第六章 ライブ!!


ついにライブ当日。

午後5時半、ライブハウスが開場となった。

新人バンドの常で、「放課後ティータイム」は一番手での出演だ。

客が入り始めた。

最前列には和や憂、さわ子の姿が見える。

唯「澪ちゃん、学校でのライブと違って緊張するねぇ」

唯はライブハウスの客の入りを見渡しながら澪に笑いかける。

澪「あ、ああ、そうだな・・・。」

しかし、緊張でガタガタ震えている澪から見ると、どう見ても緊張しているようには見えない唯だった。

律「うおぅ!気合い入るなー。いっちょ、かましてやろうぜ!」

しかし、律や唯の物怖じしない態度は澪にとっては救いだった。

(うん、大丈夫、大丈夫。始まってしまえばいつもと同じだ。私は、私のやってきたことを全部出せればいいんだ。)

リハーサルでの照明効果はメンバーは初体験だった。

色とりどりの光線の演出はみんなの心を高揚させた。

ライブハウスのステージでの演奏は、やはり学校の講堂のそれとは違う。

アンプやスピーカーから鳴る音の迫力も桁違いだった。

梓「私も緊張してきました。予想以上にお客さんが多いですね」

律「他のバンドの客もいるからな。」

澪「100人以上は軽くいるな。」

紬「こんなところでみんなと一緒に演奏出来るなんて・・・。」

律「お!BGMが止んだぞ。みんな出番だよ!頑張ろうぜ!」

全員「おー!」

メンバーはステージ上でそれぞれの位置につく。

律は中央奥のドラムセットに座り、ムギは左奥のキーボードの前に。

澪は向かって左、唯はステージ中央前に。

ステージ右には梓。

澪はベースの感触を確かめながら精神を集中した。

ここしばらくは、自分でも頑張ったと思う。

お客さんにはもちろんだけど、他のメンバーにも私の演奏を聴いてもらうんだ。

唯「こんばんわぁ!放課後ティータイムです!!私たち、実はライブハウスで演奏するの、初めてなんですよぉ。」

唯のMCでライブは幕を開けた。

(やっぱり唯はすごいな。どうしてあんな沢山の人前で普通に喋れるんだ。)

澪は自分には出来ないことを平然とやってのける唯に今更ながら驚いた。

それと同時に頼もしさも感じる。

唯「えへへ・・・って言うか、私がこんな所でギターを弾いて歌うことになるなんて夢にも思っていませんでした。あ、そうそう、実はですねぇ、私、もともと軽音楽ってのは、軽い・・・・」

ドドン!

ドラムの音に振り返る唯。

律「いつまで喋っとるんだ!」

このままでは、軽音部への入部のきっかけから現在の歴史までを話しかねない唯を律が急かす。

唯「えへへ。急かされちゃった。では、さっそく一曲目を聞いて下さい!私の恋はホッチキス!!」

律「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォーッ!」

唯はペロッと一度唇を舐めてからピックを弦に振り下ろした。

唯の楽しくてキュートで、そして奇想天外なオリジナリティ溢れるギターフレーズが虚空へ向かって放たれる。

照明を受けて虹色に輝く唯のレスポール。

その音色はくるくると表情を変えてライブハウスの空気を包み込んでいく。

ムギのキーボードが音曲に更に彩りを添える。

梓の小気味よいリズムギターが程よくサウンドを締める。

律のドラムも走ることなく、しっかりとみんなのメロディを支える。

澪は唯の新しいギターフレーズにあわせて、ベースラインを変えた。

考えに考え抜いたベースラインだった。

以前より元気のよいベースが唯のギターリフに噛みついたり、じゃれあうようにユニゾンしたり、遊び心たっぷりに軽快に鳴る、走る。

素晴らしい演奏!

メンバー同志、みんなが笑顔で目配せする。

「私たち、すごいじゃん!!」

そしてサビでの唯と澪のハモり。

唯のやわらかな歌声に澪の硬質の低音がからみあう。

今までにないほど調和する二人の声。

ジャーン!!

