教師「ここには、この公式を当てはめれば―」

澪「(もうすぐ放課後だ。このままじゃ、また…)」ボー

この分野はもう何度もやった。
もう頭に入りきっている授業なんて聞く気はさらさら無かった。

教師「何だ秋山。ボケーっとして、手が進んでないぞ」

澪「あ…すいません」

教師「風邪か?受験前に風邪なんてひくなよ」

風邪、か。

澪「…風邪?」

梓がマスクをしてきた日のことを思い出す。

そう言えば最初見た時は風邪か何かひいたのかと勘違いしたんだ。

――

梓「だいたいテメーら揃いも揃ってティータイムなんかしやがってよぉ!」

梓「甘ったれてんじゃねぇよ!」

――

澪「(あの時は梓の迫力に驚いて何にも考えられなかったけど…)」

澪「(あの豹変ぶりは普通じゃなかった。けどマスクを外した翌日にはいつもの梓だった)」


そうか。そう言うことだったのか。
何でもっと早く気付かなかったんだろう。

たとえ命令でも、あの真面目な梓があんな暴言を吐けるわけが無い。

様子がおかしかったのは、きっとあの変なマスクのせいだ。

もしあの不思議な老婆から売ってもらったものだとしたら…。

澪「(しかも梓だけが毎回必ず『不登校』になるってのも理由もひっかかってたんだ)」

澪「(あれだけの不幸を起こす道具って一体どんな凶悪なものなんだ…)」

教師「また手が止まってるぞ秋山」


確かこの日、梓は最後に部室に来た筈だ。

澪「……」ジリッ

私は階段の陰に隠れて梓を待つ。

数分後トントン、と階段を上ってくる音が聞こえた。

澪「(来たか)」

梓「会いづらいなぁ…昨日あんなこと言った手前」

バッタリと出会う直前、私は梓の手をグイッと引っ張る。

梓「きゃ!」

澪「ちょっと来い」

梓「み、澪先輩!?」

澪「話がある」グイグイ

強い力を入れた手で梓を開き教室まで引っ張る。

梓「痛っ、痛いです!」

ピシャリと締め切った後、力を込めていた手を梓から離す。

梓「やっぱり昨日こと…怒ってますよね」

澪「そんな話じゃない」

梓「え?」

澪「ちょっと信じられない話をしてやろうか?」

澪「私はこれから起こることを全て知ってるんだ」

梓は何を言ってるんだ、と言う顔でこちらを見てくる。

梓「は、はぁ…そうですか」

澪「その顔、信じて無いな」

梓「…すいません」

澪「まぁ当然だな。私なら信じられない」

ますます意味が分からないと言う表情になる梓。

梓「で、話って何ですか?」

澪「ああ。お前最近変な買い物しなかったか?」

梓「えっ」ドキッ

澪「例えば怪しいお婆さんから買った、とかさ」

梓「(何で…?あそこに居たのは私とあのお婆さんだけなのに)」

澪「どうした?」

梓「それは…」

澪「それは?」

梓「買い…ました」

やっぱりか。
あんな不思議な商品を売れるのはあのお婆さんぐらいしかいなさそうだしな。

他に居るとしてもこの辺じゃあの老婆以外いないだろう。


澪「何を買ったんだ?」

梓「きっと言っても信じて貰えないと思いますけど…」

澪「信じる。信じるから言ってくれ」

どちらかと言うと何度も時間旅行をしてる私の存在の方が「信じられない」だ。

梓「…私が昨日、すごく暴言を吐いたの覚えてますよね」

澪「うん」

確かに昨日なんだがもうずっと遠くの日のことに感じる。

梓「それ、私がしてたマスクの力なんです。『かえすマスク』って言って」

澪「あの暴言の原因はそれか」

梓「はい。本当にごめんなさい」

澪「梓のせいじゃないんだから、謝らないで」

しかし、あのマスクが不幸を呼び起こしたとはとても考えれない。

澪「他には何も買わなかったのか?」

梓「あのお婆さんから買ったのはマスクだけですけど…」

澪「マスクだけ?」

じゃあ、他に梓に何か不幸な物を売った奴がいるってことになる。

澪「お婆さんだけじゃなくて、他に何か買った物はない?」

梓「買ったものってだけじゃ多すぎますよ。具体的には?」

澪「…見るからに胡散臭い道具とか」

梓「…あ」

何かに気付いたように梓が言った。

梓「これ、通販で買ったものなんですけど」

そう言いながら鞄から一つの鏡と手紙を取り出し、私に差し出した。

澪「…ちょっと小突いたぐらいで割れそうな鏡だな」

梓「多分あのお婆さんから買ったものじゃないんでインチキ商品ですよ」

