生の子? だ、誰かの知り合い?」
紬「え……私とは初対面よね?」
律「な、なんだよそれ。私も初めてだぞ」
梓「なんですかこれ。り、律先輩。面白くないですよ」
律「……なんか二人目が来ると私が間違ってる気がするな……」
梓「えっ……は? 二人目? どういうことですか、唯先輩と澪先輩、律先輩にムギ先輩。……それに私で、五人で放課後ティータイムでしょう」
紬「……まあまあ、あなたも落ち着いてからにしましょう。そこ、どうぞ」
梓「ムギせんぱ……そうですね、今は私が変みたいです。お邪魔します」
澪「……じゃあ、平沢さんの知ってる軽音部は私達と平沢さんで、中野さんの軽音部は私達と平沢さん、それと中野さんなのか」
律「わかりづれー」
澪「律は静かにしてなさい」
唯「梓……ちゃん? わたしも、放課後ティータイムっていう名前は覚えてるよ」
梓「えっ、本当ですか」
紬「今の三人の軽音部も、放課後ティータイムよ」
澪「それじゃやっぱり、私達が忘れちゃってるだけなのかな」
梓「……新歓とか文化祭とか、ライブはどうしたんですか?」
律「ジャズ研と合同でやった。ま、楽しかったよ。そのときも唯が『りっちゃんよかったよー』って言ってくれてたけど」
唯「……」
梓「……ごめんなさい、今日は帰らせていただきますね」
紬「あっ、遠慮してるとかそんなのならいいのよ」
梓「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、ムギ先輩」
澪「なんかごめんな。またみんなでよく考えてみるから」
梓「はい、こちらこそすみません。……唯先輩は、どうしますか?」
唯「え……」
梓「……あ、唯先輩と私は初対面でしたよね。ごめんなさい、馴れ馴れしかったです」
唯「う、ううん。あの……わたしも今日は帰るね。みんなありがとう。梓ちゃん、よかったらわたしも……」
律「また来ていいからなー」
唯「……うん。ほんとにありがとう、りっちゃん」
帰り道
唯「……」
梓「……」
唯「……梓ちゃん、ごめんね」
梓「え?」
唯「梓ちゃんはわたしを覚えてくれてるのに、わたしは覚えてなくて。ごめんね。梓ちゃんが一番つらいよね」
梓「いえ……。……なんか、まだ少し疑ってるんです。皆さんの前では言えなかったんですけど、本当に私にいたずらしてるんじゃないかなって。信用できてないんですね、私」
唯「……」
梓「今も、何か吐き出したくて唯先輩と一緒に帰ろうとしたのかも。……ごめんなさい」
唯「梓ちゃん、今日謝ってばっかりだね」
梓「すみませ……あ、またですね。もう、なんか……あーあ」
唯「梓ちゃん?」
梓「……ごめんなさい、うちこっちなんで! 失礼します」
唯「あっ」
梓ちゃんの家はそっちではない。気が、した。
……
梓(忘れるわけないじゃん)
梓(私、そんなに嫌われてたのかな)
梓(唯先輩のことも忘れたふりしてたのはなんでだろ。……どっちにしろ、唯先輩もグルなんだ)
梓(私は……私は、みんな好きだったのに)
梓(寂しいし、悲しいし……)
梓(なんだか、悔しい)
梓「うっ……ひっく」
梓(正面切って言ってこないほど、私って厄介なんだ。嫌われてるんだ)
梓「……あ、テレビ。今日は木曜日なんだっけ」
梓(木曜のドラマは確か澪先輩とムギ先輩が見てて……)
梓(……はは、もうその話もしないんだろうな)
……
澪「なあ。やっぱり、平沢さんも中野さんもうちにはいなかったよな」
律「私もだ……でもさ、本当に私達が忘れてるんだったら、二人ともかわいそうだよな」
澪「本当にって。平沢さんが遊んでるだけだと思うぞ。仲のいい律がいるから、ちょっと遊びに来たついでに」
紬「澪ちゃん、本当かどうかは私達が決めることじゃないわ」
澪「ムギまで。もしかして、二人も平沢さんと結託してるんじゃないのか? 私が信じるのを見物にしよう、なんて」
紬「澪ちゃん」
澪「律、お前が企んだんだろうけど。ムギに平沢さんに、それに一年生にまで付き合ってもらって、そこまでして私を陥れたかったのか」
律「おい、いい加減にしろよ! 少なくとも私はそんなことに加担してない。ムギも唯も中野さんも、違うに決まってる!」
澪「お前の素行が悪いから疑われるんだろ?」
律「は!? 人を疑うような奴にそんなこと言われる筋合い」
紬「りっちゃんお願い、やめて……」
律「ムギ……」
澪「……確かに、少し思い込みすぎではあったけど。でもさ、三人まとめて忘れるなんて……ありえないだろ」
紬「でも、唯ちゃん泣きそうだったわ。信じてあげても、何も悪いことはないでしょ」
澪「……」
二年教室
唯「あの、中野さんってどこのクラスですかー?」
生徒「このクラスです。梓ちゃーん」
唯「ありがとー」
梓「なにー? あっ、唯先輩……」
唯「あのね、今日部活どうしようかなって。梓ちゃんは? 行く?」
梓「あ……私は、今日は遠慮しようかなって」
唯「そっかぁ、じゃあわたしも一緒に帰る! いいかな?」
梓「えっ」
唯「あ……い、いや?」
梓(私とは昨日あったばっかりのはずなのに。やっぱり唯先輩、人懐っこいんだ)
梓(昨日の夜、疑ったりしたの……悪かったな)
梓「いいですよ。一緒に帰りましょう」
唯「ほんと? ありがとう、あずにゃん!」
梓「え?」
