そしておそるおそる記憶を辿ってみる。

思わず顔を両手で覆う。

(あわわわわわわ)

恥ずかしいとか、もうそういうレベルではなかった。

澪は他人と肌を重ねるのは初めてだった。

自分の身体がこんなに感受性豊かだいうことに驚いた。

(あんなに感じてしまうなんて・・・!)

唯「ううん・・・」

唯が澪のとなりで寝返りを打った。

澪は指の隙間から唯を覗き見た。

唯は本当に寝ているらしい。

半裸の自分に気付いて、あわてて衣服を整える。

そしてあらためて唯の様子を窺う。

唯はすやすやと寝息を立てていた。

その表情は満足に満ちていた。

例えるなら最高級キャットフードを堪能して、口元をぺろぺろ舐めながら昼寝している猫のようだった。

それほど深く、淫らなことをした訳ではなかった。

そういう行為をしている最中でさえ、澪は唯に性的な対象にされているような気持ちにはならなかった。

唯が澪に愛撫を加えたのは、澪の可愛さを堪能したいがためだったのかも知れない。

まるで子猫がじゃれあうように二人は肌を重ねた。

しかし、二人の間に何もなかった・・・とは言えない。

やはり二人は禁断の行為を分かち合ったのだ。

(でも唯は強引だったなぁ。これじゃ一歩間違うと犯罪だぞ?)

しかし、唯は澪のことを澪本人よりも深く本能レベルで理解していたのだ。

澪は極端な恥ずかしがり屋である。

さわ子が悪のりしていろんなコスプレを澪に強制したが、澪は確かに最初は恥ずかしがる。

でも、唯や紬が「澪ちゃん、可愛いよ!」と褒めると、「そう?」と必ずまんざらでもない表情になるのだ。

本当は着てみたい。

そんな気持ちに素直になれないから恥ずかしくなる訳であって、メイドやナースのコスプレ衣装を着ること自体が恥ずかしさの原因ではない。

つまり澪は素直ではないのだ。

澪の「イヤ!」の何割かは本音の裏返しなのだ。

唯はそれを本能的に見抜いていて、だから強引にせまってきたのだった。

唯はまったく澪を思い通りにした。

唯「澪ちゃん、今の表情、可愛いなぁ・・・、もう一回見せて?ねぇ?」

唯 「澪ちゃんの声、可愛過ぎる!今の声、もう一回、聞きたいなぁ?」

初めは抵抗していた澪だったが、唯の言葉、唯の指先や唇に責められ、唯の望む表情を引き出され、唯が聞きたい声を上げさせられた。

ああ、思い出しても、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい・・・。

いや、思い出したくもない。

(あわわわわ。唯が起きる前に、こいつを殺して私も死のう・・・。)

唯「澪ちゃん、恥ずかしいなんていいながら、本当は嫌がってないじゃん!」

こんなことも言われた!

なんだか完全に見透かされているような気がした。

恥ずかしくなればなるほど、身体の感受性が豊かになり、抵抗出来なくなることを。

そういう澪の心と身体の仕組みを唯に掴まれてしまい、思い通りにされてしまったのだ。

途中、唯は余裕たっぷりで、

澪「澪ちゃんはギターと同じだね~。綺麗な音とか可愛い音とか、いろんな音が出るんだ。私が上手く弾いてあげるからね~」

唯は右手をワキワキさせながら言った。

屈辱・・・!

唯の指先は、ギターを弾くときと同様に、弾んだり、弾いたり、押さえたり、滑らかに動いた。

結局、唯の言う通り、澪という楽器は唯の思い通りの音を奏でさせられてしまった。

唯が身体を起こして伸びをする。

澪はビクッ!と身体を硬直させた。

(あわわわわわ・・・・)

どんな顔で唯に接すればいいのだろう?

