気がつけば・・

もう、カラスが「お家に帰ろうよ」と、七つの子を呼び始める時刻になっていた。

西日が窓から差込み、部屋の中を赤く染める。

先輩と一緒に過ごす時間は、本当にあっという間。

思えば共に過ごした軽音部の二年間も、瞬く間に過ぎ去ったような気がする。

当然のように、ただ当たり前に過ごした二年間。

それがどんなに貴重な時間だったのか。

こうしてたまにしか会えない間柄になってはじめて気がつくなんて。

私は自分で思っている以上に、鈍感なのかもしれないな。

赤く染め上げられ、いつもより幾分大人っぽく見える先輩の横顔を眺めながら。

私はそんなことを考えていた。

唯 「まったりまったり」

梓 「ほけー」

唯 「いいね、こういうの」

梓 「そうですね。なすこともなく、ただ日がな一日まったりのんびり」

唯 「軽音部に戻ったみたい」

梓 「部活の時は、もっとまじめにやって欲しかったです」

唯 「ごめんね」

こんな軽口を叩けるというだけで、何でこんなに嬉しいんだろう。

満ち足りた気持ちになれるんだろう。

唯 「今の軽音部はどうかな?前みたいに暖かい場所になってる?」

梓 「はい。憂も純も良くしてくれるし。今も変わらず大切な場所です」

唯 「そっか。安心安心」

梓 「でも、二人には悪いけど・・・ちょっと物足りない」

唯 「んー?」

梓 「だって、唯先輩がいないんだも・・・ごにょごにょ」

唯 「え、なんて?ごめんね、聞こえなかったよ」

梓 「なんでもないです」

唯 「なんでそこでふくれるのー?」

梓 「知りません」

やっぱり言えなかった。


そして陽は完全に地平に姿を隠し・・・


梓 「あ・・・ もうこんな時間・・・」

唯 「本当だ。日も暮れちゃってるね」

梓 「・・・・・」

唯 「楽しい時間は、あっという間に過ぎちゃうねぇ」

梓 「光陰矢のごとし・・・ですね」

唯 「・・・・・・」

梓 「・・・・・・」

唯 「ごめん、今のなんて言ったの?」

梓 「沈黙の意味はそれですか」

唯 「あずにゃん」

梓 「はい」

唯 「泊まってく?」

梓 「え・・・」

唯 「明日は休みだし、久々に会ったんだし。まだまだ話したりないし」

梓 「唯先輩・・・」

唯 「あずにゃん分の補給もまだ充分じゃないし・・・」

梓 「むぅ・・・///」

唯 「あ、他意はないよ。何もしないよ?」

唯 「休むだけ。休むだけ」

梓 「その一言で一気に不安になりました」

梓 「でも、お言葉に甘えます。私も・・・」

唯 「うん」

梓 「もっと先輩とお話したい・・・」

唯 「えへへ。ありがと、あずにゃん」


唯 「じゃあ、今日は唯先輩じきじきに手料理でおもてなししてあげよう!」フンス

梓 「・・・・は?」

唯 「は・・・て、え?」

梓 「いやだって、え?先輩が料理?」

唯 「おかしい?」

梓 「ぶっちゃけおかしいです」


 「そいつは心外だ!」

梓 「だって先輩、料理は憂におんぶに抱っこだったじゃないですか」

唯 「そんな昔のことは忘れた!」

梓 「つい先月までの話ですが・・・ どれだけ記憶力が悪いんですか」

梓 「そんなに物忘れが激しくて、大学の勉強についていけてますか?単位とか大丈夫そうですか?」

唯 「そんな先のことは分からない!」

梓 「ガンマンか」

唯 「ガンマン関係ないし・・・」

梓 「いや、つい勢いで。すみません」

唯 「てことでさ。ほんと、晩御飯は私に任せて」

梓 「むぅ、先輩の手料理、興味はありますが・・・」

梓 「なにか手伝えること、ありませんか?」

