いつの間にか眠っていたらしい。
起きると、そこは家の居間が目に入ってきた。

律「だる…」

時間は8時。本来ならもう用意しないと遅刻してしまいそうな時間。

だが学校へ行かなくなったあたしには関係のない話だ。

律「…あれ」

窓を見るとハンガーに聡の中学の制服が掛かりっぱなしだった。

アイツも今日学校を休んだのか…まぁ別にいいけど。

律「居るんなら、たまにゃ朝飯ぐらい作ってやるか」

気だるい身体を起こして台所へ向かった。

自分で言うのも何だが、中々旨そうなオムライスが出来た。

律「聡ー!起きろ、姉ちゃんがオムライス作ってやったんだぞー!」

返事は無し、と。

律「ったく、自分で起きてこいっての」

仕方ないから階段を上がり聡の部屋の前まで来る。

律「起きろー!」ドンドンドン

再び返事無し。

律「おい、入るからな!」ガチャ

律「…居ないのか」

どうやら早朝から出て行っているらしい。

それが遊びに行ってるか病院か何かかは知らないけど…

律「あいつちゃんと学校に連絡したんだろうな?」

念の為、聡の中学に電話を入れてみる。

教師A『はい、●●中学の教師Aです』ガチャ

律「すいません。私、田井中聡の姉ですが…」

教師「たい…なか…さとし?」

律「はい」

教師「ちょっと待っててくださいね(聞いたこともないな)」

そう言い、電話は保留になる。

律「何だ?アイツ中学じゃ教師にすら顔覚えられてないのか?」

小馬鹿にしつつ保留が終わるのを待つ。

教師A『もしもし』ガチャ

律「はいはい」

教師A『すみませんが、我が校にそのような生徒は在籍しておりませんでした』

……は?

