―びょうしつ!―

唯「ぅぅ…………」

律「ゆ、唯!?」

唯「ぅ、ぁ……」ゼーゼー…

律「おい、どうしたんだよ! 唯、唯!?」

唯「ぅ、ぃ……」ヒュー…ヒュー…

律「くそ……っ!」

律(ナースコールは……あった!!)バッ

律「大変なんですっ! 唯が、唯が……っ!」



唯(うぅ……『誰か』が叫んでる……)

唯(なんでだろう。頭が、くらくらするや)…フラッ

唯「お願い……私たちのことなんて、放っておいてよ……」

『           』

唯「……っ」

『      !』

唯「あなたが誰か思い出せないけど……お願い、もう、やめてよ……」

『    !      !』

唯「もう、私たちの世界に二度と来ないでっ!!」

『』

唯「はぁ……はぁ……」

唯(どうして? 憂がすぐ傍にいてくれるのに、どうして……こんなに苦しいんだろう……?)

憂「おねぇちゃん……だいじょうぶ……?」

唯「う……うん。憂は?」

憂「さっきよりは……へーきだよ……」

憂「だってね、おねえちゃんが、近くにいてくれるんだもん」

憂「おねえちゃんと一緒に居る為なら、どんなに苦しくても我慢できるから……」

唯「憂。わたしもね……」

『        』ポロポロ

唯「…………あれ?」

唯「泣いてるの……?」

『         』ポロポロ

唯「どうして、泣いてるの?」

『         』グス…グス…

唯「私がひどいこと言っちゃったから? ねぇ、どうしてなの?」

『         』

唯「ねぇ、答えて。答えてよ」

憂「お、お姉ちゃん? 誰と話してるの?」

唯「わかんない。わかんない、けど……」

『唯! お願いだっ!』

『戻ってきてくれよ……唯……っ』

唯「え……」



唯「りっちゃ……ん?」



―或る病室―

 ばたんっ!!


律「はぁ……はぁ……!」

澪「ど、どうしたんだよ律」

律「大変なんだよっ! 唯が、唯が……っ!」

紬「まさか……」

梓「ゆ、唯先輩になにかあったんですか……?」

憂「う……ぁ……」ハァ…ハァ…

純「!」

純「梓っ! 憂が……憂がすっごく苦しそうにしてる……!」

梓「う……憂っ!」



『  』タタ…ッ

唯「あぁ! 待って、待ってよりっちゃん!!」

憂「りっちゃん? ……お姉ちゃん、それ、誰のこと?」

唯「友達だよっ。大事な大事な、けいおん部の……っ」

憂「けーおんぶ?」キョトン…

唯「うい……?」

憂「お姉ちゃん……さっきから何を言ってるの……?」

唯「……え?」

憂「お姉ちゃんも、変な声のせいでおかしくなっちゃったんだね」

憂「つらかったよね。こわかったよね」

憂「私も、こわいよ……お姉ちゃん」

唯「……っ」

唯「憂は覚えてないの!? 忘れちゃったの!?」

憂「な、なに? なんのこと?」

唯「私もね、さっきまで忘れちゃってた」

唯「だけど、憂にだって思い出さなきゃいけない大切なことがあるでしょ?」

憂「わ……わかんないよ……」

唯「憂……っ!」

憂「どうして? どうして、そんな変なことを言い出すの?」

唯「変じゃないよ。今の憂の方が、絶対変だよっ!!」

憂「!」

憂「どうして……? どうして、そんなこと言うの……?」

唯「憂。私、思い出せた。みんなが呼んでくれたから」

憂「みんな? ねぇ、みんなって誰?」

唯「憂にだっていたでしょ? 憂を呼んでくれる、大切な人が。人達が」

憂「……それって」ポツリ

唯「……! 憂、思い出せたの!?」パアァ…!





憂「それって、あのうるさい耳鳴りのこと?」


唯「おねがいっ。思い出さなきゃダメだよっ!」

憂「どうして?」

唯「ちゃんと思い出して、一緒に行こう? ねっ?」

憂「どこに?」

唯「……うい」

憂「わかんないや」

唯「分かんなくても良いっ! 行こう、みんなのところへ!」グイッ

憂「い、痛いよお姉ちゃん! やめてっ!」

憂「みんなのところってどこ?」

憂「みんなって、だれ?」

憂「あったかくて、気持ち良いここよりも良い場所なの?」

憂「私より大切なひとなの?」

憂「お姉ちゃん。答えて。ねぇ」

唯「……」

憂「こたえて」

唯「向こうはね、ちょっと大変なこともあるけど」

唯「それでもとっても楽しい場所だったよ」

唯「みんな優しくて、一緒にいると楽しくてね……」

憂「……だけど」

憂「それって、これからもそうなのかな?」

唯「へ……?」

憂「これからも、絶対に変わらないのかな」

憂「ここに居れば、なんにも変らない」

憂(実はね、お姉ちゃんが腕を引いてくれた時)

