外伝 第十四章 平沢唯 唯視点
「ごろごろぉ~、ごろごろぉ~。」
別に雷が鳴っているわけではない。
このところ、唯は日がな一日、部屋で寝っ転がって暮らしている。
日中、両親はともに会社に行っているし、当然に憂は高校に通っているので、家には唯一人しかいない。
ギターを弾いたり、漫画を読んだりして楽しく過ごしていた唯だったが、流石に飽きてきたのか、自分で
「ごろごろぉ~、ごろごろぉ~。」
と独り言を言いながら寝っ転がっているのだ。
唯「暇だ!」
唯は立ち上がった。
大学に行けば解決する問題なのだが、彼女にはその選択肢はないらしい。
彼女は大学生活に「綿密な計画」を立てていた。
「私は死ぬほど勉強を頑張ったのだ。」
「だから、しばらくは思いっきりゴロゴロするぞ!」
この計画に唯はおおいに満足しているし、躊躇なく実行しているというわけだ。
♪♪♪
ベッドの上に放置してあった携帯が鳴った。
パコンッ
携帯を開き、唯は電話に出た。
唯「もしもし?あ!和ちゃん!」
親友の和だ。
思わず唯の声は弾んだ。
このところ、家族としか顔を合わせていないので友人からの電話は嬉しい。
しかし、それは高校時代、和に
「こうやってニートが出来上がっていくのね」
と心配された生活そのものだった。
和は中学までは何をするでも一緒で、唯の面倒を見てきたが、高校入学を契機に、唯に自立を即した。
唯にクラブ活動を勧めたのも和だった。
唯は和には素直に従う。
そして特に興味もなかった軽音部に、カスタネットが出来るという理由だけで入部し、その後のお話につながるのだが・・・。
和「唯?あんた、また大学に行ってないの!?」
唯「いやぁ、家でごろごろしてたよぉ」
和「ちょっといい加減にしなさいよ!なんのために勉強して大学に合格したの?」
唯「・・・?」
唯はしばらく考えてみた。
唯「そう言えば、何の為に大学に行くんだろ?」
和は唯独特のペースにひるんだが、ここで負けては唯の為にもならない。
和「もう!いいから外に出なさい。毎日、毎日、家の中でごろごろしてたら太る・・・」
和は思い出した。
そう言えば、唯は太らない体質だった・・・。
女子に対しての最大の脅迫も唯には通用しない。
和「あ、ああ、あんたは太らないかも知れないけれど・・・」
唯「てへへ、そ~なんだよね」
唯「てへへ、そ~なんだよね」
和「いいから、外に出なさい!」
もう和は叱りつけるしかなかった。
この娘はほんとにっ!
和には唯に対して幼い頃からある種の責任感を持っていた。
この娘は私がなんとかしなきゃ、どうにもならない。
唯「分かったよぉ。」
唯はしぶしぶ了承した。
和「リハビリよ!リハビリ!散歩にでも行ってらっしゃい。」
唯「散歩かぁ。」
和「ふぅ。また電話するから。」
唯「あ、和ちゃん、バイバイ~」
パコンッ。
電話を閉じた唯は散歩に行くことにした。素直というか、何も考えていないというか・・・。
しかし、これでも唯は和の通う有名私大よりも偏差値の良い国立大生なのだ。
唯は簡単に身支度を済ませて、昼下がりの街に出ることにした。
唯「うひゃぁ、気持ち良い~」
散歩というアイディアを提供してくれた和に感謝したかった。
大学に通うためだとか、目的地のある外出はどうも楽しくない。
しかし、昼下がりの散歩は家でごろごろするのと同じような感覚だ。
唯はごろごろに付け加えて一日のスケジュールに散歩も入れるか・・・と思案する。
和は別に散歩の楽しさを唯に伝えたかったのではないのだが・・・。
唯は目的地もないままどんどん歩いていった。
風が気持ち良い。
住宅地を抜け、市街地に入る。
道行くサラリーマンが唯を振り返った。
本人は自覚していないが、実は唯はかなりの美少女である。
しかし、実際に唯に会って会話をし出すと、彼女の美貌よりもその独特のペースと個性に目を奪われてしまう。
そして、大抵の人は、唯が美少女だということを忘れ去ってしまうのだ。
唯はどんどん歩く。
道々、散歩中の犬を撫でる。
乳母車の赤ちゃんに挨拶する。
店頭の雑貨を眺める。
鯛焼きを買う。
まったく散歩は素晴らしい!
