第十三章 秋山澪


律「澪~っ!私が悪かった!」

澪「?・・・律、何を言ってるんだ?」

律が唐突に謝るもんで驚いた澪は尋ねた。

桜が丘高校近くのファミレスに久しぶりに軽音部のメンバーが全員揃っていた。

唯とのことがあってから一週間ほどたったある日、律から電話があり、明日全員で集まろうという。

メンバー全員が揃うから澪も必ず来るんだぞと念を押され電話は切れた。

あれだけスケジュールが合わなかったメンバーがいきなり明日、全員揃う?

しかも、澪が知らない内に話は決まっていたようだ。

喜びよりも澪は「どうして?」と疑問に思っが、とにかく午後の授業をキャンセルし、待ち合わせ場所のファミレスにやって来たのだ。

(人が少し素直になったからって、あんまり調子に乗るなよ・・・!)

律のあまりにもいつものノリに、澪もいつものノリが戻って来る。

しかし、紬や梓も澪を心配そうにじっと見つめている。

(はっ!いかん、いかん。)

澪「あ、いや・・・。でもさ、今日はなんでいきなり集まることになったの?」

紬「唯ちゃんから昨日、電話で聞いたの。澪ちゃんがみんなと会えなくて淋しくて泣いていると。」

梓「先輩、ごめんなさい!わ、私、先輩がそんな風に思っている何て全然、分からなくて」

梓も心底、心配そうにしている。

(梓・・・)

心配してくれることはうれしかったが、後輩の梓にこんな表情をされると、澪はいたたまれなくなる。

(ゆ、唯・・・、いったいどんな風にみんなに電話したんだよ?)

澪は顔を引きつらせながら唯を見る。

唯は、ケーキセットのティラミスをフォークで注意深く切り取りとっては口に運び、一口食べるごとに、にこれほど幸せな表情があるのかというリアクションをしていた。

要するにケーキを食べるのに夢中で会話に全く参加していない唯であった。

ごほん!

咳払いを一つしてから澪は

澪「そ、そうか。みんな心配かけてごめんな。唯がどんな風に話したかは知らないけど、みんなと会えなくて淋しかったのは本当だよ。でも、みんな予定とかはなかったの?」

紬「全部、キャンセルして来ました。」

紬が「そんなことは澪の為なら当たり前だ」というような口調で言った。

紬はごくたまにだが、自分の意志を強い口調で話すときがある。

梓「澪先輩より大事な用なんてありませんっ!」

律「わたしゃ~、サークルのお泊まり会をキャンセルして来たよぉ」

遊びが大好きな律は、実はよほどサークルに参加したかったに違いない。

ゲソ~っとした顔で「いかに澪の方が大事なのか」を彼女なりにアピールする。

澪「みんな、迷惑かけた。ごめん。うれしいなんて言ったら罰があたるけど、素直な気持ちだ・・・みんな、本当にありがとう。」

特に、幼馴染みの律が駆けつけて来てくれたことが嬉しかった。

ゲソ~っとしたままの律を抱きしめたいくらいだった。

唯「私は、いつでもひまだよ~」

ティラミスを平らげ、頬にチョコレートをつけた唯が会話に戻って来た。

(お前には聞いとらんっ!)