憂「ずっとこのままでいられるよ。私も、お姉ちゃんも」

憂(少し……ほんの少しだけ、思い出せたんだよ。向こうの事)

憂「ここには大変なことなんて一つもないよ」

憂(記憶の奥底で黒いツインテールの女の子がないてた)

憂「お姉ちゃんは優しいし、一緒にいると私は楽しくて仕方ないんだ」

憂(その女の子が泣いていた理由も……思い出した)

憂(そう……思い出しちゃったよ)

唯「憂っ」

憂(目の前にいるのは、本当のお姉ちゃんじゃない)

憂「ねぇ、お姉ちゃん。私の話を聞いて」

憂(本当のお姉ちゃんは、白くて殺風景なシーツに埋もれてぐったりしているんだ)

憂「どんなに平和な世界でも、どんなに楽しい日常でも」

憂(だけど……向こうにはギー太を抱えてはしゃぐお姉ちゃんはもう、いない)

憂「あっさり崩れちゃうんだよ?」

憂(お医者さんは、最善を尽くすと言ってくれた)

憂「簡単に、あっけないくらいに。……それは、とても残酷な事。
  だけどね……あってはならない事は、毎日毎日地球のどこかで必ず起こってるんだよ」

憂(それでもお姉ちゃんは帰ってこようとしなかった)

憂「どんなに大切なものがあってもね、あっさり壊されちゃうの」

憂(何カ月も、ずっとずっと待ってたのに)

憂「お姉ちゃん。……向こうは、そういう世界なんだよ?」

憂(だから――私は会いに来たんだよ。お姉ちゃん)

唯「ういー……言ってることが難しすぎてちんぷんかんぷんだよ……」

憂「難しくないよ。
  私もお姉ちゃんも、それを体感したでしょ? すごく痛くて苦しくて、かなしいことを」

唯「……うい」

憂「ねぇ、向こうに帰ってどうするの?」

憂「帰って、みんなに会って……それからは?」

憂「また酷い目に遭うかも知れない。
 今度はお姉ちゃんの言ってた『大切な人』がそうなるかも知れない。
 その時、お姉ちゃんは堪えられる……?」

唯「……」

憂「私は堪えられないよ。そんなの、絶対に」

憂(……たえられなかったよ、おねえちゃん)

憂「それにね」

憂「向こうでは『時間』ってのがあるんだよ? 分かる?」

唯「うん……それも、思い出したよ……」

憂「そっか。なら、話は早いや」

憂「時間は少しも留まってくれないよ。
 楽しいことも、嬉しいことも、すぐに過ぎてく」

憂「今は一緒にいてくれる人が居たとしても、それは永遠じゃないんだよ。

 いつ、何が起こって離れ離れになるか分かんない。

 もしかしたら大好きな人達を嫌いになっちゃうような事だって起こるかも知れない。

 全部、全部、色あせちゃうの。それはかなしいことだけど、仕方のないことだから」

唯「……」

憂「それは、世界で一番こわいこと」

憂(なかなか目を覚ましてくれないお姉ちゃん)

憂「ここに居れば何も色あせない。何も、進まない」

憂(どうして目を開けてくれないの。どうしてまた私を抱きしめてくれないの)

憂「全てが新しいまま」

憂(どうして)

憂(どうしてどうしてどうしてどうして)

憂(きらいになっちゃうよ)

憂(あんなに好きだったお姉ちゃんのこと、きらいになっちゃうよ……)

憂(そんなの、やだよ……お姉ちゃん……こわいよ……)

憂「向こうに戻れたとしても、全てが元通りになる保証はないんだよ?」

憂(戻ったとしてもお姉ちゃんがまた目を覚ましてくれる保証は、ない)

憂「だから。だからね……」

憂(ずっと目を閉ざしたまま生き続けるかも知れないのに)

憂「……だから」…フラッ

憂(あれ……?)パタリ…

唯「……っ!」

唯「憂っ! 憂っ!?」

憂「えへ……へ……おねーちゃん」

唯「どうしたの? 具合わるいの?」

憂「やだなぁ、お姉ちゃん……逆だよー……」

唯「逆?」

憂「うん。あのね、なんだかとっても気持ちが良いの……心がぽかぽかしてるや……」ボンヤリ…

唯「しっかりしてよ、憂っ!」ギュウッ!