しかし、唯はやたらきょろきょろ部屋を見渡しているばかりであった。

澪「?」

唯と目が合った。

唯「・・・・わっ!そうだ、澪ちゃんちに来てたんだっけ!」

どうやら寝ぼけていたらしい。

澪「あ、あぅ、ゆゆゆ唯・・・、あのさっ、」

唯「くっ、くくく・・・」

唯は突然身体をまるめて、痙攣でもしているように身体を揺すり、くぐもった声を出し始めた。

澪「ゆ、唯?どうした?唯?大丈夫か?」

澪は唯の背中をさすった。

唯「・・・たよ。」

澪「え?な、なんだって?」

唯「すっごい可愛いかったよ、澪ちゃん・・・!」

唯は含み笑いが絶えられずに身体をまるめていたのだ。

唯ががばっと起き上がり、澪を押し倒す。

澪「ちょ、いやーっ!!」

澪は両手で顔を隠そうとしたが、唯にその手を開かされ、押さえつけられる。

澪の顔をじっと見つめる唯。

視線をそらす澪。

唯「だめっ!澪ちゃん、こっち見て!」

澪「・・・・」

唯「こっち見るの・・・。」

澪は逆らえずにそーっと唯の方を見る。

もう耳まで顔が紅らんでいる。

唯「あのね・・・すんごく可愛かったよ」

唯は同じことを一言づつ、ゆっくり澪にささやいた。

(恥ずかしい・・・!)

しかしこの感覚には覚えがあった。

懐かしい感覚。

軽音部で律や唯、それにさわ子にいじられながら散々味わった恥ずかしさ。

幸せな記憶を呼ぶ感覚だった。

澪の頬に涙が伝う。

唯「なんで泣くの?嫌だった?」

心配そうに唯が尋ねる。

澪は頭を横に振った。

唯「そ、良かった。」

唯は澪の唇にそっと口づけし、ベッドから這い出た。

唯「澪ちゃん、私、お腹減っちゃった。なんか食べにいこ!」

何事もなかったように、唯は言う。

澪「あ、ああ、そうだな・・・。」

澪は唯の態度に救われた気がした。

動揺を隠して「いつもの澪」に戻ってみる。

澪「ま、まったく唯はどんなときでも食べることだけは忘れないな!」

唯「ムフフ」

澪「な、なんだよ・・・?」

カーッと紅くなりながら、唯に噛みつく澪。

唯「なんでもないよ。行こ?」

澪が衣服を整えている間にも、唯は時折思い出したように「ムフフ」と笑う。

(か、勘弁してくれ~)

澪は泣きそうになった。

しかし、そう言えば澪も昼から何も食べていない。

時計を見ると時刻は6時半を回っていた。

二人は歩いて近所のファミレスに向かった。

途中、唯が澪の手を握ってきた。

恥ずかしくて俯きながらも黙って従う澪。

唯は澪に笑いかける。

唯に「大きいね」と言われてコンプレックスを感じた澪の手。

その手を、澪の手よりも小さな唯の手がしっかり握っている。

(なんだろう?この安らかな気持ちは。)

辺りは少し暗くなり始めていた。

唯は澪が恐がりなのを知っている。

(守ろうとしてくれてんだな)

澪の手を握って一歩だけ前を歩く唯の横顔を見て、澪は頼もしいと思った。

(唯にもこんなところがあったんだな。)

逆に言うと、澪がしっかりしすぎていたから、唯や律は危機感もなく自由気ままに好き放題していたのだ。

(そうだな。唯をアホの子扱いしてきたけど、誰だってしっかりしたところはあるはずだ。)

澪は唯に初めてあった人のように、新鮮な思いを感じた。

憂があれほど唯を慕うのも少し分かるような気がした。




第十二章 変化

翌日、大学へ登校すると、和からメールが入ってた。

「昼食を一緒に食べませんか?」

たった一行のメール。

もちろん澪に異存はない。

和を残して突然席を立ったこともあやまりたかったし、和と会って話したかった。

和「ごめん、あのときは澪の気持ちも考えずに一方的に話しちゃって・・・」

澪「いいんだよ、私の方が悪いんだから。」

和が驚く程、澪は程明るい。

澪「和の言う通りだと思うよ。ああいうことを言うのって、和からしても勇気がいったと思うし、私はそんなことをしてくれる和に感謝してるよ」

和「そういってくれると助かる・・・けど・・・。澪、あんた雰囲気ちょっと変わった?」

澪「そうかな?なんか違う?」

和「うん、なんか雰囲気が柔らかくなった」

澪「そうかな~?もしかしたら、そうかも知んないね」

和は「なんかあったの?」とは聞かずに、

和「うん、澪が許してくれるならこの話題は終わりにしようか。」

と微笑んだ。

(ほんとに気持ちの良い人だな。)

澪は和のさっぱりした性格に今更ながら感服した。

(私はこうはいかないな。いろんなことを引きずってしまう。昨日の唯とのことも・・・。はぅ!)