いくら食べても太らないという特異体質を持つ唯。

澪や紬がそのことを聞いた時に愕然とし、あまりの不公平に立腹したものだが、澪や紬でなくても全世界の女性が同じ気持ちになるだろう。

唯にはいったい幾つの不思議なオプションがついているのだろうか。

澪は少し驚いていた。

以前の自分ならこんなシチュエーションでは恥ずかしくて申し訳なくていたたまれなくなっていただろう。

しかし、今の澪は落ち着いて受け入れていた。

澪「みんな、聞いてくれ。私は・・・」

澪は語り始めた。

自分一人が必死になって軽音部をひっぱっている気持ちになってときにはやりきれなくなったりしたこと。

自分は、高校生のときのようにみんなと会えなくなって淋しかったのに、みんなはよそよそしく感じられてつらかったこと。

雑誌に掲載された自分の記事が心ないものに思えて、不満が爆発したこと。
そして、それは自分の独りよがりだったこと。

もちろん、唯とのことは口が裂けても話さない。

律は目を見開いて真剣な表情でふんふんと聞き入っている。

紬は唇を少し噛み締めて、黙って聞いている。

梓は、目に涙を浮かべながら澪を見つめている。

いつの間にか唯も大粒の涙を流している。

澪「い、いやみんな、もう少し楽に聞いてくれ・・・。私の個人的な問題なのに、そこまで真剣に聞いてもらうと、恐縮しちゃうよ」

律「澪!!」

唯「澪ちゃん!!」

ほぼ同時に声を上げた二人は目をウルウルさせながら、首を横に振っている。

律「いいから言うんだ、澪!私は澪に甘えすぎてたよ。練習をさぼりまくってさ、ぐすんっ。澪に迷惑をかけ通しだった。・・・ぐすんっ!」

唯「そうそう、ぐすんっ!それで律ちゃん、夏の合宿のとき、澪ちゃんが練習を長引かせてご飯食べさせてくれないとか言って、『澪ちゃんに復讐するんだ』って言って肝試しを提案したりしてさ。」

律「そうそう、ぐすんっ。って、おおい!唯!」

(あの時か!)

二年の時の夏の合宿で澪は律の挑発にのって肝試しに参加したことがあった。

その肝試しで澪は、夜道に迷い彷徨っていたさわ子と遭遇し、驚きと恐怖のあまり腰が抜けて、しゃがみ込んだまま、しばらく口も聞けない程になったことがある。

澪は眉をぴくぴくさせながら、二人の懺悔?を聞いていた。

澪「ムギや梓もごめんな。」

紬「謝ることなんかないよ、澪ちゃん。澪ちゃんがいなかったら軽音部は続かなかったと思う。澪ちゃんには本当に感謝してる。」

梓「澪先輩・・・!」

澪「約束するよ。もう、二度とこんな迷惑をかけないよ。」

唯「いいじゃん、澪ちゃん、迷惑かけたって!」

澪「え?」

唯「澪ちゃんがそんなこと言ったら、私とかりっちゃんとかはどうなるのさ?ずーっと澪ちゃんに世話妬いてもらってさ。澪ちゃんだってもっと迷惑かけてもいいんだよ!」

澪「ゆ、唯・・・」

澪は言葉につまった。

(ありがとう、唯。)

しかし、涙と鼻水でくしゃくしゃの唯の顔を見て、

(やっぱり、唯には迷惑はかけられないなー)

苦笑まじりに思う澪だった。

律「ごめん、みんな私が悪いんだ!」

律が澪に頭をさげた。

律「振り返れば、確かに私は頼りない部長だった。澪に頼ってばかりいた。」

唯「りっちゃっん、部活のいろんな届け出とかちゃんと出した試しがなかったもんね」

梓「困ると私に書類を書かせたり。その書類さえ提出するの忘れてましたね?」

律「ぐ・・・。唯には言われたくないが、その通りだ。でも、これからはもっと頑張るから。もう澪に世話はかけないぞ!私は約束する!私は頼りになるリーダーになる!」

久しぶりに聞く律の名演説だった。

澪「律・・・。ありが・・・」

律「店員さんっ!紅茶、オカワリ!!」

澪の感謝の言葉を遮って通りかかった店員に紅茶のオカワリを注文する律。

(い、いいんだ。唯と律はこれでいいんだ。)

相変わらずあまり頼りにならない唯と律だったが、二人の気持ちがうれしいのだと、澪は自分に言い聞かせた。

唯「とにかく、これから頑張ろうねっ!!」

「おーっ!!」

久しぶりにメンバーの気持ちが一つになったようだ。

軽音部のメンバー元通りに仲よくやっていける。

いや、元通りではない。

誰もが少しずつ変わっていくのだ。

律も、紬も梓も、そして私も。

もちろん、唯も・・・?

唯も??

