しばらく何かを考えている様子だったが、

澪「い、いや、和とは何もないよ。」

(ん~?おかしぃぞぉ?何かがおかしいぞ?)

さすがに唯にも、澪の様子がおかしいことが分かってきた。

唯「じゃぁ、なんで泣いてるの?」

澪「う・・・」

唯はまっすぐに澪を見つめる。

何がおかしいのかは分からないが、澪に聞かなければ何も分からない。

唯は澪が泣いているのはとても嫌だった。

私に何か出来ることないかな?

無邪気な優しさを発揮する唯。

澪「ゆ・・・唯なんて嫌いだ・・・」

(え?)

(・・・・ミオチャン、ナニヲイッテルノ?)

唯は澪が何を言ってるのかしばらくのあいだ、理解できなかった。

唯「え?ええええ!」

(澪ちゃんが私のこと嫌い?)

澪が何か言ってるが、唯には聞こえない。

唯「み、澪ちゃん・・・私のこと、嫌いなの・・・?」

悲しかった。

とにかく悲しかった。

唯は澪のことが大好きだった。


唯の場合の人に対する好意は

「私たち親友よね!」

「私たちの友情は永遠だよね!」

そんな言葉にはならない、もっと本能的な感情を持っている。

とにかく澪のことは「好き」で「大切な」存在だった。

そして澪も同じように唯のことを思っていると唯は当然のように思っている。

律も、紬も、梓も。

憂も、さわ子も誰に対しても唯は深い愛情を持っていたし、また相手も持ってくれていると信じているのだ。

澪が自分のことを嫌いだというのは唯にとってはそういう世界観の崩壊に近いものがあった。

唯は悲しいから、どうだとか、嬉しいからどうだとかそういう行動はしない。

悲しいときはただ、ただ、悲しいだけであり、嬉しいときは嬉しいだけである。

そしてその感情を精一杯表現するだけである。

感情に対して虚勢をはったり、ごまかしたりは出来ないのだ。

今はもう、ただ、ただ悲しくてどうしてよいのか分からなくなってしまった。

唯は顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。

一方、澪。

自分の感情に対して素直になれない澪。

自分のことより、人のことを心配する澪。

澪が唯のことを嫌いなはずはない。

澪にとっても唯は大切な友達であった。

それなのに、こんなに傷つけてしまった・・・。

澪「い、いや・・・違うんだ・・・。私が駄目なんだ。」

澪もついに感情を抑えきれなくなってしまった。

自分が傷つくのはいい。

しかし、唯をこんなに悲しませてしまったことがたまらなく悲しかった。

澪「わ、私が・・・。ごめん!唯・・・!ご、ごめんなさい・・・。うわ~ん」

澪は号泣し始めた。

唯は驚いた。

(え?ち、違うの?澪ちゃんが駄目だってどういうこと?)

澪は姿勢を維持できないらしく、床に伏せて泣いている。

「ヒック、ヒック」と嗚咽が混じり、背中が苦しそうに上下する。

(っていうか、澪ちゃん、大丈夫?)

唯「ど、ど、ど~したの澪ちゃん!」

唯には何がなんだか分からない。

澪の嗚咽は続く。

悲しみと絶望に暮れる澪。

唯はただ、呆然と澪を見ていた。

(澪ちゃん、どうして泣いてるの?)

(澪ちゃん、何が悲しいの?)

(澪ちゃん・・・!)

その時に唯がとった行動は本能的なものだった。

澪を優しく、包み込むように抱きしめる。

それは唯の言葉だった。

幼い頃から、仲の両親の愛情をいっぱいに受けて育った唯。

妹の憂も含めて、平沢家は互いを信じ合い、愛し合い、朗らかな家族を築いている。

両親は特に唯にあれをしろ、これをしろ等は言わなかった。

どちらかというと、夫婦水入らずで旅行に行ってしまうなど放任派なのだが、一番大切なことをしっかりと唯、憂の姉妹に伝えていた。

唯にとって、感情とはいつでも言葉にするものではなかった。

笑いたいときはせいいっぱい笑い、泣きたいときはわんわん泣いた。

喜び、悲しみ、全て言葉にせずとも分かち合えるものだった。

唯がいつでも唯でいられる強さの源はここにあった。

悲嘆に暮れる澪を慰める言葉を唯は持たない。

体が勝手に動いた。

かつて梓をなだめたときもそうだった。

相手の気持ちを考えてばかりではとれない行動。

信じて疑わない強さ。

唯の母性。

今、唯の腕の中で澪は落ち着きを取り戻してきている。

言葉を交わさなくても唯には分かった。

無粋だが、唯の感覚を言葉にすると以下のようになるだろう。

私が悲しいとき、お父さんやお母さんはこうしてくれた。

それは私がお父さんやお母さんを必要としていることを言葉にしなくても分かっているからだ。

唯「澪ちゃん、私、澪ちゃんのこと大好きだよ。」

唯は澪に語りかける。

唯は相手を慰める言葉は持たない。

ただ、自分の感情を表現するだけだ。

唯に相談事を持ちかける人間はいなかったから、慣れていないということもあるのかもしれないが。

唯「例え、澪ちゃんが私のこと嫌いでも。澪ちゃんが自分のことを駄目だなんて言っても私はそうは思わないよ。」

澪「グスッ、グスッ・・・、本当?」

唯「絶対に本当。世の中がひっくり返っても自信があるよ。」

澪「・・・・グスッ・・・・・。」

澪はそのままゆっくりと唯の胸にもたれかかってきた。

不謹慎だが唯はうれしくなった。

(澪ちゃん、大好き!)

