純「あーあ、今月ピンチだなぁ」

私は中身の軽い財布を見つめながら言う。

憂「そんなにお金使っちゃったの?」

純「スーパーで季節限定のお菓子が発売されたからさ、ちょっと買いすぎちゃった」

梓「純って限定って言う言葉に弱いよね」

今日は休日と言う事で、喫茶店で梓と憂とお茶をしていた。

梓「もうちょっと節約すればいいのに」

純「それができれば苦労しないって」

憂「そゃあ、今日のお茶代は私が出すよ」

憂が突然奢ってくれると言いだした。
今月ピンチの私としては嬉しいことだけども…

純「いや、いいっていいって!」

流石に自分で誘っておいて友達に自分の分を奢らせることになるの嫌だ。

憂「そうかな?遠慮しなくてもいいよ?」

純「遠慮がどうこうじゃなくて…別の問題というか」

しかし自分の財布のことを考えると甘美な誘惑にも思えてくる。

梓「無理しないで貸してもらったら?」

純「うーん…」


純「ごちそうさまでした」

憂「いえいえ」

目の前の女神に深々と頭を下げる。

梓「はぁ…。純っていつか破産しそう」

純「そんな哀愁こもった目でみないでよ」


憂「あはは」

笑ってはいるものの憂も若干、苦笑いになっている。

純「借りた分は来週絶対に返すね」

憂「お金なら返さなくても大丈夫だよ。勝手に出すって言ったのは私の方なんだしね」

純「大丈夫だって、アテはあるんだから」


純「とか見栄張って言っちゃったけど、アテなんてないんだよね…」

憂と梓とバイバイして帰路に着く途中でお金のことを考える。

三日前お母さんから貰ったおこずかいは使い果たしちゃったし、貰ってすぐに借りるわけにもいかない。


純「あーあ、どっかにお金落ちて無いかな」

財布か何かが落ちて無いかと地面を見ながら歩く。
梓に見つかれば「恥ずかしい」とか「みじめ」とか言われそうだ。

その時、家と家の間にお婆さんが座っているのを見つけた。

老婆「」

純「(…何なんだろう、あのお婆さんは)」

老婆「……」

純「?」

よく見ると老婆の前には木箱が置いてあり、その上に立て札と黒く輝くホルダーに入った口紅が一つ置かれていた。


『おせじな口紅 売ります』

純「(おせじ?)」

老婆「……」

少し興味を持った私は老婆に近づいてみる。

老婆「いらっしゃいませ」

純「あ、ごめんなさい。私お客じゃないんです」

手持ちはせいぜい百円と数十円。
とてもじゃないがダイヤの指輪なんて買えない。

純「これってお高いんですか?」

老婆「五十円でございます」


純「はぁ!?」

つい大声を張り上げてしまった。
いや、だってこれが五十円って…安物にしてももうちょっと高いよ普通は。

でも…綺麗だし傷も無い。

私もちょっとはおしゃれしてみようかな。

純「五十円ならいっか。買いますお婆さん」

老婆「お買い上げありがとうございます」

財布はさらに軽くなった。


休み明け、学校に行く前に早速その口紅をつけてみる。

純「…ちょっとは大人っぽくなったかな?」

お母さんに見せに行ってみよう

純「お母さん」

母「あら、純。どうしたのその口?」

純「お母さんって本当に美人だよねー」

突然思ってもいないことが勝手に口に出た。

母「え?そ、そう?」

純「私はこんな美人さんの娘で幸せだよ」

母「もう。冗談がすぎるわよ」

そう言いながら母の顔はデレデレしている。

しかし私はこんなことを言おうと思ったつもりは更々無い。

純「(どういうこと!?勝手に言わされてる…)」

純「もう私は世界一の幸せ者で…(以下略)だよお母さん!」


母「あはは…何だか気分がいいからお小遣いあげちゃおっかなー」

純「(え?マジ?ラッキー!)」


気を良くした母から今月分のお小遣いをもう一度貰う事ができた。

これで借りたお金を憂に返せるよ……よかった。

純「だけど…一体何でなんだろう?」

自分が意識しなくても口が勝手に話してしまった。

こんなことは今までに一度も無かった筈なんだけどね。

純「この口紅つけた時から…!」

まさか「おせじな口紅」って、おせじを言って人を喜ばせることのできる口紅ってこと?

