第四章 唯の覚醒


ジャーンッ!!

「!!」

梓「ゆ、唯先輩・・・!」

律「お、おおお・・・」

紬「え?」

それはライブハウスでの初ライブまでちょうど一週間となったある日の出来事。

ライブでは5曲ほど演奏する予定だったので、リハーサルのつもりで通しで演奏しようということになった。

その一曲目が終わったときだった。

澪「唯・・・?」

唯のギターが明らかに違う。

唯がギター本気宣言をしてから二週間。

細かなテクニックは日々、上達を遂げていたし、それはメンバーも認めていたのだが、今日の演奏は明らかに違う。

もはや上達というレベルではなく、「異変」に近いものだった。

梓「なんですか?今のリフ?今のソロ?」

唯「いやぁ~、駄目かなぁ?」

梓「駄目とか、そんなじゃないですよ!聞いたことがないですよ、こんなギターっ!!」

律「わ、私もよく分からん。よく分からんが、すごいぞっ!」

紬「聞いていて胸の奥が熱くなりました。なんだか私たちのサウンドじゃないみたい・・・。」

唯「昨日思ったんだけどね、こんな風に弾いた方が気持ち良いし、可愛い音じゃないかなーって。そしたら、自分で感じたフレーズなら簡単に指が動くんだよねー」

澪「ゆ、唯。で、でも勝手に楽譜以外のことしたら戸惑うだろ?」

唯「てへへ、ごめんね~澪ちゃん!でも澪ちゃんはどうだった?」

放課後ティータイムの楽曲は基本的に、澪が作詞、紬が作曲している。

それを二人が楽譜にし、メンバーがアレンジを施していく。

しかし、唯だけはいまだに楽譜もタブ譜も満足に読めないし、自分ではフレーズを作ることが出来なかったのだ。

これまでは唯のギターパートは澪が作り、梓と一緒に唯に運指から教え込んでいた。

それなのに唯は、一夜にして自分でギターパートをアレンジして演奏してみせた。

聞いたことがないような不思議な音の数々。

音楽をかじったことがあるものなら、そこに貴重なオリジナリティーを感じるはずだ。

唯にしか弾けない、唯だけが生み出せる音。

それは数少ない選ばれたミュージシャンにしか出来ないことだった。

澪は自分に無断で唯がギターアレンジを変えたことに少し腹が立っていた。

しかし、唯のアレンジは明らかに澪のアレンジよりも何倍も魅力に溢れるものだった。

澪は屈辱を感じていた。

律「ゆ、唯、お前悪いものでも食ったんじゃないのか?」

梓「や、やっぱり唯先輩はすごいです!すごすぎる!私なんかじゃいくら練習しても、そんなプレイ出来ません!」

梓などは涙ぐんでいる。

どうして素直に唯の成長を喜べないんだろう?

どうして、私はみんなと同じ風に思えないのだろう?

澪は何か、独りポツンッと取り残された気分になった。

澪は唯がギターを買った頃からのことを思い出していた。

澪「そのギターは重いし、ネックは太いし、女の子には不向きだよ」

楽器屋で澪は唯にアドバイスした。

唯「でも、これ、色も形もすごく可愛いんだもん・・・」

律「お、レスポールかぁ、唯も案外ワイルドな趣味だなー。」

唯「それに澪ちゃんのギターもおーきぃじゃん。」

澪「私のはベースギターだからな。」

唯「あそこまで大きいと流石に指が届きそうにないけど、これならなんとか・・・。でもあれが弾けるなんて澪ちゃんの手っておーきぃんだねぇ」

澪「!!」

手が大きいのは澪の数多いコンプレックスの一つだった。

澪「ああ~、じゃぁ、もうそれでいいんじゃない?後で困っても知らないぞ!」

唯「でも値段がな~、これはさすがに手がでないや・・・」

しかし、結局、紬に慮った店員の大幅な値引きで、唯はギブソン・レスポールという初心者には不釣り合いの高価なギターを手に入れることになる。


澪の回想は進む。

唯はなんでもかんでも感性で突き進む。

自分の感じたことにまるで疑いがない。

相手がどう思うとか、そんなことを気にしたことがないのだろう。

澪などは、相手の気持ちが気になったりして、思い通りに感情表現が出来ない。

周りに気を配り損な役目ばかりしている。

唯は音楽に関しても当然そうだった。

楽譜もタブ譜も読めない。そもそも読めるようになろうとしない。

音楽用語とかセオリーとかもまるで学ぼうとしない。

いつだって感覚だけでやってきた。

梓が軽音部に入部した当初、唯が音楽用語をまるで知らないことに、梓は驚いていた。

澪は自分の唯に対する指導の足りなさを責められているような気がして恥ずかしかった。

梓に指摘されても、当の本人である唯は全く恥ずかしがる様子もないのに、どうして澪が恥ずかしい思いをしなければならないのだろう?

