澪は軽音部の部室である音楽室を自由に使えたことのありがたさをしみじみと思った。

スタジオは予約してお金を払わなければならないし、音楽室ほど広くない。

ましてやスタジオでみんなでお茶を飲むなんてことは言うまでもなく禁止だ。

音楽室では時間がいくらでもあったからさぼってお喋りすることも出来た。

ゆっくりと自分たちのペースでバンド活動が出来た。

そして何よりも、授業が終わってそこにいけばみんながいた。

わざわざ約束して待ち合わせしなくても、放課後になれば自然とみんなが集まった。

律「まぁ、スケジュールのことはなんとかするとして、良い話しもあるぞ!」

唯「なぁにりっちゃん?」

律「まずはこの前、出演したライブハウスから、レギュラーで出演しないかって依頼が来てる」

紬「すごいです!」

梓「あのライブハウス、私は好きです!すごく演りやすいんですよねー」

一応、軽音部の部長だった律がそのまま「放課後ティータイム」のリーダーになっている。

ライブハウス等からの連絡は律が処理することになっていた。

人見知りの澪よりもそういう交渉には律の方が長けているかも知れない。

ただ、物忘れがひどく書類関係の不備などが怖い。

どちらにしろ、澪がサポートしなければならないだろう。

律「さらに・・・だ!例の音楽事務所から正式にスカウトの話しが来てる。」

唯「私をアイドルに?いてっ!」

律は厳しい突っ込みを唯にいれてから話しを続ける。

律「そして・・・」

律は鞄から数冊の音楽雑誌を取り出して、机の上にばさっと広げた。

律「この間の桜が丘野外音楽堂でのライブが記事になってるよ!これ、まだ発売していない雑誌だけど見本を送ってきたんだ!」

「おおー!」とメンバー全員が歓声をあげた。

唯「見せて!見せて!」
律「あわてるな!私たちの記事のページにはしおりがはさんであるから!」

梓「ちょっと唯先輩、三冊もあるんだから全部持っていかないで下さいよ!」

紬「ああ、思い出してもすごかったですね、あんな大観衆の前で私たち・・・」

澪「演奏したんだよな!」

澪はみんなのモチベーションがあがるのは良いことだと思った。

梓「え?特集記事って!?けっこう扱い大きいですね・・・。びっくりです!」

唯「ふお!?これ私?」

紬「わぁ!大きい写真ですね。唯ちゃんすごい!かっこいいです!」

澪も早く見たかったのだが、なかなか澪に雑誌が回って来ない。

こういう時、澪は

「早く!早く!」

なんて態度は取れないのだ。

澪「やれやれだな。みんな興奮し過ぎだよ。」

と言いながら、みんなが読み終えてからはやる気持ちを抑えてゆっくりと雑誌を手に取った。


記事の内容はこうだ。

まず一冊目

雑誌名「ロッキン ポン!」

注目!!奇跡の美少女バンド 放課後ティータイム

◯月◯日 桜が丘野外音楽堂

千人の聴衆の前で臆すること無く素晴らしい演奏をした放課後ティータイムは、学校以外で演奏するのはなんと二度目だと言う。

しかし、その演奏の完成度には度肝を抜かれた。

特に注目はギターボーカルの平沢唯(18)。

彼女のギターはオリジナリティーに溢れ、大きな可能性を感じさせる。歌も柔らかく甘い声でありながら、よく通り、ピッチ(音程)も完璧だ。

ルックスも非常にキュートでブレイクは必至であろう。」

「ロッキン ポン!」はまさに唯個人の大特集記事だった。

多分、唯のギターに注目していた記者のものだろう。

(あれ?唯にインタビューしていたのに、その記事がないな。やっぱりあれは記事にならなかったんだ・・・!)

澪は記事の写真と目の前でほけーっとしている唯を見比べた。

(非常にキュートか。ま、まぁ、唯もシャキッとしてるとかなり良い線いってるからな。)

二冊目

雑誌名「ロックファンタジー」

キュートな新人バンド 放課後ティータイム

「狙うは武道館!」

リーダーの律(18)はこう言いきる。

このバンドの武器は唯(18)のギターを中心とする本格サウンドだ。

この当時、メンバー全員が高校生(現在は4人が大学進学、一人が高校生)でありながら、演奏が素晴らしい。

楽曲についてはメロディーはポップで洗練されているが、やはり高校生らしく歌詞は少し幼さを感じさせる。発展途上の今後に期待。

(これも唯が中心・・・。うぐっ!歌詞が幼いだってぇ?)

