第三章 唯の「ギター本気宣言」


ライブハウスでの出演を交渉してきた翌日。

「放課後ティータイム」のメンバー5人は音楽室でいつものように練習していた。

やはり、校外で一般の客の前で演奏するとなると、メンバーも真剣に練習に取り組んでいる。

ジャーンッ!!

澪「・・・よし。この曲はこんなもんだろう。次は・・・」

演奏にもかなり熱が入って来た頃、唯が突然、右手を上げて宣言した。

唯「ライブハウスでのライブも決まりました。この際、私は本気でギターを上手くなってみようかと思います!!」

澪、律「今頃本気宣言っ!??」

唯「思えば受験生活とギターは同時に出来ません!!・・・でした!!」

確かに唯は不器用だ。

一度に一つ以上のことは全く出来ない。

初めはギターを弾きながら歌うということさえ出来なかった。

そして集中力もあまり続かない。

ただでさえ楽器に対して全く素人である唯が、かなりの不器用で、しかも練習もあまりしようとしないのを見て他のメンバーは不安を覚えたものだ。

しかしそれは杞憂に終わった。

唯が「やる気」になった時の集中力は常軌を逸している。

彼女はその集中力によって短期間で劇的な結果を出す。

澪がこつこつと練習して段々と上手くなっていくのに対して、唯は短期超集中型で、ある日いきなり上達しているのに気付いて驚かされたりする。

澪はテストで全科目の点数を唯に抜かれた時のことを思い出した。

(私が何年も毎日続けている努力を唯は数週間で飛び越えてしまう・・・。)

だが、もともと唯は音楽に関わる上での資質が飛び抜けていた。

唯の話しを聞くと幼少時からリズム感に関しては恵まれていたようだ。

幼稚園では他の児童が直立不動でカスタネットを叩いているのに対して

「身体でリズムを自然に取る」

といったことを教えられずにやってのけていたらしい。

これは俗にいうグルーブ感というやつで、メトロノームのリズムに合わせて練習しても身に付かない生きたリズム感だ。

更に驚くべきことは唯は幼少時からピアノを習っていた紬でさえ習得出来なかった

「絶対音感」

の持ち主なのだ。

「絶対音感」といっても実はその精度にはかなりの個人差があるのだが、唯は例えばその「絶対音感」によって、ギターのチューニングをあっというまに終わらせる。

それが梓がチューナーでチューニングしたものと全くズレがない。

これはピッチがA=440Hz~A=445Hz程の微差であっても

一瞬で聞き分けるほどの精度であり、「音楽の資質」という点では紛れも無く天才と呼べる。

子供の頃から生きたリズムであるグルーブ感に目覚め、そして訓練したわけでもなく生まれ持った高精度の絶対音感。

澪が、いや音楽に携わるものなら誰だって喉から手が出るほど欲しいものを唯は生まれつきなんの努力もなく持っていることになる。

なのに本人はそれを何とも思っていないらしい。

いや、恵まれた素質の価値が分かっていないのか、それを磨こうともせずに宝の持ち腐れ状態だった。

澪にはどうにも不公平に感じられることだった。

唯「いや、今までも一所懸命やってたのはやってたんだよ?でも、今は大学も受かって悩みのない日々じゃん?こう、目の前がクリアーっていうかさ、もう断然やる気が出て来たんだよ!」

律「今まで唯はな~んでか、テスト前になると、本気宣言を出していたからなぁ。」

梓「それは現実逃避なんじゃ?」

唯「そうそう。」

律「そうそうじゃねぇ!」

唯「でも、今度はテストがないんだよ?見ててよ~、今度はひと味どころか、ふた味も、み味も違うから!」

紬「けど、今でも唯ちゃんは随分上手くなったと思うけど。」

唯の宣言で盛り上がるメンバー達。

みんながワイワイとお喋りしている中で、澪は勉強で味わった唯に対する敗北感やコンプレックスを思い出していた。

澪は軽音部での練習以外にも毎日、自宅で勉強の合間にこつこつと練習している。

そのかいもあり、澪のベースはかなりの腕前だ。

音の粒が揃っており派手さはないがセンスの良さ感じさせる。

澪の演奏はしっかりとバンドの演奏を支えるものだった。

しかし本人も自覚しているのだが、それは言わば教科書的な上手さだった。

また、所詮上手いと言っても高校生レベルだった。

澪くらいのベース弾きは少し見渡せばごろごろいる。

唯のような音楽的資質もなければ、常識はずれの成長もない。

(もしかしたら・・・。)

澪は思う。

(唯はこれから短い間で、すごいギタリストになるんでは?)

