梓「あの、みなさん練習は…」

律「ダイジョブダイジョブ、後でちゃんとやるって!」

そう言って昨日も一昨日もできなかったじゃん。

部長のくせに真っ先に練習をサボるとはどうしたものか。

紬「お茶入りましたよ~」

唯「わー、今日のお菓子何かな?」

澪「先に練習してからのが…」

澪先輩はは私と同じ考えなんだけど

律「食ってからでいいじゃんかよ、な」

澪「…ったく。食べたらするからな」

この人はおしに弱いのだ。

だから「するからな」と言ってすることは85%ぐらいの割合で無い。


律「うっめぇー!」パクパク

唯「おいしいー!」ムシャムシャ

紬「あら。梓ちゃん食べないの?」

梓「…う」

目の前に差し出されたお菓子。
せっかくムギ先輩が出してくれたので、とつい食べてしまう。

私に先輩たちを叱咤できるぐらい気勢があれば…。


律「お、そろそろ。下校時間だな」

梓「…今日も結局できなかったじゃないですか」

律「明日こそやるから、絶対」

そのセリフは何度も聞いた。

唯「今日のお菓子も美味しかったなー」

梓「はぁ…」

一時期はちゃんと練習するようになってたのに…。

梓「こんなんじゃダメだ…」

諦めにも近い気持ちで家へと続く道を歩いていた時。

梓「あれ、こんな所に通路なんてあったっけ?」

普段通いなれた道なのに見憶えの無い通路を見つけた。

梓「(なんか出そうだけど…ちょっとだけ行ってみよ)」

通路の奥に行くほど暗くなっていき、まるで別世界みたい。

梓「暗いなぁ」

老婆「いらっしゃいませ」

梓「うわ!」ピタッ

うっ、そこに誰かいるのだろうか。

ま、まさか幽霊…

梓「あ」

声の主は行き止まりの壁の前にはちょこんと座ったお婆さん。

梓「ふー…びっくりさせないでくださいお婆さん」

老婆「……」

梓「こんな暗いところで何やってるんですか?」

『かえすマスク 売ります』

立て札にはそう書かれていた。
売りますってことは商売人なんだろうか。

しかも「かえす」って何だろう。

梓「あの、ここでマスクなんて売ってもお客さん来ないと思いますよ」

老婆「……」

だんまり決めこんでますねこのお婆さん。

梓「売るならせめてちゃんとパックしたものとか…」

あ、でもひょっとしたら家が貧乏だからこんなものしか売れないのかも。

格好もどことなくみずぼらしいし。

老婆「……」

梓「そのマスク、買います」

老婆「千円でございます」

梓「え、えぇ!?」

流石にぼったくりもいいところだ。
コンビニに行けば十枚は買える値段だし。

梓「流石に高すぎなんじゃ」

老婆「高いか安いかはお客様の考え次第でございます」

梓「…買いますよ」

そんなにお金に困ってるのかと同情してつい買っちゃう私って…。

老婆「お買い上げありがとうございます」



―梓の家

梓「かえすって言っても、どこからどう見ても普通のマスク」

伸ばしても引っ張っても何も無い。

梓「まぁいいや。最近風邪流行ってるし、明日つけていこ」

梓「千円もしたんだから使わないと損だし」

でも念の為着け心地確かめるために一度つけてみよ。

梓「…着け心地は普通」

母『梓ー!晩御飯できたわよー!』

今から母の声がしたので、「はーい」と言おうとしたんだけど

梓「うるせぇババァ!テメェが持ってこいや!」

梓「(えっ!?)」

母『あ、あなたー!梓がグレた!』

次に私の口から出た言葉は言おうとした「違うよ!今のは間違い!」では無く

梓「んだとコラァ!殺すぞクソババァ!!」


結局、晩ご飯抜きになって両親から説教された。

後になって気付いたけど、このマスクはきっと言葉を「かえす」の意味だったんだ。
それだけじゃなく言葉使いまでもが荒くなっている。

梓「信じられないけど…これがあれば先輩達に練習をさせることができるかも」


次の日の放課後。
音楽室に入る前、あのマスクをする。

梓「(うわ、緊張する)」

