第九章 崩壊

澪「なんなんだよ、律、今のリズムは!キープが全然出来てないよ!」

久々にみんな揃っての練習だった。

予約していたスタジオに入り、数曲流して演奏してみたのだが、なんとも気の抜けたサウンドしか奏でられない。

律「ちょ、ちょっと間があいたんで、勘が戻ってないだけだよ!」

澪「唯はギターミスりすぎ!」

唯「・・・、澪ちゃ~ん・・・」

澪「な、なんだ?唯」

唯「わ、私、私・・・、ギターのフレーズ忘れちゃったぁ!」

澪「・・・・。」

(仕方ないか・・・唯だものな)

紬のキーボードは相変わらず上手くて正確だが、何か熱が感じられない。

バラバラな演奏につられるように梓も調子を崩す。

澪は大学に進んでからも毎日、例え少しの時間でもベースの練習を欠かしていなかった。

しかし、他のメンバーが練習をしていないのは明白だった。

澪「全く!みんなちゃんと個人練習しなくちゃいけないだろ?高校の時みたいに毎日、放課後に練習出来るわけじゃないんだから!」

高校の頃も軽音部の部室である音楽室では、澪は毎日がみがみと説教していた。

律と唯、ときには紬のお尻をたたいて練習を続けた。

しかし、今日は何故か空気が白けている。

澪が一生懸命に気合いを入れようとしても、気の抜けた生返事しか帰ってこない。

ブランクがあったのは仕方がないとしても、熱のこもった雰囲気がまるでないのだ。

結局、澪の腑に落ちないまま、スタジオでの練習は終わった。

場所をファミリーレストランに変えて食事をしながらのミーティングとなった。

律「腹へったなー、唯!」

唯「りっちゃん!サラダバーだよ!サラダバー!」

二人は注文をすませると、食事についているサラダバーのコーナーへ一目散だ。

梓「唯先輩、そんなにあわてなくてもなくなりませんから!」

澪「あいかわらずだな、律と唯は・・・」

紬「そうですわね」

ムギははしゃぐ二人の姿を微笑ましそうに眺めている。

(しかし・・・)

澪は紬の服装に驚いていた。

高校時代は、私服でもそんなに高いものを着ている印象はなかったのだが、今日の紬の服は誰が見ても一目で高価なものだと分かるブランドで統一されていた。

それだけではない。アクセサリーも、バッグも、全てが一流ブランドだ。

紬は午前中、大学の授業に出てから澪達と合流した。

そのままの服装できたのだろう。

(やはり有数のお嬢様大学だけに、紬も服装には気を使ってるんだなぁ。)

澪は紬が高い服やブランドがあまり好きではないことを知っていた。

紬は高校時代、自分の家が飛び抜けた資産家であるということをひけらかしたことはなかったし、むしろそういう目でみられることを嫌がっていた。

軽音部のメンバーは、合宿では紬の家の別荘を借りたし、紬が家からあまらせてはもったいないという理由で持って来る高級なお菓子を毎日のように食べていたが、

紬のそんな人柄のおかげで卑屈になったり負い目を感じたりしたことはなかった。

いや、澪は少し負い目を感じていたかも知れない。

少なくとも

(いつも甘えてばかりで悪いなぁ)

と、ごく常識的な気持ちは抱いていた。

律や唯は負い目を感じるどころか、タカリのようにまったく遠慮がなかった。

紬はむしろ、まったく遠慮のない二人に喜んでいたようだ。

軽音部の後輩の夏の合宿も紬は快く別荘をかしてやるらしい。

現部長である梓とは電話で打ち合わせをしていたみたいだ。

紬の高価なブランドで統一された服装は澪に距離を感じさせた。

そしてそれは多分、紬が一番いやがることであることも分かっていた。

律「しっかしムギ!すっげーな、高そうなブランドだな!おい!」

紬「いえ・・・、そんなことは・・・」

サラダを皿一杯のてんこもりにして満足げな顔で自分の席に帰ってきた律がいきなり突っ込んだ。

(お、おい、律・・・!)