唯は楽しくて楽しくて仕方がなかった。
ひとりでに笑みがこぼれる。
(私って、エコ?散歩だけでこんなに楽しいって、私って地球に優しいよねぇ!)
アーケードを潜り商店街に入ると、「いつもの楽器店」が見えてきた。
(あ、そう言えばみんなどうしてるんだろう?)
彼女に言わせれば、家でごろごろしているのには一つの理由があった。
スケジュールを空けておいてバンド活動を頑張ろうと、唯なりに一応は考えていたのだ。
バンド活動が無くても同じように家でごろごろしていた可能性は否めないが・・・。
(もう一ヶ月もみんなと会ってないや。スケジュールが合わないんだよな~)
さっきまでの楽しい気分は消え失せ、唯は淋しくなってきた。
(澪ちゃん、あんなに張り切ってたのに。あ、そうだ、澪ちゃん、どうしてるんだろう?)
澪の携帯に電話してみる。
♪♪♪「留守番電話に転送します。」
(あれ?)
唯はこんどは澪の自宅に電話してみた。
「はい、もしもし?」
澪の母親だ。
唯「あ、秋山さんのお宅ですか?平沢ですけど、澪さんはいますか?」
「ああ、澪?さっき帰ってきたわよ。唯ちゃん、久しぶりねぇ、元気?」
唯「は、はい!元気です!」
「澪、電話口に呼ぶ?」
唯「あ、結構です。ありがとうございました。」
いきなり行って澪ちゃんを驚かしてやろう!
久しぶりに澪ちゃんに会える!
澪を驚かすためにいきなり家に行くというアイディアに唯は満足した。
まったく私は天才だ!
さっきまでの淋しい気持ちはどこへやら、唯はまたうきうきした気持ちで歩き出した。
トントントン・・・。
唯は澪の家に来ていた。
澪の母親に断って、澪の部屋がある二階への階段を上る。
(澪ちゃん、驚くかな~?)
唯はそ~っとドアのノブを回した。
ガチャッ!
思いの外、大きな音が鳴ってノブが回る。
(あちゃ~、これじゃ澪ちゃん、気付いちゃうよ・・・)
唯はへやにそ~っと入って
唯「こんばんわー、澪ちゃん」
澪を驚かすための一声を上げた。
反応がない。
というか、カーテンは閉め切られ、電気も付いておらず、部屋は真っ暗だ。
(あれ?)
唯「家にいるって澪ちゃんのお母さんに聞いたから来ちゃったよ。」
返事がない。
しかし、ベッドの布団が人の形に盛り上がっている。
(もしかして澪ちゃん、寝てるの?)
自分はともかく、こんな時間に澪が寝ているというのは具合が悪いのかな?
唯は声を小さくした。
唯「カーテン閉め切って、部屋真っ暗にしてどうしたの?もう寝てるのかな?」
澪「何しに来たんだ?唯?」
布団の中から声が聞こえる。
やっぱ、澪ちゃんいるんじゃん!
唯は電気も付けずに、その場に座った。
唯「いやー、もう一ヶ月も立つのにさ、一度もみんなと集まれてなくてさ、淋しくって。澪ちゃん、どうしてるかなーって。」
澪が布団の中から顔だけ出した。
唯「澪ちゃんはみんなと会えなくて淋しくない?」
澪は唯の質問と違うことを答えた。
澪「・・・・。あのさ、唯、いつでも時間空いてるっていうけど、大学ちゃんと行ってるの?」
唯「大学っていいところだよねー、自分で授業を決められるんだよね!だから、一年目はすんごくお休みを多くしたの!勉強いっぱいしたからこの一年は家でごろごろするんだ!」
唯は自分の学業計画を披露した。
澪「ば、馬鹿!・・・唯!それじゃ、絶対に後で単位取れなくて泣きを見るぞ!」
う、澪ちゃん、和ちゃんと同じことを言う・・・。
唯「えへへ、さっき和ちゃんにも電話で同じことを言われたよ。」
唯は白状した。
(でも、和ちゃんもも澪ちゃんもどうして、そんなに焦ってるのかな?)
