2009/11/11 16:53
私は逮捕された。容疑はイチゴ強奪罪。手錠は輪ゴム。
いたずら心で唯先輩のケーキのイチゴを横取りをしたのだった。
唯先輩は涙を流しながら私の口の中で咀嚼されたイチゴを吸い上げていった。
思いっきりディープなキス、ごちそうさまでした。
だけど、その後が問題だったのです。
唯先輩は中々機嫌を直してはくれず、私にあっかんべーをして、部室を出ていってしまったのでした。
紬「……困ったわね」
律「梓があんなことをするなんてな」
澪「いや、それより唯を止めるべきだったんじゃないか!」
梓「……次は、もんぶらんをお願いします、ムギ先輩」
澪「梓、唯のキスを狙って奪ったのか?」
梓「はい」
紬「……や、やるわね」
律「スキルアップだ梓。おまえに伝える技はもう残ってない」
梓「ありがとうございました、師匠」
澪「犯人はおまえか!」
律「グーはやめてぇ」
唯先輩を探すために、各々が校内を散策することになった。
私が向かったのは、生徒会室。
唯先輩が困ったら、頼りにしそうな相手、和先輩がいるからだ。
やがて生徒会室前へ辿り着き、ドアをノックする。
和「どうぞ」
梓「失礼します」
和「あら、梓ちゃん。軽音部はどうしたの?」
梓「実は――」
簡単に事の成り行きを説明していった。
和先輩は軽く溜め息を吐いてから、こう言った。
和「たかがいちご程度で唯が出て行ったの?」
梓「かなり怒ってましたよ」
和「そう、よくわからないわね。まあいいわ。
先に言っておくとここに唯は来ていないわ」
梓「……そうですか」
和「唯なら、憂のとこにいるかもしれないわね」
梓「……ということは帰ったのでしょうか?
憂って放課後はどんな風に過ごしてましたっけ?」
和「図書室にいることが多いわね、それから帰り道でお買い物をして家事をするの」
梓「憂……立派な主婦です」
和「まだこの時間ならいるはずよ、行ってみたらどうかしら?」
梓「ありがとうございました」
図書室へは生徒会室から3分も掛からない場所に位置している。
同じ階層にあるから、当然と言えば当然なんでしょうが。
入り口。木製の扉は、年季を窺わせていて、かなり風情がある。
設備は古いが、この学校のクラシックな雰囲気は、とても気に入っている。
図書室内に入ると、生徒の影がチラリチラリ。
どうやら放課後に図書室を利用する生徒は多いようでした。
梓「……いませんです。憂も唯先輩も」
憂「あれ? 梓ちゃん、部活はどうしたの?」
梓「あ、憂。唯先輩みかけなかった?」
憂「うーん、見かけてないよ」
梓「そっか」
憂「わっ、お姉ちゃんがどうかしたのかな?」
梓「……唯先輩が部活中に逃亡しちゃって」
憂「逃亡!?」
梓「そうなんだ、イチゴを食べちゃったばかりに」
憂にも和先輩と同じように経緯を伝える。
憂は、うーんと唸った後、
憂「機嫌を損ねちゃったんだ、それで梓ちゃんは謝りたくて探してるのかな?」
梓「そう。唯先輩、珍しく怒っちゃったし」
憂「どうやって謝るつもりなのかな?
一度怒らせると、お姉ちゃんを満足させないといけないよ」
梓「まあ、謝罪がわりにクレープでも奢れば大丈夫でしょ」
憂「クレープ……いいかも」
梓「憂? 憂には奢れないよ」
憂「う、うん。大丈夫だよ! 憂は自分で買うから!」
梓「……なんか憂、今日はおかしいから早く帰ったほうがいいよ」
憂「う、うん。そうするね。じゃあお先に」
梓「……なーんか憂っぽくなかったなぁ」
結局、全部の階を見回ったけど、唯先輩は見つからなかった。
下駄箱で唯先輩の靴を確認できたことからまだ帰ってないはずなのに。
何処に行ったんでしょうか。諦めて部室に戻ると、
唯「おかえりー、あずにゃん!」
やたらご機嫌な唯先輩がいた。
とりあえず、音楽準備室の扉を閉めて、もう一度開けた。
唯「……おかえり、あずにゃん、なんでドア閉めたの?」
梓「いえ、なんとなくです。さっきはすみませんでした」
唯「いいよ~、過去のことは水に流したよー」
幻聴や幻視の類ではなかったようなので安心した。
先輩方も全員が集合していた。
律「遅かったなー梓」
梓「唯先輩は何処にいたんですか?」
澪「下駄箱だ。私が捕まえた」
紬「脱走犯、平沢 唯。無事、逮捕できました!」
梓「ムギ先輩?」
紬「私、学校で刑事さんごっこをするのが夢だったの~」
梓「……なんで唯先輩の機嫌が直っているんですか?」
唯「私は寛大だし! 海より広い心の持ち主だから許したんだよ~」
梓「……いささか腑に落ちないですが、よかったです」
唯「今日は、寄り道して帰るんだよね! だよね!」
梓「……? 普通に帰りますけど」
唯「あ、あずにゃん! 私への謝罪は!?」
梓「さっきしたじゃないですか」
唯「……あ、あ、あずにゃんなんか大ッ嫌いだよ~!」
梓「……え? ちょっと待ってください。何がそんなに不満なんですか?」
唯「だってだって、あずにゃんがクレープ奢ってくれるって言うから~」
梓「……憂にしか話してなかったのに」
唯「それで、あずにゃんはクレープを奢ってくれるんだよね! ダブルアイス!
