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 翌朝。私たちが学校に向かうと同時に、お母さんたちとしばしのお別れをする。

 毎日学校で憂としているお別れよりは簡素なものだ。

 なるべくまじめに授業を受け、休み時間には和ちゃんと一緒に単語帳を眺める。

 帰っては早々に憂を抱き、行為のあと憂を寝かせてから、軽音部の歌を聴いた。

 数日そんな日々を続け、日曜日がやってきた。

 私はりっちゃん達と一緒に、憂も連れて楽器店に行った。

 みんながいるからあまりデート気分にはなれなかったけれど、手はずっと繋いでいた。

 そういえば2年の子、梓ちゃんがその日は用事があって来れなかったらしい。

 同じギターだから意見を聞きたかったけど、と澪ちゃんがぐちっていた。

 結局澪ちゃんのすすめで、5万2000円のギターを買い上げる。

 これで明日から私も本格的に軽音楽部の仲間になる。


 楽器店を出た後、部室に立ち寄らせてもらうことになった。

 あれからもりっちゃん達は駆けずりまわっていたけれど、部員は増えなかったらしい。

 ただ、あくまで私の視点から見れば、それで良かったのではないかと思う。

 初めて入った部室には、軽音部の私物が所狭しと置かれていた。

 りっちゃんの持ってきた雑誌、澪ちゃんのものだというヘンテコなぬいぐるみ。

 ムギちゃんのお家のティーセット、梓ちゃんが通販で買ったというガラクタ。

 この軽音部のどこにも、

 私や憂が本当の意味で入りこめるような隙はなかった。

 5人と1つの空席で机を囲み、お茶を少し飲んだ。

 受け入れてもらわないと。

 渋味と甘味の混在する、文字通り紅いティーを飲み、

 ぼんやりとそんなことを思った。


 翌日、月曜日からの日々は休みがなかった。

 学校中は勉強にいそしみ、

 放課後は軽音部でギターヴォーカルの練習をする。

 といっても、まだギターはほとんど弾けないので歌うことがメインになっている。

 ギターヴォーカルは、私が来るまで梓ちゃんの席だったらしい。

 その前は澪ちゃんが務めていたのだけれど、

 歌うのが恥ずかしくて梓ちゃんの入部と同時に歌をやめてしまったそうだ。

梓「私は澪先輩の歌、好きだったんですけどね」

 ティータイム中にしたヴォーカルの変遷の話は、

 梓ちゃんのそんな言葉と、小さなため息で締めくくられた。

 その日の夜は、憂が上になって私をいたわるような愛撫をしてくれた。

 私と憂が毎夜交わることができたのは、その夜が最後だった。

 それまでは修学旅行の時を除き、セックスを休んだことはなかったが、

 忙しい日々が続いて憂と毎晩セックスをするには無理がでてきたのだ。

 将来のためだから、と話しあって回数を減らすことにした。

 ただし、したくなった時にはいつでも誘いをかけることにして、

 うっぷんが溜まってしまわないように取り決めた。

 大抵、誘ってくるのは憂のほうだったけれど、私は一度もそれを断っていない。

 休む間もない毎日の中で、成績も、ギターの腕も上がった。

 憂とのセックスだって満足している。

 だけれど、梅雨が中休みを迎えたぐらいになってからなんとなく、

 日々に物足りなさを感じるような気がするのだ。

 同じころ、憂も「おいしい夕食を作りたいから」とめったに軽音部に顔を出さなくなった。

 それでも一週間に一度は、エッチがしたいときちんと訴えてくる。

 前回から多少間はあいてしまっているが、関係は良好なはずだ。

 謎の不満を抱えながら、今日も私はひとり部活を終えて家路につく。



 「唯ちゃん!」

 首筋にまとわりつく蒸し暑さを払いながら歩いていると、

 突然聞き覚えのある声がして私は立ち止まった。

 顔を上げると目前に電信柱が立っていて、

 迷い犬の張り紙に載った柴犬がじっと見上げてきていた。

 振り返ると、お隣のとみおばあちゃんが門から顔を出していた。

唯「あ……おばあちゃん」

とみ「ちゃんと前を見てないと危ないよ」

 心配そうな顔をしている。

 お隣のおばあちゃんはいつもそうだ。

 私たちを気にかけてくれるのはありがたいけれど、

 ずっと不安そうに見てくるので気分はあまり良くない。

 子供のころからよくしてもらっているから、この感覚を口に出したくはないけれど。

唯「エヘヘ……ごめん、ぼーっとしちゃってた」

とみ「何かあったのかい?」

唯「別に何ともないよ。ただ、なんだか……疲れちゃったかな」

とみ「大丈夫かい? 疲れたら休まないと……唯ちゃんはまだまだ若いんだから」