一曲目が終わった。

ワッと客が湧く。鳴り止まない拍手。

「澪ちゃん!ベースすごいよ!!」

唯が驚いた顔で振り向いた。

梓「私も演奏しながら思わずベースに聞きいっちゃいました!」

ムギ「演奏することがこんなに気持ち良いなんて・・・!」

律「よっし!この調子で突っ走るぞ!」

放課後ティータイムで呼んだ客も他のバンド目当ての客の方も、この新人バンドには驚いたようだ。

メンバーは全員タイプの違う美少女で、演奏の実力は確かなものだ。

しかも聞いたことが無いようなオリジナリティーに溢れている。

そこにいた誰もが

「このバンドは将来、有名になる!」

と予感した。

観客の熱気は高まる一方で、曲を重ねるごとにライブハウスは盛り上がっていった。

そして曲順は澪のボーカル曲である「ふわふわ時間」。

澪「こ、今度はえーっと私が歌います。」

ピー!!ピー!!

男の客から口笛が飛んだ。

「可愛い!!」

「彼氏いんのー?」

只でさえ病的なほど恥ずかしがり屋の澪である。

澪「・・・・。あ・・・。」

男達のヤジで一気に不安定になってしまった。

そういえば「ふわふわ時間」は、ステージで転倒して公衆の面前で下着を晒してしまったという苦い思い出のある曲であった。

澪「あ、あの、あの・・・」

澪はまっ赤になって完全に舞い上がってしまっている。

(そういえば演奏に集中していたから気付かなかったけど、私、こんな所で演奏するの初めてなんだ~。お客さんもうちの生徒じゃないし・・・)

そんな澪の様子を見て会場がざわつき盛り上がっている。

ドドドドン、ギュイ~ンッ

律と唯が音を出して会場を静める。

唯「みんなぁ!萌えるのも分かるけど、って言うか、私も澪ちゃんにはいつも萌えてるんだぁ。だけど、静かに聞いてあげて!曲は『ふわふわ時間』だよ!」

律のドラムと唯のリフで演奏が始まった。

澪は緊張のあまりそこから先をあまり覚えていない。

律と唯のフォローでなんとか澪は歌うことが出来たようだ。

途中、男性客からの声援がすごかったが。

やはり澪のルックスは人目を惹くらしい。

それからまた唯がメインボーカルとなって歌ったラストの曲では会場の手拍子が鳴り止まず、アンコールもまで入った。

「放課後ティータイム」はアンコールには

曲を用意していなかったので、「翼を下さい」のコピーを演奏した。

唯「大成功だったねっ!!りっちゃんっ!!」

楽屋で大はしゃぎで律と抱き合う唯。

律「私たちすごくね??」

二人は抱き合ったままぴょんぴょん飛び跳ねる。

紬「はぁ~・・・」

胸に手を当て目を閉じる紬。

唯「???ムギちゃんどうしたの?」

紬「ごめんなさい、私、ちょっと余韻に浸ってしまって」

梓「それにしても澪先輩のベース進化し過ぎですよ!」

律「いやぁ、さすが澪だな。ここ一番はやってくれるよなぁ!」

梓「唯先輩のギターと澪先輩のベースがすんごくあってるんですよ!本当に素
敵!!」

梓は頬を紅潮させ感動を訴える。

紬「お二人のボーカルも素晴らしいわ!」

唯「澪ちゃん!!やっぱ澪ちゃんは澪ちゃんだねぇ~。さすが澪ちゃんだねぇ~。」

唯が澪の手をとり握手する。

澪「そ、そんなに騒ぐことでもないだろっ?」

唯の握手に手をぶんぶん振り回わされながら、澪は顔を赤らめ、視線をそむける。

唯のまっすぐの視線はどうも苦手だ。

近頃は、唯への友情や好意と嫉妬や羨望がどうにも消化出来ない。

でも、なんとかまた唯と対等になることが出来たんだ。

自分の努力が実を結んだことに対して澪は満足と安堵を覚えていた。

和「すごかったよ!みんな!ほら!これ差し入れ!」

和、憂、さわ子が楽屋に入ってきた。

憂「おねぇちゃん!!びっくりした!ほんとにかっこ良かったよ!澪さんも!みんなみんなかっこ良かった!」

いつもは控えめな憂も珍しくテンションが高い。

演奏の素晴らしさが伝わったのだろう。

さわ子「あんたらいつのまにこんな凄いバンドになってたの?まったく気付かなかったわ!」

唯「さわちゃん先生ぇ~!」

さわ子「特に唯ちゃん!あんた何?演奏聞いてびっくりしちゃったわ!」

唯「ふふふ。さわちゃん先生。人は常に成長するものなのですよ」

憂「お姉ちゃん、頑張ってたものねぇ。」

憂がうっとりした表情で唯を見る。

さわ子「澪ちゃんも上手くなったわね。澪ちゃんは完成されていた感があったから、あれ以上上手くなるなんて思わなかったわ。」

澪「!!」

さわ子はたまに遠慮なくズバッと真実を言うときがある。

(そ、そうかも知れない・・・。唯のギターの成長がなければ、私は上手くなれなかったかも知れない・・・。)