チョコのトッピング付きで!」
梓「いやです」
唯「……ッ! 私、帰るよもう。あずにゃんにはガッカリだよ!」
唯先輩はギー太と鞄を抱えて本当に部室を飛び出してしまう。
呆然としてしまい、私は足を動かすことができなかった。
紬「梓ちゃん、唯ちゃんの気持ちも考えてあげないと」
律「皆伝免許取り消しだな、こりゃ」
澪「唯……可哀相」
梓「……奢るのは機嫌を直すためであって、直ってるのに奢るのは不本意だったのですが」
紬「梓ちゃん……そうじゃないわ。梓ちゃんの誠意を唯ちゃんに示さないといけなのよ」
梓「私の誠意、ですか?」
澪「そうだな、梓は唯に誠意を見せないとダメだな」
紬「そうだ、私にいい考えがあるわ、仲直りをする、とっておきの方法よ」
梓「それは、どんな方法なのでしょうか?」
紬「それは、週末のお楽しみ~」
と、ムギ先輩が期待を持たせたのは2日前。
それから、私と唯先輩は口数が少なく、ふくれっ面をされてしまう日々を過ごした。
唯先輩が抱きしめてこない日々に、価値なんてないなと、改めて思うのでした。
金曜日の放課後、唯先輩がトイレに行った隙に、会議は始まった。
梓「明日、ですよね?
私、唯先輩とすれ違う日々にはこれ以上耐えられそうにありません」
紬「大丈夫よ、明日は駅前に13:00に集合してね」
律「乗ったぁ! 私も行く」
澪「……うん、私も気になる」
紬「唯ちゃんは、誰が誘う?」
梓「私が誘います。もし、来ないと言うのであれば、私は軽音部を辞めます」
律「おいおいおい、ちょっと飛躍しすぎじゃねーか」
梓「いえ、ほのぼのとした空気のないHTTはHTTじゃありませんから」
澪「……そうだな、じゃあ梓に任せてみるか」
律「フォローはしてやるから頑張れよ梓」
梓「はい、任せて下さい。まずは目をみて謝るつもりです」
紬「そう、まずは梓ちゃんが向き合わないと始まらないの」
梓「わかってるです。私はそこまで不義理な人間じゃありません」
ガラッ
唯「たっだいまー」
律「おう、おかえりー」
唯「ムギちゃーん、紅茶一杯よろしくぅ!」
紬「ちょっと待っててね」
梓「あの、唯先輩……」
唯「あ、澪ちゃん! シャンプー変えた? いつもと艶が違うよ~」
梓「……」
澪「あ、ああ……」
梓「唯先輩、話を聞いて下さい」
唯「りっちゃん、昨日の――」
律「唯、梓を見てやれよ」
唯「……むぅ」
梓「唯先輩、明日私とデートしてください」
唯「……」
梓「私の精一杯の気持ちを込めますから」
唯先輩の瞳を焦点に捉えてじっと見つめる。
見つめすぎて、唯先輩が目を逸らした。
唯「ん、わかった、わかったよ~、何処に行けばいいのかな?」
梓「駅前に13:00でお願いします」
紬「あら、ちゃんと言えたのね。はい唯ちゃん、お茶」
唯「ありがとムギちゃん……みんなで仕組んでたの?」
律「違うよ、唯と梓のデートは私たちも同行するってこと」
唯「デートじゃないじゃん」
澪「でも唯は二人きりだと困るだろ」
唯「別に、困らないもん」
律「強がるなって」
唯「明日、駅前でしょ。行くから」
梓「お願いします」
次の日、私はバッチリ私服を決め、デートスタイル。女の子らしくワンピース。
髪の毛をツインテールからロングストレートに、雰囲気が少し変わるし……。
駅前には唯先輩が既に到着していた。
一応10分前には来てるのに、私より早く来ているのは嬉しかった。
梓「待ちましたか?」
唯「……あずにゃん、可愛いじゃん」
可愛いじゃん、そっけなく言われたはずなのにドキっとしてしまう。
悔しいです。
梓「唯先輩だって、おしゃれなパーカー着ててかわ、可愛いです」
唯「ふーん、ありがと」
他に来ている人がいないか確認するがまだいない。
どうやら私と唯先輩の二人きりのようだった。