澪には唯が変わっていく姿がどうしても想像出来なかったが。

真面目な?会話が終わると、メンバーは和気あいあいと雑談し始めた。

律「いやー、やっぱ、このメンバーといるのが一番楽しいわ!」

澪「律は大学のサークルでも遊びまくっていそうだけどな?」

律「大学も楽しいんだけどさ~、今いち全開になりきれないっつーか。」

紬「私も大学生になってからは疲れることが多くて・・・。」

唯「むぎちゃんの学校は超お嬢様大学なんでしょ?」

紬「そうよ。別にこれといって不満があるわけじゃないけど、桜が丘高校の音楽室みたいな空気はどこにもないわ。」

現在、軽音部は梓を部長として、部員が多数おり、部内で複数のバンドが活動している。

学園祭や新入生歓迎会での「放課後ティータイム」の演奏に感動して入部する下級生たちが多かったせいだ。

そして、軽音部には、OGからの差し入れという形で、未だに紬からお茶とお菓子の提供が続いている。

これは、桜が丘高校軽音部の伝統になりそうな勢いだった。

梓「あそこは特別ですよ。ムギ先輩のおかげであんなにおいしいお茶やお菓子が食べられて・・・、みんなではしゃいだりして・・・。でも、今は人数も増えて、先輩たちがいたときほど自由な雰囲気ではないですけども。」

真面目な梓は部長をしっかりとこなしているらしい。

もちろん、お茶の時間もしっかりと楽しんでいるらしいが。

余談だが、入部当時、梓は構内で紅茶やケーキを嗜むということに否定的だった。

梓は何の気なしに言った言葉だろうが澪には

「特別」

という言葉が響いた。

そうなんだ。

桜が丘高校軽音部での日々は奇跡のように特別だった。

人生でも二度とは会えないような個性的で素敵な仲間。

放課後の私たちだけの音楽室。

私たちだけしか出せない音。

私たちでしか通じ合えない言葉。

私たちの「放課後ティータイム」。

まったく全てが特別だった。

私はなんて恵まれた高校生活を送ることが出来たのだろう。

目を閉じれば今でも制服姿ではしゃいだりおしゃべりしたりしていた自分たちの姿が浮かぶ。

しかし、どんなに手を伸ばしても二度とは戻らない日々。

澪「武道館・・・。」

唯「へ?」

澪「武道館に行こう・・・」

律「なんだ突然?なんか面白いイベントでもやってんのか?」

澪「そうじゃない!放課後ティータイムのライブを武道館でやるんだよ!」

紬「澪ちゃん・・・!」

梓「澪先輩・・・。」

澪「だってそうだろ?私たちならいけるよ!」

律「澪、おまえ・・・」

澪「律のドラム、ムギのキーボード、梓のギター、唯のギター&ボーカル、どれも最高じゃないか!」

唯「澪ちゃんの歌詞とベース、ムギちゃんの曲もね!」

澪「桜が丘野外音楽堂でのライブを覚えてるだろ?お客さんの反応を見ただろう?千人も一万人も変わんないよ!」

軽音部でメンバーと過ごした日々は戻らない。

でも、あの日々の続きは見ることが出来る。

(そもそも私は・・・。)

澪は記憶を辿る。

(私は最初、文芸部に入りたかったんだ。それが律に言われるまま軽音部に入った。そして、放課後、音楽室に集まればみんながいた。私なりに一生懸命にやってきたつもりだったけど、それは仲間との時間が大切だったからだ。そしてやるからにはキチッとやりたかったからだ。)

でも・・・。

(律のように、バンドをやりたい!って強い意志があったかと言われれば、それはあやふやだったような気がする。)

だから、

(律や唯が練習をしないとイライラしたし、なんで私がみんなの尻を叩かなきゃいけないの?って不満も募ったときもあった。)

澪の中ではっきりと一つの気持ちが形をなして来た。

(私がこのバンドを続けたいんだ!「放課後ティータイム」を通してもっとみんなと一緒に遊んだり、学んだりしていきたいんだ。もしこのまま終わってしまうんじゃ、全然足りないよ。)

澪の心の中でコトリと何かが動く音がした。


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