第十一章 平沢唯


その時、階段をあがる足音が聞こえてきた。

トントントン。

澪の部屋の前で足音は一度立ち止まると、ガチャッとドアのノブが回って扉が開く。

澪の部屋に入ってきたのは唯だった。

(な、なんで唯が来るんだ?)

高校時代、澪が唯の家を訪れることはあっても、唯が澪の家に来たことは数えるほどしかなかった。

唯「こんばんわー、澪ちゃん。家にいるって澪ちゃんのお母さんに聞いたから来ちゃったよ。カーテン閉め切って、部屋真っ暗にしてどうしたの?もう寝てるのかな?」

澪は布団から出ずに答えた。

澪「何しに来たんだ?唯?」

唯「いやー、もう一ヶ月も立つのにさ、一度もみんなと集まれてなくてさ、淋しくって。澪ちゃん、どうしてるかなーって。」

(・・・・・。)

澪はふとんの中からちょこっと顔を出して唯の方を見た。

唯は、灯りもつけないまま暗い部屋の真ん中にてんっと座っている。

唯「澪ちゃんはみんなと会えなくて淋しくない?」

澪「・・・・。あのさ、唯、いつでも時間空いてるっていうけど、大学ちゃんと行ってるの?」

澪は唯の質問には答えず、違うことを言った。

唯のように

「淋しい」

なんてことは簡単に言えないのが澪だった。

唯「大学っていいところだよねー、自分で授業を決められるんだよね!だから、一年目はすんごくお休みを多くしたの!勉強いっぱいしたからこの一年は家でごろごろするんだ!」

澪「ば、馬鹿!・・・唯!それじゃ、絶対に後で単位取れなくて泣きを見るぞ!」

唯「えへへ、さっき和ちゃんにも電話で同じことを言われたよ。」

(そうか!和に様子を見てこいって言われたんだな。)

唯の突然の来訪の理由が分かった気がした。

唯「でも、不思議だよね~。寝れば寝るほど眠たくなって・・・ふぁぁ~」

大きなあくびをする唯。

澪「そりゃ惰眠だよ!そんな生活してると今に抜け出せなくなるぞ!」

唯「澪ちゃ~ん、私も一緒に寝ていい?」

澪「ばっ・・。ちょっと・・・!いやだよ!一緒に寝るなんて!」

そう言えば、唯は合宿のとき、どうやって入ったのか、鍵のかかっているはずの梓の部屋に忍び込み、梓に抱きつきながら眠っていた前科がある。

唯「だって、もう眠くてふぁぁ・・・」

(全くこいつは何しに来たんだ!和に電話で澪の様子を見てこいって言われたんじゃないのか?・・・、何の役にもたってないぞ!)

唯はふらふらとベッドに近づいて来る。

澪「わ、分かった、起きるから!こっち来んな!」

澪はあわてて、飛び起き、部屋の電気を入れた。

唯「わ!まぶしっ!」

澪「はーっはーっ」

(危なかった。もう少しで唯の抱き枕にされるところだった。)

憂によると、唯はたまに憂の部屋に寝に来るらしい。

そのときは、憂は抱き枕にされてしまってふとんまで剥ぎ取られると言っていた。

憂にはそれがまんざらでもなさそうなのだが、澪にはありがたくない話しだった。

唯は誰にでも抱きつく。

律はあんなだから、唯の抱きしめ対象外らしいが、紬はしばしば抱きつかれている。

梓は、唯にぬいぐるみ扱いされていた。

和にはすがりつくように抱きつく。

唯は澪にも抱きついてきたことが何度かあるが、澪はその度に唯の撃退に成功している。

しかし、手は何度も握られている。

(もしかして唯って・・・)

その想像は間違っていることを澪は知っている。

唯はとにかく可愛いものが好きなのだ。

可愛いものなら無差別に愛でたくなるなるらしい。

澪は唯に性的な動機をを感じたことは一度もなかった。

唯「あれ、澪ちゃん、そんな服のまま布団にはいってたの?」

澪は大学から帰って来てそのままの服装で寝ていた。

澪「人の勝手だろ?」

澪は顔をそむけてぶっきらぼうに言った。

唯「あれあれ、澪ちゃん、お目々腫れてるよ?泣いて・・・たの?」

澪「泣いてないよ!眠たかっただけだよ」

しかし、唯に触れられると、感情がごまかし切れなかった。

新たな涙が溢れてきて頬をつたい出す。

澪「和に言われて来たんだろ?私は大丈夫だから帰れよ!」

唯「へ?」

澪「グスッ・・・。な、なんだ、違うのか?」

唯「私は、あんまりごろごろしすぎてたまには外に出なくちゃな~なんて・・・。散歩してるうちに、澪ちゃんに会いたくなって・・・。和ちゃんとなんかあったの?」

澪「え?」

(なんだ?和に言われて来たんじゃないのか?タイミングが良過ぎるだろ?勘違いしてしまったじゃないか!)

