純「あのさお婆さん、この前の口紅切れちゃったんだ。もう一個無いですか?」

老婆「あの商品はあれだけでございます」

純「そんなー…」

がっくりと頭を垂れたけど、木箱の上に今度は白いホルダーに入った口紅が目に付いた

純「あれ?あるじゃん」

老婆「それは『悪い口紅』でございます」

純「何でもいいよ、また不思議な力があるんでしょ?」

純「で、いくら?」

老婆「百円でございます」

純「買い…」

澪先輩に言われたことを思い出した。

「次は無いよ」的なことを言っていた気がするけど…関係ないよね。

純「…買います!」

どんな効果が期待できるんだろうなー?



翌日、学校の教室に行くと前に唯先輩と律先輩が立っていた。

唯「あ、純ちゃん来たよりっちゃん!」

律「おー、来た来た」

どうやら私を待っていたようだった。

何の用事だろう。

純「どうしたんですか?」

唯「純ちゃんに褒めてもらおーと思いまして!」ビシッ

律「さぁ、頼む!」

手をシュビッとあげる二人。
どうやら、私の噂を聞きつけてきたと言った様子だった。

純「(困ったな…今日はまだ口紅つけて無いんだよね)」

純「ちょっと待っててください」

トイレで口紅を塗ろうと思ってトイレへと走る。

澪「……」

階段の上から澪先輩が見ていたとは知らずに。


純「これでよし、と」キュッキュッ

トイレの鏡で口紅を塗りなおす。

と、丁度終わった時に梓が入ってきた。

梓「あ、純!」

純「ん?」

梓「純に言われた通りにサイドテールにしてみたんだ」

確かに目印のツインテールからサイドテールになっている。

梓「これ、似合ってるかな?」

純「ゴキブリからカブトムシに進化しただけだろ」

…え?今、私何て言ったっけ?

梓「…え?」

純「ゴキブリは人類の大敵だけどカブトムシは人気者じゃん。よかったね」

面白いぐらいに悪口が頭の中に思い浮かんでくる。


梓「そんなこと…純の言うとおりにしたらみんな褒めてくれたよ?」

純「そうだね、ゴキブリが羽化しただけだね」

梓「ゴキブリゴキブリって、さっきから聞いてれば酷いよ、純!」

純「酷いのはお前のツラだよ」

梓「っ!!純の馬鹿!」

怒った梓はサイドテールを振りほどき走って行った。

純「口ほどにも無い…」

言い終えてあの「悪い口紅」の意味が分かった。
これは「おだてる口紅」と相対的な関係にあるんだ。

しかし不思議と悪口を言った後の罪悪感が無い。


教室に戻るとまだ唯先輩と律先輩が待っていた。

唯「純ちゃーん!褒めてー!」

純「うわっ!近寄んな、ミルクくせぇ!」

唯「」

律「」

律「え?」

純「うおっ!目がっ目が!」

目を押さえうずくまるフリをする。

律「ど、どうした!?」

純「こっちにその眩しいデコを向けるなっ!」

律「そんなに眩しいワケあるかっ!」

純「ところでダメ部長さんってハゲ進行してきてますよね?」

律「誰がだ!」

唯「私ってそんなにミルクくさいかな?」クンクン

純「そりゃミルク超えてゲロの領域だわな」

唯「ゲロって…いくらなんでも酷いよ」

律「全くだよ!行こうぜ、唯」

唯先輩と律先輩は怒りながら帰って行った。
まぁ、当然だ。褒められようと思ってきたのに逆に悪口を言われたんだから。



その日を境に、私の評判は「良い人」から「悪い人」へと変わっていった。
でもこれはこれで楽しいかもしれない。

ある時は同級生に

純「死ねシスコン。お前は姉の奴隷か?」

憂「何で…そんなこと言うの?」

ある時は先輩に

純「お嬢様?笑わせんなよ、その沢庵な眉毛より大根足の方を先に優先しろよ」

紬「ひどい…」

ある時は先生に

純「やーい!やーい!彼氏できねーババーア!」

さわ子「……」ワナワナ

ある時は生徒会に

純「これが眼鏡猿。あなたにそっくりね、この図鑑に載ってるサル」

和「あら、そう。じゃあ私生徒会に行くね」

純「(くっ…和先輩スルースキルが半端じゃない)」


――

女子C「2年の鈴木さんってさー、悪口の帝王だよね」

女子D「あー、あの髪形ボンバーな子でしょ?」

女子C「もう信じらんないよ!一度口を開かせたら逃げない限り泣くまでやめないの!」

女子D「あっちのが悪いのに、どうやっても論破されちゃうんだよね」

澪「……」

――

純「くたばっちまえア~~~~メン♪」

澪「随分と自由にやってるようだけど…」

最近のお気に入りの歌を聞きながら歩いていると澪先輩に声をかけられた。

純「何ですかハゲの腰巾着さん?」

澪「何とでも言ってくれ」

純「え?アンタドM?マジひくわー…」

澪「…あんまり無茶やってると最後には痛い目見るよ?」ニッコリ

笑ってはいるものの、なぜか脳の奥から脊髄にかけて凍えるような笑みだった。

澪先輩ってもっと怖がりなキャラじゃなかったっけ?

純「そ、そんなんでビビると思ってんのかデブ!」

澪「言いたいことはそれだけだよ。じゃあね」

最後までクールに澪先輩は去って行った。

何だろう、何て言うかあの人は…地獄でも見てきたのだろうか?