純「(そんなものが存在するって言うのはすごいけど…でも何か微妙な力…)」

梓「どうしたの?ボケっと歩いてたら危ないよ」

そんな中、学校の登校途中で梓に出会った。

純「(梓か…)」

梓「純?」

純「梓ってさ、何かこう…守りたくなるよね」

梓「は?」

最初の反応は、まぁ当然かな。

純「だって凄く可愛いしさ。手だってこんなにちっちゃくても必死にギター頑張ってるんだもんね」

梓「え…可愛いって、そんな褒めても何もでないよ」

純「その梓を何で世間は認めてくれないんだろうか?私は理解に苦しむよ」

梓「そんな、そこまでのことじゃ…」ニヘラヘラ

随分と表情が緩くなってきた。

純「背の小さいのもいい味だしてるし(以下略)」ペラペラ


梓「えへへ…へへっへ」

純「(うわ、凄いニヤケ顔!)」

梓「もう、純ってばお世辞が上手いね」ニヘヘ

本当にお世辞なんだけどさ。


梓と話しているうちに教室へと到着。

純「おはすー」ガラッ

梓「おはよう」

憂「おはよう。梓ちゃん、純ちゃん」

出迎えてくれたのは憂。

あ、これは来るね。

純「うん、今日も綺麗だね憂は」

憂「ext!?」


いきなりの出来ごとに素っ頓狂な声を出す憂。

純「その髪その目その肌その口その鼻その耳…全てが美しいよ」

憂「…あ、ありがとう?」

純「憂に比べればモナリザなんて(以下略)」ペラペラ

純「宇宙すら(以下略)だね!」

憂「そ、その…あの…あううう」オロオロ

べた褒め攻撃に憂は耳まで真っ赤にしていた。

純「そう言えば忘れに無いうちにお金返しとくね」

財布を取り出そうとしたら憂に手を押さえられた。

憂「いいから!」

純「いや、でも」

憂「本当にいいから!」

純「…そう?なら、ありがと」

梓「……」ソワソワ

純「?」

梓「…!」

梓は目を合わせると目をそらす。
それにスカートの前で手を重ねてそわそわしている。

純「(なんか私も褒めてって顔してるね)」

純「どうしたの?」

梓「な、何でもないよ」

純「…」ニヤ

純「ペラペーラ」

――

梓「ふにゃあ…」ガクッ

純「ちょっ!?大丈夫?」

少しほめすぎたのか、足腰を崩し膝をつく梓。

純「大丈夫?」

梓「ほへ…」

駄目だこりゃ。完全に骨抜き状態になってる。

女子A「梓ちゃん大丈夫?顔真っ赤だよ?」

女子B「あ、本当だ」

クラスメイトの女の子が梓の様子がおかしいことに気付いた。


純「そう言えばさ、二人とも可愛いね」


それからというもの、私は人を褒めて褒めて褒めまくった。
するとびっくり、私は「学校で一番良い人」と言われるようになっていた。

それどころか顔を見ただけで挨拶もされたりもする。


純「(授業つまんないなー)」ポチポチポチ

教師「コラ、鈴木。授業中に携帯とは何事か」

純「あ、先生また男上げましたね。お嫁さんも幸せでしょうに(以下略)」

教師「ま、全く……ほどほどにな」

純「(ちょろいモンだよ)」

憂「純ちゃんって本当に人を喜ばすの上手いね」

純「まぁね」



律「なー梓、お前の友達の鈴木さんって人を褒めるのがすごい上手いんだろ?」

梓「純のことですか?」

律「そーそー、純ちゃん。クラスの奴から聞いたんだよ」

澪「ああ、あれって鈴木さんのことだったのか」

唯「純ちゃんがどうかしたのー?」

梓「あれは…正直堪りませんね」

律「そんなにか?!」

梓「こう、心の底から温まるって言うか…一度褒められるとヤミツキになってしまいますよ」

唯「へー。それじゃ、ちょっと行ってこようかな」

律「あたしも行く!」

梓「この時間じゃもう帰ってるんじゃないですか?」

律「ちぇ、なら明日で行こうぜ」

唯「うん」

澪「(ここ最近で急に有名になった鈴木さん。今まではこれと言った特徴は無かったはず)」

澪「(嫌な予感がする……この感じ前にも)」


澪「ちょっと出てくる、すぐ戻るから!」

律「え?鈴木さんもう帰ったんだろ?」

澪「別の要件だ!」タッタッタッ


唯「いっちゃったね」

律「何だあいつは」

紬「お茶入ったよー!」



その日の帰り道、私は重大な事に気付いた。

純「口紅がもう無くなりかけてる…」

今は既に口からふき取っているが、肝心の本体の方が無くなりかけていた。

無くなったらどうしよう…あのお婆さんの所に行けばまた買えるかな?

「おーい!」

誰かに後ろから声をかけられる。

振り向くとその人は息咳きった澪先輩だった。

澪「はぁ…やっと追いついた」

純「どうしたんですか?そんなに息を切らして」

澪「いや、あのさ。近頃鈴木さんの名前よく聞くからね」

純「それはどうも」

澪「一体何があったのかなって」

心配されているのだろうか?
ベースの憧れの先輩に気にされることは嬉しいけど…。

澪「ここ最近で変わったこととか無かった?」

純「変わったこと?」

澪「何て言うのか…誰かに不思議な物を買わされたりさ」

「不思議な物」「買う」
このキーワードに一瞬ピクッとしてしまう。

純「無いですよ?でも、何でそんなこと?」

澪「あー、その…えーと…そう!」

何かを思いついたように言う澪先輩。

澪「ここ最近変な物を売りつけるお婆さんがこの町に出没するらしいんだ」

純「(お婆さん…!?)」

澪「(お。今、瞳孔が一瞬大きくなったな)」

純「そ、その人が何か?」

澪「何だか詐欺な商品ばかり売ってくるらしいんだよ。だから買っちゃだめだよって」

純「お気づかいどうも。でも学校抜け出してまで、わざわざ言いに来なくても…」

そんなことなら普通に明日言えばいいのに。

そもそも何で私にだけ?

澪「…もし仮に買って使ってしまっても、一度はまだいいかもしれない。けど次は絶対に買っちゃ駄目だよ」

純「(この人…口紅のこと知ってるの?)」

澪「(あの例のお婆さんが鈴木さんが有名になった道具を売ったとしたら…)」

純「(何か言ってごまかさなきゃ)」

澪「(鈴木さんの性格的にまた何かを買って…それで最終的に不幸にな目に)」

純「あ、私急いでるんで…」ザッ

私は話を切り上げてそそくさと立ち去ることにした。

澪「忠告はしたから…後は君しだいだよ」ボソッ

純「……」

最後に澪先輩が何か呟いた気がするけど…いいや。
気にせずに足を進めた。


そんなことよりあのお婆さんまだいるかな?


純「いた!」

この前の場所にあのお婆さんはいた。


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