 余計なお世話だ。こっちには、休む暇なんてない。

唯「そうだね。たまには休もっかな」

とみ「うん、ゆっくり休みなさい。わたしは唯ちゃんたちが心配でならないんだよ」

唯「……ありがと、おばあちゃん」

 何がそんなに心配だというのだろうか。

 外に出る時は普通に振舞っているし、子供のころ体が悪かったわけでもない。

 おばあちゃんが心配性なのは子供のときからだから、

 私たちの関係に気付いているからでもないだろう。

唯「じゃあ、さよなら」

 逃げるように、自分の家へ向かう。

 なんだか無性に苛立って、ただいまも言わず家にあがりこんだ。

憂「おかえり、お姉ちゃん」

 憂が出迎えにくる。

唯「あぁ、憂……」

憂「おつかれ?」

唯「つかれちぃ……」

 ギターを立て掛け、靴を履いたまま廊下に寝そべる。

 ひんやりとした床の温度に目を閉じると、憂がしゃがんで靴を脱がしてくれる。

 下駄箱がガタガタ言った後、再び憂がひざまずく。

 今度は私の顔の横だ。

 流れ星みたく憂のくちびるが落ちてくる。

 もっとしたいと思ったけれど、憂のキスは一度きりで終わってしまった。

憂「ご飯できてるよ、お姉ちゃん」

唯「んー。起こして」

 私は久しぶりに、こらえきれないほどの性欲を抱いていた。

 お隣のおばあちゃんに余計なことを言われたのがストレスになって、

 性欲を抑える術を失くしていたのかもしれないし、もう十日もごぶさたなせいもある。

 今すぐにも憂を抱きたいところだったけれど、

 夕飯が出来ているからその前に食事をとることにした。

 両手を差し出して憂に引っぱってもらい、起き上がる。

 床はすでに私の体温と湿気でぬるくなっていた。

 リビングへ行くと、憂が作り終えたご飯を持ってきてくれた。

 卵がとろとろの親子丼だ。

 憂の得意料理の一つだけど、最近になってなお腕が上がったように思う。

唯憂「いただきますっ」

 隣同士に座り、箸を持った手を合わせる。

 つけあわせのかぼちゃの煮物にまず箸をつける。

 今にも崩れそうなかぼちゃを口に運ぶと、ほろりと甘かった。

憂「ん?」

 憂が私の腰元を見て、私も気付く。

 布越しに伝わる僅かな振動は、携帯から発せられている。

唯「あ、携帯……」

 マナーモードにしたままだから、携帯が鳴るのは両親からの連絡しかない。

 まさか明日帰ってくるなんて言わないだろうか。

 せっかく憂とセックスしようと思ったのに、これでは欲求不満で爆発する。

 おそるおそる携帯を手に取り、開く。

 『7月9日の昼ぐらいに帰るから、そのつもりでよろしくね』

唯「ほっ……」

 今日はまだ7月7日だ。

 お母さんたちが帰るのは2日後になるから、憂とのセックスに影響はない。

憂「何て?」

唯「あさって帰るって」

憂「ふうん」

 憂は興味なさげにご飯を口に運ぶ。

唯「ねぇ憂」

憂「ん?」

唯「もう10日も……だしさ、お母さんたちが帰ってくる前にエッチしようよ」


 私から誘うのはひさしぶり、

 あるいは初めてだったかも知れない。

 普段は憂のほうが誘うし、私も誘いを断ったことがなかったから、

 憂も快諾してくれるだろうと決めつけていた。

 その、せいかもしれない。

憂「……やーだよ」

 憂の拒絶はあまりにもわざとらしく思えた。

唯「そう?」

憂「う、ん……」

 歯切れ悪く憂は頷く。

 なおさら私はにやついた。

 こんなの、誘い返されているようなものだ。

――――

 たっぷりとご飯を食べ終えて、すこし休む。

 憂の後にお風呂に入り、憂が浸かった湯を口に含んで遊んだりしながら温まる。

 上がって体を拭くと、服も着ずに憂の部屋へ向かった。

 部屋はすでに暗く、憂は早くも眠っているらしかった。

 そっとドアを閉める。

 呼吸を落ち着けると、憂の寝息が聞こえてきた。

 うす闇の中で、その声を頼りに憂に近づく。

 ベッドの脇まで来ると、憂の様子がよく観察できた。

 一枚だけかけた毛布を乱し、薄く汗をかいて寝苦しそうにしている。

 毛布を丸めて床に降ろす。

 憂はご丁寧に、前留めのパジャマを着ていた。

 静かにベッドの上に乗る。

 これまでも、寝ている憂にいたずらをすることは何度かあった。

 けれど、こんなに胸が高鳴っているのは初めてだ。

 私は異様に鼓動が速い理由も考えず、ボタンに手をかける。

 落ち着かない指先が何度も憂を小突く。

 憂がすこし眉をひそめた。

 どうせ、起きたところで問題はない。

 私と憂はもとよりそういう関係だ。

唯「ふぅ」

 ようやくボタンを外し終わる。