唯 「へいきへいき。お客さんは、お客さんらしくドガチャンとかまえてくれてればいいよー」

梓 「そうですか・・・」

先輩と二人、厨房に立つのも悪くないかもって思ったんだけど・・・

そこまで言ってくれるなら、ここはお手並み拝見と行きましょう。

唯 「あ、そーそ」

梓 「なんです?」

唯 「あずにゃんさ、ご飯の支度してる間にシャワー浴びちゃいなよ」

梓 「・・・・・は」

唯 「ボディーソープやシャンプー、使ってくれて良いからね」

梓 「い、いやでも・・・」

唯 「さっぱりしてから、美味しく頂こうよ」

梓 「私を!?」

唯 「いや、ご飯を」

梓 「ですよねー・・・ じゃあ、お言葉に甘えて」

梓 「あ、でも・・・・」

唯 「どうかしたー??」チャカチャカジュウジュウ←料理中

梓 「よく考えたら私、着替えがありません。泊まりになるって思ってなかったし・・・」

唯 「あるよ」

梓 「へ?」

唯 「着替えならあるよ。私のパジャマ、使って。あと、下着も使ってくれちゃって構わないからー」

梓 「ええええええええ!?」

唯 「え?」

梓 「え?って・・・」

唯 「え?え?私、なにか変なこと言った?」

梓 「言った・・・」

唯 「すみません。まったく自覚がないのですが・・」

梓 「下着は普通、人には貸さないのではないでしょうか・・・」

唯 「でもでも・・・ せっかくシャワー浴びたのに、またお古の下着を履くのって、気分悪くない?」

梓 「それはそうかもですけど、でも・・・」

唯 「うう・・・私は良かれと思って、あずにゃんのために言ったんだけどなぁ・・・」

唯 「それともあずにゃん、私の下着なんか汚くって履く気になれない?」

梓 「え!?いや、そんな意味で言ったのではなく」

唯 「当然洗濯してるよ?」

梓 「いや、そんなボケは期待していませんから」


分かってない。

先輩は分かってないよ。

汚いとか綺麗とか、そんなの私には関係ないんだ。

洗ってるとか洗ってないとか。それ以前に・・・・

先輩の・・・その・・・それ・・・を・・・あれだ。その・・・

直に触れたものが、今度は私の・・・に触れるなんて・・・

考えられない考えられない。

そんなことになったら、まともでなんかいられなくなるよ!

梓 「下着はそのっ!出てくる直前に替えたので平気です!パジャマだけ借りますね!」

それだけ言うと、私は脱衣所に隠れるように飛び込んだ。

これ以上ないほどに上気した顔を見られるのが恥ずかしかったからだ。

蛇口をひねって、冷たい水を勢い良く頭から浴びる。

肌を叩きつける水流が体の火照りを洗い流し、私はやっと落ち着きを取り戻すことができた。

とはいえ、さっきの唯先輩。

いくら先輩が天然とはいえ、あれはない。あるわけない。

年頃の女の子が下着の貸し借りなんて、ありえるわけがないよ。

てことはこれ、もしかして誘われてる?

「はぁ・・・」

そんなわけないか。

先輩は元から、ああいう人だったんだ。私だって分かってたはずだ。

唯先輩は天然で底抜けにお人よしで。裏表がなくって。

だから、放った言葉にはそれ以上の意味もなくって。

「はぁ・・・参った」

きっとこれは私のほうに、変な期待があるから。

だから、先輩の言葉を邪推してしまうんだ。

「やらしいな、私」


体を洗い終わって先輩が用意してくれたバスタオルで体をぬぐう。

ふんわりと唯先輩の匂いに包まれ、危うく再びいけない妄想世界の住人になりかけてしまう。

いけないいけない・・・


それから唯先輩とお話しながら夕飯を食べて。

(先輩の手料理。すごく美味しくてびっくりした。先輩いわく、一ヶ月の一人暮らしで鍛えられたのだとか)

