長らく授業を聞き流しついにやって来た昼休み、りっちゃん達はまた教室を出ていった。
各教室を回って勧誘活動をしているらしい。
唯「……んー」
和「どうしたの、唯?」
唯「りっちゃん達、よく頑張るなぁって」
和「そうね。でも、気持ちは分かるわ」
お弁当をつつきながら和ちゃんが言ったことが、少しひっかかった。
唯「……ん、なんで?」
和「なんでって。部員を集めるのは、軽音部の今後のためでしょ?」
唯「うん、そう言ってた」
和「律たちは、未来のことを考えてるのよ。それが自分たちに直接関係は無くても」
唯「……みらい」
無性に口ごもりたくなって、ジャムパンをかじる。
和「だから、そういうところは私も共感できるなって」
和ちゃんが眼鏡のレンズを通して私をじっと見つめる。
私は何も言えずに、ひたすらジャムパンに食いつく。
和「……どれだけ頑張っても、誰も入部しなかったら何も未来には残らないけれど」
やがて和ちゃんは目を反らして、そんな風に言った。
それでも、視線は私を見続けているようだった。
唯「……そーだね」
私はようやく口を開いたが、和ちゃんがそれ以上突っ込んでくることはなかった。
あとは私次第だ。私がそう理解できたことに、和ちゃんも気付いているんだろう。
ジャムパンはすっかり少なくなっていた。
その割に、満腹感はほとんどなかった。
午後の授業を終えて、すぐに教室へ憂を迎えに行く。
毎日のことだから、憂の教室では私は少し有名人らしい。
唯「ういーっ」
教室のドアを開け、遠慮なく入っていく。
憂は教室の奥で、髪を二つ結びにした子と立ち話をしていた。
憂「あっ、お姉ちゃん!」
けれど、私の顔を見つけるとすぐに駆け寄って抱きついてくる。
そう、なんでも「抱きつき姉妹」と有名なのだとか。
二つ結びの子が苦笑しながら、カバンを2つ持って歩いてきた。
いつも憂と話しているから、純ちゃんという名前は覚えてしまった。
純「ほら憂、バッグ置いてかないの」
憂「あっ、ごめんね純ちゃん」
私から少し名残惜しそうに離れると、
憂はカバンを受け取って、肩にかけた。
純「相変わらずですねぇ」
憂「からかうのはやめてってば」
顔を赤くしながら、憂は手に指をからめて握ってきた。
純「あはは、ほんとアツアツ。つきあってるみたい」
純ちゃんが危ない発言を投げかけてきた。
もっとも、その顔は冗談ぶっていたから、慌てることもない。
憂「だからっ、そういうこと言わないの!」
憂も軽く頬を膨らませるだけだ。
こういう疑いへの対応もなかなか慣れてきた。
とにもかくにも、普通に返すだけでいいのだ。
純「ごめんごめん。さてと……」
純ちゃんはカバンを置くと、壁に立てかけた黒いものを背負った。
唯「なにそれ?」
純「ベースです。わたし、ジャズ研なので」
唯「ベース? あぁ、澪ちゃんの。……でっかいねぇ、重くないの?」
憂が私の顔を覗きこみ、見上げてきた。
純「え、えぇ。まあ重いですけど、持って来なくちゃ練習できませんし」
唯「どうして……」
重たいのにわざわざ持ってきて、わざわざ練習をするんだろう。
そんな疑問を口にしようとしたが、憂に手を引っぱられて言葉を飲みこんでしまった。
憂「お姉ちゃん、もう行かない?」
唯「……ん、そだね」
純「じゃあね憂、唯先輩もさよなら」
唯「ばいばい純ちゃん」
憂「また明日ね」
憂に連れられて教室を出て、下駄箱へ急ぎ足で向かう。
憂「……おねえちゃんっ」
靴を履き替えるために別れる前、憂が耳をつまみ、耳もとにくちびるを寄せた。
唯「なあに?」
憂「今日は……帰ったら、すぐね」
いっちょまえに嫉妬に燃えているらしく、憂はそのまま軽く耳にくちづけまでしてきた。
これが、今年の憂の誕生日より前にされたことだったら、素直に興奮していたかもしれない。
けれど少なくとも今日の私は、帰ってすぐにしたいという気分ではなかった。
それでも憂がしたいという以上拒みはしないし、
行為が始まれば結局燃えてしまうのだけれど。