ドアノブに手をかけ、中へと入った。

梓「おっす」

梓「(おっすって…)」

唯「おっすあずにゃん!」

律「どうした梓。モノマネか?」

中には既に先輩たちが座ってお茶をしていた

唯「あーずにゃん!」

いつものように唯先輩が抱きついてくる。

梓「汚ねぇツラ近づけんじゃねぇよ!息くせーんだよバカヤロー!」

唯「」

律「」

紬「…え?」

澪「…えぇ?」







梓「だいたいテメーら揃いも揃ってティータイムなんかしやがってよぉ!」

梓「甘ったれてんじゃねぇよ!」

唯「あ、あず…にゃん?」

梓「そんなんだから上手くなんねーんだよカス共!」

言い終ると同時に静寂が流れる。

澪先輩なんかは涙目になりながら怯えている。

梓「(やりすぎちゃった…かも)」

唯「ごめんなさいあずにゃん」

律「練習…すっか」

澪「」ガクブル

紬「(強気な梓ちゃん、怖いけどちょっといいかも)」

私の願望通り練習は行われた。

ただし、誰一人として明るい顔はしておらずに。

そうして暗い雰囲気のまま下校…。


梓「明日どんな顔して先輩達に会おうかな…」

このマスク、気が強くなるのはいいけど余計な罵声まで付け加えちゃってるし。

梓「これは閉まっておこう…永遠に」

梓「あんな得体のしれないお婆さんから物を買ったのがいけなかったんだ」

やっぱり物を買うんなら通販にかぎる。

PCを起動させて大手の通販サイトへと繋げる。

梓「新しい商品は出てるかな、と」カチッ

梓「ん?『必ず貴女に幸福をもたらす幸せの鏡』…か」

明らかに胡散臭さ全開だった。

梓「でも値段はそんなに高く無い。いいや、買おうっと」カチッ


翌朝。荷物は既に届いていた。
昨日注文したばかりなのにえらく早い。

梓「この近くだったのかな。でもそんなことより」

ダンボールから例の『幸福になれる鏡』を取り出す。

梓「普通の鏡。どの辺が幸せの鏡なんだろ」

ポトッ

梓「あ、何か落ちた…手紙?」

鏡を持ち上げてると挟まっていた一枚の手紙が落ちてきた。

母「梓ー!急がないと遅刻するわよ」

梓「今行くー!」

鏡と手紙を鞄に入れて学校へと向かった。


教師「えー、語呂合わせは1192作ろう鎌倉幕府で~」

梓「……」

梓「(ばれないように…)」

授業中だけど、あの手紙の内容が気になってしまい読むことにした。


手紙の内容はこう書かれたいた。

『この鏡を割ればお客様に幸福が訪れます。ただし割ったお客様の身近な誰かに悪いことがおきます
『他人を犠牲にしてでも幸せになりたい方は鏡をお割りください』

梓「うわ、うさんくさー」

教師「仕方ないだろ。教科書にそう書いてるんだから」



放課後。

少し重い足取りで部室へと向かう。

梓「会いづらいなぁ…昨日あんなこと言った手前」

後輩なのに生意気なことばっか言っちゃったし。

ガチャッ

梓「こ、こんにちは」

唯「あずにゃん!」ガタッ

梓「(やば、怒られる!)」

澪「よかった…来てくれて」

律「またお前が来なくなるかもって、みんな心配してたんだ」

紬「ごめんね。今日からはもっと真面目に取り組むわ」

私の思っていたことと正反対のことを言われた。

絶対怒られると思ったの逆に心配されていたらしい。

梓「いえ、私が悪いんです。皆さんに私の考えを押し付けてしまってすいませんでした」

唯「いいんだよそんなこと!あずにゃんが来てくれればそれで!」ギュー


梓「くすぐったいですよ唯先輩」

私の心配など必要なかったんだ。
先輩たちの広い心のおかげですぐに仲直りができた。

今日はいい気持ちで寝られそう。

しかしこの後私の気持ちはどん底まで下がって行った。


梓「割れてる…」

家から帰って鞄を開けたらあの鏡が割れていた。

梓「べ、弁当箱にでも当たっちゃったのかな。もうちょっと注意してればよかった」


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