唯「ん? 梓ちゃん、わたしの顔なにかついてる?」
梓「あ……い、いえ」
梓(……やっぱり覚えてるのかな。みんなとグルで)
帰り道
唯「今日ね、りっちゃん普通に話しかけてくれたんだよ。ムギちゃんも! 澪ちゃんはちょっとよそよそしかったんだけど」
梓「そうなんですか。前から律先輩とは特に仲良しでしたからね」
唯「そうそう、梓ちゃんよく知ってるねー。だからね、今日は嬉しくなっちゃってちょっとだけテンション高いの!」
梓「唯先輩がテンション低い日なんてほとんどないでしょう」
唯「失礼な!」
梓「ふふふ」
唯「にしても、不思議だよね~。梓ちゃんとは昨日会ったばっかりのはずなのに、梓ちゃんとっても話しやすいな」
梓「私からしたらもっと話しやすいですよ。私は唯先輩のこと、もう知ってますから」
唯「あ、そうなんだっけ。へへ、嬉しいな~」
梓(……もしかして唯先輩、みんなと組んでないのかな。ああもう、わかんない……)
唯「昨日といえばね。なんかね、今日は木曜日でしょ? でも昨日水曜日だった感じがしないんだよねー」
梓「ああ、私も……え?」
唯「え? なあに?」
梓「……昨日、木曜日でしたよ」
唯「あ、やっぱりー? 梓ちゃんもそんな感じするんだ」
梓「違います! 本当なんですって、私昨日のテレビの内容も覚えてます」
唯「え~? じゃあわたしに教えてよ」
梓「私のこと馬鹿にしてますね? いいですよ、澪先輩とムギ先輩が見てるドラマなんですけど……」
梓「……で、その友人を殴ったところで今週は終わったんですよ」
唯「そっかそっかぁ」
梓「む……ネットで調べたとかじゃないですよ」
唯「え! ネットってそんなのが載ってるの!?」
梓「さあ……あ、あと。うろ覚えなんですけど、なんとか大臣が入院したとか、そんなことをニュースでいってました」
唯「うん、じゃあそれいってたら信じてあげる」
梓「ほんとですからね!」
平沢家
唯「もう少しで梓ちゃんが言ってたドラマだ、つけておこうっと」
キャスター「……臣が、入院していることが……」
唯「ん」
唯「これ……」
梓の家
梓「昨日とご飯も一緒だったし、やってるテレビも全部内容がわかってる……なんだろ」
梓(まさか、昨日が繰り返してるとか……)
梓(それはないか。多分街中でテレビの内容を聞いただけ)
梓(ご飯は……うん、お母さんの手抜きだよ)
梓(明日は金曜日。絶対そうだ)
朝
唯「あ……梓ちゃん」
梓「唯先輩。おはようございます」
唯「ねえ、昨日話したこと覚えてる?」
梓「はい。……今日も木曜日みたいですね。テレビも携帯も時報も、みんなです」
唯「憂に昨日話したことも、今朝に聞いたら知らないって」
梓「私達だけなんでしょうか」
唯「なにが?」
梓「ループしたことに気づいてる人です」
唯「そうだね……けどね、わたしは梓ちゃんがいるから心強いよ!」
梓「何がですか……」
唯「でも……澪ちゃん達もわたし達のこと忘れてるし、変なことばっかり起きるね。明日はもう戻ってるかな」
梓(まだそれについて白を切るのか……)
梓(……もしかして唯先輩もなにも知らされてない、とか)
梓(それで唯先輩が私を忘れてるのは偶然……なんて、同じ部活の人間を忘れるのがそもそもないか)
梓「……もう、これ夢かなにかみたいですよね。現実だっていう感覚はあるんですけど」
唯「わたしはみんなが忘れちゃったときからそんな風に思ってたよー」
梓「……」
梓(……唯先輩、もしかして本当に覚えてないんじゃ……)
唯「わたしはそろそろ行くね。じゃあね、梓ちゃん」
梓「あ、はい」
放課後
唯「じゃあ、みんなわたしのこと忘れちゃったんだ」
澪「そうみたいだけど……なんだか平沢さん、ずいぶんあっさりしてるな」
唯「え? うん、まあちょっと寂しいけど」
梓(……今日も部活に来てみたけど、やっぱり覚えてないっていうみたい)
梓(さすがに昨日ほどのショックはないけど……少しだけ、うん)
梓「あの……じゃあ、今日はごめんなさい。唯先輩、私達は帰りましょう」
唯「えっ? あ、梓ちゃん待って」
バタン
律「どうしたんだろうな、唯」
唯「……今日もみんな、覚えてなかったね」
梓「……」
唯「梓ちゃん?」
梓「唯先輩。正直に答えてくださいね」
唯「う、うん」
梓「唯先輩は……本当に、私を覚えていないんですか」
唯「え? うん……あのときの、最初に澪ちゃん達が忘れてたところからしか……って、言い方が難しいけど。それしか、知らないよ」
梓「本当ですね」
唯「うん……」
梓「……ごめんなさい。私、先輩達を疑ってたんです」
唯「え」
梓「その、唯先輩と私が始めて会った日、ですか? ムギ先輩がお茶を入れてくれた日の帰り道、言いましたよね。いたずらで、忘れたふりしてるんじゃないかって」
唯「うん、覚えてるよ」
梓「少しだけ、唯先輩も疑ってたんです。……でも、ごめんなさい。これからは唯先輩のこと、信じますから」
唯「梓ちゃん……」
梓「だから……その、許してください」
唯「……もちろんだよ。いい子だね、あずにゃん」
梓(また、あずにゃんって)
梓(やっぱり、表面的には忘れてるけど。きっと、無意識に覚えてるんだ……)
梓(それならいつか思い出してもらえる、はず)
最終更新:2011年02月28日 20:09