次は手紙の方を見てみる。

澪「……!」

『この鏡を割ればお客様に幸福が訪れます。ただし割ったお客様の身近な誰かに悪いことがおきます』
『他人を犠牲にしてでも幸せになりたい方は鏡をお割りください』

『P,S 幸福が大きければ大きいほど犠牲が大きいのも然りです』


この文章を読んでいるとどことなくあの老婆の顔が浮かんでくる。

澪「ただし割ったお客様の身近な誰かに悪いことがおきます…か」

恐らくあの日…梓は割ってしまったのだろう、この鏡を。

梓「澪先輩?」

だから私を含めて梓の身近な人々が不幸な目にあっていったのか。

梓「あのー?」

そしてその犠牲分だけ梓は幸福を手に入れたはずなんだろうけど…

鏡が本物と知れば真面目な梓にはプレッシャーが強すぎて不登校になってしまったのも納得ができる。


梓「澪せんぱーい?」

澪「ごめん。気付けなくって」

梓「あの…何の話ですか?」

澪「私はこれから起こることが分かってるって言ったよな」

梓「え、それ冗談ですよね?」

澪「いいか。落ち着いて聞いてくれ」

これから起こることのあらましを全て話した。


梓「……」

澪「信じてくれ。それでみんなが助かるかもしれないんだ!


梓「正直、信じられないです」

頼む…信じてくれ。

梓「でも澪先輩がそんな酷い作り話するって方がもっと信じられないです」

澪「…梓!」

梓「それに、まだ高校生活楽しみたいのにひきこもりなんて冗談じゃないです」

梓「みなさんに不幸が訪れるんならそんな鏡はいらないです」

澪「梓なら信じてくれると思ったよ」

梓「澪先輩の話す『私』は割ってしまったんですね」

澪「これだけ薄いガラスだ。ちょっと小突いただけでもヒビが入りそうなぐらいだ」

澪「だから、あっちの梓のせいじゃないよ」


梓「…はい」

あの世界の梓は本当に可哀そうだった。

事故とは言え鏡を割ってしまい、幸福を掴む所か心が壊れてしまったのだろうから。

梓「ゴミ捨て場に捨ててきますね…この鏡」

澪「待て。それで他の誰かが割ってしまったら大変だ」

梓「じゃあ何処に?」

澪「金庫か何かを買ってそれを入れるんだ。それで鍵をしめて川に沈めよう」

梓「まぁ、その方が安全ですね」


この後割れない様に綿で鏡を包み、ホームセンターで安い金庫を一つ購入した。



―河原

綿に包みこんだ鏡を金庫に入れ鍵をかける。

澪「これで全部終わる」

梓「私にはよく分かんないですが…御苦労さまでした」

ゆっくり手を離して鏡の入った金庫を川の中へと落としていった。

澪「あと…これももう必要ないな」

例の腕時計を外し川へ投げ捨てた。

これでようやく終わったんだ。

私の長い旅が。



澪「……あれ」

どうやら机に突っ伏して眠っていたようだ。

机の上には書きかけの歌詞を書いたレポート用紙が散らばっていた。

澪「全部…夢?」

いや、違う。
腕にはあの腕時計がつけられていない。

人生をやり直す腕時計は私が捨てたんだ。

修正はしたんだから明日に唯はちゃんと学校に来てくれるはず。


…歌詞の続きを書こう


……

唯「おはよー澪ちゃん!」

翌日、唯はちゃんと学校に来ていた。


梓「こんにちはー」

この日は必ず早退していた梓も部活に来た。


澪「やっと取り戻した…」


律「みーおー!この箱、いいもんが入ってるぞー」

律が怪しげな道具を持って歩みよってきた。

澪「何だ?」

律「開けてみな」

どうせロクなもんじゃないんだろうけど、とりあえず開けてみた。

箱を開けるとお化けのような人形がビヨーンといきなり出てきた。

澪「……」

律「あれ?ビビんないの?」

ボカッ

律「あうっ!」

澪「お前は相変わらずだな」

幾千もの修羅場を乗り越えてきた私がそんなもので驚く訳無いだろう。

律「変だなぁ…あいついつもこれで尻もちついてたのに」

梓「……」ジッ

澪「(内緒だぞ)」

梓「(まかせてくださいです)」


澪「そうそう、そう言えば新しい歌詞考えてきたんだ」

唯「えっ、見せて見せて~!」

紬「私も見たい!」

梓「あ、私もです」


律「もうこんなんじゃ駄目か…澪をアッと言わせれるような道具、帰りに買って帰ろ」



澪編完です。
これでifの本編は終わりです。



10 ※紬編