梓「速い……!」

梓が思わず感嘆の声を上げる。

憂が見せた瞬発力は、女子高生のそれとは比べ物にならないものだった
まさに獣、標的を目前にした獅子のごとく、猛烈な勢いで前方に飛び出す――


憂の瞳が妖しい光を放つ。
その光が向かう先は、服の上からでも艶めかしさを感じさせる紬の脇腹――

標的が徐々に目前に迫り――

唯「うい!」

不意に、唯が声を上げる。

その声が耳に入ると同時に、憂の額に衝撃が走る!

――な……!?

精神的な、あるいは病的なそれではない、まさに物理的な衝撃――

梓「な、あれは……!」

澪「……ムギの、トラースキックだ」

強烈な衝撃に憂はたまらず身を倒し、背面で受身を取る姿勢を作る。
仰向けの上空に見えたのは、まっすぐに、倒れ行く憂の体と平行に伸びた紬の脚。


トラースキック――

前方から向かう相手に対して放つ蹴り。
相手の顔面目がけて脚を伸ばし、靴底を叩き込む強烈な一撃。
先程の憂のようにスピードに乗った相手には、特に強く突き刺さる。


バァン!

憂は受身を取るとすぐに体を転回させ、体を起き上がらせる。

――反応が少しでも遅れていれば、確実にKOされていた……!

いや、そんなことよりも今の蹴り……にわか仕込みで放てるような代物ではない。
憂は推測する、紬の今の手慣れた一撃、もしかすると……

梓「憂!」

憂「梓ちゃん……」

梓「間違いない。ムギ先輩は……ラフファイターだ」

梓の言葉に、予想が確信へと変わる。

ラフファイター、それは……

律「ラフスタイル、つまりはラフな(荒っぽい)攻撃を主体とする戦い方だ。
  投げ技や絞め技ではなく、主にパンチやチョップ、蹴りなどで相手と戦うんだ。
  空手経験者やキックボクシングなんかからの参戦者に多いスタイルだよ」

純「へ、へぇ~(ついて行けん)」

澪「しかし、憂ちゃんの受身……なんという華麗な受身なんだ。
  あの強烈な蹴りの衝撃を瞬時に最小限に抑えこみ、尚且つすぐに反撃体勢を整える。
  並のファイターにできることじゃない……いや、並の人間なら、あの一撃で
  撃沈しているはず。おそるべし、憂ちゃん……」

唯「ふっふーん、憂は私の妹だからね。そう簡単には負けないよっ」フンス

梓「憂、頑張って……」

純(……マジ帰りたい)

体勢を立て直し、憂はもう一度距離をとる。

相手がラフファイト主体で来るのなら、向こうから組み付いてくることは期待できない。
ならば初志貫徹、最初に決めた作戦でもう一度ぶつかるしかない。

先程は相手の手の内が読めていなかっただけに、不意の一撃を受けてしまった。
しかし、紬の戦闘スタイルが知れた今、勝機は確実にある。

そもそも、相手を力技で押してくると踏んだ自分が早計だったのだ
一撃受けたことで冷静になった頭で、今度こそ慎重に、確実に思考を張り巡らせる。


大きく一度息を吸い込む。

大丈夫だ、やれる。

全身に酸素を巡らせ、体を改めて覚醒させながら――

憂「っ、たぁ!!」

紬(また真正面から……!?)

憂は先ほどと同様、一直線に紬へと駆け出す。
スピードは……さっきより遅い!?

梓「!? また正面から!?」

律「無茶だ、また蹴りの餌食になる!!」

澪「いや、違う。あれは……!」

そう、確かに先程と同様の手で行けば同じような形で潰されるのは明白だろう。
しかし、憂は今回意図的に速さを抑えた。

MAXスピードでは小回りがきかず、直線的な攻撃も食らいやすい。
しかし、ある程度の余裕を持った速さで接近することで、敵の攻撃への対処をしやすくする――

憂(これなら紬さんも、不用意に蹴りは出せない!)

