澪は勉強に続き、努力では決して埋められない差を唯に感じて、それをどう受け止めて良いのか分からない様子だった。

(澪ちゃん、澪ちゃんは澪ちゃんなんだよ。唯ちゃんとは違うんだよ。)

紬は心の中で思ったが、それを言葉にすることは出来なかった。

澪とはそういう関係を築いてこなかったし、言ったとしても、今の澪には冷静に受け止められないだろう。

律や梓は、手放しで唯の変化を賞賛したり、びっくりしたりして、騒いでいる。

やがて澪は一応は自分の感情を飲み込んだらしく、練習が再開された。

高校生活を締めくくるライブは大成功だった。

紬は、澪を見直した。

唯の独創的かつ、斬新かつ、柔らかな・・・どうとも形容のつかないギターフレーズをしっかりと受けきるベースラインを澪は用意してきた。

演奏も上手くなったような気がする。

(澪ちゃん、努力したんだろうな。)

メンバーが澪のベースの上達に沸き立つ中、紬は、軽音部での自分のキャラクターを演じつつ、控えめな表現をした。

紬「演奏するってことがこんなに気持ち良いなんて」

澪は、紬にそれが最大限の賞賛の言葉であることを理解してるよと、ニコッと微笑んだ。

紬は、そんなに深く会話を交わしたこともないこの友人がますます好きになった。

なんて一途でまっすぐな女性なんだろう。

ずっと友達でいたい。

紬は思った。

そこで、また紬の葛藤が始まる。

高校一年の時にメンバーと初詣に行ったときのことだ。

澪は一人、振り袖を着てきて、恥ずかしがっていたが、とても似合っていて可愛かった。

澪「ムギは振り袖を着てくると思ったのになぁ。」

澪が当てが外れたみたいに言う。

紬「私は家に年始の挨拶に来るお客の応対があって、三が日はずっと着物を着てたの。」

メンバーは驚き、

「それはお疲れ様でした。」

恐れ入ったように紬をねぎらった。

そう、私はこの子達とは違う・・・。

そう思わされる出来事の一つだった。

父親は、来客に、

「娘の紬です。」

と紹介していく。

否が応でも、紬は社交界に組み入れられていく。

「うちんとこの息子と同い年ですな。今度、連れてくるから相手してくれんかね?」

来客のうちには、冗談交じりにこのような話をするものも少なからずいた。

しかし、それは冗談では済まないかも知れない。

いずれ、琴吹家と見合った会社の社長の息子との縁談だって持ち上がるかも知れない。

大学生になれば、そして二十歳になれば、酒の席にも出なければならないだろう。

紬にとって、「着物を着る」ということはつまりは、そういうことだった。

澪のように、可愛く晴れ着を着飾ってお人形のように可愛くなって・・・、そういうことではなく、紬にとって晴れ着とはリアルであった。

私はいずれそういう世界に入っていかなければならない。

(その時、軽音部のメンバーと友達でいられるのかしら。いいえ、そもそも、一緒に居られる時間が作れるのかしら。)