いや、和も澪も唯のことを心配しているのだ。
全く、唯は放っておくと、大学で四年間、ごろごろしかねない。
和や澪が必死に説教してるのに、まるで堪(こた)えた様子が唯にはないから、更に必死になるのである。
唯は、ただ
唯「てへへ~」
とはにかんで笑うが、和や澪にすれば、
「そこは照れるところじゃないだろう!」
と全力で突っ込みたいのだ。
(怒られちった。今日、怒られるの二度目だな~。それにしても・・・)
唯はかなりの距離を歩いたので、少し疲れていた。
彼女の場合、「疲れる=眠くなる」の方程式が成り立つ。
(あれ?今日も昼までたっぷり寝たのになぁ)
一度眠くなると、頭がぼーっとして、すぐにうとうとし始める。
唯の寝付きの良さには澪も驚いたことがある。
唯「でも、不思議だよね~。寝れば寝るほど眠たくなって・・・ふぁぁ~」
大きなあくびが出た。
澪「そりゃ惰眠だよ!そんな生活してると今に抜け出せなくなるぞ!」
(ダミン?なんのことだろ?)
どうやら唯は「惰眠」という単語は知らないらしい。
(澪ちゃんは文学部だけあって流石に難しい言葉を知ってるなぁ・・・。)
澪の寝ているベッドは寝心地が良さそうだ。
唯はふらふらと立ち上がった。
唯「澪ちゃ~ん、私も一緒に寝ていい?」
澪「ばっ・・。ちょっと・・・!いやだよ!一緒に寝るなんて!」
(ぷっ!澪ちゃんったら可愛い!照れちゃって)
澪の全力の拒否反応も唯には通じない。
澪「わ、分かった、起きるから!こっち来んな!」
澪はあわてて、飛び起き、部屋の電気を入れた。
唯「わ!まぶしっ!」
いきなり明るくなって唯は目がちかちかした。
どうやら部屋の暗さも眠気を誘っていたのか、唯は目が覚めた思いがした。
澪「はーっはーっ」
(?・・・どうしたんだろ、澪ちゃん、はーはー言ってる?)
澪は唯の前に座った。
少し唇を尖らせて唯を睨んでいるようだ。
(あれ?)
澪ちゃん、外出着のままじゃん。
唯「あれ、澪ちゃん、そんな服のまま布団にはいってたの?」
澪「人の勝手だろ?」
澪は顔をそむけてぶっきらぼうに言った。
(さっきから、な~んか澪ちゃん、機嫌悪いなぁ。やっぱ具合悪いのかなぁ?・・・ん?あれ?あれれ?!)
唯「あれあれ、澪ちゃん、お目々腫れてるよ?泣いて・・・たの?」
澪「泣いてないよ!眠たかっただけだよ」
しかし見る間に澪の瞳からは新たな涙がこぼれ始める。
澪「和に言われて来たんだろ?私は大丈夫だから帰れよ!」
唯「へ?」
(和ちゃんに言われて?私がここに?・・・確かに外に出ろって言われたけど、違うよね?)
唯は混乱してきた。
情報処理能力が既にパンクし始めている。
澪「グスッ・・・。な、なんだ、違うのか?」
唯は少しの間、黙り込んで考えた。
(違うよね?私は自分でここに来たんだよね?)
唯「私は、あんまりごろごろしすぎてたまには外に出なくちゃな~なんて・・・。散歩してるうちに、澪ちゃんに会いたくなって・・・。和ちゃんとなんかあったの?」
唯は精一杯、頭を働かせた末に、和に外に出ろと言われたことは伏せた。
もし、そう言ってしまったら、澪に誤解されそうだったし、たったこれだけのことを上手く説明する自信も唯にはなかった。
澪「え?」
今度は澪が黙り込んだ。
最終更新:2011年02月24日 01:32