もう、唯の心には暗いところがなくなっている。

なんというタフさ!

人は本来は強い。

困難を乗り越えて行くことが出来る生き物だ。

人が困難を乗り越えられない理由は、能力の問題ではない。

それは孤独から来ている。

同じ方向を目指して本気で努力する仲間がいれば、人は何倍でも強くなれる。

澪にはここまでさまざまな葛藤があったが、一言でいうならば、澪は必要とされたかったのだ。

唯に変わらない友情を告げられた澪は、深い安堵を味わった。

私は独りぼっちじゃなかったんだ・・・。

澪は自分を抱きしめている唯の腕にそっと手を置いた。

澪「唯、私ね・・・」

唯「なぁに?澪ちゃん」

澪「私、子供なの。多分、中身が子供なの・・・。みんなに見せている澪はしっかりしなきゃって頑張っている澪なの。」

(みんなに見せている澪ちゃんが大人で、中身は子供?)

唯は一瞬でこんがらがった。

(私が見ている澪ちゃんが、え~と、大人で、つまり、子供の澪ちゃんは・・・)

唯の考えがまとまらない内に、澪は言葉を継いでく。

澪「だからみんなが知ってる澪は、大人のふりを一所懸命してる澪で、本当の私はみんなより子供なんだ・・・。」

(澪ちゃんが私よりも子供?りっちゃんよりも?)

自分ではよく分からなくなったので、悪友の律を引き合いに出して考える。

(いやいやいや。澪ちゃんがりっちゃんより子供って訳はないよ。)

澪「みんなと、もう高校のときのように会って、お茶を飲んんだり、お喋りしたり、合宿に行ったり、そんなことが出来くなって、淋しかったの。」

(な~んだ!そうか!)

最後だけは分かった。

澪が一生懸命話すことが今いち分からなくて、唯は焦っていたが、なんとか意味を理解し始めていた。

少しばかり余裕が出来た唯は、自分の腕に包まれている澪を見た。

(か、可愛い・・・!)

澪「またあんな時間を作ろうと頑張ってみたけど、私一人が必死になっている気がして。みんなも同じように感じてると思ってたけど・・・」

(そんなことないよ!澪ちゃん!私はみんなと会う為に、大学にも行かず頑張ってるんだから!)

唯は賢明にも共感を口にはしなかった。

澪が顔をあげ、唯をのぞき込んで心配そうに尋ねる。

澪「私だけが淋しいのかな?私だけが悲しいのかな?」

(か、か、か、可愛い!)

唯の心は張り裂けそうになった。

唯はあらゆる感情で胸一杯になる。

喜びでも悲しみでも。

そして、それを体いっぱいに表現せずにはいられなかった。

感情を隠すことなんて出来ない。

特に可愛いものを見たときに、唯はどうしていいか分からなくなることが多々あった。

動物でも人間でも一緒だった。

もちろんギターも。

可愛いものは愛すべき物。

愛するからには精一杯愛したい。

だから唯は抱きつく。

頬ずりする。

普段から、澪に萌えることが多かった唯だが、今回の澪の可愛さには参った。

どうにかしないと、心がはち切れそうだよ!

唯はまた本能的に動いた。

唯は澪を押し倒していた。

澪「キャッ!」

澪が小さく悲鳴をあげる。

唯「澪ちゃん、可愛過ぎるよぉ!」

(でも、あれ?私、何してんだろう?)

珍しく唯に客観的な視点が生まれていた。

(これってちょっと変だぞ?)

自分が勝手に動いていると感じて戸惑う唯。

しかし、自分を止めることは出来ない。

澪の顔は驚きでまじまじと唯を見つめている。

小さく震える唇が可愛い。


澪「ちょっ!!ゆ、唯?」

澪に顔を近づける唯。

(澪ちゃんにちゅうしたい!)

唯の体は本能通りに動く。

もう一人の唯はまた戸惑う。

(ちゅー?ほっぺじゃなくて?)

澪は唯を押し返そうとしていた。

ぐぐぐぐ・・・。

澪と力比べをした場合、どう考えても唯が負ける。

事実、澪に萌えた唯は何度も澪に抱きつこうとしているが、いつも澪の長い手に阻まれ、未遂に終わっていた。

なのに。

なのに、今は、澪の力が弱い。

澪の力が抜けていくかのようだ。

抱きしめている澪の体がふわっと柔らかくなる。

これが同じ澪の体かというほど、その感触は柔らかで、か弱く、愛しく感じられた。

今までは視覚や聴覚で澪を可愛いと感じてきた唯。

今日、初めて澪の感触というものに触れた。

唯はいっそう萌えた。

自分の行動にとまどっていた唯も、

(あ、こりゃ駄目だ。)

と思った。

(うん、私、止まんないや。)

(澪ちゃんが可愛すぎるんだ。私、悪くないよね?)

と、極めて無責任な感想を持った。

もう、唯は自分の行動に驚いていなかった。

自分の唇を澪の唇に重ねていく唯。

澪は目を閉じた。

唯も目を閉じた。

が、すぐに薄目を開けて澪の顔を見る。

これを澪が知ったら、素に戻っていたかも知れない。

(かわいい、かわいい、かわいい!全私が萌えた!)

目を閉じて、唯の口づけを受ける澪。


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