自分がいつのまにか唯に引っぱられていたなんて・・・。

みんながわいわい盛り上がる中、澪は愕然としていた。

私はみんなをまとめてきた・・・。

お尻をたたいて練習させたり、時にはしかったりして。

唯にはギターも教えてきた。

でも、今、本当にバンドをひっぱっているのは唯だ。

唯はサウンドでバンドのリーダーシップをとっている。

いままであんなに遊びほうけていていたのに。

私がもっと練習しろって言ってもなかなか言うことを聞かなかったのに。

それが・・・、少し前に唯が本気宣言をしてからあっという間に「放課後ティータイム」は唯を中心としたバンドになってしまった。

勉強も、楽器も唯に負けた。

そして、バンドのリーダー的な立場まで唯に変わってしまうのだろうか。




第七章 澪と唯


ここで澪と唯のことを少し考えてみよう。

澪は常識的な人間だ。

何事を判断するにも常識という物差しを利用する。

常識から外れたことはしてはならないし、それは恥ずかしいことだ。

そして、ときには自分の常識を人にも押し付けてしまう。

まだ自分の常識が崩れていくのは恐怖であり不快なことだ。

これは順応力がさほど高くないということである。

新しい事態が起これば、澪は頭で対処方法を考える。

そして事態を理解し、把握してやっと安心出来るのだ。

この場合、リーダー的な立場に固執しているのではなく、昨日までの常識が崩れていくのが怖くて、不快なのだ。

そして原因であるはずの唯という人間がさっぱり分からない。

今までのように、唯をたしなめ、世話を焼いて、アドバイスをして・・・

そんな立場ならストレスもそうは感じなかっただろうが、

今や唯は勉強でも楽器でも澪を上回り、ひょっとしたら軽音部での立場さえも奪われるかも知れないという、いわば澪よりも出来た人間だった。

そんな唯にこれから々接すればいいのだろう?

澪は途方に暮れた。


一方、唯。

唯に言わせれば

「そんなの今まで通り、澪ちゃんの思い通りにすればいいんだよ」

こう言うだろう。

唯の行動基準は自分の気持ちだけだ。

したいことをしたいようにする。

したくないことはしない。

人の気持ちもあまり考えない。

興味のあることを目の前にすると人の話しは聞かなくなるし、唯の抱擁から逃げ惑う?梓にはそれでも、抱きつくし、あるときは、散々世話になっているはずの澪を、ギターのメンテナンスと引き換えにさわ子に売り飛ばそうとした。

そのときは澪は梓に助けられたのだが。

だから唯は何ごとにも極端な結果が生まれる。

興味のあるものと無いもの。

やる気のあるときと無いとき。

唯は同一人物かと思うほど結果に差が出る。

唯は思い通りに生きている。

それなのに唯は誰からも愛されている。

唯は澪がコンプレックスを抱いて当然の性格だったのだ。

ただ、今までは澪の方が唯よりも大人の立場で接することが出来ていたのでそれが表面化することがなかっただけなのだ。

更に続けると、別に澪が自分の中に持っている「常識」が澪自身の性格というわけではない。

心と常識は違う。

常識的な行動が澪を大人にしている面もあるが、常識という皮を一枚剥ぎ取ると、逆に軽音部で一番子供なのは澪かも知れない。

人はときには心を常識や理性で抑え、ときには押さえきれず心のままに動くものだ。

澪はすぐに泣く。

よく恥ずかしがる。

ときにいっぱいいっぱいになってしまって、

「やだ!やだ!」

と、まるで子供みたいにだだをこねるのも澪だ。

母親のことをママと呼んでいるのも澪だけだ。

しかしほけーっとしている唯は決していっぱいいっぱいにはならないたくましさを持っている。

「常識という判断基準があってこそしっかり出来る澪」

「心のままに行動し、順応出来る野生児の唯」

という見方が出来る。

その澪が常識的に比べられる部分、勉強も、楽器の演奏も唯に負けた。

そして、バンドのリーダー的な立場まで唯に奪われるかも知れない

このケースの澪の不安や不快さを理解出来るだろう。


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