そう、澪の面倒見の良さに唯はどっぷり甘えてきた。

(そうだ。音楽だけじゃない。勉強もそうだったし。果ては口についたケーキやアイスを拭いてあげたりもしてきた。)

しかし、唯はそんな澪の気持ちなど分からないのだろう。

唯にとってはそんなことは当たり前なのだ。

中学までは和が唯の面倒を何かと見て来たのだろう。

家では妹の憂が姉であるはずの唯の面倒を見てこれでもかというくらいに甘やかし続けている。

唯にとって自分の面倒を見てもらったり、誰かの力を借りたりするのは空気を吸うのと同じくらい自然なことなのだ。

みんな唯のことを甘やかし過ぎだ!

しかし、そういう澪自身が、唯の面倒を見ずにはいられない。

それは律に対してもそうであったし、澪の性分でもあるのだろう。

みんなに愛され、世話を焼かれながらすくすくと成長する唯。

澪とは何から何まで境遇が違う。

(でも、こんなギターフレーズ、私も聞いたことがない。鳥肌がたってる。ムギの言う通りだ。私たちのサウンドじゃないみたい。いや、唯のギターが一瞬で私たちのサウンドを進化させてしまった。)

「天才」という二文字が澪の頭に浮かんだ。

(私はどれだけ頑張っても秀才にしかなれない。)

唯の感性、唯の集中力、唯の才能の前には私の努力なんて無力なのだろうか?

澪は、今しがた聞いた唯の演奏への感動と、自分の中にどうしようもなく渦巻く唯への感情にとまどい呆然としていた。

唯「澪ちゃん、どーかなぁ??」

唯が無邪気に澪を覗き込んで来る。

(ったく、人の気も知らないで。唯は・・・!)

唯にまじまじと見つめられ、なんとか心を立て直そうとする澪。

(でも・・・、そうだ。バンドの為だ。しっかりとしなきゃ。)

澪「い、いや、正直驚いた。唯のギターの方がいいと思う。この曲は次から、今のギターで行こう。」

唯「ほっ!良かった~!!澪ちゃんのお墨付きが出たよ~!」

唯は教科書やセオリーは無視して感性でなんでもやってしまうくせに、澪の意見には敏感で従順なのだ。

澪が唯を憎めず可愛いなぁと思ってしまう原因の一つであった。

(なんか私、いいように操られていないか?都合のいい女っていうか・・・。)

そこまで考えて澪は苦笑しながら頭を振った。

(何を馬鹿なこと考えてんだろう?)