純「最後には痛い目を見る、か」

純「…でももう今更だよ」

今日のところは口紅を落として帰ろう。

しかしそうもいかなかった。

女子A「おーす純ちゃーん」

女子B「ちょっと顔貸してくれないかなー?」

純「…くせぇ手でさわんなよ」

女子A「きゃはは、ほらほらどうしたのぉ~?」

女子B「大きな口叩いてた割にはこんなもん~?」

女子A「みんないつかあなたにギャフンと言わせようって言ってたんだよ?」

純「喋んなよ…息くせぇ」ゲホッ

好き放題やっていた報復はやはり来た。

あー、口ん中ドロドロだよもう。

女子A「口紅なんかつけちゃってさぁー」ゲシッ

純「そんなカスみたいな蹴り痛くねーし」

女子B「ふーん。じゃあもう、みんなに大きい口叩けないようにしてあげるよ」

女子Bが手を振り上げる。

私はゆっくりと目をつむった。
まぁ、澪先輩の忠告を無視した私が悪いんだけどね。

……。
……?。

いつまでたっても手が振り下りてこない。

純「(?)」パチッ

純「はっ!?」

夢じゃないかと目をこする。
目をあけると、そこには私に忠告をした黒く長い髪の女の人が居た。

女子B「み、澪先輩…?」

澪「何やってるのかな、君達?」

女子B「何って、仕返し…痛っ!」

澪先輩が女子Bの右手をギリリと音がしそうなほど掴んでいた。

女子A「な、何で澪先輩が純に肩入れするんですか!?」

女子B「先輩の友達だってこの子に…!」

澪「だからってこういうやり方が許されるわけじゃないぞ?」

女子A「そうですけど…」

澪「こんなことが見つかったら、進学だって危ないんじゃないか?」

女子A「でも!」

澪「まだやるって言うなら」ギリッ

女子B「あだだだっ!!」

女子B「わ、分かりました!澪先輩がそう言うならやめます!」

澪「そうか。…で、君は?」

女子「はひ、すいませんでしたっ!」

女子二人は逃げるように帰って行った。


澪「大丈夫?」

私の前に立つ元・憧れの先輩は手を差し出してくる。

純「何で来たんですか…?」

口紅は取れて、私の口調は元に戻っていた。

純「何で助けたんですか?最後には痛い目見るって言ってたのは澪先輩じゃないですか…」

純「そして私はそれを無視しました」

澪「見えないところでやられる分は、そりゃ自業自得さ」

澪「でも目の前でやられてちゃ助けないわけにもいかないよね?」

純「ほっといてればいいものの…」

大体澪先輩はこういう状況なら一目散に逃げ出す人のはずだし。

澪「そう言わないでよ。鈴木さんを助けることだけなんて、アレに比べたらどれだけ軽いことか…」

純「アレ?」

澪「ん?あ、ああ。気にしないでくれ」

この人は確実に私が出会った時の澪先輩じゃない。

梓が前に何か言っていたような気がしたが、確かにまるで別人のようだ。


純「きっつ…」

重い体を壁にもたり掛ける。

純「澪先輩」

澪「ん?」

純「どうして私が不思議なお婆さんからコレ買ったって分かったんですか?」

ポケットから例の口紅を取り出して澪先輩に見せる。

澪先輩は「やっぱりか」と言う顔で笑いながら眉尻を下げる。

澪「昔さ、君みたいな女の子が居たんだよ…」

純「私みたいな女の子?」

澪「うん。真面目な口調から急に横暴な口調に変わってしまった女の子だよ」

急に…変わった?

純「それって、まさかあのお婆さんの道具で?」

澪「よく分かったな」

純「だって…今の私そっくりじゃないですか、その女の子」

澪「そう。そしてその女の子は君と同じくまた不思議な商品を買った」

澪「ただ一つ、可哀そうなのは『不運』だったってことだな」

純「何がですか?」

澪「その子は君と違って買った商品を悪用したりしなかった…けど、運命ってのは残酷ものだよ」

しだいに澪先輩の顔がうつむいて言った。

澪「その女の子が最終的にどうなったか知りたい?」

純「…はい」

澪「周りの人間を全て巻き込んで、最後は自分が壊れた」

純「…」ゾクッ

私もひょっとしたらそうなってたかもしれないってこと?

純「でも何でそんなことどこで?」

澪「はは、聞いた話だよ」

それにしては妙にリアルな話だった…。

澪「じゃあ、私はそろそろ部室に行くよ」

純「…ありがとうございました」

澪「顔に傷は無いみたいだからいいけど、腕とか足は保健室で処置してもらった方がいいよ」

純「分かりました」

澪「それじゃ、またね」

帰っていく澪先輩の背中を見ながら思った。

私もこんな女性になりたいなぁ、と。


翌日、私は学校の人達に謝罪をした。
酷いことを言ってしまったことは勿論、自分の半生のためだ。


純「酷いこと言ってごめんなさい」ペコリ

憂「私は気にしてないから顔をあげて?ねっ?」

純「憂…ありがと。あと、梓にも」

梓の方を見ると、せっせと髪形をサイドテールにしていた。

梓「これ、似合う?」

純「……うん!」

道具に頼らず、今ならはっきりと自分の言葉が言える。

梓「いいよ、純の事許してあげる」

純「えへへ。ありがと梓」

こうして私は今までの「普通の日常」を取り戻すことができた。

大事なことを教えてくれた澪先輩に感謝してもしきれない。


――

澪「そうそう、昨日見た落語でいい歌詞が浮かんできそうになったんだ」

律「お前、最近ますます高校生離れしてきたよな?」




純編終わり。