律「だってこれ、○○○のデザインバッグだろ?いくらくらいすんだよ?」

紬「え、あの・・・・。」

唯「ええ?りっちゃん詳しいね、分かるの?」

律「私だってファッション雑誌くらい見るさ!ブランドくらい知ってるよ!」

唯「ほえぇ・・・それは意外だな。」

律「唯は自分の感性だけで服を選ぶからな!何が流行ってるとか全然、知らないだろ?」

梓「唯先輩のファッションセンスって独特ですからね~。特にTシャツとか。」

唯「ちょと、あずにゃん、それどう言う意味?」

律も特別にブランドに興味があるわけでもなく、何も考えず聞いただけなのだろう。

もうとっくに紬の服に興味がなくなったらしく唯と梓とわいわいやっている。

澪はちらっと紬を見る。

紬は特に気にする様子もなく、ニコニコしている。

既に律も唯も、紬も今の話題を忘れ去っている。

(私だけが変に気を使ってしまっているのかな。)

そういえば、紬は他のメンバーを客観的に見て楽しんでいることが多かった。

律や唯そして梓、時には澪も加わって、はしゃいだり、じゃれあったりしているのを一歩引いて楽しそうに見ていた。

(ムギは本当にお姫様なんだ。普通の女の子としてみんなと対等でいられる時間を大切にしていたんだな。)

紬が大金持ちの令嬢だと分かってもまるでそんなことを気にしない律や唯は、紬にとって大切な存在だった。

(さわ子先生が軽音部で素を出すのと似ているな。)

やはり、みんなと離れてみると、今まで気付かなかったことが分かって来るようだ。

食事が始まると、なつかしい軽音部のノリが帰ってきた。

みんな本当に楽しそうに笑い、喋った。

(やっぱりみんなこうして集まりたかったんだな)

澪はなんだかほっとしていた。

だからこそ、バンドとして「放課後ティータイム」の活動はしっかりしなければならないとも思った。

メンバーが同じ高校に通う同級生でない今、バンド活動を止めれば集まる理由がなくなってしまう。

何かに一緒に夢中になれるからこそ、こうやって絆が出来たんだ。

ただの仲良しグループなら疎遠になっていくだろう。

めいめいが食後のコーヒーや紅茶を頼んで食事が一段落した。

(よし、ミィーティングを始めるか!)

澪「みんな、ミーティングを始めるよ!まずは・・・今日の演奏、どう思った?正直な感想を交わそう。」

澪にはバンドを引き締めなければという使命感があった。

律「うーん、ブランクがやっぱ予想以上にあったかな・・・」

紬「確かになんだか全体的にあわなかったね。」

梓「言う程リズムがあわないってこともなかったような気がするんだけど、なにかしっくりこなかったですね。」

唯「自分の演奏パート、忘れちゃったのが問題だなー。」

澪「唯、お前は論外だ。」

しかし、澪は問題はそんなところには無いような気がした。

もっと深刻なところに問題があるような気がしていた。

律も紬も何か音に遠慮しているような感じがした。

サウンドに対してよそよそしいのだ。

遠慮がちに音を出しているような雰囲気があった。

それが梓にも伝染したような気がする。

唯に関しては・・・

まぁ、唯が自分のギターパートを忘れるというのは、これまでも別に珍しいことではなかったし・・・、いや、あまつさえギターそのものを忘れて来ることさえあった。

(そうだな・・・。弾けている部分に関してはちゃんと唯の音が出ていたような気がする。)

おかしなことだが、唯のギターに関しては問題がないように思えた。

そうか、律と紬の音が変わったのだ。

心の距離か・・・。

みんながどんどん変わっていって他人になっていくような気がした。

しかも彼女達本人はそれに気付いていない様子であった。

ひょっとしたら、私の演奏も変わってしまっているのかも知れない。

それは自分では分かりかねた。

しかし、澪は今、自分が感じている違和感を口に出すのが怖かった。

これは練習でどうにかなるような質のものではないような気がした。

しかし、集まって練習する以外に何が出来るというのだろう?

澪「そ、そうか、やっぱりみんなもしっくりきていない気がしたんだな。」

ひょっとしたら次の練習では大丈夫かも知れない。

澪は希望的観測にすがろうとした。

私の考え過ぎかも知れない。

とにかくもう少し様子を見よう。

澪「やっぱり定期的に練習していかないと、上手くなるどころか、演奏の質を維持することも出来ないと思うんだ。問題はどれくらいの頻度で集まれるかなんだけど・・・。」

唯「私はいつでも大丈夫だよ。」

律「唯、お前ちゃんと大学いってるのか?」

紬「えっと、私は、火曜日と金曜日なら大丈夫かな?」

律「う、マジですか・・・!火曜と金曜は私はまずいな・・・」

梓「私は土日じゃないと。軽音部のバンドも部長として参加しなければいけないし、毎回帰るのが遅くなるのも・・・」

澪は自分の都合なら大学の授業をキャンセルしてでも、みんなにあわすつもりだったが、こうもバラバラでは、どうしようもなかった。

結局、各自なんとか調整して、週一回は練習しようということになったのだが、具体的には何も決まらなかった。

澪「じゃぁ、みんな出来るだけスケジュールを調整して、今週末までに私に電話してくれ。予定を組んでみるから。」


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