紬(確かに、蹴りは封じられた……でも)

憂と紬の距離が縮まる。

憂の視線の先は、先ほどと同じく紬の脇腹――

紬「せいっ!」

接近してくる憂に合わせ、紬が右足をわずかに引き、半身で迎撃姿勢を取る。

紬(そう易々と懐には入らせないわ!)

憂の頭が目前に迫った瞬間、紬は右ひじを突き出す!

律「エルボーだ!」

澪「憂ちゃんは視線をムギの腰に据えている。
  あの姿勢じゃ上方からのエルボーに対応するなんて出来るはずが……!」



憂「狙い通りです」


紬「えっ……!?」

本来なら憂の視界に入っているはずのない肘、それによる死角からの瞬時の攻撃。
かわすことなど不可能のはずのその一撃が、空を切る。

憂「読んでましたよ……!」

憂は肘が飛んでくる瞬間に、姿勢を一気に低くしてそれを回避した。
と、同時に紬の腰に腕を回し、一気に背後を取る……!

憂「今度はこっちの番です!」

憂の当初の目的通り、第1段階は成功した。
そして、次の手はずは……

唯「ういー、今だよ!! いっちゃえーー!!」

思考を巡らそうとした刹那、響く最愛の姉の声。

憂はその声を全身の毛穴から感じ取る。
体内に染み入ったその声は、憂の筋肉を活性化させ
強大なパワーを発揮させる……!


憂「うん、お姉ちゃん!!」

憂は背後から腰に手を回した状態のまま、一気に紬を抱え上げる。

そして、そのまま一気にブリッジの体勢へ……!

憂「てえぇぇい!!」


ジ ャ ー マ ン ス ー プ レ ッ ク ス ! !


紬の脳天は、部室の木造の床に深々と突き刺さった。

純「あ、あ、あ……」

澪「な、なんて美しいジャーマンなんだ……!」

律「ナイスジャーマン!」パチパチ

梓「ナイスジャーマン!」パチパチ

唯「ナイスジャーマン!」パチパチ


憂「ふぅ……」

梓「憂、すごかったよ! 見事な勝利!」

憂「うん、ありがと! 梓ちゃんのアドバイスのお陰だよ!」

唯「さっすが憂! 私の自慢の妹だよ~!」スリスリ

憂「きゃっ! も、もうお姉ちゃん、くすぐったいよ~」

澪「凄い試合だったな、律……」

律「ああ、天国の力道山もビックリだ……」

純(もう知らん)

唯「あ、でもさ憂。なんで急にムギちゃんとプロレスごっこをしようと思ったの?」

憂「え、それはね……あ」

憂「ああああ……ち、違う! 私の目的はこんなのじゃないじゃん!!」


数分後……

憂「あ、あの紬さん。大丈夫、ですか……?」

紬「大丈夫よー、憂ちゃんホントに強かったわ~」ドクドク

純(頭から思いっきり血でてるしっ)

梓(紅茶から血の味が……)

憂「うう、でもごめんなさい。やりすぎちゃって……」

紬「いいのよ、私だって蹴り入れちゃったんだし」ドクドク

律「でさ、憂ちゃんの本当の用事の何だったんだ?」

憂「え、あのその……あの、紬さん(ゆ、勇気を出して……)」

紬「なあに?」ドクドク

憂「あ、あの……私のこと……だ、抱きしめてくれませんか!?」

澪「え?」

律「ん?」

唯「ほうほう」

梓「やっと言えたね、憂」

純「長かった……」

紬「え、あの、え?」ドクドク

憂「う、うう……だ、ダメでしょうか?」ウルウル

紬「え、あ、あぁ……むぎゅう」バタン

唯「ムギちゃんが倒れた!」

律「救急車だ、救急車呼べ!」

憂(え、も、もしかして私のせい……?)