これは律やさわ子に何度か指摘されたことだった。

もっとも幼いというよりは「変だ」とか「かゆい」とか「独特だな」という風な感想だったが。

紬は歌詞の内容にはそれほどこだわらなかったから、手放しで澪の歌詞を絶賛するのは唯だけだった。

そして三冊目。
雑誌名「美少女バンド」

この雑誌にはでかでかと澪の写真が載っていた。

記事の内容は音丸というライターが書いたらしいのだが、「本当に取材したのか!」というようにいい加減なものだった。

音楽的なことよりも、メンバーのルックスを写真付きで解説していた。

現役女子高生美少女5人組「放課後ティータイム」!


平沢唯(18)G&Vo
不思議系美少女
可愛過ぎる唯ちゃん!
恋人にしたい度 No.1

中野梓(17)G
子猫系美少女!
にゃーと言わせてみたい!
飼ってみたい度No.1

琴吹紬(18)Key
お嬢様系ほんわか美少女
甘えてみたくなる柔らかい雰囲気!
結婚したい度No.1

田井中律(18)
美少年系美少女?
ボーイッシュで活発そうな律ちゃん。
友達感覚で付き合えそう!
本音で付き合いたい度No.1

秋山澪(18)
完璧美少女
猫のような大きな瞳の超美少女!
色白でスタイル抜群!ドレスの上からも分かる巨乳!!
愛人にしたいされたい度No.1

それぞれ写真付きの記事なのだが、澪の写真はひどいものだった。

露骨に胸の谷間を狙っている。

その他にも澪の足やステージで振り向いた時のヒップのあたり。

そして、最後の一枚の写真は思いっきり下から撮られたもので、ドレスからのぞく下着が完全に映っていた。

(な、な、な?)

自分の胸や尻のアップ。

そして、下着まで映っている写真が、雑誌に掲載されていて、それは全国の書店で発売され、たくさんの人の目に晒されることになる。

澪は思考停止した。

これまでの「恥ずかしい」という感情とは訳が違う。

これでは晒しものだ・・・。

普通の女子高生だった澪は当然メディアの標的にされたことなどない。

心理的な対処など知る由もない。

しかし、世に知られるということはそういうことなのだ。

本人が望む評価ばかり受けるわけではない。

応援だけではなく、批判もあるだろうし、このように性の対象として見られることもあるのだ。

澪は自分の身体を抱きしめて青ざめた。

唯「どったの?澪ちゃん??」

澪「いや、なんでもない」

スタイルに関しては親友の律にさえ嫉妬を買うほど良いのだが、澪自身は大きな胸を少し恥ずかしく思っていた。

今、彼女の中で大きな胸は完全にコンプレックスになった。

女性の常で大きすぎる胸をありがたいと思う人は少ない。

大きすぎる胸をありがたいと思うのは男なのだ。

「巨乳」

そうレッテルを貼られたことが気持ち悪くて仕方が無い。

そういう風に見られることが耐えられない。

学園祭でのライブで、ステージで転倒して、下着を観客に見せてしまったときも一週間は再起不能状態だった澪だ。

(もう道を歩けない!)

もはや澪はパニックになっていた。

この雑誌の記事なんて笑って無視すれば良いのに(澪には到底無理であろうが)、それがあたかも世の中全体の評価のように感じられた。

澪は今にも取り乱しそうになっていた。

これ以上、感情を表面に出さずに飲み込むのは無理だった。

澪「ご、ごめん・・・、私、帰る。ちょっと具合が悪くなっちゃった。」

言いながら澪は席を立った。

律「み、澪・・・。大丈夫か?」

律が心配そうに尋ねる。

澪「うん、大丈夫だ。悪いな・・・。」

唯「澪ちゃん、本当に具合悪そうだよ?家まで送ってこうか?」

澪「大丈夫だっていってるだろっ!!」

唯「み、澪ちゃん・・・」

澪「あ・・・、ご、ごめん。本当に大丈夫だから。一人で帰れるから・・・。」

澪はメンバーを残してファミリーレストランを後にした。

どうやって家に帰ったか覚えていない。


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