桜ヶ丘野外音楽堂のライブも成功させて、卒業式を待つ間にも紬の心は揺れ動いていた。


しかし、時間は待ってくれない。

環境も容赦なく変わる。

全国有数のお嬢様大学。

良家、資産家の令嬢達。


律や唯や澪とは違う。

考え方も感じ方もまるで違う。

紬は、彼女たちとも相容れなかった。

紬は、自分の人生を考えていた。

どのように生きるべきか。

会社の経営に参加するのは良いとして、結婚はどうするのか。

まぁ、それは相手がいてからの話だが。

紬には確固たる意志があったし、着飾った令嬢達よりも魅力的な友人もいた。

だが、大学生活が始まると、その友人達とも自然と疎遠になる。

物理的な距離、生活サイクル、様々な差異が生じていく。

軽音部のメンバーもそれぞれの進路に進み、なかなか集まることが出来なくなっていった。

しかし、澪はなんとか、みんなに連絡し、スケジュールを調整して、集まる機会を作っ
た。

しかし、紬はそれも父親の仕事先の接待でいけなくなってしまった。

紬「澪ちゃん、ごめんね。」

澪「いや、それじゃ仕方ないうよ。」

紬は電話の澪の声が、予想以上に沈んでいるのに気付いた。

澪は平静を装っているが、紬は三年間も澪を見てきたのだ。

そんなにみんなで集まりたかったのか。

私にもそんなに会いたがっていてくれてたのか。

紬は申し訳なく思いながらも、澪のことを友人として愛しく思った。

次は絶対に行こう。

紬は決意した。

澪「律!合ってないぞ!」

紬には澪のいらだちがよく分かった。

メンバー各自、なんとか時間を作って集まった。

スタジオを借りて、練習に望んでいるのだが、いくら合わせようとしてもしっくりこない。

紬自身も自分の演奏がバンドのサウンドに溶け込めないのを感じていた。

みんな、少しづつ変わってる・・・。

音楽室で練習してた頃は、毎日顔を合わせていた。

その日に起こったことをどんなに小さなことでもおしゃべりのネタにして笑い転げていた。

そしておしゃべりに飽きたら練習を始めた。

そうすると、不思議とみんなのサウンドは解け合い、自分たちの音が自由自在に出せたような気がする。

梓は、必死に練習しているようにも見えないのに「放課後ティータイム」の演奏は感動すると評していたが、みんなの息の相方が絶妙だったのだ。

澪は

澪「こうしてお茶を飲んでおしゃべりする時間も必要なんだよ」

と梓に言っていたが、今となっては本当にそうだったんだと紬は思う。

リズムキープが正確だとか、個人個人が上手いだとか、そういう問題ではないのだ。

4人の演奏は絶妙に息があっていたのだ。

それが今、崩れつつある。

考えてみれば当たり前だ。

律と唯、紬はクラスまで同じだった。

そして放課後には澪も合流する。

どれだけ同じ時間を、同じ桜ヶ丘高校の生徒として、友人として過ごしてきたのだろう。

今は、全員が違う大学に進学し、会うことさえままならない。

練習だって、以前ほどは出来ない。

サウンドが変わってきて当たり前なのだ。

しかし、演奏自体はそんなにひどいものではなかった。

三年もやってきたのだ。

サウンド自体はそんなに崩れていない。

何か・・・、しっくり来ないのだ。

なにか・・・、息が合わないのだ。

紬には澪が焦って、なんとかしようとしているのが痛々しかった。

これはどうにもならない・・・というより変化を受け入れていかなければならない問題ではないのだろうか・・・。

この頃になると、紬は澪にアドバイスをしたくて、何度か声をかけようとしていたが、高校生活の三年間で作り上げた自分のポジションが邪魔をする。

一歩が踏み出せない。

そして決定的とも言える事件が起こった。

それは練習を終えてメンバーがファミリーレストランで食事をとり、談笑しているときだった。

律が取り出した音楽雑誌、先日の「放課後ティータイム」の記事が載っているものだが、それを回し読みしているときに、澪の顔色がサッと変わった。

紬は事前にその記事をちらっと見て危惧していた。

(ひどい記事・・・!これ、澪ちゃんが読んだら・・・)

しかし、律や唯は記事の内容に無頓着なのか、あまり気にしていない様子だった。

いや、律などは冷やかすかも知れない・・・。

律は澪のことを大切な親友だと思っているのには違いないが、長年付き合っている割には、澪の繊細な心に鈍いところがある。

彼女なりに気は遣っているらしいのだが、的外れなことも多い。

というより、澪の異常な恥ずかしがり屋の原因は、小学生の頃から、律が澪をからかい続けたからだという説もある。

結果として紬の危惧した通りになった。

澪は記事の内容を読み終えると、具合が悪いと言って帰ってしまった。

唯「澪ちゃんどうしたのかな?」

律「思い通りにならなくてすねてんだよ!」

律は言葉とは裏腹にかなり気になっている様子だった。

梓も心配している。

しかし、誰も紬ほど澪の心情を理解してはいなかった。

ここしばらくの唯へのコンプレックス、ライバル心・・・、それを努力で克服し、バンドを引っ張って、二回のライブを成功させた。

澪は紬から見ても尊敬できる働きをした。


しかし、雑誌の内容は、唯を音楽的なメンで大々的にとりあげ、澪はお色気アイドルのように扱われていた。

しかも、澪の下半身、スカートの中を、まるで盗撮したような写真の数々。

(澪ちゃん・・・!)

紬は途方に暮れた。

もっと深く、彼女に関わるべきか。

でもそうすると、私、このメンバーと離れられなくなる。

ただでさえ、ずっと一緒にいたいのに。

でも、いずれ私は私の場所に帰るから、少し距離をとって付き合っていたのに。

どうしよう・・・?

紬はしばしば澪に電話をした。

しかし、確信には触れられずに、世間話で終わる。

澪がスケジュールのことを尋ねてくれば、なるべく時間を空けるようにも努力した。

しかし、他のメンバーとの兼ね合いでなかなか日程が決まらない。

その内、澪からの電話が来なくなった。

紬は電話をするが、何か気のない様子の澪。

(どうしよう・・・。このまま空中分解なんていやだわ。)

充電期間ならまだ良いが、このまま事実上の解散になってしまうのはいやだった。

ちなみに充電期間というのは、バンドの名前を決めるときに、紬が飛ばした彼女一流のギャグなのだが、軽音部での彼女のキャラクターが災いして、誰も笑ってくれず、

「縁起が悪い」

の一言で済まされたという言葉だ。

月日は過ぎていく。

そうこうしている内に、ろくにメンバー同士が会えないまま、一ヶ月が過ぎた。


紬の大学生活は順調だったが、順調であればあるほど、桜ヶ丘高校での生活が恋しくなっていった。

何の事件もなく、毎日がただ好きていく。

紬は合コンやサークルのコンパなどには興味がなかった。

当たらしく出来た友人達ともあまり接点はない。

やっぱり本当の自分は出せないと感じていた。

大学の新しい友人達に、紬が本当の自分を出せば、引いてしまうだろう。

これでは、小学生の時と変わらないではないか。

家が金持ちという共通点はある。

自分の家柄にコンプレックスを持つ必要なもうない。

しかし、紬の個性を受け止めてくれるだけの友人は見つかりそうになかった。

自分はどうして軽音部のメンバーともっと積極的に付き合わなかったのだろう。

きっと彼女たちなら本当の私でも受け入れてくれただろう・・・。

紬は今になってはっきりと分かった。

しかし、小学校、中学校と友達に受け入れられずに淋しく過ごした彼女はそれでも精一杯やってきたのだ。

軽音部のメンバーとの交流を通じて、それは癒され、やっと求めるものが分かってきた。

なのに、もうそのメンバーとは離ればなれなのだ。

(いや、私は私の道を進まなければならない。振り返ってはいけないのよ。)

もう、手に入らないものならば思い切るしかない。

紬はこの一ヶ月の葛藤をそのように結論づけた。

そんなある日、唯から電話がかかってきた。

唯「ムギちゃん!澪ちゃんがないてるよ!!淋しい、淋しいって」

唯「澪ちゃんがみんなと会えなくて淋しいって泣いてるよ!」

紬は胸の奥がキュンっとくるしくなった。

澪が泣いている・・・。

私は見て見ぬ振りをしてきたのだ・・・。

私がなんとかしなくちゃ。


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