唯「ねえ、あずにゃん」
梓「は、はい!」
唯「そんなに緊張しなくていいよ、私別にそこまで怒ってないから」
梓「で、でも最近あんまり会話してくれなかったです」
唯「お灸だよ、すぐに許しちゃうのもどうかな、って思ったし」
梓「ずるいです……」
不眠になりかけたのに、唯先輩とどうやって会話しようかいっぱい考えて、
どうやって謝るタイミングを切り出すか、ずっと、ずっと考えてたのに……。
唯「泣かないの……もう、私が泣かせたみたいじゃん」
梓「……っぐす、唯先輩が泣かせたんです」
唯「ふふ、知ってるよ~」
梓「ん、なにか余裕を感じます、ずるいです」
唯「だって、今回は私そんなに悪くないし~」
梓「うっ、たしかに私が悪かったですけど、意地悪です」
唯「うーん、意地悪な唯先輩は、あずにゃんにもっと意地悪しちゃうんだ~」
唯先輩は私を引き寄せ、手で髪の毛を梳いていく。
優しい感触に、もうどうなったっていい、なんて思ってしまう。
こんな世界に、不満なんてないですから。
紬「えいっ!」
ガチャン、と私の手首に何かが繋がった。
びっくりして手首を引いたら、唯先輩が倒れこんできた。
律「おいおいっ! 大丈夫かよ……」
澪「こっそりはマズかったかもな」
梓「いつつ」
唯「大丈夫、あずにゃん?」
紬「ご、ごめんなさい。まさか倒れるなんて思わなくて」
それより、私の手首に繋げられた物体に目をやると、
唯先輩の手首にも同じものが付けられていた。
唯「て、じょう?」
梓「しかも、本物っぽいですね。やたら頑強です」
紬「それ、本物よ」
梓「えっ!? もしかして……これがムギ先輩の言ってた作戦ですか?」
紬「そうよ、二人の距離は15cmも離れることがない。
こうすれば嫌でも仲良くせざるを得ない……完璧だわ」
律「でも、そんなことしなくてもいい雰囲気だったよーな」
紬「どうせなら、もっと仲良くなって貰いましょう!」
唯「もぅ、ムギちゃんやりすぎだよ~」
梓「そ、そうですよ! もう唯先輩は許してくれましたですし、
外してください」
紬「ちぇー、ちょっと待ってね。今鍵を……」
律「おーいムギどうしたぁ?」
紬「……鍵、忘れちゃったみたい」
梓「じゃあ今日は、というかしばらくはこのままってことですか?」
唯「……ま、いいか」
梓「いいんですかっ!?」
唯「うん、あずにゃんならいいよ」
梓「~~っ」
素でそういうこと言わないで下さい!
嬉しくなっちゃいますから!
紬「ごめんなさい、デートが終わるまでには持ってきてもらうから」
澪「デートは続行するんだな?」
律「ってか、あたしらはあたしらで勝手に行動するから二人で楽しめ」
紬「デートをする女の子同士を眺めながらデートだなんて、ここは楽園なのかしら」
律「ということで、お二人さんはどうぞ好きなように行動しててくれ」
唯「……そうだねー、じゃーいこっか。あずにゃん」
梓「は、はいっ」
電車に乗り、揺られること数十分。私たちは繁華街に来ていた。
手をつないでいる。大変だったのが改札口。
このままだと通るのが無理だったので、駅員さんに切符を見せて通らせてもらった。
物凄く奇異な目で見られたけど、唯先輩の手の感触があったのでどうでもよかった。
歩くたびにジャラジャラと手錠が音を奏でる。
手を繋いでいないと、歩幅が違うので手首を傷めてしまうのです。
唯「ね、あずにゃん」
梓「なんでしょうか?」
唯「さっきからすれ違う人の視線が凄いね」
梓「私はもう気にしません」
唯「じゃあ、腕組んじゃおうよ」
梓「はい」
密着する面積が広くなり、手を握る力を強めた。
どうせなら、一生このままでもいいです。
唯「どこ行きたい?」
梓「どこまでも、唯先輩とならどこでもいいです」
最終更新:2011年02月22日 00:29