その後は二人で、他愛ない話をしながら過ごしました。

そう、ほんの少し前まで音楽室でしていた日常のような時間。

そんな優しい時間に包まれながら話をしているうちに、気がつけば時計はすでに日付をまたいでいました。

梓 「あ・・・ふ。にゃあ・・・眠たくなってきちゃった・・・・」

唯 「ついつい夜更かししちゃったね。そろそろ寝よっか」

梓 「そうですね。なんかもう、あくびがとまら・・・にゃあ・・・」

唯 「あはは、あずにゃん本当の猫さんみたいだにゃあ。いい子いい子ー」

梓 「撫でないで下さいー・・・」

唯 「えへへ。じゃあお布団を・・・て。ああ、今大変なことを思い出した!!」

梓 「はへっ!?な、なんですか!?」

唯 「お客さん用のお布団、まだ準備してなかった・・・・」

梓 「なんだ。私は床でもだいじょうぶですよ?」

唯 「ダメだよ!あずにゃんはお客にゃんなんだから。それだったら私が床で寝る(ふんす)!」

梓 「それこそダメですよ。先輩を差し置いて私がベッドを使うなんて。やっぱりここは私が床で・・・」

唯 「いやいや私が!」

梓 「いいえ私が!」

唯 「・・・・・」

梓 「・・・・・」

唯 「一緒に寝ようかー」

梓 「ふふっ、そうしますか」

唯 「それじゃ、おいで子猫ちゃん」(ぽんぽん)

梓 「どこのナンパ男さんですか。えっと、それじゃ。お邪魔しますー」

唯 「どぞどぞー。狭くない?」

梓 「ぜんぜん平気です」

唯 「そっか。へへ・・・ あったかあったか。だね」

梓 「はい」

唯 「あったかあったか・・・・ えへへ・・・・」

唯 「・・・・あずにゃん」

梓 「はい」

唯 「今日はあったかをどうもありがとね」

梓 「・・・はい///」

唯 「一緒の部屋に寝てると、修学旅行みたいだね」

梓 「そういえば今年は私の番だった・・・」

唯 「楽しみ?」

梓 「それはもちろ・・・ん?」

梓 「しゅ、修学旅行みたいって。旅行でみなさん、一緒の布団で寝たんですか?」

唯 「まさかー。4人もいたんだから、さすがにそれは無理だよ」

梓 「ですよね」

唯 「でもお布団ぎゅうぎゅうに敷き詰めてたから、一緒に寝たのとあんまり変わらないかな?」

梓 「・・・・・むぅ」

唯 「どうしたの」

梓 「なんでもないです」

唯 「わかった。焼きもちだ」

梓 「違いますから」

唯 「あずにゃんの焼きもち妬きー」

梓 「だって私の知らないところで皆さん一緒に寝るとか・・・・」

唯 「仕方ないじゃん。あずにゃんとは学年が違うんだもん」

梓 「それはそうですけど、でも」

唯 「にひひ。やっぱり妬いてんじゃん」

梓 「ずるい」

唯 「ごめんね」

梓 「知りません」

唯 「あずにゃんが同級生だったら、修学旅行でも一緒に寝てたよ?」

梓 「聞こえません」

唯 「むぅ。どうしたら機嫌なおしてくれるのかなぁ」

梓 「分かりません」

唯 「もう、仕方がないなぁ」

ぎゅっ

梓 「にゃっ!?」

唯 「いい子いい子・・・ 怒らないで」

梓 「せ・・・せせせ・・・先輩・・・」

唯 「旅行ではりっちゃんたちと同じ部屋で、体がぶつかっちゃいそうな距離で寝たけど・・・」

唯 「こんな風に一緒のお布団で寝たのは、あずにゃんだけだよ」

梓 「はううぅ・・・ このシチュでそんな風に抱きしめられると・・・私・・・」

唯 「あずにゃん、柔らかい」

梓 「セクハラです・・・ でも・・・」

梓 「唯先輩も柔らかい。そして、とっても暖かい」

どきどき

どきどき

梓 (し、しんぞぉが・・・ こんなにバクバクして・・・・)

梓 (ドキドキしてるの、唯先輩にばれちゃう)

唯 「・・・・・・あずにゃん」

梓 「は・・はい・・・」

唯 「お」

梓 「お?」


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