憂「なんでだろう……? おねーちゃんが抱きしめてくれてるから、かなぁ……」



―或る病室―

純「憂っ! 憂っ!」

紬「今、お医者さんを呼んだわっ。すぐ来てくれるって!」

律「ちくしょうっ。唯も憂ちゃんもどーしちゃったんだよぉ……」

梓「……憂」

梓「憂っ!」ギュー…ッ!

澪「あ、梓……っ!」

梓「やだやだっ! 純と私と、一緒に演奏するって言ってたじゃん!
  ずっと一緒だって約束したよね!? 忘れちゃったの、ねえ!!」ギュウー!

梓「忘れたんなら、もっかい言うよ! 何度でも言ってあげる!
 一緒だよ。何があったって、私達は一緒だよっ! だから、だから……っ!」

紬「梓ちゃん! 落ち着いてっ!」

梓「ううう……憂、憂、憂……っ。戻ってきてよぉ……」ボロボロ…




憂「――――っ」…ドクン

唯「ういー……?」ウル…ッ

憂(ちがう)

憂(これはお姉ちゃんの温度じゃない)

憂(私は、お姉ちゃんに抱きしめられてるのに……これは、だれ……?)

憂(だけど……妙に懐かしい感触が、する)

憂(この温度はもこもこ頭の子なのかな? それとも、あのツインテールの女の子かな?)

憂「えへへ……やっぱり、わかんないや……」ヘラ…

憂(わかんないけど……だけど、ほんわかした気分……)

憂(きっと、私にとって『大切な子』の温度)

憂(お姉ちゃんとおんなじくらい、大切なおともだち……だったのかなぁ?)

『        !』

憂(また、声がする)

『            』ボロボロ…

憂(だれかが、ないてる)

憂(私とは無縁になった世界で、大声を上げて泣いてる)

憂(あはは……まるで、少し前の私みたいだよ)

憂(眠るお姉ちゃんの隣で、声が枯れても泣き続けた私)

憂(そこには……あぁ、軽音部の皆がいたっけ)

唯「……――ぃ―――ぅぃ――」

憂(お姉ちゃんにしがみついて、

 自分でもびっくりするくらいの大声を上げて、

 お姉ちゃんをこんな風にした神様を恨んで、憎んで)

憂(皆を悲しませてるのに、私を苦しめてるのに

 静かに眠ったままのお姉ちゃんに腹を立てて……訳も分からないことをわめいて……――)



憂(あぁ、その時から私は忘れ始めてたんだ)

憂(あれが、涙と一緒に大切なものがこぼれてしまった瞬間だったんだ)


唯「――ういっ!」

憂「……おねーちゃん?」

唯「憂、本当にどうしちゃったの……?」

憂「うん……私、どうしちゃったんだろう……」

憂(あぁ……ぬくもりが消えていく……)

憂(どうして? どうして、私を離したの……?)

憂(お願い。もっと、もっと……)

唯「憂……どうして、ないてるの?」

憂「…………え?」…ポロッ

憂「私、泣いてる……」ポロポロ

唯「うん。泣いてるよ」ポロポロ

憂「あはは……どうして、お姉ちゃんまで泣いちゃうの……?」グスグス

唯「わかんない。だけど、とまんないや」ポロポロ ポロポロ

憂「……ふふっ。へんなの」…ポロッ

唯「変、かなぁ?」

唯「なんだかね、とっても暖かくって……。

 ………うん。やっぱり私、帰りたいや。憂と一緒に、帰りたい」

唯「聞いて、憂」

唯「さっき憂は言ってたよね。向こう側にはつらいのも悲しいのもいっぱいあるって」

唯「しかも、それがいつ起こるかも分からない。
 永遠の幸せなんて向こう側にはないんだって」

憂「……うん」

唯「そうだと思うよ。むずかしくって、ちょっぴりしか分かんないけど……なんとなくなら、分かる」

憂「……」

唯「だけどね、憂。……ここには、永遠しかないんだよ?」

唯「ここに来て、ここでしばらく過ごして……ようやく気づけたの」

唯「なんにも色あせないけど、ただそれだけだったんだ」

唯「それに気づいちゃったからかな。それとも、もともと私はこんなにワガママな子だったのかな、」

唯「どうせ過ぎ去るとしても。それが、あっさり消えるかも知れないとしても」



唯「私は、憂とあの世界で生きていたいんだ」

憂「おねえちゃ……」

唯「だからね……帰ろっ」…グイッ!

憂「わわっ!?」

唯「何言ってもだめだよ。憂がどんなに怒ったって離さないもんっ」フンスッ!

憂「だ、だけどお姉ちゃん……どうやったら帰れるのか分かるの?」

唯「あ……」

唯「……わ、わかんない。どーしよー、ういぃー!」メソメソ

憂「お姉ちゃんったら……」…クスッ


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