律「おい冗談だろ?だって聡の制服も鞄も…」

教師A『他の学校とお間違いじゃないでしょうか?』

律「はぁ!?何意味分かんねーこと」

ポケットに手を突っ込むと何かに手が当たった。

出して見るとそれは小さな機械だった。

律「……あ」

忘れていた。

教師A『もう一度お確かめになってかけてみてください。それでは』ガチャッ

ツー ツー ツー

あたしが聡を消したんだった。この独裁スイッチで。

律「いや、まだ決めつけるには早い

携帯を取り出し澪にかける。

プルルル

澪『…律か?』ガチャッ

律「ああ」

澪『何だ?学校に来る気にでもなったのか』

律「抜かせ」

澪『じゃあ何の要件だ!』

律「そう怒んなって。聡のことなんだが…」

澪『聡?』

律「昨日会ったんだろ?」

澪『お前の横にいた男達の一人か?』

律「そりゃ仕返しか?」

澪『いや、お前の質問に答えてるだけだが…』

律「聡だよ、聡!あたしの弟の!」

澪『お前はずっと一人っ子だっただろ!』

律「もう何言ってんだよお前!真面目に聞いてるんだよこっちは!」

澪『律……まさか麻薬でもやってるんじゃ』

あ、ダメだわ。

もうこれ以上はダメだと思い電話を切る。

澪『お、おい律!今からそっち行くから家にいr』ブツッ

これではっきりした。

人物の消滅どころか、こりゃ存在の消失だ。

消した人に関する関係者の記憶も無くなる。

こりゃまさに完全犯罪、神の不在証明だな。

律「はは…本当に消しちまったんだ…たった一人の弟を」

もう乾いた笑いしか出てこねぇや。

何のやる気も起きなくなってソファーに横たわる。

律「待てよ…あらかじめ日記に『そんなことは無かった』って書けば」


●月▲日■曜日
昨日、聡が消えたがそんなことは無かった。


これで聡が…

戻ってこなかった。

律「な、何で?この日記は現実を歪めることができる筈だろ!?」

律「現実…?」

あくまで現実を歪めるんであって

独裁スイッチのような同じ非現実を歪めることはできないってことかよ…。

いよいよ絶望感に苛まれていた時、ピンポーンとインターホンが鳴った。

律「……」

扉を開けると汗をかいた幼馴染が手を膝につき立っていた。

澪「はーっ…はーっ!」

律「走ってきたのかよ?」

澪「気が気でならなかったんだよ…お前が心配で」

律「余計な御世話だ」

澪「お前が変なことばかりいい出すからだよ!」

律「あたしは変じゃない!変なのはお前らだ!」

澪「落ち着いてよく聞け律!お前は小さいころから一人っ子だった!」

律「お前の記憶が忘れてるだけで本当は違うんだよ!」

澪「じゃあ、確固な証拠を見せてやる!」

律「お、おい!」

澪は勝手にあたしの家に上がり、棚からアルバムを取り出し始めた。

律「何やってんだよ澪!」

澪「…あった!この写真」

律「はぁ?」

澪「見ろ。小学校の時、私の家族と律の家族が一緒に遊園地に行った時の写真だ」ペラ

律「……!」

受け取って見るとあたしとあたしの母と父、澪と澪の母さん父さんが映っていて

聡の姿は無かった。

あたしの記憶だと、確かにこの時聡も居た。絶対に居た。

澪「これで分かっただろ?」

律「…」

澪「きっとお前は、ストレスか何かで幻覚を見てるんだ」

律「…う」

澪「一人で背負い込むなよ。私が力になるからさ」

律「違う」

澪「え?」

律「間違ってるのはお前らだ」

ポケットから再びあのスイッチを取り出す。

律「消えろ」

澪「り…

そしてスイッチ一つで秋山澪と言う人間の存在が地球上から消滅した。

律「……」

律「……くくく」

律「っははははは!消しちまった!!」バッ

あたしは完全に気が狂っていた。

独裁スイッチポケットにしまい、スーパー手袋はめ熱線銃を持って外へと出る。

さて、まずは何処からこの世界を破壊していいものやら。


律「くくくく…」

ドス黒い笑みを浮かべながら住宅街を歩く。

子供「ねー、あのお姉ちゃんすごく顔が怖いよ」

親「しっ!」

十秒後。

あたしの眼前に広がったのは赤い返り血が広がったひび割れたアスファルトだった。

近所の奴らが音を聞きつけて家から出てくる。

おばさん「ひ、人殺し!!」

おじさん「誰か警察を!」

律「アァ…」スッ

今度は銃口を家屋に向け、トリガーを引いた。


――

テレビ「速報です」

テレビ「現在、●●で一人の少女が危険な武器を持ち街中で暴れているという情報が入ってきました」

テレビ「倒壊したビルや家屋は100に上り、死者は1000名を超えたとの情報です」

テレビ「軍隊やSWATの要請も…」

――

律「どわぁっ!!」

急に頭に冷たい感触がした。

目の前には漆黒の闇が広がっている。

老婆「………」

律「…あれ?生きてる?」

確かに自分の頭打ち抜いた筈だけど。

老婆「いらっしゃいませ」

律「婆さん?」

身体を起こして確認すると、此処は昨日婆さんから独裁スイッチを買った場所だった。


律「夜…なのか」

公園の街頭に光が付いているだけで、辺りは暗い。

それにあたしが破壊した街も元通りになっている。

携帯を出して日付を確認する。

律「一日前に戻ってる…!」

正確には独裁スイッチを買った瞬間。

確かに自分のポケットにはその『独裁スイッチ』がしまわれていた。

律「あれ?夢…だったのか?」

あんなに生々しい夢が本当にあるだろうか…

まだ自分を打ち抜いた感触も残っている。


老婆「当店はこれで店じまいとさせていただきます」

そう言うと老婆は立ちあがった。

老婆「ありがとうございました」

あたしに怪しい笑みをして、品物を置く木の台を置いたまま老婆は闇へと消えていった。

律「……」

とにかく、家に帰ろう。


律「ただいまー」

聡「お帰り…姉ちゃん」

まだスイッチを使う前なので聡もいた。

分かっていたが、なんとなく安心する。


聡「今日、澪さんが来たよ」

「あっそ」と言いかけた所で止まる。

確かこの会話前も…デジャヴか?

律「澪が心配してきれくれたんだろ?」

聡「…うん」

律「あたしの所にも来たよ」

聡「え?」

律「今までごめんな。独りぼっちにさせて」

ワシワシと聡の頭を撫でる。

聡「は、はぁ!?ぜ、全然さびしくなんか、なかったし!」

律「はは、無理すんなって」


今思えばあの独裁スイッチと言うのは…

自分勝手な者に正しい選択をさせる為の道具だったんだろうと思う。

だから今度は道を間違えずに済んだ。


聡は疲れていたのかそのまま眠ってしまった。

毛布を掛けてやってからあたしは自分の部屋に行く。

律「……」

机の上には
「あらかじめ日記」「スーパー手袋」「熱線銃」「独裁スイッチ」。

恐らくこれほどのレア商品に出会えることはもう無いだろう。

律「でも、けじめってやっぱ大切だよな」

あたしは日記帳を開きこう書き込んだ・



●月▲日■曜日
あたしは●月▲日■曜日に老婆と会って不思議な商品を買っていたことは


すべて夢の中のできごとだった。




突然ゴツン、と頭に衝撃が走る。

律「いでっ!な、何だ?」

澪「何だじゃないだろ!いつまで眠ってるんだ!」

紬「澪ちゃん、起こしちゃ可哀そうよ」

澪「ムギは甘いんだ!」

律「ここは…」

梓「まだ寝ぼけてるんですか?部室ですよ部室」

唯「りっちゃんよく寝てたねー。こっちま眠くなりそうだったよ」

律「今何月の何日?」

澪「おい、本気でボケたのか…?」

唯「えーとね、●月▲日だよ」

つまり…あたしが下校途中にあの老婆に会った日。

ポケットに手を入れてみてもあのスイッチは無い。

鞄を確認して見ても日記帳は無かった。

律「本当にこれで終わったのか?」

梓「まだ終わってません!これからですよ!」


一通り練習した後、下校する。

唯達と別れてその後、澪とも別れた後あの場所へと向かってみた。

全てが始まったあの路地裏だ。

律「……」

当然そこに老婆の姿は無い。

律「……」

恐らく一生忘れないだろうと思っていた老婆のことは

何故か次の日からは完全に忘れ去ってしまっていた。



「あらかじめ日記」完



4 ※唯編