病院……


医者「出血多量による貧血ですね、しばらく安静にしてて下さい」

律「ほっ、大したことなくて良かったなムギ」

純(大したことあるじゃん!)

紬「ごめんね、みんな。迷惑かけて……あら、憂ちゃんは?」

唯「あ、憂は帰ったよ。なんか、ムギちゃんに申し訳ないって」

紬「そうなの……」

澪「ムギが倒れちゃったことに責任感じたんだろうな」

梓「そうですね、憂はマジメですから」

紬「私、さっきからなんか変なの……憂ちゃんのことを考えると、心拍数が上がるような感じが」

澪「ムギ、それって……」

紬「……私もね、憂ちゃんみたいな妹が欲しいなあ、て思ったことあるの」

紬「だから、ああ言ってくれたこと、本当は多分嬉しかったんだと思う」

唯「ムギちゃん……」

紬「ああ……やっぱり憂ちゃんのことを考えると何か目眩が……この気持ちって……」ドクドク

純(傷口開いとる)

紬「ああ、これってもしかして……恋!?」ドクンドクン

医者「いや、だから貧血ですって」


そんなこんなで数週間後の放課後……


憂「それじゃあね、梓ちゃん、純ちゃん」

梓「うん、またね」

純「ばいばーい」


憂「はあ、最近また一段と寒くなってきたなあ」

憂「早く帰って、温かいゴハンの準備でもしようっと」


ムギュッ


憂「!!」

紬「ふふ、憂ちゃん捕まえた♪」


憂「え!? 紬さん!? え、え!?(あ、あったかい……)」

紬「憂ちゃん、お久しぶり♪」

憂「あ、はひ! おひさしぶりでしゅ!!」

紬「うーん、憂ちゃんあったか~い」

憂「え、あ、あの紬さん……///」

紬「ね、憂ちゃん」

憂「あ、はい……///」

紬「たまに、こうやって抱きしめたりしてもいい?」

憂「えっ!? あ、あの、その……///」

憂「ご、ごめんなさい!」バンッ

紬「!?」

憂「あ、う、そのっ!」

紬「ご、ごめんなさい。ダメだったかしら……」

憂「ち、違うんです何か気を使わせちゃったかと思って……」

紬「気を使うなんて……そんなことないわよ」

憂「あ、いえ。それなら、その……」

紬「私もね、憂ちゃんみたいな妹欲しいと思ったことあるし。
  憂ちゃんさえ良ければ、ね? 唯ちゃんには許可も貰ったし」

憂「そ、そうなん、ですか……」

紬「そうよ」

憂「い、いいんですか?」

紬「どんとこいです」

憂「じ、じゃあ……改めてお願いします……つ、紬さん!」

紬「なあに?」

憂「だ、抱きしめてもらっても……いや、抱きしめてもいいですか?」

紬「どうぞ♪」

憂「う、えーい」

ポスッ

紬「ふふ、ありがとう憂ちゃん。あったかい」

憂「紬さんも……すごくあったかいです」

寒さが増しつつある冬の日。
二人はお互いの体温を噛みしめあいながら
そして、お互いの温もりを味わい尽くすまで
いつまでも、抱き合い続けた……



数日後、平沢家


唯「ただいまー、憂」

憂「おかえりなさい、お姉ちゃん」

紬「こんにちは、憂ちゃん」

憂「紬さん! こんにちは」ダキッ

紬「きゃ、もう憂ちゃんも遠慮がなくなったわね~」

憂「ふふ、紬さんあったかいです」

唯「おーい、憂。そんな抱きついてちゃムギちゃん帰れないよー」

憂「えー、もうちょっといいでしょーお姉ちゃん」

唯「もう、しょうがない子だね憂は~」

紬(前は逆だと思ったけど……やっぱり憂ちゃんの方が妹ね)

憂「ふふ、紬さ~ん♪」


おわり