澪は一人合点を恥ずかしく思った。

しかし、澪はこれまでのいきさつをながながと唯に話す気にはなれなかったし、例え話しても唯には馬の耳に念仏で、理解してもらえないだろう。

澪「い、いや、和とは何もないよ。」

唯「じゃぁ、なんで泣いてるの?」

澪「う・・・」

唯はまっすぐに澪を見つめてくる。

本当に遠慮なくずけずけと何でも言う奴だ。

なんでも思ったことを口にして、思った通りに行動して・・・。

くったくがなくて明るくて・・・思いっきり自由で。

それでも誰からも好かれて・・・・。

澪「ゆ・・・唯なんて嫌いだ・・・」

思わず口をついて言葉が出た。

自分で言ってしまった言葉に澪は驚き、そしてすぐに後悔した。

澪「あ・・・。ゆ、唯・・・」

唯「・・・・・・・」

唯は無言のまま固まっている。

澪「ゆ、唯?」

唯「え?ええええ!」

(今頃!?)

しかし、今回ばかりは唯のテンポがずれていた訳ではなかった。

唯にとってあまりの予想外の言葉で理解出来なかったのだ。

唯「み、澪ちゃん・・・私のこと、嫌いなの・・・?」

唯の顔がみるみる悲しげになる。

見るに耐えないほど表情がゆがみ、瞳に涙が浮かんで来る。

澪「い、いや・・・違うんだ・・・。私が駄目なんだ。わ、私が・・・。ごめん!唯・・・!ご、ごめんなさい・・・。うわ~ん」

ついに澪は号泣し始めた。

声をあげて泣き崩れ、ときに「ヒック、ヒック」と嗚咽が混じる。

唯「ど、ど、ど~したの澪ちゃん!」

心がぐちゃぐちゃだ。

どうしていいか分からない。

どうしたらこんな状態を抜け出せるのか。

自分が情けなくて情けなくて、どこにも居たくなかった。

どこかに消えてしまいたくなった。


そのとき、ふわっと身体を包まれる感触。

唯が両腕で澪を優しく抱きしめていた。

思いがけず澪の心は穏やかになっていくった。

唯「澪ちゃん、私、澪ちゃんのこと大好きだよ。澪ちゃんが私のこと嫌いでも。澪ちゃんが自分のことを駄目だなんて言っても私はそうは思わないよ。」

澪「グスッ、グスッ・・・、本当?」

唯「絶対に本当。世の中がひっくり返っても自信があるよ。」

澪「・・・・グスッ・・・・・。」

澪はそのままゆっくりと唯の胸にもたれかかった。

梓がキレたときに、唯が抱きしめてなだめたときのことが思い出された。

澪は

「そんなんで収まるか!」

と思ったが、梓は唯に抱きしめられると落ち着きを取り戻したのだ。

唯には不思議とそんな力があるようだ。

(私には出来ないことだ・・・。)

唯の腕の中で安らかな気持ちになりつつも、ちょっぴりチクンっと心が疼いた。

唯「澪ちゃん・・・。」

唯が澪の頭をなでる。

澪は唯の腕をそっと掴んだ。

澪「唯、私ね・・・」

唯「なぁに?澪ちゃん」

澪「私、子供なの。多分、中身が子供なの・・・。みんなに見せている澪はしっかりしなきゃって頑張っている澪なの。」

澪は消え入るような声で言った。

澪「だからみんなが知ってる澪は、大人のふりを一所懸命してる澪で、本当の私はみんなより子供なんだ・・・。みんなと、もう高校のときのように会って、お茶を飲んんだり、お喋りしたり、合宿に行ったり、そんなことが出来くなって、淋しかったの。」

唯は黙って澪の言うことに耳を傾けている。

澪「またあんな時間を作ろうと頑張ってみたけど、私一人が必死になっている気がして。みんなも同じように感じてると思ってたけど、私だけが淋しいのかな?私だけが悲しいのかな?」

唯「・・・・」

澪は精一杯、素直になってみた。

自分にも。唯にも。

甘えた行動というのは本人が自覚していないから出来るのである。

完璧主義者の澪は極端な甘え下手なのだが、変な言い方だが、頑張って甘えてみようとした。

唯という友人に初めて甘えてみようとした。

いかにも澪らしい不器用な行動だ。

甘えようとしながらも、それでも、

「唯はそんな自分を嫌がらないかな?呆れてしまわないかな?」

と心配になってしまう。

しかし、唯の心の内が覗けたら澪は愕然としただろう。

(み、澪ちゃん。か、可愛い!可愛過ぎる・・・。)

唯は自分の腕の中にいる澪の可愛さに萌え死に寸前だった。

どうやってこの可愛すぎる澪を愛でようか?

そういう衝動でいっぱいだった。

澪「他にもいろいろあって。私、素直になれなくて、唯に嫉妬しちゃったりして・・・だからね、ちょっと疲れちゃったの。ごめんね?」

唯「・・・・」

澪はしばらく無言のままの唯の反応が心配になって、振り返って唯の顔を覗き込んだ。

澪「キャッ!」

唯はいきなり強く澪を抱きしめた。

唯「澪ちゃん、可愛過ぎるよぉ!」

唯が澪に口付けしようとする。

澪「ちょっ!!ゆ、唯?」

澪は唯を突き放そうとした。

ぐぐぐぐ・・・。

しかし、いつものように力が出ない。

それどころか、身体から力が徐々に抜けていく。

やがて唯の唇が澪のそれと重なる。

唯に強く抱きしめられる。

澪は目を閉じた。

それから先はよく覚えていない。
一時間くらいが過ぎただろうか。

(はっ!)

少し眠っていたらしい。

澪は意識がはっきりしてくると、

(ゆ、唯に犯された~っ!!)

ベッドの上で頭を抱えた。


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