ひとまず靴に履き替えて、昇降口で再び手を繋ぐ。
校庭へ出ると、運動部や帰宅部の生徒がひしめいていた。
その中でまた、異質な存在感を放つ着ぐるみが立っていた。
憂「軽音部の人達も大変だね」
私の視線を追って、憂は言った。
唯「……うん。大変だよ、ほんとうに」
憂「お姉ちゃん?」
憂の手を引いて、私は一番近くにいた猫の着ぐるみのもとへ歩いていく。
憂「ちょっとっ、やだよ」
足をつっぱって抵抗する憂を引きずる。
それでも、どうしても訊かなければ収まりがつかなかった。
猫「あっ唯ちゃん。……ど、どうしたの?」
上品な所作から、中身がムギちゃんなのは分かっていた。
そんなのはどうでもいい。軽音部であれば、誰でも。
着ぐるみの前までどうにか憂を引き連れてくる。
唯「ねぇ、なんでっ?」
息が整うのも待たず、私はたまりかねた質問をぶつけた。
猫「……えぇ?」
唯「なんで、そんな頑張るの? 着ぐるみなんて着てさ……」
繋いでいた手を振りほどくと、ムギちゃんの着ぐるみの頭を奪いとる。
蒸れた匂いがして、裸の憂が脳裏をよぎった。
唯「こんなに汗だくになってまで、どうして部員を集めるの? ……変だよ」
私の行動は思っていた以上に目立ったらしく、
視線と、そして残り3つの着ぐるみが私たちに集まってきていた。
唯「大変なこと、どうして頑張るの? 部活なんてさ……」
私はもしかしたら、この疑問に対する答えを知っているのかもしれない。
だからこそ、当事者と答え合わせがしたいと思っているんじゃないだろうか。
ムギちゃんはにこりと笑った。
くってかかるように詰問する私の前で。
きっと私に向けて笑ったのではなく、
この疑問に対する答えを言う時、彼女は自然と笑ってしまうのだろう。
紬「それはだって、軽音部は楽しいから」
唯「……楽しい、から?」
やっぱり、私の答えは合っていた。
犬「唯、なにやってんだ?」
棘のある口調でりっちゃんが言う。
が、ムギちゃんの笑顔を一目見ると、また私に顔を向けて、
犬「どうかしたの?」
と柔らかく訊いた。
唯「……りっちゃん、軽音部って楽しい?」
犬「ん? まぁそりゃあな。楽しくなかったらやらないよ」
唯「澪ちゃんは?」
馬「えっ、うん……そうだな。楽しいよ」
馬の着ぐるみをかぶったまま、澪ちゃんは照れ臭そうにそっぽを向けた。
唯「……きみは梓ちゃん?」
背後に立っていた豚の着ぐるみの子にも話しかける。
豚「はい」
唯「軽音部は、楽しい?」
豚「は、はい、それは、まぁ……そこそこに」
犬「なーにすかしてるんだよ、梓」
犬が豚に頭突きをする。
犬「もっと語れるだろ、けいおん部愛! 10分くらい」
豚「そっ、そんなには無理ですよ!」
紬「多少は語れるって事ね」
豚「うぁっ、もうムギ先輩まで!」
カラフルな着ぐるみに囲まれて、私はすこし笑った。
胸の奥で決心が固まっていく。
唯「澪ちゃん。私にも頑張れるかな」
馬「へっ?」
唯「私でも頑張ろうって思えるくらい、軽音部は楽しいかな?」
憂「おっ、お姉ちゃん!」
憂が叫んで、背中から飛びついてくる。
唯「うおっと……」
犬「唯? あのぉ?」
馬「それってまさか、入部したい……ってことなのか?」
唯「うん。……だめかな?」
言った瞬間、憂の腕がきつく締めつけた。
憂「やだやだやだっ、だめお姉ちゃん!!」
唯「う、うい?」
憂「やだっ、そんなのやだっ、お姉ちゃん帰ろうよっ、一緒にいてよ!」
抱き返すために振りほどこうとしても、
憂の腕は固く私を抱きしめて、ちっとも解ける気配がありません。
犬「ええっと……」
遠慮がちにりっちゃんが言う。
犬「ポジションが空いてないわけじゃないんだけど、さ」
唯「……うん」
犬「一旦、ご家族の方とよく相談されるべきじゃないかな。でないとこっちも返事できないわ」
唯「そうだね……」
猫の頭をムギちゃんにかぶせる。
唯「うい、憂?」
憂「いやだよぉ……」
唯「お家帰ろう、ね? うーいってば」
憂「……ん」