 隙間からブラの留め具が覗いている。

 ブラのワイヤーに沿って指を滑らせて、パジャマを体の側に落としていく。

憂「う……」

 憂が身をよじる。そろそろ目を覚ましそうだ。


 2つの乳房の間にあるホックを外す。

 ダンボール箱のふたを開くように、カップを取り払う。

 白い肌がぼやっと闇に浮かんだ。

 撫でるように右手の指を置き、押し沈めていく。

憂「あぅ」

 あくびをするように口を開けて、憂が呻いた。

 親指を先っちょに乗せ、ラジコンを操作するように動かす。

 指と乳首がこすれて乾いた音を立てる。

憂「んっうぅ……」

 憂がぎゅっと体を固くした。

 私は覆いかぶさるように憂の上に体を持ってくると、

 左手も同様に胸に乗せて性感帯に触れさせていく。


憂「はぁっ……ぅ、おねえ、ちゃんっ?」

 やがて、憂が目を開けた。

唯「おはよ、憂」

憂「なっ、あ……!」

 先っぽをこね回しながら、くちびるに近づく。

憂「んっむ、うぅ!」

 中途半端にキスを済まされた恨みを晴らす。

 くちびるをかぶりつくように塞ぎ、舌を突き込んでかき回す。

 指の動きも休ませない。

憂「ん、ぁぶっ……ひゃめっ」

 憂の舌が私の唾液で潤っていき、張り付くような感触から擦れ合いに変わる。

 奥まで引っ込んだ憂の舌をつつき、前へ連れ出していく。

憂「んむ、ぁ……は!」

 不意に肩を掴まれ、体が押し上げられる。

 どろり、と大量の唾が憂の首元に垂れ落ちた。

唯「憂……?」

 私をじっと見上げている憂の表情が読めないのは、暗闇のせいだろうか。

憂「い、嫌っ……!」

唯「うあっ!?」

 憂の足が私の腰を払った。

 仰向けにベッドの上へ転がされ、そのまま私は床に落ちた。

唯「いてて……憂っ、なにするの」

憂「え、あ……」

 見下ろされても、やはり憂の表情は分からない。

 起き上がって、再びベッドにのぼる。

憂「ご、ごめんね?」

唯「いいよ。私もびっくりさせてごめん」

 憂はきっと驚いただけだ。

 そうでなければ、憂が私との行為を拒絶する理由なんてない。

 憂の肩を押し、ベッドに沈めるとまたくちびるを合わせた。

憂「んっう……」

 舌を差し込み、奥へと滑らせる。

 憂が背中を反らした。舌も縮こまって触れにくい。

唯「うーい、ベロ出して」

 頭を撫でて要求する。

 こんな調子ではとてもじゃないけれど気持ちよくなれそうにない。


憂「は……うぅ」

 震えながら、憂は舌を伸ばす。

 ちろりと現れた舌に吸いつき、口の中に招いた。

 いつもはわざわざ言わないでも、私のしたいことを分かっているのに。

唯「ん……」

 入ってきた舌をくるくる舐めまわし、舌のざらざらをこすりつける。

 憂が身をよじる。両手は私の手首を掴んで離そうとしない。

唯「……」

 なんの味もしない舌から、懸命に唾液を舐め取る。

 右手首に絡んでいた憂の手をふりほどき、

 脇腹を撫でて下ろしていく。

憂「あ……」

 憂は舌を引っ込めて、歯を食いしばった。

 パジャマの内に侵入し、下着の上から憂のアソコを撫でる。

憂「っ、や」

 さすがに、おかしいと思った。

 いつもの憂だったら、私にキスされた時点で布の上から分かるほどには濡れてくる。

 けれど今は、わずかな湿り気も感じられなかった。

 試しに下着の中へ手を忍ばせる。

憂「痛っ、痛い!」

 憂が拳を振り上げ、私の胸をどんと叩いた。

唯「ごめんっ……」

 服の中から手を抜き、憂の身体から降りる。

 心臓の鼓動はとっくにおさまっていた。

 あの脈動を早鐘のように鳴らしていたのは、興奮なんかではなかった。

 興奮など、ついさっきまで、行為の最中でさえ持ち合わせていなかった。

 あれは私にこの事態を告げようとする、胸騒ぎだったのだ。

 憂が握りしめた手を離してくれた。

 ベッドの縁に腰掛ける。

 憂は服を着直してから起き上がると、タンスからパジャマと下着を取り、持ってきてくれた。

唯「ありがと」

 それに着替えている間に、憂はベッドに横たわって毛布をかぶった。

 夜はさらに深まって、部屋は真っ暗闇に包まれていた。

唯「……憂」

 返事はない。暑いだろうに、憂は頭まで毛布を上げている。

唯「どうして、こうなっちゃったのかな」

憂「……ごめんね」

唯「憂?」

 毛布のふくらみが大きくなった。

憂「こんなつもりじゃなかった……」


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最終更新:2011年02月25日 20:58