唯の場合、「ない」とは言えない。

(そうしたら、勉強でも楽器でも何一つ、唯に勝てるものがなくなってしまう。)

そんな立場になって、私はいままで通り唯に接することが出来るのだろうか?

澪は軽い恐怖を覚えた。

だが「放課後ティータイム」では、澪にしか出来ない仕事もあった。

唯のリズム感はいわゆるグルーブ・・・生きたリズムであるので、メトロノームのような正確さではない。

例えば、音曲の盛り上がりやメロディラインに対して、唯のリズムは絶妙に変化する。

息が合っていないバンドであれば、その生きたリズムを生かせずにリズムのずれとなって演奏に支障を来すだろう。

澪は正確なリズムキープが得意であったが、それだけでは決して生きたサウンドにはならない。

澪は分かっていた。

バンドとしては唯のリズムを活かすべきなのだ。

ところが、「放課後ティータイム」にはもう一つ問題があった。

律のドラムはイキはいいが少し単調で走り気味なところがあり、唯のリズムとぶつかってしまうことが多い。

澪は律と唯の二人のリズムがケンカしないように、二人のリズムの隙間にベースを入れて、リズムの調整をしている。

これはなかなかに骨の折れる演奏だった。

しかし、澪がサウンドを支えながら、その調子で数曲演奏すれば、いつの間にか全員が一つの波に乗り、「放課後ティータイム」の演奏は素晴らしいものになっていく。

梓が加入してからもそれは変わらない。

一度、唯が風邪でダウンしたとき、妹の憂が唯を装って一緒に演奏したことがあった。

さすが姉妹だけあって、憂も天性のものをもっているらしく、たった数日で下手をすると唯以上にギターが弾ける程になっていた。

憂のリズムは正確そのもので、
バンドサウンドはかなり締まったものになったが、

澪は同時に「正確すぎて少し面白みにかけるな」とも感じた。

これは性格によるものだろうと、澪は面白く思ったものだ。

以上、余談。


他のメンバーは上手くて、唯はすごいというのが梓の感想だった。

澪は分かる気がすると思った。

そういった事情の中で、卒業間近の「唯のギター本気宣言」。

しかし、唯のギターが上手くなるというのはバンドにとって確実にプラスである。

本来は歓迎すべきことだろう。

澪は唯がどんな変身を遂げるのだろうかと若干の好奇心と、自分がついて行けるのかというこれまた若干の不安を持ちながら

(うん・・・・。唯が頑張るなら、私も頑張ればいいんだ。)

と彼女らしい結論に達した。

(それはそうと・・・)

澪はポケットからチラシを取り出した。

澪「そういえば、桜が丘野外音楽堂のタイバンイベントに応募したんだから、デモテープとらなきゃいけないな。他にもここにいろいろ条件が書いてあるぞ。」

チラシを律に読ませる。

律「あ、忘れてた。そう言えばそうだな」

律は頭を掻きながら、こともなげに話す。

澪「おいっ!」

(まったく!!たくさんのバンドが応募するだろうから受かるわけないと思うけど・・・。)

紬「じゃあ、今日録音しちゃいましょうよ。」

(でも、デモテープを録ったりするのは、みんなのモチベーションアップの為にはいいかもな。)

澪「応募曲は何にするんだ?」

律「ふでペン(ふでペン~ボールペン~)が良いんじゃないか?」

紬「それじゃあ、録音する前に、まずちょっと合わせてみましょうか。」

唯「よし!いっくよぉ~」

梓「唯先輩!!私のパートからですよ!」


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