憂は鼻をすすったあと、顔をぎゅっと押しつけてすぐ私の手を掴んだ。
憂「……すいません、さよなら」
唯「また明日ね、みんな」
犬「あぁ……気を付けて帰れよ」
馬「またね、唯!」
猫「唯ちゃん、妹さん大事にね!」
空いている左手で応え、私は憂と校門を出た。
帰り道の間、涙を浮かべている憂にたくさん他愛ないことを話しかけたけれど、
何を言っても憂は反応せず、私の手を両手に握り、胸の前で抱きながら歩き続けるだけだった。
――――
家に到着して靴を脱ぐと、憂はすぐ階段に駆けていった。
その背中を見ても、私の決意は揺るがない。
けれど、憂には分かってもらう必要がある。
憂はきっと、嫌われたとでも勘違いをしているはずだ。
その誤解を解かないと、軽音部に入る意味がない。
私は憂が脱ぎ捨てた靴を下駄箱にしまっておき、ゆっくりと階段を上がる。
階上からドアを閉める音がする。
唯「っ……ん」
少しだけ眠気を感じた。いつもならこれから眠る時間だ。
話は睡眠のあとでもいいかもしれない。
のんきに思いながら、3階へ上がり私たちの部屋のドアを開ける。
ベッドにはすでにシーツがぴんと張られ、
ブラウス1枚になった憂が脱いだ制服をクローゼットにかけていた。
私もまずは着替ようと思った。
憂「いいよ、お姉ちゃん」
上着のボタンを外そうとすると、憂に止められた。
代わりに私の手に重ねて、憂がボタンを外していく。
憂「今日は私が脱がせてあげる」
唯「憂?」
憂「ごめんね、最近お姉ちゃんにちゃんとできてなかったね」
憂は手際よくタイを解き、ブラウスのボタンも外していく。
スカートのジッパーを下ろし、憂と同じ格好にさせられる。
憂「だから軽音部に入りたいなんて言いだしたんだよね?」
唯「そういうわけじゃなくって」
憂「ごめんね、お姉ちゃん。今日からは私からもたくさん気持ちよくしてあげるね」
憂がぎゅっと抱きついたかと思うと、腰から全身を綿の柔らかさが包んだ。
天井が一瞬見えて、すぐに憂が覆いかぶさってくる。
唯「ういっ……んむ」
くちびるが暖かな感触に包まれる。
憂「ん……お姉ちゃんべろちゅー好きだよね。いっぱい、いっぱいしたげる……」
間髪入れず、舌が入りこんでくる。
無味の、けれど自分のものとは違う味を持った唾液が舌にふれる。
唯「まっふぇ、んんっ、憂……」
確かに舌を絡めるのは好きだけれど、
その前に話がしたかった。
舌先をつつき、応えるように憂が舌の表を合わせてくると、
ぐっと力を入れて、自分の舌ごと憂の口まで押し返した。
憂「ふっあぁ」
私の上で、憂が腰を震わせた。
少し逃げようとしているその背中を強く抱きしめておき、
舌をひるがえして憂の舌裏にある唾液のプールへ忍ばせる。
憂「んっんんっ! んっ、むうぅ!」
溜まっている唾を掻きまわすように舌を動かし、下あごと舌裏を同時に舐めさする。
あっさりと形勢は逆転し、憂が首元にじわりと汗をかく。
私を押し倒した時の力はもう抜けていた。
唯「んむうぅーっ」
くちびるが勢いで離れないよう強く吸いついてから、
ぐるりと体を回転させて、憂を押し倒し返す。
唯「ぷぁっ。はぁ、はへ」
くちびるを離し、舌に残ったつばを憂のぼんやり開いた口に垂らしてあげる。
私の唾液の割合が多いわけでもないのに、幸せそうに憂はそれを舌に受けていた。
過分な唾液を垂らしきると、私は舌をしまう。
唯「ねぇ、憂」
憂「ん……?」
唯「憂は勘違いしてるよ。私はそんな理由で、軽音部に入ろうと思ったんじゃないの」
きょとんとした憂の瞳を見つめる。
憂「……けいおんぶ」
そしてまた憂の顔が歪もうとする。
私はくちびるを静かに重ねて、それを抑えた。
頭を撫でてあげながら、何度か軽くキスを繰り返す。
唯「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」
憂「ん……うん」
ほっぺを赤くし、憂は微笑んで頷いた。
最終更新:2011年02月25日 20:53