そこまで考えてみて澪は慌てた。

(和には絶対に知られてはいけない!っていうか、誰にも気付かれていはいけない・・・!)

和「ん?澪、どうしたの?」

澪「え?いやー、あははは。なんでもないよ。和はほんとに大人だなーって思って、自分と比べて落ち込んでたの!」

和「やーねぇ、そんなことないってば。」

和は少し照れた。

その表情が思いがけず可愛いくて澪の印象に残った。

しかし、唯とのことがあってから澪は何かふっきれたようだ。

今は自分というものが少し分かり始めて、それを受け入れようとしているところだ。

それも無理はよくない。

ゆっくり自分を分かっていけばいいと思う。

澪「私、和と出会ったときね、私と似ているところがあると思った。だからいろんなことに共感出来るなんて思ってたんだ。」


和「あら、それはお互い様じゃない?私も澪と共感出来ること多かったわよ?」

澪「うん、そう言ってくれるとうれしいけど。でも、私は背伸びして大人を演じてたけど、和は本当に大人だったと思うんだ。」

和「え?」

澪「和は本当に唯のことを心配して唯をたしなめたりしてたけど、だから時には見放したりね。私は唯や律をたしなめることで、自分の居場所が出来てた。私が彼女達に依存してるって面もあったんだと思う。」

和「澪・・・。」

和は驚いた表情で澪の話しを聞いた。

和「そうは言っても、あの二人、澪がいなけりゃ何も出来なかったかもしれないけどね!いい関係だったのよ。」

澪「ふふふ。それはそうかもね。」

澪はなんだかやっと和と対等に話しが出来てるような気がした。

これまでは心の奥底で和にコンプレックスを感じている澪がいたようだ。

いままでよりも和と遥かに楽に話せる自分に気付く。

和「まぁ、あんたがそういう風に思っても、唯や律との関係は変わらないような気もするけどね。まだまだ面倒みてやらなきゃいけないんじゃなない?」

そういえば、律も和に世話をかけっぱなしだったなー。

軽音部の部活申請とか、体育館の使用届とか。

二年のとき、

「私の世話をやいてくだせぇ」

って和に言って、和をびっくりさせてたなぁ・・・。

澪「ふふふふ」

和「今日はよく笑うね。そんな澪は可愛いよ。」

いつのまにか一人笑いしてしまっていた澪に和が言う。

澪「え?あ・・・。う、うん。」

紅くなる澪。

どうも恥ずかしがり屋は一生なおりそうにない。

唯との一件依頼、唯とこれからどういう関係になるのだろうと、恐怖まで感じていた澪だったが、唯はあいかわらずだった。

澪が恐れたのは唯とのあのような関係が繰り返されることと、そして自分がそれをそれほど嫌がってないらしいことだった。

しかし、唯はことさら態度を変えることも無く、電話をかけて来る回数も、以前と同じだった。

唯との間にあったことが話題に上ったらどうしようと怯えていた澪だったが、全く触れて来ないとなると少しもどかしくもあった。

(どうしてあんなことがあったのに、唯は以前と何も変わらないのよ。)

(・・・え?)

(唯ともっと近づきたく思っているのは私?)

澪は唯が好きになりかけている自分に気付いてしまい、あたふたとする。

(そもそも、どうしてあんなことに・・・。)

頭のなかで堂々巡りする

そんなことを考えている時間が長引くと、唯との記憶の断片が蘇り、更に澪をうろたえさせる。

澪の中ではあの出来事に対する答えが出そうになかった。


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