唯「じゃぁ、澪ちゃん、他の曲の感想もお願いね」

澪「え?新しいギターのアレンジ、今の曲だけじゃないのか?」

唯「うん、一応、全部の曲で作ってみたんだ~」

澪「えっ!!?」

唯は一晩で全曲のギターアレンジを完成させたらしい。


その日は新たな「放課後ティータイム」が生まれた日となった。

唯のギターがこれまでの「放課後ティータイム」のサウンドを一変させてしまった。

いや、あくまでも以前の音調の上に加味されたものであって、それはやはり5人だから出せる「放課後ティータイム」のサウンドには違いなかったが。

が、それ以外にも大きな変化があった。

もともと実は唯のギターに感動して入部した梓。

その後も唯のことは気になっていた様子だったが唯のマイペースについていけず、澪になついていたのが、この日を境に完全に唯に心酔してしまった。

澪に以前ほどには甘えて来なくなり、唯のスキンシップ攻撃にもあまり?嫌がらなくなった。

つまり、相変わらず唯から逃げ回ってはいたが、三回に一回は容認するようになった。

律のドラムは唯のギターのリズムとケンカしなくなって、より奔放に、よりアグレッシブになりバンドのグルーブの起点として機能し始めた。

紬は唯のギターを際立たせる為に、装飾系の和音を控えた。

それがバンドの音をより骨太にした。

唯はギターの進化にともない、歌も安定して来た。

歌詞を忘れたり、歌詞を気にすればギタープレイがおかしくなったり、そういうことが無くなった。

唯は感性のままに歌い、ギターを弾く。

そのプレイはどこまでも自由で、明らかに或る種のカリスマ性を感じることが出来るようになった。

同じメンバーであるのに、時折、唯の歌声やギターに耳を奪われ、プレイする姿に目を奪われるのだ。


そして澪。

もう澪のボーカルの助っ人は必要なく、澪はコーラスに専念出来た。

それでもメンバーに押し切られ、演目には一曲、澪のボーカルが入っていたが。

そして、律と唯のリズムがケンカすることを心配することもなくなった。

だが、それは逆に彼女のポジションを奪った。

リズムを刻むタイミングが変わってしまったのだ。

また、唯の個性的なギターが入った今、澪の素直なベースラインはただ演奏するだけでは音に埋もれてしまい、地味に感じられ、サウンドにプラスアルファを与えられなくなった。

一変したサウンドについていけず自分のプレイを維持出来ない。

澪はサウンドの中に自分の居場所が無くなったと感じた。

澪にとってこのような実感はとうてい受け入れられるものではなかった。




第五章 澪の執念


澪はその日から猛練習した。

練習して練習して、固くなったはずの指先に血がにじんでも練習した。

意地もあったし、バンドの足を引っ張る訳にはいかないと思った。

しかし、これまでサウンド面でも精神面でも軽音部の中心であったはず。

自分から望んでそうなったわけではない。

部長は律だったが、実質的には澪が軽音部をひっぱっていた。

律の立てる企画と言えばクリスマス会や、ピクニックなど遊びのプランばかりだった。

澪が練習のスケジュールを決め、合宿での練習を提案し、なんとか軽音部としての活動を維持してきた。

それでもあまりに軽音部の活動が目立たないと、生徒会から廃部させられそうになったこともあった。

まったく放っておけば、律と唯はケーキを食べてお茶を飲んで、遊んで・・・それしかしない。

紬はまだ頼りになったが、実際、傍観者でいることも多かった。

紬は軽音部の数々の騒動をどこか客観的に見ていて楽しんでいるようだった。

しかも、時が経つと、律&唯派になっていったような気がする。

梓は唯にだけはガミガミ言う。

しかし、唯に抱きつかれてしまうと動きが止まる。

軽音部のメンバーの性格上、澪がリーダーのポジションにいるしかなかったのだ。

澪はメンバーを監督し、スケジュールを立て、時には怒り、時にはなだめて軽音部を引っ張ってきた。

そういったわけで、軽音部は澪を中心に回っていたし、いつの間にか澪にとってもそれが自然になってしまっていた。

(私が引っぱっていかなきゃ、うちの部は続かなかったじゃない。)

(そう。唯や律が遊びほうけてた間に、私は軽音部の為に頑張ってきた。)

この二人は私が勉強を見なくちゃ、赤点ばっかりだったし!

(私がいなければ軽音部なんてもたなっかたはずでしょ。)

愚痴めいた思いがぐるぐると頭を駆け巡る。

(梓だって、みんなのやる気の無さに部を辞めるって言い出して。なんとかしようと思ってたのは私だけじゃない!)

(どうして私が居場所を無くしたような気持ちにならなくちゃならないの!)

目に涙が浮かんできた。

左腕で涙を拭う。

(いけない、時間がないんだ。)

澪は気を取り直してベースを抱え直す。

(本当は分かってる・・・。誰も悪くないんだ。)

私が未熟なのがいけないんだ。

その為には練習しかない。

ライブでみんなを驚かしてやるんだ。

絶対に足でまといになんかなりたくない。

ライブまでの澪の一週間の努力は執念と呼べるものだった。

これまでこんなに何かに集中したことはなかった。

何かについても充分な余裕を持って予定を立てる澪は、
追いつめられたことがあまりなかった。

この切羽詰まった感覚。

一秒、一瞬に自分を研ぎすまさなければ追い付かない状況は澪にかつてない集中力をもたらした。

澪はベースラインを一音、一音確かめながら改善出来る所は改善し、新しいフレーズを何度も反復練習した。

(ここは細かく跳ねた方が・・・。)

(ここは、唯のギターを活かすために思い切って単純な構成にしよう。)

(このパートは紬のキーボードの方が相性いいな。私の演奏は無い方がいい。)

今までよりも少しでも面白い音を考えた。

そして演奏技術の少しづつの上達。

(よし!私は出来る!頑張ってみんなといい演奏をするんだ!)

努力が実を結び出すと、それは澪に落ち着きを取り戻させてくれた。


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